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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
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リアクション

「先生……今、ここで証明してみせます」
 白滝 奏音が動いた。
 カタクリズムで一時的に念動力を全解放する。それに対し、設楽 カノンもまた同じ技で応え、相殺した。
 その衝撃の余波によって、弾き出されそうになる。
「くそ、このままじゃ……」
 天司 御空は周囲を見回した。
 奏音とカノンが向かい合い、奏音を護るようにクラウディア・ウスキアスが、カノンを護るように水鏡 和葉とルアーク・ライアーがついている。
 建物の入口はヴェルリア・アルカトルが押さえており、柊 真司が彼女を正気に戻そうとしていた。
 携帯電話のバイブ音が鳴っている。とても出て話していられる様子ではないが、ポケットに手を突っ込み、通話ボタンを押してこの状況を少しでも伝えられるようにする。
「奏音、やめろ!」
 奏音の気持ちは分かる。だが、このままでは双方にとって最悪な結果になりかねない。
 風間にとって、おそらく奏音の生死はどうでもいいことだろう。今ここで使えるから、使っているに過ぎない。カノンへの強い憎悪を利用して。
「御空……あなたまだその女につくんですか?」
「違う!」
「では邪魔をしないで下さい」
 彼女と契約してからの月日で見てきた中で、一番冷たい目をしていた。
 多分、彼女だって気付いているはずだ。利用されているだけだということに。だが、認めることが出来ない。それを認めることは、ただ一人、自分の可能性を示唆してくれた人を否定することになるからだ。
「それでも……」
 奏音をこのまま放っておくわけにはいかない。
 銃を構えようとしたとき、即座に眼前にクラウディア迫ってきた。
「半端者が、我を通すだけで他人が救えるか!」
 手加減することなく、斬撃が繰り出される。
 それをかわす際に、床を転がるような形で受身を取った。ポケットから携帯が投げ出される。
 画面にはメッセージの受信の通知。携帯に手を伸ばしながら、それの件名に一瞬だけ視線を遣った。
「これは……!」
 受身を取り損ねて身体が動かなくなったフリをして、そこに記されているデータを見た。奏音の邪魔をしさえしなければ、誰も彼に攻撃する理由はない。
 この真実が、奏音を呪縛から解放する鍵になるかもしれない。そう考え、御空は立ち上がった。
「カノンちゃんっ!」
 和葉の叫びが聞こえてきた。
「大丈夫……ちょっと、傷が……」
 カノンの服に、血が滲んでいる。まだ完治していないのに、身体を酷使したからだろう。
「先輩達には悪いけど、カノンちゃんを傷付けさせるわけにはいかないんだっ!」
 ルアークが弾幕援護を行った直後、和葉がカノンを抱え、一瞬のうちに奏音との距離が離れた。アクセルギアを使ったのだろう。
「行かせない!」
 そこに、御空は割って入った。
「どいて、御空! あの子殺せない」
 彼を押し退けていこうとする。
「私には、もうそれしかないの。先生に認めてもらわないと、私……」
「分からないよ」
 じっと奏音の目を見つけて、言葉を続ける。
「俺には名前がある、記憶もある、家族もいる。そんな気持ち、分からない」
「では、黙っ――」
「でも、それしかないなんて言うなよ!」
 思いっきり叫んだ。
「俺と契約してからの日々は、お前にとって何の意味もなかったのか!?」
 きっかけはふとした偶然だった。
 だが、彼女と契約したことで自分は道が拓けた。ならば、奏音は?
 強化人間第零号。風紀委員の管区長達と同じ、最初期にパラミタ化を施されたうちの一人。そして唯一、パートナーに恵まれた者。
「奏音、聞いて欲しい。君は、初めから彼女の代用品なんかじゃなかったんだ」
 気持ちを落ち着かせ、奏音に告げる。
「嘘だ! 先生は言ってた。最初に私のパラミタ化に成功したから、あの子が助かったんだって」
「違う。逆なんだ。まだロシアで成功したばかりのパラミタ化手術が設楽 カノンを助けられる可能性があったから、彼女が日本で最初のパラミタ化地球人になったんだよ。その手術と術後の経過から得られたデータを元にして確立された、日本の技術で初めて強化人間になったのが奏音、君だ」
 零号と一号は、実際は逆だった。
「最初期の六人の強化人間で最も高い潜在能力を秘め、成長期待値も一番高かった。だから……」
 利用された。カノンへの対抗心を植えつけることによって成長を促すために。
 2018年の事件によって六人の強化人間は記憶消去を受けることになったが、その際に感情を抑制した場合と、あえて強い感情を持たせた場合でどちらの方が安定性に優れるか、能力を発揮出来るかという実験を長期的に行うことにもなった。
 そこで、カノンと奏音を対比させることになった。記憶も消去済みということもあり、二人の立場を逆転させ、「御神楽 環菜の幼馴染を助けるための医療技術が必要となり、その前段階としてパラミタ化手術が利用出来ないか試す必要があった」として、その対象に選ばれたのが奏音であるとした。
 髪と眼は能力活性薬の副作用、と管理課のパーソナルデータに示されていた。ルージュ・ベルモントの赤眼も同じらしい。
 あとは、記憶のない奏音に親身に接しながら、時折感情を煽って成長を促していくだけだ。カノンが記憶を取り戻してしまったことで比較が出来なくなったが、奏音に至ってはむしろそれがさらに能力を伸ばしていくきっかけとなった。
 全てをあるがままに伝えたわけではない。
 奏音がすぐに受け入れることはなかった。
「じゃあ、私は今まで……いや、違う。だって、先生がそう言うから頑張って……」
 初めから自分の方が優れているとされていた。とっくの昔に認められていた。
 御空は崩れ落ちる奏音に駆け寄る。
 彼女から力が抜けているのを感じた。
「事実がどうあれ、奏音が必死に頑張ってきたのは、俺がずっと見てきてる。それは何も無駄なものなんかじゃないだろ! レイヴンに乗るのだって命令されたわけじゃなく、自分の意思で決めたはずだ。もう、分かってるんじゃないか? 自分の意思で、奏音が奏音として『在る』ことを」
 データ上には、奏音の本当の名前も、パラミタ化手術に至るまでの経緯も示されている。だが、あくまで奏音は奏音だ。
 今、ここにいる彼女を彼女としてちゃんと見て、今まで変わらず受け入れる。それが、特にレイヴンに乗って心までも預けられるパートナーに対して御空が出来る精一杯のことだ。
 泣きじゃくる奏音を、御空はそっと抱きしめた。

* * *


 一方、真司もまたパートナーを止めるために必死だった。
「まったく、困ったものね。あなたを殺したら私もどうなるか分かったものじゃないのに……。ほんと、パートナー契約って面倒なものだわ」
 ヴェルリアがカード型機晶爆弾をサイコキネシスで飛ばしてくる。しかも、本人もレビテートで浮いた状態からロケットシューズで飛んでくるから始末が悪い。
 目には目を、機晶爆弾には機晶爆弾を、ということで真司もカード型機晶爆弾を投擲して相殺する。
(いくら別人格とはいえ……ここまで強いとは)
 軽身功を用いて跳躍、そこから神速で飛び出し、さらにシュトゥルムヴィントで勢いをつけヴェルリアに肉薄しようとした。
 神速の勢いがある分、速さは真司に分がある。だが、近付こうとした瞬間、カタクリズムが繰り出される。
「……これじゃ近付けん!」
 さらに畳み掛けるようにパイロキネシスの炎が彼を包み込もうとしてきた。
 すぐにシュトゥルムヴィントで上昇し、それを避ける。だが、それを待ってましたといわんばかりに、カード型機晶爆弾が彼を中心とした全方位から飛んでくる。
「く……ッ!」
 咄嗟にサンダークラップを繰り出し、爆弾を炸裂させた。
 だが、爆風とサンダークラップの影響でバランスを崩してしまう。
「しぶといわね。殺さないように加減してあげてるんだから早く倒れなさいよ」
「……どこがだ。殺る気満々過ぎるだろ」
 あれだけの攻勢を食らったらいくら契約者とはいえ、死んでもおかしくない。
「出来る限り穏便に済ませたかったんだが……」
 こうなればやむを得ない。
 行動予測で次の行動を読む。その上でアクセルギアをフルの三十倍で起動した上で、神速をもってヴェルリアに飛び込んでいく。
 さらに、能力封じのPキャンセラーを起動。その上でサンダークラップを放ち、精神剣「ガイスト・ブレード」で電撃ごと彼女を斬る。
 が、あくまで峰打ちだ。それでもまだ気絶しなかったため、電撃が発生している間にそれを雷術でコントロールし、ヴェルリアにショックを与える。もちろん加減はして、だ。

 しばらくすると御空達の戦いも終わり、気絶していたヴェルリアが目を覚ました。
「あれ、真司……私は?」
 どうやら、操られていたことは覚えていないようだ。
 髪が乱れてしまっているが、右目が青色に戻っているのを確認した。
「風間のヤツに気絶させられていたんだ。もう終わったから大丈夫だ」
 さすがに本当のことを告げるのもはばかられる。
「御空達も、もう大丈夫だ。行こう」
 そのとき、榊 朝斗から連絡が入った。どうやら風間、もとい黒川の方も決着がついたようだ。
 なぜ自分が出撃してないか分かったのか聞けば、御空に奏音が無事か確認するために電話した際、真司の声が聞こえたからだという。

「嘘つき」

 電話している真司の背中に視線を送り、微笑を浮かべながらヴェルリアが呟いた。
 髪で隠れてしまっている左目が赤いままであることに、彼はまだ気付いていないようだった。