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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

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3.


 翌日。
 北都にラドゥの屋敷から連れ出されたレモを、一同は少し薔薇の学舎から少し離れた場所で出迎えた。北都たちの他に、新たな顔ぶれがそこには揃っていた。
「初めまして、神楽坂と申します」
「山南と申します」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)山南 桂(やまなみ・けい)が、穏やかにレモに挨拶をする。
「私は白薔薇の騎士ララ。そして黒薔薇の魔導師リリだ」
 ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が、自らと、パートナーのリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)を紹介する。しかし、ララはいささか苛立っている様子で、レモは慌てて「初めまして」と頭を下げた。自分に対して怒っているのだと勘違いをしたためだ。
 実際のところ、ララは苛立っていた。本来ならルドルフの元に赴き、その意思のために動くことが彼女の希望だった。だが、リリが「まあ、待つのだよ。搦め手が近道ということもあるのだ」と押しとどめ、レモの情報を得ると、ここへ尋ねてきたのである。
「ご助力に感謝いたします」
 クナイが彼女たちにそう礼を言う。ラドゥに忠告もされているし、それ以外の勢力からも、レモは狙われる可能性が高い存在だ。護衛が増えるのは有り難いことだった。
「あの……皆さん、本当に、ありがとう」
 レモがおずおずと礼を述べる。そんな彼に、翡翠は優しく微笑みかけた。
「不安そうですね? 大丈夫ですよ。自分たちが、貴方を守ります」
 翡翠の言葉に、レモはぎこちなく微笑む。
(辛い記憶の場合も有ると思うのですが、大丈夫でしょうかねえ? その場合は、支えるしか無いかな)
 心の中でそう思いつつも、翡翠は顔には出さず、ただレモの小さな肩に手を添えた。
「じゃあ、ぼちぼち行くか?」
 ソーマの言葉を「いや」とリリが遮った。
「前例もある。ウゲンの操作を受けている可能性もあろう」
 アイシャと同じく。リリはそう主張した。
「先に偽情報を信じさせておいて、後戻りできなくなってから『真実』を思い出す。如何にもウゲンが喜びそうな筋書きなのだよ」
「…………」
 ぎゅ、とレモは唇を噛む。そんなレモを背後に庇うようにして、アーヴィンがリリに尋ねた。
「よしんばそうだとして、なにをしようというのかね?」
「【清浄化】を行う。相手がウゲンでは、帳消しにできるとは思わないが、少しはマシであろう」
「レモ」
 不安げなレモに、昶が声をかける。しかし、レモはややあって、きっと顔をあげてリリに答えた。
「……お願いします。僕も、皆さんを不安がらせるのは、嫌です」
「よかろう」
 リリの手が伸ばされる。ウゲンとうり二つの瞳が閉じられた。その額に手を置き、リリは息を吸うと、意識を集中させた。
 レモの全身が、薄ぼんやりとした光に包まれる。一同が息をのんで見守る中、やがてその光は静かに消えていった。
「……何か、思い出せましたか?」
 翡翠が尋ねる。すると、レモはゆっくりと目を明けた。
「……カルマ。思い、だした。カルマ。ウゲンは、彼をそう呼んでた」
「彼、とは?」
 ララが尋ねる。
「あの、装置のこと。僕の、たった一人の、友達……」
 カルマと名付けられたエネルギー装置は、レモだけが話をすることができるという。
 機晶姫の一種なのか、どちらにせよ、レモとカルマはウゲンが同時に作ったものであり、いわば双子のような存在だった。しかし、人間形をとれるのはレモだけらしい。
 それ以上のことは、今は思い出せないとレモは言う。
「でも、早く、ラードゥンのところに行ってあげないと。きっと、不安がってると思うから。……信じて、もらえる?」
 レモはそう言うと、一同を見つめた。
「もちろんだ」
 アーヴィンが力強く答え、翡翠も頷いて見せる。ほっとしたように、レモは微笑んだ。



 一同は車に分乗し、洞窟へと向かった。
 道が整備されたおかげで、以前徒歩で向かった時に比べ、格段に楽に、かつ、早く移動することができるようになっているのだ。
 タシガン市街を抜け、山岳部へと車はひた走る。
 その途中の谷間に、教導団の検問所が設けられていた。なるほどこの先は洞窟への一本道しかなく、用がない人間はまず訪れない。
「はい、止まって〜」
 彼らを出迎えたのは、マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)だった。道路を挟んで彼女の向かい側には、ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)がぴしりと背筋を伸ばして警備に当たっている。
「薔薇の学舎の人たちね。……あれ? そっちは?」
 マリーアが、薔薇の学舎の制服を着ているものの、あきらかに女性の二人に気づき小首を傾げる。
「彼女たちのことは、こちらで責任を持ちますので」
 クナイがそう答えつつ、ラドゥから預かった通行証をマリーアに提示する。すると。
「あ! キミがレモ? ちょっと待ってて!」
 レモの存在に気づき、マリーアは慌てて踵を返し、休憩中の橘 カオル(たちばな・かおる)の元に走った。
 ややあって、カオルが起きてくる。夜間の警備を担当していたカオルは、しかしほとんど寝ていないにもかかわらず、毅然とした態度で口を開いた。
「この先、ご案内します。それとも、皆さんがいれば不要でしょうか」
 薔薇の学舎の生徒の意思を最優先にすると、カオルは提示する。
 結局、カオルの護衛は断り、レモたちは再び車を出発させた。
「大丈夫かな?」
 マリーアはそう言うと、腕組みをして車を見送る。
「まぁ、ルカさんたちに連絡しとくぜ」
 カオルはそう答えた。
 儀式まで、あと少しだと聞いている。校長は慕われているようなので、彼を守るために、ああして生徒たちは必死に行動をしているのだろう。
 その結果がどうあれ、薔薇の学舎の生徒たちが、自分たちで納得のいく道を見つけて欲しいものだ。
 再びテントに戻る道すがら、カオルはそんなことを考えていた。

(レモが来たのか……)
 食料調達のために森へ行っていたランス・ロシェ(らんす・ろしぇ)が、両手に獲物や食べられる植物の類を手に戻ってくる。自分用というよりは、食べるのが大好きなマリーアのためだ。
「よ、おつかれさん。大猟だな」
 付近を歩哨にまわっていたテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が、八重歯をのぞかせて笑う。
「……まぁな」
 人付き合いがどちらかといえば苦手なため、ランスの答えはやや素っ気ないものだった。
「後で少し分けてくれよー。余ったらでいいからさ」
 ランスは頷いたが、マリーアの無限胃袋にかかっては、おそらく「余る」ということはないだろうことは、双方にわかっていることだった。
 ランスが去ってから、テノーリオはミカエラに近づく。
「どうだ?」
「今のところ、問題なしよ」
 ミカエラは短く答え、そのまま言葉を続けた。
「いくら校長からの要請を受けて、とはいえ、私たちのほうが異邦人なのはわきまえないとね」
「まぁ、な」
 テノーリオは頭をかく。
 今回、彼は、表向きはあくまで警備となっているが、内実は教導団内部の調査だった。あまり気が進む任務でもない。
(俺みたいなプー頭のヤツの報告でも参考にできるってんだから、偉い人ってのはエライんだろうけどな)
 やれやれと思いつつ、テノーリオはひとまずは歩哨任務に戻ることにした。
 ……なんだか、生ぬるい風が吹いてきている。大気がざわついているようだ。
「また死者の奴らが沸いてきたかな」
 まだ昼間だというのに、重苦しい曇天が空を覆い始めていた。