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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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chapter.6 ブッチョウと謎の聖水(2) 


「笑わないドラゴンか……それならうちにとっておきのヤツがいる」
 ブッチョウを笑わせなければ現状は打破出来ない。そんな苦しい状況の中、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は秘策アリ、という表情でブッチョウの前に堂々と立った。そう、彼には頼もしいパートナーがいたのだ。
「男ならきちんとネタで勝負しないとな。俺たちが漫才の極意を見せてやる」
 漫才? 俺たち? と周囲がざわめく。と、突如アキュートが「俺はアキュート」と自分の名前を高々と名乗った。それに応じるように、ふらっとどこかから現れたのはパートナーのウーマ・ンボー(うーま・んぼー)だった。ウーマはアキュートに続くように、名乗りを上げる。
「それがし、ウーマ!」
「お空のマンボーです」
 絶妙なハモりを見せながら、アキュートとウーマが横並びになる。どうやらそれが、お笑いコンビとしての芸名のようだった。
 しかしその登場の仕方やコンビ名などそっちのけで周囲の注目を集めたのは、ウーマの容姿であった。ウーマは、どこからどう見てもマンボウのビジュアルをしていた。それはもう、間違いなくマンボウの外見だった。ひれの代わりについた小さな羽と薄く頭頂部に浮かぶ輪でかろうじてマンボウとの違いを見せようとしているが、明らかに外見がマンボウである。
 アキュートのとっておきとはこのことだったのか。その場にいた全員が、ウーマを見て確信した。
 出落ちじゃねえか、と。
 しかし、ただの出落ちで終わっては二流止まりである。ふたりは自分たちの言葉に恥じぬよう、立派な形の漫才を披露し始めた。
「マンボウ、そろそろ暑くなってきたな」
「うむ、これでこそ夏であろう。干物にならぬうちに、どこかで涼みたいものよ」
「涼むといえば、やっぱり海だな。美女にギャルにねーちゃん……それにレディーにガール、あとねーちゃんか」
「全部女性だろう! なんなら、最後の方思いつかなくなってねーちゃんがだぶっているではないか!」
「まあまあ、海には他にも色々あるぞマンボウ。頬を撫でる潮風とか、水平線に沈む夕日とか、心地良いものが」
「突然綺麗なことを言い出したな。まあ確かに、それらは心地良い」
「それに、何より海で泳ぐと気落ちが良い。そうだろう?」
「それがし、泳げない」
「マンボウ! おいマンボウ! そのナリで泳げないってどんな詐欺だよ」
「それがしは、海より空を泳ぐ生き物なのだ」
「お前の方が綺麗なこと言おうとしてるじゃないか。なんだよ空を泳ぐって。危ないヤツか。まあいいさ、せっかく泳げなくても海は楽しめる。浜辺でパラソル広げて寛いだりな」
「うむ、そうしよう」
「それに、パラソルの下にいればそこから水着が見放題だ。ビキニタイプにワンピース、ハイレグ地帯をパレオでチラ見せってな」
「楽しそうだなアキュート。それと親父くさいぞアキュート。ちなみにそなたはどのような水着を?」
 ウーマに尋ねられたアキュートは、突然着ていたコートをばっと脱ぎ、かぶっていたカウボーイハットを股間にあてがった。このクソ暑い中コートを着ていたのは、こういう理由だったのか。
「俺は、これだ」
「おいアキュート、教えてやろう。それは水着ではなく変質者だ、む? アキュート、その帽子、若干浮いていないか?」
「ん? ああこれは俺のビッグサムだ」
「……それで集まると良いな。ビーチの視線と、警察が」
「ははは、警察は勘弁だな。なあビッグサム」
「話しかけるな。それとビッグサム、応じるな」
「そういうマンボウは、海に行ったらどんな水着を着るんだ?」
「それがしが身にまとうのは、気概だけで充分だ」
「さっきから綺麗なこと言おうと頑張ってるな。なんだ、マイブームか」
「アキュートよ、嫉妬は見苦しいぞ」
「誰も嫉妬してないだろうが。そもそもマンボウ、お前元々全裸だろ」
「ギョッ!」
「なんだその取ってつけたような魚キャラ。しかもダジャレかよ! もういいよ!」
 アキュートのつっこみと同時に、ふたりは「ありがとうございました」と言って下がっていった。岩陰まで引っ込んだふたりは、ちら、とブッチョウの方を見る。
「笑ってるか? マンボウ」
「……いや、笑っていないな」
 ウーマが、がっかりしたような声で返事する。その言葉通り、ブッチョウは彼らの精一杯の漫才にも口を開くことはなかった。ブッチョウが一切笑みをこぼさなかったことで、周囲の者たちもなんだか笑ってはいけないんじゃないかという空気になり、洞穴はしんとした空気に包まれた。その静寂を破ったのは、ふたりの漫才を誰よりも熱心に見ていた五条 武(ごじょう・たける)とパートナーイビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)だった。
「おおっっっとおおおおぉ! これは予想外の空気だ!! ブッチョウの眉が、ピクリとも動かねェェエ!!」
 普段からテンションは若干高めだが、より一層暑苦しいテンションで武が叫ぶ。よく見ると、彼は遺跡で発見された秘宝、熱狂のヘッドセットを装着していた。これにより、武はボケることよりも現場を実況することに尽力するようになっていたのだ。そこから武は、イビーに話を振ることで漫才大会さながらの実況と解説を披露する。
「さあ解説のイビー!! 今のぶっちゃけどーよォ!?」
「そうですね、今のコンビはボケとつっこみが明確に分かれてなかったことが致命傷でしたね。ダブルボケ、ダブルツッコミは高度なテクニックです。やはり通常は、しっかり役割分担をした方が良いでしょう」
 手厳しいことを好き勝手言った後、イビーはとどめの一言を告げた。
「まあ、彼らは完全に出落ちでしたよね。マンボウって」
「なるほどォ! 課題がはっきりしたから、次のチャレンジではさらなるネタを待ってるぜェェエエ!」
 やりきった感満載のふたりだったが、アキュートたちからすれば完全に余計なお世話だった。
「さぁ、次の挑戦者はどこのどいつだァ!?」
 そんなアキュートたちの鋭い視線に気付くことなく、武はノリノリで実況を続ける。しかし、ここまでこっぴどい酷評をされるのを目の当たりにして、それでも舞台に上がる芸人はあまりいなかった。
「どうしたおめぇら、怖じ気づいてんじゃねぇぞこらぁああ!!」
 武が怒号にも似た声で煽る。生徒たちは、「じゃあお前がなんかやれよ」と一斉に思ったが、巻き添えを食らわないように静観することにした。



 誰か、ブッチョウの前に出ろよ。そんな雰囲気が漂う中、ついにひとりの男が足を動かした。顎に手を当てながらゆっくりと集団の中から出てきたのは、弥涼 総司(いすず・そうじ)である。
「あの古文書を見てから、オレはずっとオレなりに考えてた。聖水とは何なのかを……。考えて考えて、オレが出した結論は、あいつのションベンなんじゃないかってことだ」
 そう言いながら精悍な顔つきでブッチョウに近づく総司を見て、生徒たちは思った。「これは危険なヤツが出てきた」と。
「仏頂面なのも、実は我慢してるからってだけで、実際は結構良いヤツだったりするんだろ?」
 言って、総司がブッチョウに話しかける。しかしブッチョウはいつもの舌打ちで返すだけだった。無論、総司はそんなことではめげない。
「ようし、いっちょ、男の友情と洒落込むことにしますかな!」
 言うが早いか、総司ははいていたものをずるっと下ろすと、肌を露にした。連れションですっきりすれば笑顔になるだろう作戦である。これには武とイビーも言葉を失ってしまった。アキュートはまだ帽子で隠していたが、彼はモロなのだ。何がというか、全体的に色々と直接的だったのだ。
「ほれ! 笑えブッチョウ! こういうのは大声で笑いながらするのが作法だぞ、ブッチョウ! 笑え! 笑え!」
 総司はブッチョウの横に立ち、ブッチョウを誘うように声をかけながら綺麗な虹を描いた。かけたのは、声だけじゃなく虹の橋もというわけだ。
「ちっ」
 が、ブッチョウはそれを冷ややかな目で見つめているだけだった。それもそのはず、仮にブッチョウがトイレを我慢していたとしても、大衆の面前で小便をするなど、思春期では到底できないことである。そんな精神の機微に気付かない総司は、勘違いしたままブッチョウに声をかけた。
「ん? もしかしてオレのマグナムにハートがブレイクしちゃったか? ゴメン……マジゴメンな」
 ブッチョウからしたら、謝ってほしいのはそこじゃねえよという話である。このばらまかれたアンモニア臭に関して謝罪しろよ、という視線で総司を睨むブッチョウ。
「彼は、おそらく笑わせようとかそういうのじゃなくて、素でやってますね。ある意味天然です」
「え、えーと……とりあえずお前のスピリッツはレインボーにジャストミートだぜぇえ! さあ次の挑戦者こいやこらぁあぁああ!!」
 空気を変えようと、イビーと武が口を挟み、総司はそのタイミングで退場となった。
 もうブッチョウを笑わせるのは不可能では? 誰しもがそう思い始めた時、まだブッチョウと対峙していない生徒がおずおずと皆の前に現れた。それが、琳 鳳明(りん・ほうめい)である。彼女はパートナーの藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が見守る中、意を決したような表情でブッチョウの前に立った。
「このドラゴンさんを笑わせればいいんだよね? じ、自信はないけど……頑張ってみるよ!」
 彼女には、何かとっておきのアイディアでもあるのだろうか。周囲の者たちが期待を寄せるが、鳳明はそう宣言してからしゃがみ込み、何やら視線を泳がせていた。我慢できず、武が実況を挟む。
「おおっと、こいつァ何事だァ!? 体長不良か!?」
「もしかして彼女は、今ネタを考えているんではないでしょうか」
 イビーが解説する。その予想通り、鳳明は、なんとノープランで前に出てきていた。その勇気は称賛に値する。結局彼女が次に声を発したのは、それから10数分後のことだった。
「ど、どどどどもー、シャンバラのヒラニプラってとこから来た、琳鳳明ですっ」
 まずは自己紹介から入る鳳明。基本である。が、この後の彼女の発言に、誰もが耳を疑った。
「えーと、こ、これから……これから、面白いことをします!」
「!?」
 その場にいた全員が、口を大きく開けた。まさかのセルフハードル上昇である。
「おおっと、ここにきて爆笑宣言!! さぁ、周りの視線が集まる中、どォ切り返すンだァ!? 今世紀最高のネタ、見せてくれェ!!」
 さらに最悪なことに、武が実況で煽ったことで一段とハードルが上がってしまった。この事態を危惧した天樹は精神感応で鳳明に語りかける。
 鳳明、自分で面白いって言ったら後が大変じゃない……?
「え? 何? 違うの? で、でももう言っちゃったよ!?」
 それに思わず声を出して反応してしまった鳳明。彼女の言葉通り、既に手遅れな状態となっていた。天樹は元々お笑いに無関心だったことも手伝ってか、それ以上関与することはせず、諦めたようにすっと腰を落ち着け、体育座りで事の成り行きを見届けることにした。
「う、うーんと、えーと、じゃ、じゃあいくからね?」
 ハードルもさることながら、間までも悪くなってしまった鳳明は、そのままなし崩し的にネタを切り出した。
「こ、こんなところに全自動みかんの皮剥き機が!」
 鳳明が、持ち出してきていたその機械を指差して言う。そして、その挿入口に果実を入れたところで鳳明がわざとらしく驚いてみせた。
「わあ、本当にみかんの皮が剥けたね」
 挿入口の中からみかんを取り出した鳳明は、続いておもむろに缶コーヒーを取り出すと、その缶の上に剥かれたばかりのみかんをとん、と置いた。そして彼女は、その言葉を今日一番のボリュームで告げた。
「これが! アルミ缶の上にあるみかんだね!!」
「……」
「……」
 ほら、早く実況と解説しろよ、みたいな目で一同が武たちを見る。しかしこれにはさすがに、彼らも口出し出来なかった。こっちまで火傷を負うのが、目に見えていたからだ。それほどまでに、鳳明の一発ギャグの破壊力は凄まじかった。ところが、この後さらに彼女は予想外の追撃を見せる。
「え、えっとね。今のは、『アルミ缶』と『あるみかん』がかかっててね。しかもこの缶、実はアルミじゃなくてスチールでね? それが二重に面白いっていうね……」
 まさか、まさかのセルフ解説である。天樹も黙殺状態で、完全に鳳明はひとり世界に取り残された人になってしまった。
 かのように思われた。
「ぷっ」
 それは、確かにブッチョウの口元から聞こえてきた。
「え?」
 聞き間違いか? と全員が耳をそばだてるが、やはりその音は、ブッチョウから聞こえてくる。ブッチョウが、笑っていたのだ。ぷふ、と時折吹き出しては、頬を緩ませている。待ちわびていたブッチョウの笑顔に、一同も釣られて笑い出す。鳳明の一発ギャグが、ブッチョウにとってそれほど面白かったのだろうか。それとも、露骨にすべってる感じが逆に面白くなってしまったのだろうか。どちらにせよ、ブッチョウは笑っている。
「ブッチョウが、笑った……!」
 喜ぶ一同だったが、問題はまだ解決していない。肝心の聖水の在処が、まだ判明していないのだ。てっきりにこやかになったブッチョウが場所を教えてくれるのかと思っていたが、ブッチョウが喋る様子はない。はて、どうしたものか。生徒たちが再び頭を悩ませようとしていたその時だった。
 ぴちゃ、と液体が滴る音がした。生徒たちはその源を辿ろうと、視線を上に向ける。すると、その液体は、ブッチョウの瞳から出ていた。
「これは……涙?」
「そうか、聖水というのはブッチョウの……!」
 何人かは、「正直聖水ってアレでしょ」と邪な想像を働かせいた。現に、連れションまでしようとした者もいる。しかし聖水の真実とは、ブッチョウの笑い涙だったのだ。
「オレの予想は、ハズレだったのか……」
 総司ががっかりした顔で呟く。しかし誰も総司を責めることは出来ないだろう。なぜなら、他にも総司と同じ予想をしていた者が何人もいたからだ。
「一番綺麗なオチをつけたのが、ブッチョウだったとはな」
 アキュートも、してやられたという表情でふっと笑った。今回のMVP、鳳明はといえば、全力のドヤ顔で天樹を見返している。
 こうして彼らは無事、聖水を手に入れることに成功したのだった。
 なお、ブッチョウは後に笑った理由をこう答えている。
「ていうか、みかんを剥いた意味が分かんない」と。