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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編
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エリア【C】

 ここもやはり、十数人は滞在出来そうな広さを持つ空間であった。この先にも同様の空間が存在するものと予想され、そして生徒たちは次のエリア【D】を目指すため、休息を取ったり、次の分かれ道の状況を探ったりしていた。
「ここまでお疲れさまです〜。はい、どうぞ〜」
「ありがと〜メイベルちゃんっ。……はぁ〜、あったまるよ〜」
「寒いだろうと思って用意してきたよ。みんなの分もあるから、良かったら飲んでってね!」
 アインストの先行部隊を率いてきたリンネへ、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の用意してきた飲み物を渡す。ゆるやかに湯気を立てるそれは、何もかも冷え切ってしまうような洞穴内でも、身体そして心を温めてくれるようであった。
「……この先に、今回の事件を引き起こした原因があるんですよね。できるだけ早く原因の究明をして、街の方々の精霊さんへの偏見や誤解を解いてあげないとですね」
「そうだね〜。みんなは精霊だけじゃなくて他の色んな種族とお友達になってるから気にしないのかもだけど、街の人たちから見ればぜ〜んぶ、知らない人、になっちゃうんだよね。ちょっと淋しいけど……でも、この事件が解決したらきっと、みんな仲良くなれるよね?」
 リンネの言葉は、メイベルたちに尋ねるようにも、そして自分自身に言い聞かせているようでもあった。これまで割と気楽に学校生活を謳歌してきたリンネも、アインストのリーダーとしての日々を送る中で、様々な者たちの思いに触れてきている。それらの思いは同じところもあれば全く違うところもあって、なかなか一つにまとまらないものなのだが、それでもリンネはみんなが楽しく、そして仲良く日々を過ごしてくれたらなあと、思うのであった。
「ただいま戻りましたわ」
 直後、カヤノとレライアと共に、この先の分かれ道を調査していたフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がメイベルのところへ戻ってくる。
「一箇所、道が完全に塞がっていて通れない場所がありました。そこは通らないようにお伝えしておいた方がいいと思います」
「あたいが氷をぶつけてもびくともしなかったわ! なんなのよもう!」
 調査をして分かったことをリンネに伝えるレライアの横で、カヤノが思い通りに行かなかったことに憤慨していた。自らのテリトリーであるはずの氷の空間で、自らが律し切れない事象があったことに、信じられないといった様子である。
「カヤノさんでもということは、それだけ原因が強大ということなのでしょうか……」
「とにかく、行ってみなきゃ分からないよ。メイベルちゃんはここで、遅れてきた人を労ってあげて!」
 不安な面持ちのメイベルに笑ってリンネが告げ、そして一行は次の分かれ道に各自足を踏み入れる準備をする。
 
 通行不能
 【C5】
 
 通れるが、その先の状況は不明
 それ以外
 
 奥に行くに従って、得られる情報が段々と不鮮明になっていく中、できるだけ後続の部隊の負担を軽減しようと、リンネに率いられた一行は分かれ道を進んでいく。


エリア【C4】

「くっそぅ、寒ぃにも程があンだろコレ……」
 進行の邪魔になりそうな氷の塊を、巻き上がる炎の風で吹き飛ばした五条 武(ごじょう・たける)が、上着を着ても防ぎ切れない冷気に身を竦ませる。爆炎を巻き起こす一瞬は寒さを忘れられたが、それも一瞬のこと、炎の風が消えればたちまち寒さに苛まれる。
「そんなに寒い寒い言うなら、茶でも飲んで暖まれよ。……ほら、あっという間に完成だぜ」
 氷を一欠片、カップに放り込んだテッド・ヴォルテール(てっど・う゛ぉるてーる)の手の中で、段々とカップから湯気が立ち上る。そこにティーパックを入れれば、即席のお茶の完成である。
「ああ……って、大丈夫なのかよ、もし何か変なモンいたらヤベェだろ」
「十分熱してるから、もし居たとしてもとっくに死んでるだろ。それにあんた改造人間なんだろ、その辺も強化されてんじゃねぇのか?」
「そういう問題じゃねぇ! そんなモン好んで飲みたかねぇぞ!」
 しかし実際、改造人間が食中毒で倒れるという事態はなかなかにシュールであろうか。
「馬鹿な言い争いをしているあなた達を置いて、この先の様子を見てきました。一つ、気になるところがありました」
「……馬鹿は余計だ、イビー。で、その気になるってのは何だ?」
 頑丈な身体を活かして威力偵察を行ってきたイビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)が、本人が言う『気になるところ』に武を案内する。しばらくすると一行の前に、人の背丈はありそうな氷の塊が現れる。
「あそこを見て下さい」
 イビーに言われたとおりに武が視線を向けると、氷が自ら光を放っていた。どうやら中にある何かが光を放っているらしかった。
「って、これブッ壊すのかぁ? 俺だけじゃちっと厳しいぜ、こいつは」
「んじゃ、俺も手を貸してやるぜ。俺もアレが何なのか、気になるしな」
 テッドの補助を受けた爆炎、名付けるなら『ブースト爆炎波』を氷塊にぶつければ、吸い込まれるように消えた炎の嵐が氷塊にヒビを作り、直後それが真ん中から割れるように破壊される。中の物を回収に向かったイビーは、【四角い水色の直方体】を武に見せる。
「中の氷が光を放ってたのか。しかしこれは一体何だぁ?」
「マジックアイテムだとしたら、皆さんと合流すれば判明するかもしれませんね」
 とりあえず手に入れた物を仕舞い、そして一行はその後も度々出てくる氷の柱や塊を、重ね合わせた炎で吹き飛ばしていく。


エリア【C6】

「と、に、か、く、寒いのでありますうううぅぅぅ!! おい何とかならねーのかサラマンディア、あんた炎熱の精霊だろ!?」
「うるせー黙って歩けよチビ! さっきから氷の壁やら冷気やらに邪魔されていい加減頭に来てんだ! 分かったらとっとと歩けでないとその辺の割れ目にぶち込むぞ!」
「なんだと野郎!? つーかまたチビって言いやがったな! あたしはチビじゃねーって何度言ったら分かんだよ!」
「チビはチビだからチビっつって何が悪い!!」
 土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)サラマンディア・ヴォルテール(さらまんでぃあ・う゛ぉるてーる)の激しいやり取りが、氷の壁を伝って先の向こうまで飛んでいく。一見不毛な行為に見えなくもないが、結果として身体は暖まったので効果はあったようだ。
「……んな騒いでっと、その内天井が崩れたりするんじゃないか?」
「まさか、雪山じゃあるまいし――」
 氷柱が幾本も連なる天井を見上げて月崎 羽純(つきざき・はすみ)が呟くのを、冗談めかして返そうとした遠野 歌菜(とおの・かな)は、その視線を向けた氷柱がグラグラと揺れるのを目の当たりにする。
「……それだけじゃねぇ、ここ一帯が揺れてやがる!」
「ひ、ひばりん、サラマンディアさん、大丈夫!?」
 声を飛ばす歌菜の前方で、突然地面が裂け、出来た割れ目に足を滑らせた雲雀が飲み込まれかけるが、手を伸ばしたサラマンディアにより、すんでのところで踏みとどまる。
「落ちる、落ちるであります! サラマンディア、ぜってー離すんじゃねーぞ!」
「……そう言われると離してみたくなるんだが?」
 そんなことを言いつつも、サラマンディアが雲雀を無事に引き上げ、大きく息をついた雲雀が次の瞬間には寒さを感じて、座り込んでいた地面から立ち上がる。
「ひばりん、大丈夫だった? 怪我はない?」
「遠野ど……遠野さん、ご心配には及びません、自分は平気であります」
 気遣いの言葉をかける歌菜に頷く雲雀。やはり原因の存在が近くなってきたのか、予想もしないことが各地で見られるようになっていた。覗き込んだ裂け目は深く、うっかり飲み込まれればどこまで落ちたか知れたものではない。おそらく助からないだろう。
「さて、これからどうする? 無理にこの先を進むのは危険だと思うが」
 裂け目はそれほど広くはないものの、足場も悪く、何より深い。危険を冒して先に進むよりは、今の道を放棄して迂回する方が確実であろう。その考えに至った一行は迂回出来そうな道を模索する。そして右方に、他の箇所より壁が薄い場所を発見する。
「これなら、どうにかすれば私たちでも壊せそうだね」
「そうだな。俺の火だけじゃちっと足りねえか?」
 歌菜に頷いて、サラマンディアが掌に炎を浮かばせつつ呟く。
「こんな時のために、これを持ってきました。これとサラマンディアの炎を合わせれば、溶かしきれると思います」
 言って雲雀が、教導団から持ち寄った手榴弾――生成された破片を飛ばすタイプではなく、焼夷手榴弾と呼ばれるタイプ――を取り出し、ピンを抜いて壁の前に放る。手榴弾が激しい火を散らせると同時に、遠くから撃ち込まれたサラマンディアの炎が重なり、壁は瞬く間に全体にヒビが入り、やがて崩れる。崩れた氷の欠片が手榴弾の炎を消すと、後には先へ続く道だけが残った。
「成功みたいだな。他の仲間にも、この道は通らないように情報を入れておかないとな」
「えっと、私たちが歩いてきたのが確か【C6】で、この先が【C7】だよね。間違えないようにメモしておくね」
 羽純の提案に頷いて、歌菜が情報を書き起こしていく。
「おいチビ、さっきは助けてやったってのに、礼の一つもなしか?」
「何だよ、別にいいだろ、礼なんて」
「ダメだよひばりん、助けてもらったらちゃんとお礼を言わないと」
「そうだな、どのような事情であれ、礼節は尽くすべきだ」
「うぅ……」
 サラマンディアに反抗していた雲雀だが、歌菜と羽純とに諭され、渋々といった表情で口を開く。
「……助かった、礼を言う」
「ったく、可愛くねーの! ……ま、俺は優しいからな、これ以上言わないでおいてやるぜ」
「って、頭を撫でるなこの野郎! いつまであたしをチビ扱いしやがる!」
 ぽんぽん、と頭を叩くサラマンディアに雲雀が激昂する。
「羽純くん、私も私もっ」
「……勘弁してくれ」
 その様子を見て頭を向けてくる歌菜に、羽純が溜息をつくのであった。


エリア【C2】

「わ〜、このもよう、キレイなのです〜」
「ホントだ、キレイだね〜! ちょっと写メっちゃおうかな〜……わ、ダメだよすぐ真っ白になっちゃって撮れないよ〜」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)の指差した、氷の壁に浮かび上がったまるでアートのような模様に、リンネが携帯をかざすも冷気ですぐに曇ってしまう。
「何がそんなに盛り上がるのかしら? あたいにはサッパリなんだけど」
「わたしとカヤノは見慣れてるものだけど、お二人には違って見えるのよ。反対に、お二人には見慣れてるものでも、わたしとカヤノには違って見えるものって、あると思うわ」
「う〜ん、違って見えるもの、なんだろ……う〜ん……」
 レライアの言葉に、カヤノが唸りながら考えるものの、
「……あ〜やめやめ。あたい、9秒考えると頭が熱くなって気持ち悪くなるのよね!」
「……9までは数えられたのね……えっ、何か言ったって!? ううん何も言ってない、言ってないわよ」
 レライアの少々毒気づいた言葉は、カヤノには聞かれなかったようである。
「……でも、こうしていると、これから先何が待っているのか分からないはずなのに、大丈夫って思えるから不思議だわ」
「あたいはいつでもなんとかなるって思ってるけどね! だいたいそんなもんよ人生って」
「……わたしたち、人?」
「レライアちゃん、ツッコむのは多分そこじゃないよ? ……でも、なんとかなるって思ってたらなんとかなるかもしれないし、なんともならなかったらどうにもならなくなっちゃうんじゃないかな? いつもそうじゃないかもしれないけどねっ!」
 えへへ、と笑ってリンネが言う。ヴァーナーがリンネ一行に加わったことで、こんな掛け合いが出来るくらいに気持ちの余裕が生まれていた。
「よーし、それじゃいっくよー、ボクらのアインスト、リンネおねえちゃん! カヤノおねえちゃん! レライアおねえちゃん!」
「おー!」
「……あたいもそれに加わってるの!?」
「まあ、楽しそうだし、いいのではないかしら?」
 ヴァーナーが拳を突き上げ、リンネが続く。いつの間にか巻き込まれる形になったカヤノとレライアも、場の雰囲気に押される形で拳を天に突き上げ、そして一行はエリア【D】を目指す――。


エリア【D】

 リンネ率いる一行は、ついにエリア【D】まで到達することに成功した。
 しかし、流石に先行を続けた結果は大きく、一行の間には随分と疲労が見られた。
 そこで、先行部隊は一旦ここで大休憩を取り、後続の【後詰め】【殿】部隊と情報を交換し合いながら合流を図る案が取られた。
「後に来る人が調査しやすいように、この先の分かれ道も危険がないか調べておかないとね。もう一仕事、頑張らないと」
 自身も疲労が重なりつつも、神和 綺人(かんなぎ・あやと)が分かれ道の先に危険がないか、一つ一つ丁寧に調べていく。
「アヤ、無理はしないでください。私はまだ平気ですので、代われる仕事がありましたら仰ってください。……といっても魔法には疎いので、力仕事が主になってしまいますが」
「ありがとう、クリス。じゃあ、その時が来たら、頼りにさせてもらうよ」
 体力には自信があるのか、まだまだ調査を行えそうなクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)を心から頼もしく思いながら、綺人が歩を進める。事実、綺人では退かすのに難のある――主に体力の消費の問題で――氷塊や柱であっても、クリスは健気に武器を振るい、障害を排除していた。
「こちらの方でも情報を提供しておけば、後に来られる方の負担が減るでしょう。……にしても、このカラクリは便利なものですね。離れた相手と瞬時に情報を交換できます」
「これだけ気温が低いと、動作に支障があるかと思われたが……校長が自ら監修しただけあるな」
 二人の後方では、得た情報を神和 瀬織(かんなぎ・せお)ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が銃型HCを操作して、先行部隊を追ってきているはずの者たちと、まだ調査を終わっていない場所の確認や、既に終わっている場所の確認などを行っていた。確かに極低温である洞穴内で無事に銃型HCが動くかどうか懸念されたが、流石環菜校長が自らの知識と資金力に物を言わせて作り上げた装置だけあって、この洞穴内でも問題なく稼働していた。その内高圧力下、さらには宇宙空間でも使用可能とか言い出すのではないだろうか。いや、あの校長のことだから、既にその条件はクリアしているのかもしれない。
「……うん、これで全部の道は調査し終えたね。後は仲間に任せよう。……ふぅ、流石に疲れたかな」
「お疲れ様です、アヤ。幾人かが温かいお茶や食事を用意していると聞きます。私たちも戻って頂きましょう」
「そうだな。冷えたままでは身体の抵抗力も落ちる。後続に役目を譲るとはいえ、俺たちも休息が終わり次第後を追うことになるのだからな、体力は出来るだけ温存、回復させねば。負った傷は癒せても、こればかりはどうにもならないからな」
「人の身というのは厄介なものですね。魔道書のわたくしには感覚が湧きませんが」
 体力や魔力といったものが瞬発的であるなら、長く冒険を続けられる力は持続的である。それらは目に見えにくいが、体力や魔力と同様に大切なものであり、そして一人では賄い切れない部分がある。だからこそこうして役割を決め、皆で力を合わせて困難に立ち向かい、解決していこうとするのだ。

 ……では、人でない彼らは、この時一体何を思っていたのだろうか?
 それは、彼らが目的地に辿り着いた時になって明かされる――。