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【ろくりんピック】ムシバトル2020

リアクション公開中!

【ろくりんピック】ムシバトル2020

リアクション

○第十三試合○
「ここからも強豪が続々と登場するよ! 東から、パラミタジュウシチネンゼミのオネェチャン!」
 ジジジジジッと、あの夏場に玄関から聞こえるとドアを開けるのが嫌になる音がする。
 今大会初の、セミでのエントリーだ!
「ジュウシチネンゼミのジュウシチネンって、十七年のこと?」
 リースが、会場にいる多くの観客が思っていた疑問を、代表で口にする。
「そう。成虫になるまで十七年かかるんだ。ご苦労なこった」
 腕を組み、口調とは裏腹に神妙な表情で語るアリス。
 成虫になるまでの十七年。ずっと土の中で、青空を夢見てきたのだ。
 とまあ、オネェチャンの生い立ちはとてもシリアスなのだが……。
「いやっほぅ。ムシバトルだぜー!」
「おらオネェチャン! サクサクいこうぜ!」
 ブリーダーの羽高 魅世瑠(はだか・みせる)と、セコンドのフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)からは、あまりそういった悲壮感を感じることができない。
「元気出して行くのが何よりだし」
「それより、相手チームにはいい殿方が多いようで……」
 同じくセコンドのラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)アルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)も同様だ。
 そんなセコンドたちの性格が移ったのだろう、オネェチャン自身も、ぶんぶんと愉快そうに飛び回っている。
 元気があるのは、いいことだ。

「西より、ミズウミソフトクリームイナゴのツクダニ!」
 かつて日本の真ん中あたりにある湖畔で、ソフトクリームにイナゴの佃煮をぶっ刺して食すという食文化があったという。
 やがて、湖の近くで生息が確認された巨大イナゴに、この食文化から由来して、ソフトクリームの名がつけられたのだ。
 ブリーダーの野沢菜奈子は、湖畔でイナゴソフトを売っていた伝説の売店の末裔だという。
「このパラミタで、巨大イナゴに出会ったことは……運命だったのよね!」
「ホント、ツクダニっておいしそう……」
 セコンドのアルプス・ホワイトホースは、また違った目でツクダニのことを見ているようだが。

 試合開始!
 ジジジジジジ。
 オネェチャンが先に仕掛けた。速い!
 目にもとまらぬ速さで、あっという間にツクダニとの距離を縮めた。
 だが。
 ぴょんぴょんぴょん。
 ツクダニも、ものすごい跳躍力で逃げた!
 実はツクダニ、とんでもなく臆病な性格。迫ってこられたら、とりあえず逃げる。
 ぴょんぴょん、ジジジジ。
 逃げるツクダニ、追うオネェチャン。
「おら、オネェチャン、チュウチュウしちまえ!」
 オネェチャンのセコンド、フローレンスの叫び声が、ますますツクダニの恐怖をあおる。捕まったら、何をされるか分かったもんじゃない。
「これじゃ勝負が決まらないじゃない」
 持てる力の全てを逃げるために使っているツクダニ。
 逃げる。とにかく逃げる!
 だが……お互いに体力の限界というものはある。
 ツクダニもオネェチャンも、少しずつ動きが遅くなっていった。
 やがてツクダニは、場外ぎりぎりのところまで追い詰められていた。
「オネェチャン! 吸ってまえー!」
 その叫びを聞いたツクダニは……。
 ぴょん。
「え?」
「は?」
 自ら、場外へと、落ちた……。

「じ、場外! 勝者、オネェチャン!」

「ツクダニ……」
 しゅんとするツクダニ、腕組みをして待ちかまえる菜奈子とアルプス。
「まぁ……怖かったのは分かるよ。さあ、行こうか」
 後日、パラミタ内海沿いにある土産物屋で、イナゴの佃煮フェアが開催されたらしい。ツクダニと無関係であることを、切に願う。

○第十四試合○
「まだまだ続くよ! 東から、イルミンヒメスズメバチのエリザベート!」
 主賓席で観戦していたエリザベートが「またこの子ですかぁ」とつぶやいた。
 昨年も出場した、エリザベート校長と同じ名前を冠するスズメバチ・エリザベート!
 巨大なマントを身につけて、ヒーローのように入場してきた。
 ブリーダーは日堂 真宵(にちどう・まよい)
「この子こそ、校長エリザベートの真の姿なのよ!」
 バレバレの嘘を大声で叫びながら、観客の声援に手を振って堂々と歩いてくる。
 来賓席から「そんなの嘘ですわぁ〜」という叫びが聞こえなくもない。
「ま、ま。アイスでもどうぞ」
 来賓席から大声でクレームを叫び続けるエリザベート(校長)に、アーサー・レイス(あーさー・れいす)はカレー味のアイスを差し入れた。
「まぁ……悪くはないですわね……」
 意外なことに、カレー味のアイスはエリザベート(校長)に好評のようだ。
 エリザベート(校長)もおとなしくなったところで、エリザベート(虫)の入場も無事に完了した。
 ばさっとマントを脱ぎ捨てる。
 セコンドの土方 歳三(ひじかた・としぞう)ベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が、素早くそのマントを回収した。巨大虫サイズのマントだ。客席にでも飛んでしまったら迷惑になる。
「これも用意しておいたぜ」
 歳三は「誠」と描かれた旗をかかげた。この旗もマントも、歳三の自信作だ。
「なんかうれしい……」
 それを見てにやりと笑ったのは、レフェリーの誠だった。

「さて。西からは、タングステンルリイロマイマイの蒼!」
 ずずず、ずずず。
 大きなうずが歩いてくる。
「マイマイって、わかりやすく言うとカタツムリだね」
 そしてルリイロ……瑠璃色とは、青い色に近い。
 きれいなブルーのカタツムリが、ゆっくりのっそりと歩いてくる。
「わー。きれいー!」
 客席からは、カメラや写メで撮影している音があちこちから聞こえる。
「蒼。大人気だよ!」
 そんな客席の様子を見て、ブリーダーの芦原 郁乃(あはら・いくの)は、満足げに蒼に話しかけた。
「蒼、実力も診見せてあげようね」
「やってやるです!」
 セコンドとしてついてきた秋月 桃花(あきづき・とうか)荀 灌(じゅん・かん)の準備も万全だ。

「それでは、プレイボール!」
 さすがにレフェリー誠の声も枯れてきた、十四試合目のゴング。
 ひゅっという風音を残して飛び上がったのは、エリザベート!
 あっという間に蒼の背後にまわった。
「いけ、エリザベート」
「エリザベートっ!」
 エリザベート、エリザベート……と、名前を呼び捨てで連呼されることに、やっぱりエリザベート(校長)は少し納得のいかない表情で、でも一応黙って見守っている。差し入れのアイスが効いたのかもしれない。
 蒼に攻撃を加えようとしたエリザベート!
 だが、打撃の瞬間、蒼は頭を堅い殻の中に引っ込めた。
 コーーーン!
 柔らかいボディ部分に攻撃ができない。一応殻を叩いてはみたものの、小気味よい音が響くだけで、びくともしない。
「蒼、もう少しだからがんばって」
 桃花の声は確実に蒼に届いているようだった。蒼はますます防御を固める。
 困惑したエリザベートが攻撃の手を止めた、その時!
「今です! やってやるです!」
 ここが反撃時とみて、灌が攻撃命令を出した!
 にゅっと頭を出すと、すぐにエリザベートの位置を確認。
 ぐっと首を伸ばして、相手を押し出す作戦だ!
 だが……これこそがエリザベートの罠だった!
 攻撃の手を止めたのは、困惑したからではなく、やわらかいボディの部分を誘い出すためだったのだ。
 蒼の頭が出た瞬間、あらかじめ身構えていたエリザベートは、全力の体当たりを喰らわせた!
 ふにょん。
 マシュマロを押し込んだような感触。
 そして……こてん、と、蒼は転がってしまった。
「ああ、蒼〜〜〜!」
 セコンドは懸命に声をかけるが、レフェリーのカウントはすすみ……。

「勝者、エリザベート!」

 蒼は起き上がることができなかった。
「ほら、ごほうびだよ」
 新鮮なキャベツを与え、少し休憩をとると、蒼はようやくゆるゆると起き上がった。どうやら大事には至らなかったようだ。
「よくがんばったよ」
「あとで、もっとたくさんキャベツを食べさせてあげるです」
 カタツムリでもムシバトルを戦える可能性を見せてくれた蒼とそのセコンドに、客席から大きな拍手が贈られた。もしかしたら、これをきっかけにマイマイブームでも到来するかもしれない。

○第十五試合○
「東シャンバラチームより、イルミンクロカミキリムシのスパーキング、入場!」
 昨年も活躍したスパーキングの登場に、会場からは大きな声援が巻き起こった!
 虫の寿命や体力のピークは、虫の種類によって実に様々。昨年通りの体力、もしくは昨年以上の実力をつけて、このバトルステージに戻ってくることができる虫もいるのだ。
「待ちに待ったムシバトルだよ、ムシバトル〜♪」
 このブリーダー、ノリノリである。今年もスパーキングを育て上げてきたのは、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)。セコンドのルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)とともに、元気に入場してきた。
「スパーキングならいいとこまでいけるっしょ〜」

「さて、では対する西シャンバラより、パラミタオオスズメバチのエリザベス!」
 ずんっ。
 スズメバチにしてはよく身体を鍛えているのか、重量を感じるエリザベス。
 今まで登場してきたハチたちとは、タイプが違うのかもしれない。
 バトルステージに上がる手前で立ち止まり、ブリーダーのジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)とセコンドのゲシュタール・ドワルスキー(げしゅたーる・どわるすきー)が丹念にエリザベスの身体を拭き始めた。
 ……が。
「ちょっと待って下さい」
 レフェリー誠が、その様子を見とがめた。
 よく見ると、エリザベスを拭いたあとに、白い粉のようなものが残っている。
「タオルになにか仕込んでますね?」
「さあ? キッチンから持ってきたから、小麦粉でもついていたんじゃね?」
 ジャジラッドは肩をすくめてしらを切る。
「一応、回収させていただきますよ。必要であれば、試合終了後に実行委員会から公式タオルを支給します」
 レフェリー誠により、ジャジラッドが持参したタオルは回収された。
 ここまでたくさんの試合が行われたにもかかわらず、全試合できちんと選手の持ち物とボディのチェックを怠らなかったレフェリー誠の目をごまかすことはできなかった。

「ああ、あと応援団の皆さん……」
 こしょこしょと、ジャジラッドとゲシュタールが、応援席の代表者に向かって、何か語りかけているようだ。
「わかりました。手配します」
 すぐに応援席に連れてこられたのはパルメーラ・アガスティア(ぱるめーら・あがすてぃあ)小谷 愛美(こたに・まなみ)アリサ・ダリン(ありさ・だりん)ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)の四人。
 今回はチアガール集団として応援参加しているのだが、どうもジャジラッドによると、彼女たちに前列で応援してもらうことが、勝利するために必須だというのだ。
「どういうこと?」
 愛美は不思議そうに首をかしげた。ちゃんと、後列の応援席から声を出していたというのに。
「まあ、これで勝てるというのなら」
 アリサは冷静だ。
 とにかくもう試合は始まろうとしているし、ここから応援するしかないだろう。

「では改めて……プレイボール!」
 何はともあれ試合が始まった。
 いったん、様子を見るために間合いをとったスパーキングだが、敵よりも自分の方が素早いということを悟ると、先制攻撃に転じた。
「敵はたぶん堅いから、いっぱい手を出すんだよ〜!」
 ミレイユの指示は的確に対戦相手の特製を見抜いている。
 エリザベスはとにかく堅い。スズメバチというとどうしてもスピードタイプを想像してしまうが、エリザベスは身体の大きな女王蜂。速さはないが、丈夫なのだ。
「……そろそろ、アレだな」
 ジャジラッドが促すと、ゲシュタールはひとつうなずいて、身構えた。
 何かエリザベスに対して支援を行うのだろうかと思いきや……なんと客席の方向に身構えている!
「……何を……」
 レフェリーが声をかけようとした時。
「キャアァァァァァ!」
 ゲシュタールから放たれたのは、濃度をおさえたアシッドミスト!
 濃度をおさえてある……つまりケガはしないものの、衣類が破けたりする程度の効果はある。
 客席の、特に愛美やアリサたちチアガールたちがいる方向に放たれたアシッドミストで、4人の衣装が破け始めている!
「やあぁぁぁん!」
 パルメーラはその場にうずくまってしまった。
 実はパルメーラ、この晴れ舞台を映像に残そうと、知人らにスマートフォンでの録画を頼んであったのだ。このままでは、あられもない姿が映像に残ってしまう!
「見事に脱げてねぇ……」
 普段から露出にあまり抵抗がないハイナは落ち着いたもんだ。
「タオルくれるー?」
 ろくりんピック公式タオルをスタッフに投げさせて、まずは愛美とパルメーラ、そしてアリサにかぶせてあげている。
「さてはこのために……チアガールを前列に……」
 アリサは呆れて、ものも言えなくなってしまった。
 よくわからない奇声が上がる。会場にいる男子たちだろう。
 実行委員会が、会場を落ち着かせるために走り回っている。
 レフェリーの意識もステージから一瞬離れてしまっている……が、ビデオ判定用の録画がなされているので、不正を見逃すということはないはずだ。
「スパーキング、目を閉じて!」
 そう言うと同時に、ミレイユが慌てて光術を放つ!
 本来、スパーキングの支援のために放とうと思っていたのだが、この緊急事態のため、チアガールの女の子たちのために放ったのだ。
 会場の視界がますます悪くなり、その間に女の子たちはタオルなどを身につける。
 押し黙る男性たち。本当はブーイングをしたいのを、理性でぐっとこらえている様子だ。
 アシッドミストと光術。両方の効果で、バトルステージはほとんど見えなくなってしまった。
 だが、視界が悪いということは、エリザベスもスパーキングも手を出すことができない。
「そういう卑怯な手はいけないんじゃないのぉ?」
 ぷるぷると怒りに身を震わせて、ルイーゼがエリザベスサイドに向かって叫んだ。
「いやぁ、事故事故」
 あくまで取り合わないエリザベスサイド。

「そんなことされたらぁ、黙っていられませんわぁ!」

 しゃきーん。
 振り返るとそこには、エリザベート、飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)真城 直(ましろ・すなお)の四人組チアガールが、怒りをあらわに立っている!
「そういうやり方を西側がするのであれば、こちらも前列に出させてもらう」
 東側チアガール軍団も、用意された応援席で一生懸命応援をしていたのだが、今の騒ぎを見て、立ち上がったのだ。
 ちなみに彼らは、チアガール四人組、である。
 つまりはみんな、ヒラヒラなのだ。
「……美しい」
 ジェイダスはまんざらでもなさそうだ。ちょっとコワイ。
「そういう……なんていうか女の子を利用して、騒ぎに紛れて悪いコトしようとするっていう根性が許せない!」
 豊美が特に怒り心頭のようだ。東西の戦いを別にしても、女性をあのように利用するのが許せないのだろう。
「応援フォーメーション!」
 真の呼びかけで、戦隊ヒーローのようなポーズをとる4人。
「やっておしまいなさぁ〜い!」
 エリザベートが、バトルステージでぽかーんとしているスパーキングにエールを送った。
 それを受け、スパーキングのやる気がスパーキングした!
 エリザベスはというと、全く想定していなかったタイミングの光術が多少目に入り、若干ではあるが目がくらんでいる。
 アシッドミストで視界が悪いものの、光術のタイミングで目を保護したスパーキングの視力の方が、現段階では勝っている。
 スパーキングが動いた。もともと素早いスパーキング、エリザベスの視力が回復する前に、後ろに回り込んだ。
 そしてそのままの勢いで、どんっと全力の体当たりをぶつけた!
 その間も、チアリーディングを続けるエリザベートたち!
 会場の空気はグダグダだ!

 ……ようやく大会実行委員会が風を起こして、会場の換気を行った。
 残留していたアシッドミストが取り払われ、視界がはっきりした。
 ステージでは、もう決着がついていた。
 一匹は場外、一匹がステージに。
 ステージに立っていたのは……スパーキングだった。

「勝者、スパーキング!」

 大会は奇妙な興奮に満ちていた。
 かなりグレーなやり方だったとはいえ、たまにはヒール役の存在というのもアリというもの。
「なかなか楽しませてもらったぞー」
 会場の、主に男性から声援が飛ぶ。
「もう少しチアガールを露出させられればよかったのだがな」
「ミストの濃度、間違えたか?」
 全く反省のないジャジラッドとゲシュタールは、エリザベスの背に乗って飛び去った。

○第十六試合○
「まだまだ続く白熱の試合! 東から、パラミタ怪虫モフラのももろう!」
 もそもそっ。大きくて迫力があるのだが、何故かかわいらしく見えてしまう毛虫のももろう。
「お互いのために、頑張りましょう、ももろう!」
 ぐっと気合いを入れる、ブリーダーの赤羽 美央(あかばね・みお)
 ももろうと共にこのムシバトルに出場してきた最大の理由は、ももろうと一緒に住むため。
 ももろうが成長しすぎて下宿に入り切らなくなったため、今は離れて暮らしているのだが、優勝すれば下宿を改築して、一緒に住めるようになるのだという。
「まあこの子、いい子だし、一緒に住むことに反対はしないわよ」
「僕はももろうと一緒に住みたいよー!」
 セコンドのタニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)エルム・チノミシル(えるむ・ちのみしる)も、ももろうのために一肌脱ぐつもりだ。
「ミーは下宿に入れてもらっていないノニ……」
 同じくセコンドとしてついてきたジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)は、やや不満そうではあるものの、セコンドとしての役目は一応果たすつもりのようだ。

「西より、セカイジュオオカマキリの虫五郎くん!」
「よっし、行くぜ!」
 ひとつ気合いを入れて、獣 ニサト(けもの・にさと)と虫五郎くんが入場してきた。
 虫五郎くんの鎌もまた大きくて立派だ。
 どの虫もそうだが、人間だって襲われればひとたまりもないほどの武器を持つ虫が、こうしておとなしく従っているのも、ブリーダーがうまく調教しているからに他ならない。

 カーーーン!
 試合開始と同時に、双方が動いた!
 どうやら先制をしようという、同じ作戦を考えていたようだ。
「♪ モフラヤ モフラ」
 どこかで聞き覚えがあるようなないような応援ソングで、美央はももろうを後押しする。
「オウ……」
 二人一組となる歌の振り付けに、ジョセフもしっかりと付き合わされている。
 タニアとエルムも、思い思いの振り付けで、ゆらゆらと踊っている。
 スローテンポの歌だが、ももろうにはしっかりと熱意が届いたようだ。
 最初の一撃を出したのは、ももろうだ!
 虫五郎くんは……ダメージ覚悟で、あえて回避せずにももろうの攻撃を喰らった!
 防御の姿勢もとらない!
 ドスッという音がして、一瞬虫五郎くんの体がぐらつくが、ぐっと持ちこたえた。
「よっしゃ虫五郎くん、大技出していくぜ!」
 肉を切らせて骨を切る作戦。
 虫五郎くんは、最初から大技を狙っていたのだった。
 自慢の鎌を大きく振り上げる。
「虫五郎くんクラッシュ!」
 その鎌を、力の限り振り下ろした!
「ももろうに必殺オートガード!」
 うまいタイミングで、美央がももろうに必殺の防御を繰り出した!
 ガードが上昇したももろうは、虫五郎くんの鎌を防御で防いだ。
 多少のダメージはあったものの、まだ充分に動ける。
「いけーーーももろう!」
 ももろうは素早く虫五郎くんの懐に飛び込み、そのまま体当たりを喰らわせた!
 もふっ!
 もふもふの体をしているももろう。体当たりで強力なダメージを与えられたわけではない。
 だが、虫五郎くんは大きくバランスを崩した。
「そこでもう一発ーっ!」
 すかさず連続攻撃で、同じ体当たりをもう一発。
 虫五郎くんはたまらず、バトルステージから転げ落ちてしまった!

「場外! 勝者、ももろう!」

 場外から落ちたものの、ももろうがもふもふしていたおかげで特にケガをしていない虫五郎くんは、すぐに起き上がってニサトのもとに戻ってきた。
「いい顔してるじゃねぇか」
 場外に落ちたときについたのか、虫五郎くんの顔には泥がはねている。
「ヒーローの顔だ。よくやったな」
 結果はどうあれ、一緒にがんばってくれた自分の愛虫こそが、一番のヒーローに違いない。