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リアクション
9
超獣の侵攻開始から、一時間ほどが経過していた。
「さて、私はそろそろ行かねば」
最前線からやや引いた後方の救護用テントの中で、ルイ・フリード(るい・ふりーど)がのそりと腰を上げた。接近戦が主だったために、足元から這い出た腕にエネルギーを吸われて運び込まれていたのだが、大分回復したらしい。そのままテントを出ようとするので、学人は「ちょっと、待って」と慌てて声をかけた。
「まだ万全じゃないんだから、もう少し……」
休んでいた方が、という続きを言わせず、ルイは首を振って、に、っと歯を見せて笑った。
「なあに、少し疲れただけです。大丈夫ですよ」
言いながら、思い止まらせようとする学人と共にテントをくぐったルイは、離れていてもその輪郭の窺える超獣を見やって、目を細めた。
「この森を、あのような獣に壊させるわけにはいきません。それに……」
言いながら、ルイはやや自嘲するような苦笑を浮かべて、私は駄目な大人です、と呟いた。
「不謹慎ではありますが……”さんちゃん”でしたか、あれの相手が、楽しくて仕方が無いのですよ」
強大な相手に立ち向かうこと。その相手に、どこまで自分の力が通じるか、試すこと、全力を投じること。それらが体を心を滾らせるのを否定できない。
「そう言う訳ですから、ここで寝てもいられないのですよ」
心配してくれて申し訳ないですが、と学人に頭を下げるルイに、彼が起きるのを待っていたらしいパートナー達が駆け寄ってきた。
「ルイ、遅いのである……!」
急かすように言ったのは、ノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)だ。
「さっさとあの超獣を何とかしなければ、この森が荒れ果ててしまうであるっ。そうなったら……そうなったら……」
「ら?」
わなわなと震えるノールは、とてもではないが耐え切れないと言った様子で叫んだ。
「ヒャッハー!と吼えるむさい男しか居なくなりそうだから嫌なのであるよぉ……!」
可愛い子達がいなくなるなんて耐えられないである! と頭を抱えてぶるぶると想像するだに恐ろしいと体で表現するノールに、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)は「いいじゃないですか」と肩をすくめた。
「ここに麗しき美少女がいるでしょう?」
十分じゃないですか、と冗談めかしたセラエノ断章に、ノールはぶんぶんと勢い良く首を振った。
「我輩は、もっとこう優しい声援を……な、なんでもないのである」
一瞬、氷のような目線を受けて、ノールは慌てて首を振りなおした。そんな二人に、ルイがははは、と豪快に笑うと、ぱんっと手を叩いた。
「そのくらいにして、行きますよ二人とも。後ろは任せましたからね!」
言うが早いか、前線へと飛び込んでいったルイの後を、二人は慌てて追いかけ、慌しく去っていた三人の背中を見送り、学人はふう、と諦めたようにため息をついた。怪我をしてこのテントを訪れているものは、彼らだけでは無いのだ。直ぐにテントへ戻ろうとした学人だったが、ふと、その視線を蠢く超獣へと向けた。
「……しかし、酷い姿だな」
呪詛に塗れ、どす黒い灰色に染まった超獣の体に、学人は思わず眉を潜めた。あれほどのエネルギー体を呪詛に塗れさせたのが、アルケリウス一人だとはとても思えない。
「複数なのか、それとも何か術をかけたのか……いずれにしろ、どうにか祓えたらいいんだけど……」
外でそう学人が呟いていたのと同じ頃。
「もう大丈夫よ。ありがとう」
テントの中では、ローズによる治療を受けたスカーレッドが、にっこりと笑って立ち上がった所だった。
戦闘開始から一時間。超獣がイルミンスールの森の入り口へ到達してからは、障害物が多すぎることもあって、それまでのような大規模な攻撃が難しくなってきていると同時に、エネルギー体であるが故に、物理的制約をあまり受けない超獣からの攻撃に、思いのほか手を焼いていた。特に、超獣が放つ超音波は、その対抗策も音であるため、音の壁が広範囲に行き届かなくなりつつあるのだ。だが、超音波以外でも、超獣の足止めに有効打を与える可能性がある以上、スピーカーの有用性は無視できない。
スカーレッドは前線指揮官であると同時に、戦力として正面近くで指揮を取っていたのだが、要であるスピーカーを、それを運搬していた部下ごと守るために負傷したのだ。その足で、再び指揮へ戻ろうとする背中に指を伸ばしかけ、結局は引っ込めると、ローズは「あまり無理はしないでください」と、苦い顔でスカーレッドを見つめた。
「こんな言葉はあまり好きじゃないですが……貴方が欠けたら、戦力的に大打撃です」
「そうね」
くす、と笑って、スカーレッドは、何を思ったのか、ローズの頭をそっと撫でた。
「誰一人かけても、大打撃だわ。だから、頼むわよ」
驚いたように目を開くローズに、スカーレッドは目を細める。
「ここは前線。命を守ることは、防衛の最後の一線だから」
その言葉に、ローズはぐっと拳を握り締めて、「はい」とただ一言と共に頷くことで、その決意の深さを示したのだった。
同じ頃、最前線の一角。
「キリが無いわね」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、どこか苛立たしげに呟くと、そうですねえ、とエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)も、肩を竦めて同意を示した。
森に入ってから、大規模な破壊攻撃は出来なくはなったものの、物量に任せた、腕への不断の集中攻撃を続けつつ、侵攻方向を予測して先回りし、破壊工作によって場所を開いてからの大掛かりな攻撃を行う、という二段構えで、セレンフィリティ達は連携していたのだが、そのおかげで進行速度は段々と鈍ってきたものの、エネルギー体であるその体そのものは、縮小した様子も無い。超獣との戦闘が開始されてから、それなりに時間は経っているにも関わらず、だ。それだけ多くのエネルギーを保持しているのか、それともエネルギーの吸収速度が速いのか、どちらもか。
「最悪の場合、攻撃時に発生するエネルギーも取り込んでいるのかもしれないわね」
「可能性はあるな。空気中の酸素を燃焼エネルギーにするようなものだ」
セレンフィリティの推論に、コウも険しい顔だ。
「もしかしたら、戦闘を繰り返すうちに、攻撃エネルギーの吸収に慣れてきたのかもしれない」
眉根を寄せるコウとは逆に、セレンフィリティは寧ろはあ、と軽い調子で肩を竦めた。
「これだけしぶといと、もうハッキリ言って核兵器でも使った方がいいんじゃないかな?」
「例え冗談でも、軽々しく言うものじゃないわよ」
軽い冗談のつもりだったが、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の生真面目で厳しい声が、釘を刺し、セレンフィリティもはあい、と首をすくめる。だが、次の瞬間には真剣な顔で超獣を見やった。
「とはいっても、あの様子じゃ核兵器のエネルギーさえ吸収しかねないわね」
「拡散するエネルギーを、取り込みなおすなら、一撃で爆砕できなければそうなるでしょうねえ」
聞いていたエッツェルも同意する。
エネルギー体である超獣は、おそらくその中心さえ残れば、散逸したエネルギーを再吸収して復活する可能性がある。そして、あの生命力ならば、最悪の一撃を耐え切ってしまうのではないか、と思えてしまう。苛立たしげにセレンフィリティは眉を寄せた。
「全く。生命力が高ければ、なにしてもいいわけじゃないわよ」
「全くね」
重たいため息を吐き出す二人に、エッツェルがふむ、と目を細めた。
「……しかし、取り込みなおせなければ、どうでしょうね?」
「どういうこと?」
セレアナが尋ねるのに、簡単なことです、とエッツェルはにっこりと、しかし不思議と背筋をぞわりとさせる笑みを口元に浮かべ、異形の左腕にぞろりと唇を這わせた。
「拡散させたエネルギーが、取り込めないようになればいいんです」
あとは、チャンスを待つだけです、とエッツェルは目を細めて前線を眺めたのだった。
その視線の向けられた先の、最前線。そこでは、数にあかせた物量作戦が展開中だった。
大掛かりな攻撃は他に任せ、できるだけ数と質を落とさないようにと、自身の回復も含めて無駄なくそつなく攻撃の数をこなすなぶらに、救護テントから戻ってきたルイも合流する。
「もう大丈夫なのかい?」
「ゆっくり寝ている場合ではないですからねえ」
にかっと得意のルイ・スマイルで応じると、ルイはそのまま超獣の巨体の懐に飛び込むと、闘気を全身にみなぎらせ、それを更に腕に集中させる。そうすると、目に見える程のその闘気が、まるで腕が肥大化するかのように具象化し、振るわれたその腕が超獣の手を付け根から粉砕した。
そのまま、勢いをつかって、木々を飛び移りながら2撃、3撃、腕が縦横無尽に振るわれるたびに、手が粉砕されて数を減らすが、破壊されたところから、再び腕が生えようとしてくる。それを砕いたのは、ノールのニルヴァーナライフルだ。一発ごとに、その軌道上にある腕を纏めて打ち抜いて、再生を阻害している。
「凍て付く光よ、我が手に……すべてを凍らせる礫となれ!」
その再生が始まる前に、遠野 歌菜(とおの・かな)も飛び出した。ぼこぼこと再生を始める箇所に、槍を突きたてて凍りつかせると、もう一撃で、今度はまだ地面に伸びたままの別の腕を屠っていく。そうやって歌菜が凍りつかせた腕を、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が真空波で砕いて、数を減らした。凍りつかせることで再生速度をある程度鈍らせることができるようだ。その手ごたえに自身で頷きながら、効いてるみたいだわ、と呟いた。
「パターンを作れば、効率的に数を稼げる筈よ。協力してもらえますか?」
HCを通して歌菜が言うと、ルイが応えるより先に「もちろんであります!」とはりきって応えたのはノールだ。
「それはもう、協力するでありますよ。あれと言わずこれと言わず、腕なり足なり腰なり……」
調子に乗ってまくし立てようとしたノールだったが、口をつぐんで目を逸らした。
「それじゃあ……」
と、歌菜が、細かいパターンを説明しようとしたが「細かい事ぁいいんだよ」と羽純ざっくり切った。
「ルイ達はさっきまでと同じようにすりゃいい。こっちでタイミング合わせてパターンは作る」
細々説明してる時間も余裕も無いだろ、と羽純が言うのに、歌菜はため息をついたが、実際その通りだ。結局は頷いて、そうと決まれば、と槍を構えなおした。
「次々行くよ。とにかく、攻撃し続けて足を止めるしか、今は無いものね」
「そうそう」
応えて、羽純は力強い笑みで頷いた。
「兎に角、波状攻撃でいくしかない。諦めずに続ければ、必ず道は開ける」
そうして、ルイ達の攻撃のタイミングにあわせて、歌菜たちが氷による足の破壊と再生阻害を行い、一瞬でも広範囲の腕を潰して体を傾けさせ、侵攻を遅らせている様子を、やや離れた上空で見やりながら、セラエノ断章はつまらなそうに肩を竦めた。
「視力なし、痛覚もなし、思考は獣と同じ……となると、いじめがいはなさそうですね」
攻撃パターンも慣れてくれば単純で、距離の近いもの、熱源の大きなもの、という優先順位で、熱を感じたところへ反射式で攻撃してくるだけだ。とはいっても、その手数の多さから、何人かが同時攻撃したとして、その全てに反撃することも可能なあたりが少々厄介ではあるが。
「腕の伸縮限界も無いみたいですしね。その気になってエネルギー全てをそちらに傾ければ、イルミンスールに直接届くんじゃないですかね、あれは」
そんな感想込みの報告を回していると、言ったそばから腕が狙ってきたのを回避し、ちらりと仲間の布陣を確認してから、反撃としてサンダーバードをお見舞いしたが、やはりこれも食らうだけ食らって、失った部分が再生されるだけだ。
「痛がって足ぐらい止めれば、可愛げもあるんですけどね……」
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