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続・冥界急行ナラカエクスプレス(第1回/第3回)

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続・冥界急行ナラカエクスプレス(第1回/第3回)
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第2章 奈落の貴婦人【1】



 ほろびの森駅。
 その名の示すとおり、駅はほとんど滅んでいた。
 ひっそりとたたずむ荒廃した建築物は、忘れられた墓標のようで見るものに奇妙な感情を起こさせる。
 駅を南西から北東に渡る線路と、駅のまわりをぐるりと回る線路が交錯している。
 環状線路上には装甲列車、周囲を警戒するのは死霊騎兵『ゴーストライダー』の一団だ。
「ナラカの歓迎は随分と手厚いようね」
 モノクルの奥の瞳を細め、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は不敵に笑った。
 カツーンカツーンと靴を鳴らし線路を闊歩する姿は、ここが敵の勢力圏であることを忘れているかのようだ。
「……あれが噂の勝利の塔かしら」
 遠くそびえる塔に目をやる。
「砲台としても面白いけど環菜の才なんてものを使う、技術と手法……とても気になるわね」
「ええ、環菜の才能がそのまま単体として存在し、システムに組み込まれている。非常に興味深いですわ」
 影のように付き添う従者ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)も賛同する。
「それに、大学校長のオマケだと思ってた奴にもね」
 アガスティアの葉(パルメーラ)……、聖者の預言書の名をそのまま冠する魔道書。
 パルメーラ(ナツメヤシ)と言えば、地球の古代作品や旧約聖書の生命の樹のモデルとも言われている。
「伝説を集めたような名前を持つ彼女が、パラミタに見た運命の予言はどんなものなのかしらね……、ふふ」
 そう言って、メニエスは自分たちを取り囲むゴーストライダーを見回す。
「あなたたちもそう思わない?」
 しかし、ゴーストライダーは何も答えなかった。
 言葉の代わりに返されたのは、彼らの持つ槍のひと突きだった。
 ためらいなく放たれた槍はしかし、不快な金属音をともなって切っ先をメニエスの眼前で逸らした。
「失礼いたします、メニエス様」
 前に立ったミストラルはカタールで攻撃を受け流し、殺気立つ騎兵隊に冷ややかな視線を送る。
「問答無用で命を奪いにくるなんて……、あたし好みの歓迎だわ」
「よほど主人の躾がよいのでしょう」
「とは言え、槍越しに話をする気分じゃないわ。臭い蒼学の連中との列車旅を終えたあとにはね……」
 その身に纏ったアボミネーションと冥府の瘴気が、ナラカの澱みと混ざり合って狂気に満ちた気配を放つ。
「挨拶の仕方は相手を見て変えたほうが身のためよ。敵と客の区別ぐらいはつけたほうがいいわ」
「はっ! おまえが客なら敵なんぞこの世にいなくなっちまうじゃねぇか!」
 ちらりと上空を一瞥すると、巨大な影と一陣の風が吹き抜けた。
 それは飛竜。ワイバーン『バルバロイ』を駆る恐るべき巨漢ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だ。
 槍を向ける騎兵隊を無視して、叫んだ。
「死人とおしゃべりに来たわけじゃねぇ! 出てこい、パルメーラ! おまえに話がある!」
 すると……、ジャッジラッドの背にひやりとしたものが走った。
「そんなに大声ださなくても聞こえてるよぉ」
「!?」
 それは知覚した時には既にそこにいた。
 世界樹アガスティアの化身パルメーラ・アガスティア(ぱるめーら・あがすてぃあ)がそこにいた。
「おやおやー、なんだか悪そうな顔が並んでるねぇ」
「それはお互い様でしょう」
 メニエスは笑う。
「そんなことより、勝利の塔のことをおしえてもらえないかしら?」
「うん?」
「だって面白そうな玩具でしょう。独り占めするのはよくないわ」
「ふぅん……、そっちのおっきいおじさんも塔が目的?」
「当たらずとも遠からず……だな。オレはおまえらの計画が気に入った。だから、手を貸してやろうと思ってな」
「それってツァンダに穴を開ける計画のこと?」
「ああ。大穴が開けば女王の封印の力も弱体化し、ザナドゥの封印も弱まるだろうからな。新女王の誕生で封印も強まったところに渡りに船、こいつは天啓と受け取った。オレの野望とおまえらの計画……、利害はそうずれてねぇはずだ」
「へぇ、それも面白そうだね」
 パルメーラは怪しい笑みを浮かべ、スマートフォンになにやら打ち込み始めた。
二人とも別にいいって。君たち面白い経歴してるしね」
「?」
「塔のことはあたしもよくわかんないんだ。でも、調べるのは勝手にどうぞ、メニエスくん」
「……そう。嬉しいわ」
 しかし、彼女の目はパルメーラではなく、その手のスマートフォンに向かっていた。
「あと、おじさんも手伝ってくれるなら歓迎するよ。ゴーストライダーも何人か好きに使っていいよ」
「話がわかるじゃねぇか」
 ジャッジラッドはにやりと口を歪める。
「……ところで、あれはいつ頃発射できるんだ?」
「勝利の塔? うーん、もうすこし時間かかるって言ってた」
「そうか。教導団が対ナラカパワードスーツを持ってる、決着は早めにつけたほうがいいと思うぞ」
「その意見には賛成ね。蒼学に教導団なんて反吐が出るわ」
 本当に嫌いなのだろう、メニエスはふんと鼻を鳴らした。
「ちなみにちょっと聞きたいんだが、あの大砲の射程はもうすこし伸びねぇのか?」
「なんで?」
「いや、それはだな……」
 言葉を詰まらせる。
 マホロバの都まで射程圏内に入りゃ、瑞穂藩対葦原藩の決定打になるかもしれねぇと思ったんだが……。
「……よくわかんないけど、基本的にはどこにでも撃てるよ
「本当か?」
「うん、だってあれは次元を貫く兵器だもん。距離なんて関係ないもん。ただ発射には正確な座標がいるんだけどね」
「そうかい、そいつはいい」
「ところで……」
 パルメーラは暗い瞳を明後日のほうに向ける。
 閃光が走った……と思った瞬間、放たれたスダルサナによって、目の前の大木が奇麗に両断された。
 陰には少女探偵シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)の姿があった。
「君もあたしの仲間になりたいの?」
「……あいにくですが、君の仲間になるために来たわけではありません」
「じゃ何しに来たのー?」
 人差し指でくるくるとスダルサナを回し、値踏みをするようにシャーロットを見た。
「答えはシンプルです。あなたのやろうとしている事に興味がある、というだけの事ですよ、パルメーラ」
「しんぷるしんぷる……、でもね、世の中はもうすこしフクザツなんだよ、シャーロットくん」
「そうでしょうね。複雑だからこそ探偵はいるのですから」
「じゃあそんな探偵さんに問題です。あたし達は大きな穴を空けて何をしようとしてるんでしょう?」
「ただの破壊行為……、ではなさそうですが……」
 シャーロットはハッカパイプをくわえ黙り込んだ。
「ハイ、時間切れ。正解は『奈落の軍勢』を送り込むためでしたー。シャーロットくん、ちょうダメ探偵ー」
「奈落の軍勢?」
「カーリーがこの数千年で集めた軍勢のことだよ。現世に送って、向こうを征服するの
 それから、パルメーラは「あ!」と言う顔になった。
「なんかすごいシンプルな答えになっちゃった。えへへ」
「そのために次元を突き破る穴を……」
 思案を巡らせながら、肩に乗る小さな機晶姫霧雪 六花(きりゆき・りっか)に目を向ける。
「…………」
 彼女は今、メモリーにせっせと情報を焼き付けている。
 メモリープロジェクターの機能が、もしかしたらいずれ役に立つことがあるかもしれない。
「そんなわけで、おしゃべりはこのぐらいでいいよね?」
「え?」
 次の瞬間、ゴーストライダーの槍が鼻先で交差した。
「な、なにを……」
「仲間になる気もないなら、こうなるに決まってるじゃない。レンコーするんだよ、レンコー」
「まだ話は終わって……」
「終わってるんだよ」
 手かせをはめられ拘束された彼女は、ゴーストライダーに連れられどこかに消えていった。