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リアクション
「確かに、コレは凄いですね」
牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は実体剣で肩をコンコンと叩いた。実際に肩のあたりに硬いものが当たる感覚が伝わってくる。
「シーマちゃん、調子はどうですかー?」
「くっ……なかなかの演算量だな、だが捌けない事は……余計なことを考えるな!」
シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が機体制御を担っている。彼女がシステム面を司り、実際に機体を「自身の身体」のように動かすのがアルコリアだ。
「というより、なぜアルは平気でいられるんだ? 確かに情報のほとんどはボクが処理してるけど、レーダーやセンサーが神経そのものと繋がってるようなものなんだぞ?」
だから何、とシーマに返した。
そんなことよりもやっぱり乗ってるだけで体力を使うのか、少しお腹が空いてくる。帰りに海京で美味しい蟹料理屋にでも行きたいが、そもそも復興作業中の海京のお店ってやってるのかしら。などと考えながら、策敵を始める。
とりあえず無人機相手に、軽く肩慣らしをしておく。ミラージュを展開しながら、無人機へ飛び込み、まずは素手で鳳凰の拳を繰り出した。
「イコン格闘術を覚えずに済むのはありがたいですね。しかし、ミラージュの幻影は出ていませんか」
博士曰く、レイヴンのBMIとは仕様が異なるため、サイコキネシスと真空波くらいしか使えないだろうとのことではあった。
「一応、ジャミングで敵のレーダーやセンサー乱して、ジャバウォックの位置を錯覚させてはいる。この機体からでは確認出来ないがな」
それは無人機に対しても有効であるらしく、先ほど鳳凰の拳を食らった機体も虚空に向かってビームキャノンを撃っていた。
「まあ、それで十分でしょう」
ふと戦場を見渡すと、シュバルツ・フリーゲの面影を持つ機体の姿があった。そこに向けて、ブースターを起動して突き進んでいく。
『へろへろ、お久しぶりですー』
『聞き覚えのある声だ。それに、青い機体とは……私への嫌がらせのつもりか』
【アリスジャバウォック】は迷彩塗装で空の蒼となっている。そういえば、カミロが追っていた『暴君』などと呼ばれるイコンが青い色だったらしいが、アルコリアにとってはどうでもいい話だ。
『カミロさんにとってのアンラッキーカラーは青、と。ああ、カミロさん。貴方が墜ちようと私が墜ちようと貴方の勝ちですので、私がイコンに乗っている時点で』
『生身で【シュバルツ・フリーゲ・オリジナル】やこの【ベルゼブブ】を倒せると本気で思っていたかのような口ぶりだ。確かに、君の実力はミス・アンブレラと比べても見劣りしない。旧世代のシュメッターやフリーゲ・レプリカ程度ならイコンに乗らずとも相手取れるだろう。だが――』
機関銃が火を吹いた。
『「本物」のサロゲート・エイコーンを舐めてもらっては困る。人の身で聖像に勝てるなどというのは、驕りだ!』
実体剣を抜き、機関銃の銃弾を弾いた。
その弾いた一発が、連鎖的に他の弾丸の軌道をもそらしていく。
「ナイスアシスト、シーマちゃん」
「予想以上に疲れる……ここからはあまり期待しないでくれ」
彼女が弾道予測をし、アルコリアの脳内に直接伝えたから出来たものだ。素人相手なら直感だけでやってしまうアルコリアだが、さすがに実力者が相手ではそうはいかない。
「さて、ではシーマちゃん、ラズンちゃん……本気モードで」
風の動きや伝わる熱気から、アルコリアは相手の次の行動を読み始めた。
「本気か、少々黙る……頼むぞ」
『きゃははは! やっと楽しくなりそう』
二人の声が返ってくる。
実体剣とレイヴンのサイコブレード。
その二本による、真空波を【ベルゼブブ】に向かって放った。
『効かん!』
マルチエネルギーシールドに阻まれる。真空波をもってしても、貫通はしないようだ。
「ならば、破るまでですよ」
推力全開。肩のスラスターから赤い光が噴出し、【アリスジャバウォック】を押し進めていく。
「シーマちゃん、防御は任せます。被弾時被害を最小限に……痛み? いつものことですよ」
機関銃からの銃撃を回避しながら、【ベルゼブブ】に接近した。
アルコリアは生身のとき以上に機体を動かせているが、これはシーマの情報処理のおかげだ。
テレパシーや精神感応を用いることなく、シーマが計算した結果がアルコリアの脳内に直接伝わる。本人は何も考えずとも、自然と身体を動かせるのである。
敵の速度は【アリスジャバウォック】といい勝負だ。
ならば、と目を閉じ静止。神速を発動し、シーマが導いたルートに従って、無意識に飛び込んでいく。
シールドに向かって実体剣を振り下ろす。
『カミロ様、このままだとシールドが破られます』
『やむをえん、ルイーゼ、一旦解除だ』
開きっぱなしのオープン回線からそんな声が聞こえてきた。ふ、とシールドが消え、その剣をランスが弾こうとしてきた。
「さて、終わりにしましょうか」
アクセルギアを三倍速で発動。【ベルゼブブ】の動きが遅く見えるようになる。
「さようなら、カミロさん」
神速から、二本の刃による真空波を続けざまに繰り出した。
「ルイーゼ、被害状況は?」
「出力20%低下です。幸い、ジェネレーターおよびシステム系統に異常はございません」
ルイーゼ・クレメントがカミロに告げる。
咄嗟に機体を引いたため、難を逃れたが、直撃していたら間違いなく致命傷だっただろう。
「ですが、このままでは勝ち目はありません」
「いや、手はある」
カミロはコックピットのモニターにそれを表示した。
「ウェスト博士が対『暴君』用に用意していた奥の手だ。シャンバラの契約者達のおかげで使わずに済んだがな」
それを見たルイーゼが狼狽する。
「いけません、カミロ様! それを起動すれば、カミロ様が――」
「私がどうなろうと、今更引くわけにはいかないのだよ!」
総帥の計画の邪魔をさせるわけにはいかない。
それが、全てを一からやり直すチャンスなのだ。それが得られるなら、「この世界」の自分がどうなろうと、問題ではない。
「リミッター完全解除。モード『カルネージ』起動――」
そして、止めを刺そうと迫ってきた青い機体と向き合った。
* * *
「ようやく慣れてきましたが……まさかこれほどとは」
【ヤタガラス】を駆っていた
シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)は、無人機相手を相手に慣らしを行っていたが、その性能は自分でも驚くほどだった。
シンクロ率を上げずとも、元の機体が機体であるため、無人機が連携してきても切り抜けるのは難しいことではなかった。
現在のシンクロ率は50%。この時点で、無人機が何機来ようとも敵ではない。
「念力併用の急旋回や急回避なんかはレイヴンでもやってたけど、この【ヤタガラス】だと被弾する気がしないよね」
ミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)が声に出した。
「でも、シフ。身体は大丈夫?」
「ええ、今のところは何ともありません。レイヴンに乗ってるときよりも疲れやすいくらいで」
周囲に敵影、三。
レーダーを見ずとも、大気を揺らす感覚で分かる。ビームキャノンによる砲撃をエナジーウィングでガードし、そのまま赤い翼からビームを照射する。
さらにプラズマライフルの照準を合わせ、無人機を狙い撃った。残り二機が【ヤタガラス】を挟み込む。
刃となったエナジーウィングを動かし、迫り来る無人機がその翼の上を通過していく。直後両断された敵機が滑り落ちていった。
無人機相手に圧倒的な強さを誇る【ヤタガラス】の前に、【ベルゼブブ】の姿が見えた。博士が造った別の試作機の姿もある。
『私としたことが……少々侮ってしまいましたね』
ノイズ混じりの通信が、交戦中のパイロットから入った。
かろうじて機体の五体は健在だが両腕が折れており、装甲の一部が剥がれ落ちていた。
『あれに乗っているのは、カミロ・ベックマンですよね?』
『ええ。ですが……もはやあそこにいるのは……別の何かですよ』
【ベルゼブブ】から不吉な気配を感じた。
ウクライナで烏丸と桐山のレイヴンが暴走したときに感じたものと似ている。
試作機――【アリスジャバウォック】と入れ替わるように、【ヤタガラス】が【ベルゼブブ】との戦闘に入った。