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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第1回

リアクション


(・女神の祝福)


「……想像以上だな、これは」
 カミロは『暴君』を前に、なす術を失っていた。
 シャンバラ側のイコンは、ギリギリまだ一機も撃墜されてはいない。だが、寺院のイコンはもはや数える程度しか残っていなかった。
『あれを抑えればいいのか?』
 そこへ、わずかな生き残りであるジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)がやってくる。異形のワイバーン、バルバロイに乗り、寺院と共に戦っていたのだ。
『そうだ。出来るか?』
 イコンの攻撃が通用しなくても、ワイバーンならば多少有効打を与えられるかもしれない。
 ほとんど期待はしていないが、相手の隙をつく意味でも、ジャジラッドと共に青いイコンへとたち向かう。
「カミロ様、こちらのシールドではあの攻撃を防ぎ切れません」
「分かっている。だが、常時全方位に展開しているわけではないだろう。必ず隙はある」
 バルバロイが青いイコンに接近するのに合わせ、別方向から回り込む。
 だが、バルバロイは衝撃波であっけなく吹き飛ばされ、すぐにシュバルツ・フリーゲに向き直り――そのときには横に薙ぐようにして真空波を繰り出していた。
「――!!」
 機関銃の反動を利用して、なんとかそれを避ける。

(カミロ様!)
 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が搭乗する魔王尊が合流する。
 もっとも、彼女達は正規に出撃しているわけではない。そのため、素性がバレないように通信系等は全て遮断している。
 まずはさりげなくシュバルツ・フリーゲに接近し、回復支援を行う。
 それから、青い機体に向けて通信を送る。
『あなた達を……助けに来ました』
 連れ戻しに、と言わなかったのは、カミロから青いイコンが「逃走した」と聞かされていたからだ。
 ということは、もしかしたら助けを求めているのかもしれない。無差別に攻撃を行っているのも、それに起因しての暴走による現象かもしれない。
 だが、その想像は事実からかけ離れていた。
(あの変態野郎からの差し金か?)
 面識がないにも関わらず、テレパシーで返答してきた。声だけ聞けば、可愛らしい女の子のものである。
(てめぇ、ぶち殺すぞ)
 そこには悪意しかない。
 次の瞬間、衝撃波が飛んできた。
 高速機動でそれが繰り出される寸前のところで、何とか直撃せずにすむ。
(しかし、厄介ですね)
 原理自体は大方予想がついている。
 使用しているのは超能力。反応速度から見ても、学院の新型機「レイヴン」と同系統の技術だろう。
 不可視の防御フィールド、衝撃波、右腕のビームサーベルの柄のようなものから繰り出される不可視の刃による真空波。
 衝撃は左腕から発せられている。だが、この手の技術は攻撃と防御を同時に行えないはずだ。
 左手がこちらを向いているのを確認し、ショットガンを放つ。
(予想が正しければ……)
 そう、確かに力場生成と衝撃波は同時併用出来ていない。相手は反射を行い、弾丸が跳ね返ってくる。
 【魔王尊】はそれをシールドで防ぐ。
 だが、その直後相手の真空波が機体に迫っていた。
「――――ッ!!」
 咄嗟にかわすが、左腕を吹き飛ばされる。
 剣の方は、力場形成と同時併用が可能だったのだ。

 カミロ、睡蓮が戦っているところに、【アモン】が割って入ってきた。
『おい、そこの青いの!! カミロをぶっ倒すのはこの天空寺 鬼羅だ。横取りすんじゃねぇよぉお!!』
 カミロとの戦いは一旦おあずけだ。
「が、がんばれ鬼羅ちゃん! 負けたらあかんで!!」
 しかし、状況が状況だ。
 覚醒状態に移り、青いイコンへと迫る。
 エネルギーが増大する中、相手の機体がついに動いた。
 いくら相手が妙な力を使うとはいえ、単純な性能ならば覚醒した機体の方が上だ。
 だが、相手は【アモン】の攻撃を全て読んでいた。鬼羅の戦い方は、やや無茶なもので、高速状態から回転し、回し蹴りを食らわせようとしたりもする。
 それらでさえも、通用しない。
(そんなものか、おい)
 あざ笑うような声が脳内に響く。
 マインドシールドをもっても、抵抗しきれないほど強力な思念。
(どうだ? 全力で挑んで軽くあしらわれる気持ちは? 教えてくれよ、なあ!!)
 直後、カミロがシールドを展開したままランスを投擲した。
(無駄だっつってんだろぉが!!)
 右手を振り上げ、真空波を青いイコンが繰り出す。
 シュバルツ・フリーゲはそれを避けきれずに、機関銃を持つ左腕と、左足を同時に斬り落とされる。
 続けざまに、『暴君』はそれを振り下ろす。
 それがカミロ機を捉える前に、【魔王尊】が覚醒を起動。シュバルツ・フリーゲの機体を掴んで戦線から離脱する。
『おい、そこのイーグリット。カミロをどこに連れて行く気だ!?』
 その鬼羅の問いに返事はない。

* * *


「オルフェ、あなた、また無茶する気でしょ」
 魔鎧として纏われている【イコンスーツ】 ホワイトベール(いこんすーつ・ほわいとべーる)がオルフェに告げる。
「許さないわよ。あなた、恋人や心配してくれる人の気持ちを省みず無茶するじゃない。 ……誰もあなたが傷ついて悲しまないなんてことないのよ」
「それでもオルフェは、誰も置いてはいかないのです」
 
 圧倒的な力を前にして、ヴェロニカは呟いた。
「ひどい……」
 何もそこまでしなくても、というほどの破壊を青いイコンが見せている。幸い、学院の生徒は無事だ。
 だが、寺院は違う。敵であっても同じ人間だ。ヴェロニカにとっては心の痛む光景だ。
『どうして、ここまでする必要があるの?』
 青いイコンのパイロットに向けてそんなことを呟く。
(何って? 楽しいからに決まってるだろ)
 女の声が頭に響く。
『違う、そんなの……間違ってる!』
 思わず叫んでしまう。
(うざってぇ。とりあえず悲鳴でも上げてさっさとくたば――)
 そこで、相手の声が途切れた。
『ヴェロニカ、なんでお前が……?』
 聞き覚えのある声が聞こえた。
(ち、オレの邪魔すんじゃねぇ!!)
 一瞬だけだったが、それは間違いなく、
『兄さん、エヴァン兄さんなの!?』
(へえ、相棒の妹ってか? そうだ。ここでてめぇをぶっ殺しちまえば、コイツは完全にオレのものになるよなぁ)
 分からない。なぜ、こんな女と兄さんが同じ機体に乗っているのか。
 無理やり契約させられて、人質にされている?
「ヴェロニカ!?」
 ニュクスが声を上げた。
 ヴェロニカが動揺したことにより、機体の安定飛行が乱れたのだ。それにより、レーダーの捕捉範囲が乱れ、味方のエネルギーシールドが無効化される。
「座標を計算しなおさないと!」
 次の瞬間、青い機体からの衝撃波が【ナイチンゲール】に向けられた。

『ヴェロニカさん!』
 それが放たれたとき、咄嗟にカムパネルラが覚醒し、【ナイチンゲール】を庇うようにして衝撃波の範囲から押し出す。
「う……!」
 その衝撃を、ホワイトベールが緩和した。
『大丈夫ですか?』
『う……うん、だ、大丈夫』
 酷く動揺している。
『何をぼーっとしてるの? 死にたいの?』
 ホワイトベールが厳しい言葉を投げかける。
『違う、私は……』
 声が震えている。
『……あなたに何かあればオルフェリア様が悲しむことになるでしょう。ですから、ヴェロニカ様。貴女も守りましょう。
 ……オルフェリア様を守るために。我の「仲間」を守るために』
 
 「また」守られてしまった。
 自分は守る側にいるというのに。それも出来ず、傷つけてしまった。
「私はもう守られるだけじゃ、駄目なのに……」
 どうしよう、兄さんとは戦いたくない。
 でも、そうするとみんなが……
「ヴェロニカ、しっかりして!」
 そこへ、通信が入る。
『戦えないのなら、もう離脱してくれ』
 霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)からだ。
『君は「特別」だからきっと咎められやしない。役立たずの強化人間みたいに、処分されたりもしないだろ……!?』
 出撃前、自分の存在が既に他者を傷付けているのだと言ってきた少年。
「私は……特別なんかじゃ、ない」
 ただのヴェロニカだ。
 そこで、はっとする。そのままでいいと言ってくれた人のことを。
 ならば、【ナイチンゲール】のパイロットではなく、ヴェロニカ・シュルツとして等身大の自分に出来ることをすればいい。
 覚悟を決める。
『私を妬みたい人は妬めばいい。嫌うなら嫌えばいい。だけど、私は例えここにいるだけで、誰かを傷つけているのだとしても……みんなの力になりたい』
 そして、はっきりと声に出す。
『戦えない人の多くの人の分も、戦っている人達を――守りたい』
 戦うのではなく、守る。
 戦場に出ることが戦うことだとしても、それでも自分は「戦わない」。気持ちの面においては。
「ニュクス、力を貸して」
「ふふ。いい顔になったわね。大丈夫、あなたは自分で思っているよりもよっぽど強いわ」
 そして、ニュクスがコントロールパネルをとてつもない勢いで操作し始める。
「準備完了。『女神の祝福』起動!」

 そのヴェロニカの声は、部隊の者達に聞こえていた。
「ヴェロニカさん、通信がオープン回線になってましたよ?」
 【澪標】の葉月 可憐(はづき・かれん)はその言葉を聞き、微笑んだ。
(とても優しいんですね。それでも、貴女がそう決めたのなら、私は全力でサポートしましょう)
 澪標。揺らめく境界線にしてアールグレイ。線を跨ぐ者。
 彼女達は、迷いながらこの戦場にやってきたヴェロニカを見守っていた。そして今、ヴェロニカは強い決意をした。
「さあ、アリス。行きましょう。彼女の道のために、微力ながら尽力しましょう」

* * *


「こんなに無茶苦茶な強さとはね」
 射撃は無効。
 こちらの行動は全て筒抜け。
 衝撃波と真空波による斬撃。
 おまけにステルス。
 もはや反則としかいえない。
「だけど、ここで倒さなきゃいけないよねっ」
 【ミッシング】がマジックカノンを構え、さらに覚醒を行って有効射程に近付く。
『こちら、白金。今から「女神の祝福」を発動するわ。制限時間は十分』
 ニュクスから通信が入る。
『あと、ヴェロニカから一つ。「パイロットは殺さないで」とのこと。連絡は以上よ』
 そして、後方のナイチンゲールから強い光が発せられる。
「よくは分からないけど、とっておきの秘策かな?」
 
 青いイコンに向け、【ケルベロス・ゼロ】は中距離を保ち、援護射撃を行う。
「今はまだギリギリだけど、これ以上ヤバくなったときは、ケツまくって逃げるからね」
「臆病者と言われてもいい……自分の役目を果たしたい」
 相手の隙が見つからない。それでも、まだ逃げたくはない。
「まあ、まだまだだけどね」
 そのとき、あの衝撃波が来た。距離はあるため、致命傷とはならない。
 いや、様子がおかしい。
「……不発。いや、そんなはずはない」
 大気の揺れはセンサーが感知している。ただ、衝撃が来ない。
 それは、「女神の祝福」によるものだった。

(攻撃が止んだ……?)
 【イクスシュラウド】は前衛で青いイコンの衝撃波と真空波に対し、防戦一方の状態だった。だが、今は敵からの攻撃がない。
(どうなっている?)
 「女神の祝福」を起動した、ニュクスに確認を取る。
『「絶対防御領域」の展開よ。起動している間、あらゆる攻撃を無効にする。この世界の理に従うものである限りは……ね』
 それが【ナイチンゲール】の切り札、というわけである。
 いかなる魔法も、核ミサイルのような兵器も、「女神の祝福」の前では意味をなさない。それこそ宇宙の法則を捻じ曲げるような力でない限りは。
 エネルギーシールド同様、【ナイチンゲール】が干渉可能な機体ならばこの力を得ることが出来る。
(今がチャンスだ。行くぞ!)
(了解だぜ!)
 【ゲイ・ボルグ アサルト】と【イクスシュラウド】の二機が青いイコンへと全速力で突撃していく。
 今だけは相手の攻撃を恐れる必要がない。
 だが、相手の力場やステルス性、それとこちらの思考読み取りは健在だ。手強いことに変わりはない。
 【イクスシュラウド】がブースターをフル起動させ、青いイコンに肉迫する。そのまま、ビームサーベルで斬りかかるが、その全てをかわされる。
 だが、なんとか背後に回り込み、敵の機体を背後から掴んで動きを封じることに成功する。
(今だ、やれ!)
 絶対防御領域もあるため、【イクスシュラウド】は例え青いイコンが消滅するくらいのエネルギーがあっても、無事だろう。
「この距離なら、力場は作れないな!」
 【ゲイ・ボルグ アサルト】がゼロ距離でフル出力のマジックカノンを発射した。
 轟音と共に、青いイコンから煙が上がる。
「やったか!?」

 それでも、青いイコンは原型を留めていた。
 とはいえ、さすがに装甲の一部は消し飛び、かなりのダメージを負っているのは明らかだ。
「リディア、いくぞ。今なら捕まえられる!」
 そこへ、【ブレイク】が飛び込んでいく。装備しているのはビームサーベルではなく、実体剣だ。
「シールドも、実体なら通るだろ。これでも――喰らえ!」
 勢いよく剣を振るう。
 だが、敵機は高度を上げ、それをかわす。ついに動かざるを得ない状況にまで追い込んだのだ。
「この機を逃すと、後々厄介だ。仕方ねぇ……なら、限界を超える!」
 覚醒。
 距離を縮め、青いイコンを鹵獲しようと試みる。
(くそ、ダメか)
 しかし、まだ届かない。

(どうして君がそうなったのかは分からない。だが、ここで止める!)
 孝明は覚醒を起動し、青いイコンへと接近していく。
(今のあんたは以前ほど怖くないよ。少なくとも、悪意を持っているとはっきり分かるのだから)
 何もないからこそ、恐ろしい相手だった。
 だが、今は違う。
(なめるなぁあああああああ!!!!!!!)
 頭の中に、はっきりと叫びが聞こえた。
 青いイコンの攻撃は「今だけは」こちらに一切通用しない。
 しかし、地上にある寺院基地の残骸を吹き飛ばすほどの衝撃を放っていることから、どれほどの強さかは分かる。
 その攻撃さえ絶対防御の前に意味をなさないと知ると、青いイコンは戦場から離脱しようとブースターを起動した。

* * *


(逃げるのか?)
 月谷 要(つきたに・かなめ)は、青いイコンに向かって跳躍した。
 今の彼はイコンには乗っておらず、生身だ。だがあの敵は、逃げなければならないほどに弱っている。
(逃がすか!)
 あの「白銀」に勝つためにも、「青」を超えなければ。
 それが、彼の身を突き動かしてしまった。
 イコンのレーダーに映らない、さらに光学迷彩を使用しているため、目の前に出ても存在を悟られないだろう。
 黒檀の砂時計をひっくり返す。
 そして青いイコンの前まで飛び上がり、
「あ…………」
 上空から地上へと叩きつけられた。
 見えるとか、気配を経つとかそういう問題ではなく、青いイコンの力場に入った段階で、彼の存在は感知されていた。
 そして、【ナイチンゲール】の絶対防御の恩恵も生身では受けられない。
 要の意識はそこで途絶えた。