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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.5 空京大学(2)・進入 


「着いたぜ」
 周りにいる生徒たちの方を向き、涼司は言った。
 彼の前には、毅然と建っている空京大学があった。早速敷地内へ入ろうとする彼らの前に、今の今まで学長室にいた遙遠が姿を現す。
「山葉校長」
 乱れた息を整えつつ、彼は涼司に進言する。
「そんなに周りに生徒たちを引き連れて、何をするつもりですか?」
「どうって、みんなでアクリトと話しに来たんだ」
 遙遠の問いには、含みがあった。何かあれば実力行使に出るつもりか、という含みが。それを察したのか、涼司もどちらにも対応した答えを口にした。
「違う目的に思われてもおかしくない行動だとは思いますよ。もうちょっと穏便になれませんか? このような集団で乗り込む真似をするのではなく、アクリト学長とお話があるなら山葉校長おひとりで……」
「せっかくみんな、着いてきたいって言ってここまで来てくれたんだ。その気持ちを無下にはできない!」
 遙遠を言葉を遮りそう言った涼司の反応は、大方アクリトが予想したものと相違なかった。遙遠も薄々分かってはいたことだが、やりきれないものを感じていた。そんな彼の後ろから、ひとりの生徒が現れる。大学の生徒、佐野 亮司(さの・りょうじ)だった。
「やっぱり来たか」
 小声で呟く亮司。彼らが大学に来るのを待っていたかのように、亮司は蒼空学園生徒たちの前へと進み出た。
「ようこそ、山葉校長。学長のところに行くんだろ?」
「ああ。お前もみんなを止めに来たのか?」
 涼司が警戒しつつ問いかける。しかし彼は首を横に振った。
「こっちの学校の構造、よく把握しきれてないだろ? 良かったら学長のところまで案内しようかと思ってな」
「この方たち全員を学長室へ通すつもりですか?」
 亮司が発した言葉に、遙遠が反応する。亮司は彼をすっと手で制すと、小声で囁いた。
「ここまで来てしまったらしょうがないだろ。言うだけのことは言ってみるから」
 そして彼はそのまま涼司たちの方へと向き直り、構内入口を指差した。
「ほら、俺が連れてくよ。あっちだ」
 案内をしてくれるのならと、特に断る理由もなかった涼司たちはそのまま彼の後ろ姿についていく。
 そうして、一行は構内へと飲み込まれるように姿を消した。

 何人もの足音が廊下で鳴る中、亮司はすぐ後ろに声をかける。
「学長室まではまだちょっと歩く。その間、ちょっとだけお喋りに付き合ってもらえないか? なんなら聞いてるだけでも構わないけどな」
「そのくらい、全然大丈夫だぜ。何の話だ?」
 涼司がそう返事を返すと、そこから少し沈黙が流れた。何から話すか、切り出し方を探っているような間だ。
「まぁ、色々言いたいことはあるけど……」
 進行方向を向いたまま、前置きをひとつして亮司は話し始めた。
「正直に言うと、俺はあんたが校長だっていうのはどうも不安ではあるんだよ……っと、別にだからって、明け渡せなんて言うつもりはないけどな。学長も今はそこまで言う気もないみたいだし」
「ああ、なんか色んなヤツに似たようなことを言われてるよ。それより、アクリトが今はそこまで……ってのはどういうことだ?」
「学長がな、最近生徒たちに論文を出したんだ。その影響もあって、多少は譲歩する気になってるみたいなんだ」
「へえ、あのアクリトがな……」
 亮司の言葉を聞き、短くそう漏らす。亮司はここぞとばかりに、彼に提案をした。
「なあ、この隙に落としどころを探っておいた方が良いんじゃないか? 自分たちでなんとかしたいって気持ちも分かるけど、実際問題、学校の経営なんて学生だけでどうこう出来るもんでもないだろうし。それに他にも色々問題抱えてるって話だしな」
「共同運営にしろ、ってことか?」
「そう考えると抵抗があるだろ。まぁ無理もないかもしれないけどな。アクリト学長も何考えてるのか、あんまりべらべら話してくれるタイプじゃないし。ただ、蒼学のために手助けしたいっては思ってくれてるんじゃないかな」
「蒼学のため、か……」
 涼司が呟いた。アクリトの思惑を計りかねてのものか、自身の学園への思いが漏れたものかは分からない。
 そのまま涼司は真剣な表情で俯く。一同がT字路に差し掛かった時だった。涼司を呼ぶ声が突如として湧く。
「いた! 山葉だ!」
 大きな声に彼が振り向くと、目の前の亮司が進んだ方向とは反対側の廊下に、湯島 茜(ゆしま・あかね)が立っていた。茜は涼司を見つけるなり、駆け足で近づいてくる。
「やっと会えた! 山葉、あのね、君は大きな勘違いをしているよ!」
「え? な、なんだ?」
 突然の指摘に戸惑う涼司。茜は構わず涼司に突っかかる。
「空京大学が蒼空学園に興味を持ってるみたいなことになってるけど、本当は逆だよ。蒼空学園の方が、大学に興味を持ってるんだよ!」
「ど、どういうことだ?」
 意味が分からず涼司は先を促した。茜は鼻息を鳴らしながらそれを説明しようとしたが、その瞬間急にどこからか警備員がやってきて茜を取り押さえた。
「わっ!!」
 両腕をがっちり押さえられた茜は、そのままずるずると引っ張られていく。
「山葉は蒼空学園のことが全然分かってないね! あと女心も!」
「……?」
 警備員に引きずられながらも大声でダメ出しをする茜の口元を、咄嗟に警備員が押さえる。
「むー! むー!」
 その後彼女が何を言っていたかは聞き取れない。断片的に入口と校長室以外がどうだとか、NPCがどうだとか、イラストがどうだとかいう単語は聞こえてきたが、それが何を意味しているのか、彼女以外に分かるものはいないだろう。
「……何だったんだ」
「まぁ、気にしないでくれ。蒼空学園もそうだと思うけど、色んなヤツがいるんだ」
「あ、ああ」
「それで、さっきの話だけどな……」
 茜の話題も早々に、亮司は自然な形で説得を進めようとする。最初は顔色を変えずに話を聞いていた涼司だったが、徐々にその表情が曇り始める。と言っても、微かな変化ではあるが。おそらく間接的な説得が続いたことと、先ほど茜に突然責め立てられたことが一因だろう。その僅かな変化にいち早く気づき、涼司の隣に肩を並べたのは御凪 真人(みなぎ・まこと)だった。
「山葉くん、冷静にいきましょう」
 外に感情を出しているつもりはなかった涼司が、真人の言葉に肩を少しだけびくっとさせた。
「お、おお、分かってるぜ」
「話し合いの場で何を提案するか、何を聞こうとしているかはもう決まってるんですか?」
「それは、蒼空学園は俺たちが守っていくってことを伝えて……」
 やっぱり、と真人は思った。涼司は冷静になったように見えているだけで、生徒たちの度重なる説得によって感情的な性格が完全に変わったわけではない。そんな彼がアクリトと対談したら、理論で詰める相手に対し感情論で歯向かいかねないことは容易に想像できた。最悪、話し合いだけでは済まないことも。
「それは大事なことです、俺自身もアクリト氏の介入は望んでいませんから」
 まず同意を。真人はそう示すことで涼司の頭をクールダウンさせようとした。涼司の雰囲気が心なしか和らいだのを察し、真人は言う。
「しかし、客観的に現状を見た場合、氏の意見も一理あるんですよね」
「あっちの肩を持つ気か?」
 当然のように涼司が食ってかかる。しかし真人は、あくまで冷静だった。
「いえ、結局のところ氏が納得できるだけの回答ができればそれに越したことはありませんから。それを、話し合いの中から見つけ出せれば良いですね」
「アクリトを納得させる回答……」
「最悪なのは、武力によって解決を計ることです。それだけは間違ってもやってはいけません」
 最後に釘を刺し、真人は一歩下がった。あとはこの眼前の背中に期待を。そして、万が一の時はサポートをできるよう、支えを。縮めた歩幅は、きっとそんな思いからだろう。
「ありがとな。俺なりに頑張ってみるぜ」
 とりあえずは、涼司のその言葉が聞けただけで良い。真人はそう思った。
 彼が思っていたことは、実を言えば他にもあった。それは、センピースタウンで流れた例の噂のことだ。誰かが両学校の抗争を望んでいるのではないか。現在の状況は何者かの思惑の上に存在するのではないか。そんな不安を彼は抱えていた。が、それを今口にすることの無益さを承知した上で、真人は言葉を飲み込んだ。
 まだ肝心の抗争は始まっていない。ならば、リカバリーすることができるのだから。
 そう信じていたからだ。

「歩かせて済まないな、ここが学長のいる部屋だ」
 気がつけば、亮司に連れられた一行は学長室の前まで来ていた。自然と一同の背筋が伸びる。
 大きく息を吸い込み、空気と共に涼司の口から声が発せられた。
「蒼空学園校長、山葉涼司。学園の運営について話を付けに来た!」
 堂々としたその声の後に聞こえてきたのは、部屋の中から聞こえるアクリトの声だ。
「入りたまえ」
 またひとつ、涼司は深呼吸をする。そして、その手をドアノブにかけた。