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リアクション
【4】おれたちのポリスストーリー……3
時間をすこし前後する。
空京警察署の取調室前の長椅子に、夜月 鴉(やづき・からす)はげんなりした顔で座っていた。
その隣りでどっかの霊山の仙人 レヴィ(どっかのれいざんのせんにん・れう゛ぃ)も退屈そうに足をブラブラさせている。
「腹減ったぁ……」
「お腹空いたッスねぇ」
「スねぇじゃないだろ、誰のせいでこんなとこにいると思ってんだ」
それは昼前のことだった。
『昼めし奢ってやるッス!』
『なんだよ、師匠がそんなこと言うなんて気味が悪いな……どういう風の吹き回しだ?』
『古い知り合いの猫さんが空京に引っ越してきたッス。ここは引っ越し祝いに肉まんでもご馳走してもらうッスよ』
『そんな引っ越し祝いは聞いたことがねぇが……』
ところが、行ってみると皆ご存知のとおり老師の暮らす中華街公園は警官に占拠されていた。
なまじ顔を出してしまった彼らは、警察に仲間かと疑われ、取り調べを受ける羽目になってしまったのだ。
「……だって猫さんが指名手配されてるなんて知らなかったッスよ」
「それにしても、まだ取り調べは始まんないのかよ?」
「静かにしろ。順番だ」
警官は言った。
「順番たってなぁ……」
鴉の前には、空京センター街から連行されてきたという派手なギャルたちがアホほど並んでいる。
取調室は三部屋あるが、どれも最初の取り調べが難航しているらしく全然列は進んでいなかった。
「何やってんだよ、最初の奴」
先頭の取調室の扉から、黄金色の……なんか巨大なクリスマスツリーみたいのがはみ出してる。
はぁとため息を吐いたその時、正面入口の扉が盛大にぶち破られた。
法をも恐れぬ万勇拳の面々が、ロビーで警官隊との大立回りを盛大に繰り広げ始めた。
「猫さん!」
「む?」
老師はレヴィに気が付くと、くるくる跳躍してこちらに来た。
「誰かと思えば、どっかの霊山の仙人ではないか。何しとるんじゃ、こんなとこで。食い逃げで捕まったか?」
「違うッス! 猫さんのやんちゃの所為でこっちは濡れ衣着せられたッス! お詫びの肉まんを要求するッス!」
「そんな金あるか! なんでわしが肉まん奢らにゃならんのじゃ! その日の食事も危ういのに!」
「師匠、こんな貧しい人にたかろうとしてたのかよ……」
とそこに警官が迫ってきた。レヴィは素早く構え、警官の顔面に鉄拳制裁!
「とにかく全部終わったら、奢るッス!」
「勝手に決めるな、このタカリ仙人!」
「仙人だなんて、ジジ臭い呼び方はやめてほしいッス。師匠をよぶ時は『師匠』ってよぶッスよ!」
鴉は更に深くため息。
「やれやれ、普通に警官殴っちまいやがって……。まったくどこまでも巻き込んでくれるよな……」
鴉はきっと視線を向けるや、サイコキネシスで警棒を奪取、そのまま警棒で警官たちをポコポコ殴りつける。
「あだだだだだだだだっ!!」
「自分が振り回してるもんの痛みが知っときな。ほらよ、あんた達も大分鬱憤溜まってるだろ」
「!?」
それから警棒をギャル達に渡す。
水を得た魚のように「マジ? 超感謝!」と驚喜して、彼女たちは警官たちにヒャッハーと襲いかかった。
「き、貴様ぁ……犯罪者の味方をするなら、現行犯逮捕だぞ!」
「そんなもんわかってるけどよ。世の中にはお巡りさんのご機嫌より大切なもんがあんのさ」
拳をするりと避け、警官の腕を掴む。
「それが、友達付き合いって奴さ」
「ぎゃああああああああ!!!」
直で電撃を流し込むと、悲鳴を上げて警官は倒れた。
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「こ、このままでは……」
奥に控える警官たちは顔を引きつらせ、階段を駆け上がった。
「館内に緊急連絡を。警官を正面に回すんだ」
「しかしまさか警察署に直接襲撃をしてくるとは……。奴らちょっと頭オカシイんじゃないのか?」
「とにかく館内放送で署長にも援軍をお願いしましょう」
「そ、そうだ。署長だ。あの人に出て来て頂ければきっと……!」
警備室に踏み込んだその時、影から何かが飛び出した。
「……?」
次の瞬間、部屋の中は暗闇に落ちた。
闇の奥から這い出してくるのは、ドロリと姿の溶けた魑魅魍魎たち。
「うわあああああっ!」
テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は錯乱する彼らを冷ややかに見つめた。
正確に言えば、憑依する奈落人マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)が、だが。
「こんな愚図どもが空京の治安を守るだなんてお笑い草だな」
手刀を正確に首筋に叩き込むと一撃で警官は気を失った。
気を失う同僚に驚く間もなく一瞬で他の警官も、刃物のように鋭く伸びる手刀に意識を奪われた。
『大丈夫ですよね、まさか殺したんじゃ……』
「心配すんな、教導団に泥を塗るような真似はしちゃいねえよ」
頭の中のテレサに言い返す。
「まぁ一応考えて行動はしてやるが、その後どう転ぶかなんざわからねえぞ」
『……わかっています』
「収まるところに、すべては収まるんだ。天地流転して陰陽を成す、てえやつさ」
マーツェカは館内に設置された監視カメラを停止させた。
それから、記録に残ってしまったここ一時間分のデータをすべて消去する。
壁に耳有り障子に目有り。特にこの時代は人の目を盗むことはより難しくなっている。
マーツェカが警官の影に忍び込む姿はおそらく映ってしまってるだろう。
「まぁ万勇拳の奴らの凶行もついでに消しちまったが……まぁいいか。感謝しろよ」
それから館内放送のスイッチを入れた。
『あー……おい、聞いてるか、お山の大将。お前だよ、お前。ニューヨーク生まれのバンフーさんよぉ』
署長室のバンフーはこの放送に思わずのけぞった。
『なにをニューヨークを誇りにしてるんだか知らんが、警官は犯罪者と見るや銃を乱射し、金融街の能無しは札束を数える以外何も出来ない、あんなゲイの掃き溜めみたいな負け組の街に何の魅力があるんだ。まるで新電波塔の建設場所の誘致合戦で首都の下町に負けた万年負け組の県みたいだな。日本一ダサイ県、駄彩の国、ダサイ玉県だったか』
くすくすとマーツェカは笑った。
『どーせお前、英会話教室で1人だけ全く授業についていけなくて、英検5級にすら落ちたクチだろ。まぁ流石に5級は超えたにしろ、3級は確実に面接まで行けず門前払いだろうな。どのみち手前ぇは似非の塊ってこった』