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リアクション
●精霊と人間とが手を取り合える。
それは、大きな奇跡の上に成り立っている。
イナテミス中心部、普段はのどかな穀倉地帯と閑静な住宅街が主を占めるそこは、今は人の活気に溢れていた。
シャンバラ王国建国の際の混乱を乗り切り、確かに色々と不安な要素を抱えつつ、それでも平和な時を手に入れた人間と精霊。
この『精霊祭』は、そんな彼らの互いを讃え合い、感謝を伝え合い、これからも共に歩むことを願う想いが込められているようであった。
準備OK?
お祭りは楽しんだもの勝ち!
街の人たちの憩いの場、そして人間と精霊との助け合いの場にもなった公会堂。今そこでは、遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)、スパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)が用意したステージの上で、まるで聞いている内に踊り出したくなるような元気で明るい歌を披露していた。
(精霊さん達を戦いに巻き込む……それが正しいのか、私には分かりません。
でも……力を貸してくれる精霊さん達に、心からの感謝を伝えたい……!)
マイクを手に、歌菜の想いが込められた歌声が、イナテミスの街中に響いていく。
「さーて、ノって行こうぜ!」
スパークの力強く、リズミカルなドラムの音色が、歌声と競うように街中を駆け抜けていく。
(俺に出来ることで、精霊に感謝を伝えたいぜ!)
歌菜と同様、精霊への感謝の想いを胸に、スパークのスティックがドラム上を疾走する。
(そうだ、歌菜、スパーク。その感謝を伝えたいという心で、まずはお前達が楽しめ。そうすればきっと上手く行く。
……勿論、俺自身の感謝の気持ちも一緒に、な)
そして、歌菜の歌声とスパークの音色を導くように、羽純の奏でるギターの音色が紡がれていく。
さあ、恥ずかしがってる暇なんてないよ♪
だって、あの子のハートを射抜くため
キミの全力を見せちゃえ!
乗り遅れちゃダメ☆ダメ☆
恥ずかしがり屋は今日で卒業!
(街に平和が戻ってよかった、よかった。……っと、感慨に浸っている場合ではないな。私も張り切って、人と精霊の交流の輪を広げてみようか)
流れる歌声に、相次ぐ事件に巻き込まれたイナテミスが平和な時間を取り戻したことを実感していた本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が気を新たに、街の人と協力して設営した屋台で得意の料理を披露する。
「さあ皆さん、美味しいものを用意しました。たくさん食べて飲んで、楽しんでくださいね」
涼介の目の前で、パチパチとソーセージが肉汁をこぼしながら弾け、真っ赤な赤身を覗かせる鶏肉が熱を帯びて香ばしい香りを漂わせる。皿に敷かれるように盛り付けられたザワークラウトの上にそれらが載せられ、次々と街の人や生徒たち、精霊へと振る舞われていく。
「おっ、うめぇ! こりゃ母ちゃんが作ったのよりうめぇや――いってぇ! 何すんだよ母ちゃんっ」
「聞こえてるよあんた! ……これはちょっと負けてられないね」
「へぇ、こんな料理があるんだ。初めて食べたけど、結構いけそうだね」
「はい。作られた方の心まで伝わってくるようです」
街の人とイルミンスールの生徒たちは、馴染み深い料理に舌鼓を打ち、その他の生徒たちや精霊は最初は恐る恐る手をつけ、やがて口に広がる旨みに頬をほころばせていた。
「こちらではお飲み物も用意してございます。お好きな物をどうぞ」
涼介が食べ物を提供する横で、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)はノンアルコールカクテルを提供していた。『サマー・デライト』『サラトガ・クーラー』『シャーリー・テンプル』など、オレンジや赤の色鮮やかなカクテルが街行く人の目を引いていく。
「……うん、爽やかで美味しい! 見た目もキレイだし、つい飲み過ぎちゃいそう」
「でもほら、ノンアルコールだし! 気にせず次行っちゃおうよ!」
お酒が苦手な者たちを中心に、カクテルが振る舞われていく。
「う〜ん、でもやっぱり、祭と来たら酒が欲しくなるなぁ〜。ねぇ、これに合うお酒、あるかな?」
「はい、少々お待ちください、ただいまご用意いたしますわ」
勿論、酒を好む者には求めに応じて酒を提供するのも忘れない。
(街の活気も戻りましたし、皆様には楽しんでもらいたいですわ)
絶えぬ人並みを前に、二人の働きぶりが光る一方、別の屋台でも注目を集める働きぶりを見せる者の姿があった。
「速攻魔法少女♪らでぃかる★たつみん!
貴公の接客には優しさが足りない、
愛が足りない、
そしてな〜によ〜り! 速さが足りない!」
ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)の見立てた魔法少女っぽいコスチュームに身を包んだ風森 巽(かぜもり・たつみ)が、ラディカルでグッドなスピードで焼きトウモロコシやあげいも、オニオンリングを焼き上げ提供していく。
「巽さん、とうもろこし2つくださーい」
そこへ、ポニーテールを揺らした少女がやって来て巽に注文する。もうすっかりノリノリな様子の巽があっという間にトウモロコシを焼き上げ、醤油の香りが鼻をくすぐる焼きトウモロコシを受け取った少女が、満面の笑みを浮かべて口を開く。
「ありがとうございますー。その服とっても似合ってますよー。では後で認定しておきますねー」
去っていく少女の背中が小さくなった所で、ようやく巽がはたと我に返り、思い返す。
(い、今のはもしかして豊美ちゃん……!? で、でもどうしてこんな場所に!? それにいつもの魔法少女な衣装じゃ――)
「あー、トヨミ、たまにああして空京とかに遊びに行ってるみたいよ。流石にいつも魔法少女の格好してるわけじゃないのね。精霊祭のことは、ミーミルから確認取ってたわね」
「カカカ、カヤノ様っ!? い、いいい、いらっしゃいませーっ!?」
巽の手伝いをしていたルピス・ウィンドリィ(るぴす・うぃんどりぃ)が驚く前で、まるで心の内を読んだかのようなカヤノの言葉に、しばし固まる巽であった。
「ふーん、賑わってるじゃない。……もっとも、あんたがどのくらい寄与してるのかは分かんないけどねー」
カヤノが悪戯っぽくティアに話しかけると、ティアが憤慨した様子であげいも用の串をぶんぶん、と振って答える。
「な、何だよもう! はいはい、冷やかしなら帰った帰ったー!」
「冷やかしじゃないわよ、ちゃんと買いに来たってば。ほら、ここにリンネのお財布だってあるし」
言ってカヤノが、リンネのお財布をちらつかせる。同じ頃、財布がないことに気付いたリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)はフィリップ・ベレッタに頼み込んでお金を借りていたようだが、そのことをカヤノが知る由もない。
「……それ、結局リンネちゃんのお金じゃん。いいわよ、カヤノには海の時にアイス奢ってもらったし、サービスするよ。まぁ、カヤノには熱過ぎて食べれないかもだけど!」
「何よ、あたいがそのくらいで――あっつーーーい!!」
あげいもを受け取ったカヤノが勢いでそれを放り込み、当然のた打ち回る。
「ああほら、そんなことするからー! はい、これ飲んで」
「うぅ、油断したわ……あ、ありがと」
ティアから渡された飲み物を飲み干すカヤノ。
(あわわわ、精霊長のカヤノ様とあんなに仲良しなんて、ティアねぇ凄い! 凄い……けど、なんだろ、この気持ち……)
一連の光景を目の当たりにしていたルピスが、息苦しさのようなものを感じて眉をひそめる。
「……大丈夫ですよ」
ぽん、と巽の手が、ルピスの頭を撫でるように伸びる。その温かさとくすぐったさにルピスが目を細めていると、ルピスに気付いたカヤノが近寄ってくる。
「あんたがティアと契約した精霊? あたいはカヤノ! あんたは?」
「いや、契約したのは我――」
巽の言葉を無視して、カヤノがルピスに話しかける。
「あ、あの、る、ルピス……樹木の精霊……です……」
しどろもどろになりながら言葉を紡ぐルピス、そう、と頷いたカヤノがティアを指して口を開く。
「あんた、ティアをちゃんと守ってあげなさいよ。あんたが一番ティアの傍にいるんだからね」
「いや、我も傍にいる――」
やっぱり巽の言葉を無視して、カヤノがルピスに表向きは命令するような口調で告げる。
「あっ……は、はい!」
言われたルピスが、言葉の真意に気付いて笑顔に戻って、頷いた。
「わー、一度にこんなたくさん会えるなんてびっくりー! みんな元気!? わたしはねー、蒼空学園って所で楽しく暮らしてるんだー!」
街の一角に設けられたテーブルを囲んで、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が他の精霊に会えたことを喜ぶように話しかけるが、どうも反応が鈍い。
「な、なあアカシア。こんな時俺、どう振る舞えばいいかなぁ?」
「あたしに聞かれても困るわよ。……まさか五精霊のうち三柱が揃うなんて、思いもしなかったわ」
「な、なな何だよお前ら、こここんなことでビビってのかよ」
「そんな呂律の回らない様子で言っても、説得力不足だね。もっとクールに行くべきだ」
「そうしてくれると助かる。なに、先の事件で働きのあった者たちを労いに来ただけのことだ」
「ふふ、そうですね。皆さん、お疲れさまでした」
「いいいやいや、そそそんなこと全然ありませんですよー!?」
「……お前が一番動揺してるじゃねーか……って倒れんな、おい起きろ!」
それもそのはず、ケストナーとアカシア、ガイとネリアはそれぞれの長であるサラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)、セリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)、そしてカヤノの半ば不意討ち気味の来訪を受けて、すっかり恐縮していたのであった。
「やっと仲よくなったお祭りができるようになって、こうしてたくさんのひとと仲よくできて、よかったです〜」
「さ、流石師匠ですね、この場でも平然としていられるなんて。……ノーンは能天気だから分かりますけど……」
そんな光景を、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が嬉しそうににこにこと眺め、隣では影野 陽太(かげの・ようた)が肩をすくめてしきりに周囲を気にしていた。
「この程度で臆する方が情けないのですわ。……そう、少し聞きたいことがありましたの。カヤノ、よろしいかしら?」
「何よ、あたいで答えられることならいいわよ。……氷結の精霊の今後の動向? とりあえずは氷雪の洞穴を根城にして、前に封じたメイルーンを守りながら、たまに街に来て何かあったら一緒にやりましょ、って感じね。もう炎熱が気に入らないとか言ってられないもの。……特徴とか得手不得手とか? そんなの個体差があるわよ。ま、熱いのが苦手で冷たいのが平気なのは共通してるわね。さっきなんてうっかりあげいもで火傷するところだったわ」
陽太の様子に呆れたようにエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)がため息をついて、そしてノーンのためにとカヤノにあれこれ質問を投げかけていた。
「……そっか、五精霊の皆様は、この周囲に居を構えるのですね。ねぇ、あたしたちもそうしてみない? ここならみんな集まり易いじゃない」
「なるほど、一理あるな。流れるまま気の向くまま、もいいけど、一所に留まるのも悪くない。お前たちとならなおのことな」
「へへっ、ネリア、うっかり俺たちの所に迷い込んで暑さで倒れんなよな!」
「それはこっちの台詞だ。君こそ寒さで震えないでくれたまえ」
ケストナーとアカシア、ガイと復帰したネリアが同じ意見を共有する。どうやら彼らは、精霊指定都市イナテミスに居を構える心積もりのようであった。
「そういう話であれば、歓迎しよう。セリシア、カヤノ、よろしいか?」
「はい、私としても、同胞が来てくださることは嬉しいです」
「ま、空きはまだまだたくさんあるし。いいんじゃない?」
サラとセリシア、カヤノも許可し、話がまとまっていく。
「わー、みんなここに住むんだ〜! じゃあここに来れば、また遊べるんだねっ!」
「よかったですね、ノーンちゃん」
わーい、と喜ぶノーンを、ヴァーナーが微笑んで見守っていた。
「……でも、ここは東シャンバラで、僕たちは西シャンバラです。今はまだいいですけど、状況が変わったら簡単に行き来出来なくなるかもしれませんね」
「相変わらず影野陽太は思考が後ろ向きですわ。行けるかどうかを悩むより、どうやったら行けるかを悩む方が発展的ですわよ」
陽太の呟きを咎めるようにエリシアが言って、そしてノーンの下へと向かっていく。
(この楽しい時が、ずっと続けばいいのですが……)
賑やかな街並みを眺めながら、陽太はただ願うばかりであった。
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