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リアクション
chapter.4 空京大学(3)・論文考察
お昼を過ぎても、アクリトを訪れる生徒の足は途絶えない。
新たに論文の提出に来た生徒たち、その中からリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)がアクリトに近付き、用紙を広げる。
「アクリトさん、課題の論文を書いてきました」
そのままリュースは、静かに、あえて感情を込めず淡々と自分の文章を読み上げた。
『現状、蒼空学園のトップが山葉涼司であることは、内外において不安と不満を抱えているものと思われる
至極、当然の結果である
何故ならば、一般論で言えば、経営は子供の遊びではなく、また、パラミタの学校法人ともなれば、それは特殊であり、御神楽環菜が掌握していた経済の操作も考えれば、如何に幼馴染とは言え、ただの高校生が後継となるのは頼りないからである
しかしながら、アクリト学長が全てを掌握というのも困難を窮める
ツァンダに常駐出来ない以上、有事の際の事態掌握に遅れが生じるからである
学生を束ねる者、校長たる者、経営責任者、つまりは理事長たる者が全て同一である必要はないものと思われる
生徒会長を山葉涼司、校長職をツァンダの支持を得る意味でもミルザム・ツァンダ、経営等の実務をアクリト学長とするのが理想ではないだろうか
ただし、これはあくまで一般論である
御神楽環菜が幼馴染という心情的な理由で山葉涼司を指名するような人物であれば、今日の経済事情は生まれていないものと思われ、何らかの理由を山葉涼司が有している可能性は否めない
だが、内外に不安や不満を抱えている現状であるならば、その力量を示し、我々の信を自ら勝ち得る機会を与えるのを現段階の最上と考える』
「以上です」
かさかさ、とリュースが紙を折りたたむ。アクリトはそれを聞き、口を開いた。
「なるほど、つまり役職の分散を提案しつつも、山葉君の力量次第では違う解決策も、といったところだな」
「そうなりますね」
声と態度こそ冷静であるものの、リュースは内心蒼空学園を気にかけていた。それは恐らく、自分が初めて所属した学校ということもあるのだろう。
「君の意見は分かった。参考にさせてもらう」
「ありがとうございます」
一礼し、スタスタと部屋を去っていくリュース。内心とは裏腹にそのつとめて物静かかつ毅然とした態度は、どこかアクリトに近いものすら感じられた。
「少なからず、山葉君を懸念する者もいる、ということか」
アクリトが呟く。
リュースとアクリトのやり取りが一段落したタイミングを見計らい、次にアクリトに話しかけたのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だった。
「じゃあ次は、俺のを読んでもらおうかな」
目の下にクマをつくりながら、エースが言った。どうやら彼は徹夜でこれを書いてきたらしい。目をシパシパさせながらエースは、昨夜の作業を思い返していた。
「理系の俺が、まさかこんな論文書くハメになるとはなあ……」
自室で机に向かい、エースはひたすらにペンを動かしていた。
「まあでもあそこには弟もいるしな。他人事じゃないよな」
独り言を言いながら書き続けるエースに、パートナーのクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)とエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が差し入れを持ってくる。
「転入したとたんに大変だねぇ、エース。オイラのおやつあげるよ」
「大忙しですね、お茶でも淹れましょうか」
ふたりが運んできたお菓子と飲み物を口にし、エースは礼だけを言うと再び作業へ戻る。この時点で、深夜の1時を過ぎていた。
「ふあーぁ」
その様子を最初はじっと見ていたものの、クマラのあくびの回数が段々と増えていく。
「オイラ眠くなってきちゃった。おこちゃまはもう寝まーす、っと。おやすみーん」
「おやすみなさい、クマラ。エースも、無理はしないでくださいね」
エオリアにそう言われても、エースの手は止まらない。そこには、何か強い主張に近いものが感じられた。
「現在の蒼学校長に不安を覚える学長の気持ちも分からなくはないけれど、それで外から手を出すのもいかがなものか、と思うんだよね」
そう言ったエースは、アクリトが突然蒼空学園の運営に口を出したことに戸惑っているようだ。一睡もしない勢いで――もっとも、この後本当に寝ずに仕上げたのだが、書き続けるエースのところに、もうひとりのパートナー、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)も応援にやってくる。
「こんな遅くまで書いているとは……」
エースの背中を見て、メシエは驚きの声を上げる。そして直後、エースの真横に陣取ると、じっとエースのことを見つめだした。
「……なんだよ」
「うっかり寝てしまわないよう、私が見張ってあげよう」
「気が散るんだけど」
エースの冷たい視線もなんのその、メシエはノリノリだ。
「今夜は寝かさないぞ」
しかしこの後メシエは、気を遣ったエオリアに部屋から追い出されるのだった。
エースがそんな夜を越えて書いた力作を、回想している間にアクリトは読み進めていた。
「蒼空学園の現状と理想について」
『現実的に考えるならば、蒼空学園(以下蒼学と称す)が今まで学校法人として順調に運営されていた事は明白である。
前校長の運営が完全なワンマン体制であった、という資料も少なく、
また学校の規模を考えると、少なくとも十数人規模の学園運営(経営)グループが存在するはずであり、
今回の学校長交代劇は地球での「法人の事業継承」と何ら変わる所はない。
このようなケースでは、運営陣の中から時期代表取締役を選出するのが順当な対処方法であるが、
今回の場合、前校長の遺言により全くの素人が代表格に就いた事が特殊性を表している。
とはいうものの、前体制がワンマン体制でなかった場合、
具体的運営に関しては運営グループのサポートで本来進められてしかるべきものであり、
そこに混乱が生じているのであれば、運営グループの体制に問題があるというべきではないだろうか。
また、これに関して、外部からあまり大きく干渉をする事は運営陣外より運営に関して干渉するという事であり、
グループ会社・あるいは筆頭株主など、会社経営の行方が干渉者にとって大きく経済的に影響を与える等、第三者から見てその干渉の正当性が明白である事を示さない限り、非難されることになる事は必至である。
蒼学と空京大学(以下空大と称す)との関係を考えた場合、大学設立に前校長の関与が大きかった事はあるが、学校法人として両校が明確に分かれている以上、空大が蒼学の運営に関して干渉する事は現在のままでは社会的に理解をえる事は難しいと言える。
社会的に理解を得る為には、蒼学の運営に関して空大が干渉するに値する密接な関係があるという事を提示する必要があるのは言うまでもない。
空大の設立に御神楽女史より経済的支援を貰ったというだけでは両校の密接性を客観的に示すことはできない。それは単に私財を投じたという事であり、蒼学が援助をした訳ではないからだ。今現在〜将来にわたり、両校に法人のグループ経営に類するとだれしもが納得するような結びつきが無くては。姉妹校程度ではなく、例えば、大学部の合併、あるいは大学院へ進むにあたり蒼学優遇などの優位性を出すなど。』
「まあ、そこに書いてることが俺の意見だけど、あと付け加えるなら……」
エースは用紙を置いたアクリトに言った。
「理想として何を掲げるかは外から押しつけるものじゃないんだじゃないか、ってことかな。蒼学が危なっかしくて見てられないっていうなら、求める理想系をここで体現して、それを見せるのが一番スジが通ってると俺は思うぜ」
「だがこれらの意見は、蒼空学園がワンマン体制でないことが大前提となっている。残念だが、あの学校は御神楽前校長がいた頃は、ほぼワンマンに近い状態だったのだよ」
「……へえ。でも、だからって過ぎた外部干渉は……」
「もちろん、そちらの意見は遠慮なく参考にさせてもらう」
アクリトのその言葉に、完全に納得はしていない様子のエース。が、言いたいことはある程度済ませたということもありその場は大人しく引き下がることにしたようだ。
そして、ようやく人気のなくなった学長室。
アクリトがパソコンをつけると、メールが匿名で来ていた。アクリトはそれを開く。するとそこには、論文のテーマに沿った文章が書かれていた。
・現在の蒼空学園は御神楽環菜という頭脳を失った半身不随の重傷患者である。
・御神楽環菜の存在を前提とした今の管理体制は害悪である。これは壊死した手足に等しい。感傷により切除を躊躇えば命に関わる。
・故に環菜体制の維持を主張する山葉 涼司は全く役に立たない害悪である。
・しかし蒼空学園の多くはこの事実に気づいていない。命を救うには感傷に囚われず大胆な手術を行える第三者の医師が必要だろう。
差出人は不明となっている。アクリトは大学生の出したものかどうかを調べるため、サーバーにアクセスしこの文書の経路を辿った。するとすぐに、IPやデータベースなどから大学生のものではないと判明した。
「おそらくは蒼空学園の生徒からの提出だろうな。大学でなくあちらからこのような意見が出るとは意外だが」
呟いて、パソコンを閉じる。差出人が誰か、この時点でアクリトは知らない。
それが環菜に激しく負の感情を持った湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)のものであることを、彼は知らない。
カタカタとキーボードを打つ音がする。
小さく、暗い部屋でディスプレイの明かりに照らされた凶司の顔が、不気味に映った。
「さすがアクリト、大した行動力だな……」
画面に映っているのは、環菜の画像だった。凶司はマウスを動かし、その顔の部分を赤く塗り潰す。
「御神楽環菜が蘇るという噂もあるが、少なくとも今は現世に手出しできまい。呉越同舟、アクリトの野心を利用してお前の全てを滅茶苦茶にしてやる……」
そう漏らす彼の目は、怪しく光っていた。
「底辺に落ちて這いつくばるがいい、御神楽環菜……!」
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