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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り
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 そして、シルヴァの予想は、それほど外れてはいなかったのだ。
 ディヤーブは、ウゲンの屋敷からほど近い場所に潜伏をしていた。ルドルフはああ言ったが、薔薇の学舎を巻き込むつもりはなく、密かに、ウゲンに一矢報いるチャンスを探していたのだ。
 しかし。
「教導団の人たちは帰ったみたいね〜」
 フラワシ、ビッグバン・ホルベックスに偵察をさせていた師王 アスカ(しおう・あすか)が、そう口にしながら、くるりとディヤーブに振り返った。しかし、その顔にはありありと、『でも行かせない』と書いてあった。
 アスカと共にディヤーブと行動を共にしている蒼灯 鴉(そうひ・からす)にしても、その意見は同じようだ。
「怪我人は大人しくしてろってことだ。あんたのプライドが、かえって校長の立場を危うくすることもあるんだぜ」
 鴉は、今はウゲンに関しての情報・弱点を探す方が得策だと思っていた。アスカがジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)に必死になるのは、本音といては微妙なところだが、ウゲンという人物に対しての警戒が無いというわけでもない。
「…………」
 鴉の言葉に、ディヤーブとて反論はしにくかった。歯がみする彼の側に膝を折り、可愛らしい瞳でアスカが見上げる。
「正直な話、…今のままでは絶対勝てないし殺される可能性だってある。ディヤーブさんだって重々承知の真実でしょ? まずは、ウゲンちゃんの情報を集めるほうが先だと思うのだけどどうかしら〜?」
 敵を知り、己を知らば百戦危うからず、だ。それで言うならば、確かに二人の言うことのほうが、この場では理に適っていた。
 ため息をつき、ディヤーブは肩の力を一度抜いた。そして、訥々と。
「……ウゲンってのは、最初から得体の知れないガキだった。……俺は正直、カミロのほうが、まだ人間として信頼していたくらいだ。今思えば、カミロが裏切ったのも、ウゲンになにかしら唆され、騙されただけなんだろう」
「そうなの……」
 アスカにとっては、薔薇の学舎のイエニチェリ時代のカミロの話というのは、初耳に近い。もとはともにジェイダスに仕えていたディヤーブには、わかることもあるのだろう。
「私から言えるのは、ウゲンちゃんの息がかかっている人物が、現イエニチェリの中にもいること」「ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)か」
 ディヤーブが答え、アスカは頷いた。
「多分、今もウゲンちゃんのためになにかしらしようとしてると思うんだけど〜」
「…………」
 ディヤーブは腹部の怪我に手をあてた。自分がイエニチェリから外され、かわりにあの男が入ったことの原因のひとつは、おそらくはこの怪我のせいだ。しかし、ただ、ジェイダスから見放されたからではないか……それは、ディヤーブにとって、死よりも耐え難い。
「……ね、ディヤーブさん。なんで私がここに来たか、わかるかしら〜?」
「…………?」
 アスカの問いかけに、ディヤーブは不意をつかれたように、瞬きをして彼女を見つめた。
「ディヤーブさんになにかあったら、ジェイダス様が悲しむもの。これ以上、ジェイダス様にとって大切な人を、失うわけにいかないから」
 ジェイダスは、簡単に貴方を見放すような人ではない。彼の為にも、死のうとはしないで。そう力をこめて、アスカは言い切った。それは、傷ついたディヤーブにとっては、なによりの言葉だったろう。
「……感謝する」
 ディヤーブの無骨な手が、アスカの細い両手を包んだ。彼女に深々と礼をしたディヤーブの肩は、ほんの微かに、震えているようでもあった。


 一方で。
 静かに屋敷を監視し続ける視線もあった。
「教導団が本格的に動くつもりのようね」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、小さく呟いた。
 彼女自身は元教導団という立場だが、今もその心意気と姿勢は忘れていない。タシガンへとやってきたのも、脱獄犯である三名……グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)如月 和馬(きさらぎ・かずま)ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)の三名がタシガンに近郊にいるらしいという噂を確認するためだった。
 ウゲンの得体の知れない武力と権力は、おそらく犯罪者には魅力的に映るだろう。おそらくは、ここへやってくるに違いない。そう踏んだのだ。
 しかし、今のところ、彼女が目的とした三名は、この付近に姿を現していない。残念ながら、目論見は空振りに終わったようだ。
 なにかしら情報が掴めれば、イエニチェリであるルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)へ情報として協力することもやぶさかではなかったのだが。
 今のところ、ウゲンのもとに訪れたのは、レオンハルト率いる教導団の面々。そして。
(七曜のうち、銀 静(しろがね・しずか)横倉 右天(よこくら・うてん)とその契約者は来ていたわね)
 祥子はそう、素早く心の中に書き留める。
 皆、それぞれの思惑でもって、彼に接近しようとしているのだろう。
(決して、世界平和のためじゃなさそうだけど)
 そう思いながら顔をあげた祥子は、なにやらふわふわした生き物が視界をよぎり、屋敷へと入っていくのに気づいた。イエニチェリを意識したらしき仮装(?)をしているが、まさかホンモノとは思えない。
 ウゲンに用事があるようだけれども、他の面々とは、なにやら空気が異なる。
 もっとも、腹の底ではいろいろとあるようだが……。
 とりあえず、もう暫くは監視を続ける必要があるだろう。
 祥子はそう判断をすると、霧の中、再びその気配を消した。