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リアクション
第2章 影の間に
教導団とラク族の交渉によってラク族では実験的に毛織物産業の育成が行われることになっている。規模こそ小さいが初歩的な紡績機器と足踏みミシンが若干持ち込まれることとなった。
設置された機器を据え付け、ようやく稼働が開始された。手つきはやや危なっかしいが、うまくいけば基幹産業となり得る物だ。ずらっと並んだラッコが足踏みミシンで縫製を行う様はなんというか……。
「まあ、いきなり重工業なんてのは無理ですからね」
様子を見た参謀長志賀 正行(しが まさゆき)大佐は概ね納得した顔で言った。
「まずはおっしゃったようにセーター他衣類を発注しました」
フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)少尉も稼働状況に安堵している。
「よく見ておくといいですよ。明治時代の日本や現代の東南アジアの国もこうやって発展していったんです」
「まずは軽工業から始めて、ある程度工業化が進んでから重工業となりますか」
「いきなり、重工業をやろうとすれば産業構造にひずみが生じます。やるとすればタイムスパンを短くすると言うことですが、シャンバラの人たちがついていけるレベルでやらないと、彼らの中に地球に対する反発が生まれます。まあ、教導団に限らずシャンバラに来ている地球の者は急いで成果を上げようとしますが、そう簡単にはいきません。基礎から固めていかないと」
「そうですね」
「貴方はきちんと足元を見ているので助かります」
「恐縮です」
二人はラク族の警護(監視兼任)と共に館の方に戻った。すると、モニカ・ロシェ主計大尉が渋い顔をしている。
「どうしたんですか?」
「それが……」
詳細は不明だが、ラク族領主、ヤンナ・キュリスタが何やら病気?になったらしい。
「こりゃまた、病気とは運が悪い」
「ところが、どうも妙な?病気の様なんです」
なんでも具合が悪いわけではないらしい。と、いうか本人の意識ははっきりしているらしく、いわゆる高熱ハイの状態らしい。熱があるので大事をとっているらしいが、それほど問題はないらしい。ただ、病気?の原因は不明とのことだ。
「とりあえず、今回は長い交渉は控えたいとのことです。できれば一時休止したいと」
代わりの者であれば交渉可能との事なので事務交渉は差し支えない。大分、ラク族は好意的になってきている。
「特にこちらも今回は大きな提案などはないから、ある意味もっけの幸い?だけど。地球のウィルスでも移ったかな?」
「こちらからむやみにどうこうは言えませんから。もし、地球側の医療技術が必要なら提供する旨伝えてあります」
「ご苦労さん。まあ、それほど深刻な様子はないのなら任せておこう」
一応、軌道に乗りつつある産業育成であるが、第3師団としてはこれをさらに推し進めたいところだ。
「ラピト、モン、ラクの各部族の中間地点にて市を開けないかと思っております」
ヴァンジヤードは三つの部族をいわゆる工業村落群につなげたいと考えている。
「ラピト族の麦は品質が高く、需要は高いでしょう。またモン族は農具などの金物を作れます。これらのやりとりを効率よく行える様になれば発展の素地ができると思います」
「ラピト族、モン族、ラク族の間に流通ルートを開拓したいと思います。モン族から、ラピト族へ羊の飼育を教育してもらい、ラピト族に羊を飼ってもらうようにした方が効率はいいでしょう」
エミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)は分業体制の確立を考えている。
「ラピト族に羊を飼ってもらう?」
「ええ。羊は平地の方が効率がいいと思います」
ヴィーナの考えに志賀は首を振った。
「それはやめた方がいいなあ。ラピト族に羊を飼わせたら小麦の生産量ががた落ちになる。ラピト族の得意は小麦なんだから今の所はそのままの方がいいよ」
「そうでしょうか?」
「歴史に実例があるけどね。チンギスハンが中国北部を占領したとき、農地をつぶして牧草地にしてしまえ!と言ったらしいが部下の耶律楚材が農地にしておいた方がいいと税収を上げて見せて納得させた。羊は平地と言うより高原地帯でしょ。モン族に任せておいていいと思うけどね」
単純な効率第一というのは思ったよりうまくいかない。単位面積あたりの収穫を考えるなら麦の方が牧畜より高い。
「多分、その前にやることがあるだろうね。現状でモン族、ラピト族には大都市が存在しない。これは市場が小さいことを示している。ヴァンジヤード少尉、門前市?って知ってるかな?」
「日本で神社や寺の前に市場を開くことですよね?」
「そーお。なぜそうなるかと言えば、昔、室町時代くらいまで日本では都市と言う物がほとんどなかったからだ。人がコンスタントに集まるのは神社仏閣に限られる。だから門前市でないと大がかりな商売にならない。五日市とか、八日市とかいうのも、普段人口が少ないからこそ、決まった日に皆が集まって商売していた。これだとそれほど経済活動は活性化しない。市を開いて工業村落群を作るというのであれば、中核に都市を造るか、輸送体制を拡大する必要がある」
「輸送体制の拡大というと、インフラですか」
「話が早い。モン族の所にすぐ都市を造るわけには行かないから、そうなると効率化を図るなら、まずインフラ。道路の街道の整備と輸送手段の確立を行う必要があるだろう。道路を舗装しろとは言わないけど、ある程度整備が必要になるだろうし。それに」
「それに?」
「馬車が大量に必要になるでしょうね。輸送コストを下げてやりとりできるようにして始めて工業村落群ができるだろうね」
「では、馬車の大量生産?だとするとモン族ですかね?」
「モン族の方にいる連中と連携して生産を当たって見ることだね。正直、第3師団としても馬車が大量に欲しい。この先の進撃を考えるとトラックの生産が追いつかないから、戦略輸送の足しに是非とも馬車を使って、輸送部隊のトラックは戦術輸送に限定したい。いっそのこと、歩兵部隊の移動にも馬車を利用したいくらいです」
前線に物資を運ぶ戦術輸送は機動力がいるのでトラックが望ましい。しかし、補給拠点に物資を集めて輸送する戦略輸送は速度よりいかに低コストで大量に運べるかにかかっている。
「あ、あのう、空輸は出来ないでしょうか?」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が手を挙げた。この間から来ている百合園生徒である。
「空輸?」
「モン族のワイヴァーンを利用できないかなと」
「却下」
「はうっ」
久しぶりの志賀の却下である。
「ワイヴァーンは人間で言うと二人乗せるのが精一杯です。輸送力は高くありません」
やはり輸送を考えるのであればコストを無視できない。
「もし、ワイヴァーンを使うなら高速郵便、宅急便くらいになります。しかし、宅急便にしても普通は集配を工夫して配って回る。運べる量を考えると採算がとれません。それにそんなにワイヴァーンがあるなら航空部隊を強化するのが先決です」
「あうう。モン族の羊やラク族のお魚はチーズや干物が作れるので輸送できればと思ったのですが」
「チーズ?干物?」
「はい」
「それは調べて見てもいいかもしれません。もし特産になり得るならそこに輸送路を設置する価値が生まれますそれならば輸送もやりようが考えられます」
そこに香取 翔子(かとり・しょうこ)とアーディー・ウェルンジア(あーでぃー・うぇるんじあ)、ミア・マハ(みあ・まは)がやってきた。
「報告します。現状でテロ事件に関する聞き込みを行っていますが、何者かが内部から仕掛けたと判明されるものの、どこから来たのかは今の所はっきりしません」
やや肩を落とす形で香取は言った。
「まあ、なかなか相手も尻尾を出さないよねえ。手慣れてるって言うのかな?」
志賀は腕を組んで椅子に座り直した。
「ラク族内部の極右過激派とあたりをつけましたが、現状では尻尾をつかめませんでした」
「極右過激派ってのはどのくらいいるのかな?」
「それについては、調査した限りでは見受けられません」
ウェルンジアが答えた。ウェルンジアは周辺部族の政治関係の情報を調べていたところだ。
「ラク族は概ね中央集権的な封建制度と言っていい状況です。有り体に言って、キュリスタ家を君主とする小王国と言っていいでしょう。特に長期間にわたってラク族を統治した実績から、一種の宗教的崇敬に近い尊敬を得ており、今までも大きな反体制勢力は見受けられません」
ラク族領主キュリスタ家はラク族の「何とはなしの敬意」を受けており、概ねキュリスタ家を中心にまとまっている感じである。(日本人が皇室を見ているような感じ。「着ぐるみ大戦争〜明日へ向かって走れ第二回参照」)
「これに対して、モン族は一種の中世の都市ギルド的なまとまりで固まっています」
モン族はいわゆる鉱山や一定の牧畜民毎にギルドの様なものを作ってまとまり、これらが集まって評議会的に運営を決めている。形態的にはヴェネツィアあたりの都市国家の初歩的なものだと思えばいい。もっとも、明確に評議会、というほどのものではない。
一番原始的なのはラピト族で、概ね村?単位で集まり、古老が村をまとめ、村同士が連絡して決めるような村落共同体的な政治体制である。要するに、
「今年の麦の作付けはどうすべえ?」
「今年は田子作の所から始めるべや」
「うんにゃ、権兵衛のところはおっかあが病気で伏せってるで、皆で手伝ってやらねばなんねえだぁ」
「んだ、んだ」
……的な感じである。例えば道路を直す場合もラク族は概ね基本の道路は領主が監督して行うことになる。税金は高いが工事をする者には日当が支払われる。これに対してラピト族は村毎に責任を負う形であり、税金は安いが工事は皆が無給、総出で行うことになる。政府としてしっかりしているのはラク族であり、ラピト族はかなりのんびりしている。
「これらをまとめながら基準を作るのは結構難しいと思います」
「統一した政治体制を造るか、それとも階層的な体制にするか、簡単には変えられないとなると、わかりやすい形での上部組織、中央政府的な物を造るしかないかな?」
「全部をいきなり、同じ政治体制にするのは困難です」
「ま、シャンバラ全体も同じだし、縮図と考えればいい」
シャンバラの各地方もそれなりにばらばらだ。目指すはシャンバラ王国なので中央が君主制?になることは間違いないが各地方をどうまとめるか、中央と地方をどうするか、実態はどうあるべきか、等が検討事項となる。
「でもそうなるとテロを起こしたのは、後はより混乱状態を作り出そうとする鏖殺寺院くらいとしか考えられませんが?」
香取はやや疑念を持った形でいった。
「目の前の視点でみるからそう思うんだろうね。俯瞰して考えて見ればいい。一つ聞くが、今、鏖殺寺院にとって一番目障りな存在は何だろうか?」
うーんと考える仕草をしたマハが言った。
「おそらく、女王候補、ツァンダ家のミルザム嬢ではないですか?」
今月の女王候補宣言は皆強烈に印象に残っている。
「その通りだ……。じゃあ、その次は?」
「その次?」
「おそらく我々でしょうね。皆女王候補という『中身』に気を取られているけど我々は具体的に『器』を造ろうとしている。しかも女王候補宣言は今月だ。先月までなら、鏖殺寺院主催『目障り度?1コンテスト』で優勝が狙えたのが我々ですよ」
第3師団が構築中の同盟はある意味、シャンバラ王国のモデルケースといって良い。具体的に首長家以外で地球人とシャンバラ人とが力を合わせて王国復活のための組織を作ろうとしているのは事実上ここだけである。首長家は互いに利害関係があることを考えると一応教導団ではあるものの割と普遍的なシャンバラ王国像を示す上でその意味は大きい。
「我々と、ワイフェン族が争うと言うことは逆に言えば周辺に『シャンバラ王国復活』の強力な政治的アピールになる。ラク族と組んだのがどちらにせよ、そうなればシャンバラ王国復活に向けて世論がまとまるでしょう。なら鏖殺寺院にとってこれほど目障りなことはない。では我々とワイフェン族との戦い、鏖殺寺院にとって一番都合のいい状況は何でしょうか?」
「それは、第3師団とワイフェン族が共倒れすることでしょう」
やや青ざめた顔で香取は言った。
「そう、そしてそれだけじゃない。『シャンバラ王国復活を唱える二勢力が互いに争い、血みどろになる』状態を徹底的に見せつけること。そしてラク族がそのどちらとも手を組まないことでこの流れを反シャンバラ王国の方へ誘導できます」
「可能性としては一番高いわけですか?」
「可能性としてはね。引き続き調査は必要だろう。他の学校などで鏖殺寺院がどのような行動を行っているかを調べて見るといいかもしれない」
モン族の山中、鉱山の一つでは採掘の効率化を鑑み、実験的試みが行われていた。カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)はしきりと採掘していた岩を粉砕している。
「ぬう、粉砕機もないなんてぇ〜」
イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)少尉と一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は実験的な精錬場の設置を申請して認められた。とはいうもののまともな設備はなくあり合わせの物で行うしかない。と言うわけでスタードロップはせっせと、作業している。
「機械化する方法を模索したいんだけれど」
なかなか簡単にはいかない。技術部に協力を依頼したものの向こうは向こうで戦車作ったり小銃生産したり、搭載兵器を開発したりと人員が余っているわけではない。多少の道具は貸してくれるというので、せっせと準備を行っているところだ。水車を利用する事も考えたが、都合良く川があるわけではない。結局、モン族とも相談した結果、粉ひき機の原理を応用してごりごりと大型の石臼を牛に引かせると言うあたりで決着している。石臼がすぐ駄目になるので金属製?の臼が必要になるかもしれない。
「教導団はボケが多すぎますわ」
実験場の一角でぼやきながらグロリアーナ・イルランド十四世(ぐろりあーな・いるらんどじゅうよんせい)も細かくなった石を選別している。ドラム缶を改造して比重を利用して石の識別を行っている。
その上で成分分析を行い、とれる鉱石を調べている。
「で、どうなんだ?」
オーヴィルは試験採掘の結果を心待ちにしている。うまくいけば収益が上がりやすくなる。またオーヴィルの期待は新鉱物である。
「特には。主となるのは鉄鉱石。あと、タンタル、インジウム類のレアメタルが少し。チタン、タングステンが少々と言ったところですわ」
「銅とかアルミニウムとかは?」
「この付近では採掘されないようですわ」
「そうかあ〜」
オーヴィルとしては残念そうである。希少金属がそこそことれる割には用途の広い銅やアルミはあまりとれないようだ。
「そのあたりはモン族領域以外の場所を調べた方がいいかな」
「モン族領域も山岳地帯には未探査地域が多いですから。他にもあるかもしれませんがいずれにせよ調べるにもかなり時間がかかりますわ」
現実でもそうだがある程度ボーリングしたりしなければならず。調査するだけでもかなりの大事になる。
「ま、金銀でも出ればいいのかもしれないがそれはそれで問題か」
もし、金銀でも採掘されよう物なら、地球から国家レベルで採掘に大挙して押し寄せてくる。現状の開発の枠組みは維持できないであろう。そう言う意味では却っていいのかもしれない。
その一方で一条が戻ってきた。一条も鉱山の効率化を鑑みてレールの敷設を考えたが、そうなるとレールがかなり必要になる。
「結構大変です」
モン族独自にレールを敷けないかと思ったが、今まで手堀りだったことを考えるとレールの大量生産は簡単にはいかない。また、レールを敷くなら斜めに掘って行かなければならないが現状では鉱脈堀りしているので、真下に降りたりいきなり坑道が直角に曲がったりしている。(鉱脈に沿って掘り進んで行くためこうなる)レールを敷くならこれから掘る鉱山になる。今の所はモーターで引っ張り上げるレベルになるだろう。
「思ったより苦労するなあ」
「ええ、機械をどんどん導入できれば簡単でしょうけど」
オーヴィルと一条は顔を見合わせた。
「とにかく、戦車やトラックを作るのに鉄はいくらでも必要だ。少しずつでも進めてくことだろう」
「久我は戻ってきてない?」
呼びにやると久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)がこちらに来る。鉱山から鉄道敷設が可能かどうか調査させていたのだ。
「モン族領域は街道を除けば山岳・高原地帯なので輸送には苦労するよ。鉄道の敷設も容易じゃない」
鉄道を敷設しようとするとかなり金も設備もかかる。さすがにいかに教導団といえど無尽蔵に金があるわけではない。特に起伏が多い部分は多く、山道もでこぼこしている。また意外と忘れられることだが、ただ鉄道を敷設すればいいというものではない。鉄道を運用するとなれば機関車もしくは電車が必要だが、それを整備・運用するシステムが必要になる。故障したときどうするのか?事故が起きたときどうするのか?言うまでもなく、運用の主体はこの場合、あくまでモン族である。モン族が扱えないようなものでは困るのだ。
「技術的に検討するなら確かに鉄道の敷設は望ましいが、大がかりな物は規模的に難しいよ」
やはり、曲がったりする際にトラックより大曲りになるため面積を喰う。
「小型でいいならモノレールの方がいい」
「モノレール?」
オーヴィルはぴんと来ないようだ。
「トロッコにモーターつけてゴトゴト動く奴です。スイスあたりで使ってます」
要するにレール一本の鉄道と考えていい。小型であまり運べないが、これならば数ヶ月で設置することはできる。もっとも、レール敷設はしなければならないし、ある程度は整地も必要となる。
「どうせ整地するなら、道路整備を行って通常移動を便利にした方がいいかもしれません」
あれもこれもはできない。どれを選択して整備していくかである。
タバル砦近辺で警備に当たっていたのは月島 悠(つきしま・ゆう)ご一行である。
「ぬうっ兵隊が全然いねえ、さては俺に恐れをなしたか」
張 飛(ちょう・ひ)が周りを見ていった。とりあえず警備がてら新兵をしごいてやろうと思ったのだが、ほとんど出払っていて残っていない。主力は第3師団と一緒に前線へ、そのほかの者は知っての通り分校へ向かって訓練を受けている。ここにいるのは拠点警備の者だけである。今は砦の一角、食堂のあるところだ。
「そうやっていかめしい顔するからみんな怖がるんでしょ」
麻上 翼(まがみ・つばさ)が腰に手を当てて言った。
「うおおっ、俺は欲求が不満している〜」
「月島くん、月島くん」
麻上は月島に近づいた。
「張だけでも前線に送った方が良かったんじゃあ」
思わず小声で言う麻上。
「そうかなあ」
やや自信のない月島。とりあえず関所とも言うべきタバル砦にて怪しい者を警戒している。今の所通りかかってはいない。
「例の爆破事件はラク族なのだからぁ〜。そちらの捜査に協力した方がいいんじゃないの〜」
ホリィ・ドーラ(ほりぃ・どーら)も現状に疑問である。月島としてはテロを警戒しているのであるが事件が起こったのはラク族の所だからだ。確かにワイフェン族が通過するとなると注意が必要である。(もっとも、ラク族の所に交渉に来るワイフェン族は通さねばならない場合がある)
考え込む月島。
「それはそうと一番怪しいのはお前だ!」
「はい?」
飾り付けをしている綺羅 瑠璃(きら・るー)に向かって月島は指を突きつける。
「何をしている?」
「何ってクリスマスの飾り付けですけど?」
「……クリスマス……飾りつけ……」
一度うつむいた後顔を上げる。
「戦場までもうちょっとなんだぞお!」
「まあ、硬いことは言わないでさあ」
沙 鈴(しゃ・りん)が平然と言った。物資の運搬中に立ち寄ったのだ。
「せっかくだから気分だけでも。とりあえず多少は食料もましなのをもらってきたし、七面鳥とは行かないけれど鳥腿のローストは大分もらってきたから。この後、師団まで届けるつもりだし」
沙はお客さんを乗っけて来たところだ。
便乗してきた黒崎 天音(くろさき・あまね)とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は食堂の一角でちゃっかり料理にありついている。
「ま、敵を追い返して砦辺りはとにかくも安全になったのならいいじゃないか」
平然とした感じだ。
「それにしても、モン族も有力な指導者みたいなのはいないのかな?」
「モン族は鉱山や職人組合、牧畜の団体毎にまとまっている。文化的には近いし利害的にも同じなのでモン族としては団結している」
特に内部の勢力争いが激しいと言うことはないらしい。いわゆる『山の民』が総体としては助け合っている様な感じだ。
「黒崎、まだ学舎には戻るつもりはないのか?」
アッシュワースはふらふら旅している黒崎の行動をそろそろ機にしだしている。
そこにもうひとりのお客さん、サーデヴァル・ジレスン(さーでばる・じれすん)がやってきた。
「場所的にはやっぱりこの辺かな?」
ラピト、モン、ラクの各部族の中間はやはりモン族である。ジレスンは輸送手段の検討に来たが、鉄道を敷くにはやはりかなりの整地が必要である。道路の整備はいずれにしても必要だがやはり、手段としては馬車かそれに準じた物になる。ただし、ラク族は湖沼地帯なのである程度船による交通が可能だ。ラク族では平底の船をずいぶん持っている。内海まででることもあるようでしきりと利用されているが、船自体は川船がほとんどだ。難所はやはりモン族周辺であろう。
オーヴィル達の情報も確認したが考えねばならないのはコスト、運用問題、整備、技術などである。鉄道は確かに輸送力とコストは安いが初期投資が馬鹿にならない。その辺りをきちんと検討してきめなければならない。