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リアクション
6
「状況は変化なし、維持です」
各所から入ってくる情報を纏めながら、浩一は通信機に向けて言った。
中継される最前線は、激しい戦闘が継続されており、劣勢というわけではないが、優勢というわけでもない状態が続いている。人数と土地の利もあって、アルケリウスに攻め込ませはしていないが、決定打もまだ無いのだ。祠へ向った面々が、その一手を掴むまで、状況が大きく変動することはないだろう、と浩一は眉を寄せつつ、視線を後ろへと向ける。
何とか封印の入り口をこじ開け、契約者たちが向ってから十数分。探索が始まって間もないこともあって、こちら側でも同じように、状況は悪化も好転もしていない。寧ろ維持するのが今のところの限界、といったところだろうか。ともすれば閉じようとする入り口を固定させるのに、エリザベートはずっと意識を集中し続けているのだ。
「入り口を、こじ開けてから……内側からの干渉が、酷いんですよぅ……」
苦痛というほどではないが、余り気分の良いものでは無いらしい。エリザベートの幼い顔の、眉間に皺が寄った。
「……どうしても、この封印を解かせたくないようですねぇ……」
封印をかけた主にとって、よほど知られたく無い記憶が眠っているのだろう。逆を返せば、その記憶さえ取り戻すことが出来れば、こちらにとって強力な武器になるはずだ。その期待があるからこそ、エリザベートも全力を注いでいるのだが、校長を務めるほどの強力な力があるとは言え、その体はまだ年端もいかない子供のものだ。きゅうっと眉根を寄せて、明日香は後ろから包み込むように、そっと体を寄り添わせた。
「……がんばってくださいね、エリザベートちゃん」
無理をするなとは言えない今、明日香にできるのは、そんなエリザベートの傍で力になることだ。握り締められた小さな手に、そっと手を重ねると、励ますようにぬくもりを伝えて、小さな驚きに見上げたエリザベートに、大丈夫、という言葉の代わりに、にこりと笑って見せる。
「一人で全部、抱え込んじゃ駄目ですよぉ?」
何のために私がいると思っているんですか、と、軽く冗談めかすように続けた明日香の意図を悟って、エリザベートもこくりと頷くと、その表情を和らげると、ゆっくりと深呼吸して、重なった手を小さな力で握り返した。言葉を交わさなくても、その望むところは判っている、とばかりに明日香は目を伏せると、こちらも大きく深呼吸して、その魔力の波長をエリザベートのそれと合わせていく。
「入り口は私が固定するしかないですのでぇ……」
エリザベートの言葉に、明日香が頷くと後を引き継ぐ。
「私は、通路の維持に努めますね」
そう確認した後は、傍にいる時間の多い二人だ。すぐに魔力の波長を合わせると、封印への入り口は先程までよりずっと、安定を見せた。
「この調子なら、どれだけ奥へ進んでも、通信は途切れないはずですぅ」
自信たっぷりのエリザベートの言葉に、浩一もひとまず安堵と共に頷いて、『一進一退の攻防! アルケリウスの牙城を崩すことが出来るのか!?』という、テレビ番組だろうかというテロップの流れるモニターへと視線を戻した。
そのモニターの向こう側。
「そろそろ、やばいな」
自身の動きが、徐々に鈍くなり始めているのを自覚して、乱世が小さく呟いた。共に接近戦を続けている九九の様子に、陽介も頃合か、と頷いて視線を送ると、その意を汲んでセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が「二人とも」と声を上げた。
「前線交代。退路を確保するわ」
その声に頷き、二人が距離を開けようとしたたが、もちろんそれを、アルケリウスが見過ごすはずが無い。当然のように、アルケリウスが追撃しようとした、が。
「させるか!」
戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)と三船 敬一(みふね・けいいち)の銃口が、アルケリウスに向けて火を噴いた。一発一発避けれるはずもなく、槍を回転させることで幾つかを弾き、顔を顰めて追撃の足が止まったところで、セレンフィリティが機晶爆弾を投げつけた。
「ち……っ」
アルケリウスが舌打ちし、槍先に発生させた雷でその威力を相殺させたが、その爆風や煙まではかき消すことは出来ない。一瞬できたその視界の死角に紛れ、乱世たちは後退を果たしていた。
「ハァイ。それじゃ、交代といきましょ」
「煉が来るまで、時間をかせがねえとな」
言って、乱世たちと入れ替わりに向うのは、合流したニキータと、大技を使ったためにまだ動けないで居る桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)のパートナー、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)、エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)だ。
敬一と小次郎の援護で接近を果たした彼女らとアルケリウスの間で、すぐさま激しい激突音が響き始める。それを確認して、小次郎はその引き金から指を緩めた。数人が入れ混じる接近戦だ。迂闊に引き金を引けば、味方に当りかねないからだ。
「あいつ、ムカつきますぅ。ダメージがほっとんど通らないんですよぅ」
陽介から、打撲などの傷を治療してもらいながら、苛立ちを露に九九が唇を尖らせた。その横で、疲労回復のために腰を下ろしている乱世が、いや、と首を振った。
「ダメージがないわけじゃないぜ。いくつかは通ってんだが……」
厄介なのは、そのダメージを受けることに、躊躇がないことだな、と乱世が続けた。
「ダメージを負う事を恐れてねぇんじゃねえ、致命的にならないってのがわかってるみてぇだ」
「実際、どれだけダメージを与えても致命傷になった気配がねえ」
ビリーがそれに補足するのに、敬一が「化けモンだな、あの男も」とはっきり顔を顰めた。
「仮に体力が無尽蔵だとすると、かなり厄介だな」
「消耗戦ならこっちに利があると思ったんだがな」
小次郎も眉を寄せて肩を竦める。
「この分じゃ、こっちが消耗しきる方が早そうだ」
だが、その悲観とも取れる分析には、いや、とビリーが首を振った。
「多分、無尽蔵、ってわけじゃねえはずだ」
結界の破壊を狙っている、ということもあるだろうが、それにしても結界の外へは余り追撃してくる様子は無いし、離れても、ある程度したら結界のほうへ戻っていくのだ。
「……パターン」
モニターを眺めていたタマーラが、ビリーの言葉に対してそう呟いて指先でモニターを辿って、アルケリウスを追いかけた。その動きを追うと、一旦結界へ引き返したアルケリウスは、殆ど必ず超獣の傍に寄って、その槍先を地面へ向けている。
「たぶん……回復」
恐らく、超獣の吸収したエネルギーを、分け与えてもらっているのだ。結界の始点であり、超獣の正面から離れないのも、それが理由なのかもしれない。
「……ってことは、どちらにしても超獣をなんとかするしかないってことか」
「まあ、元々こっちは時間稼ぎが狙いじゃあるが」
それにしても限度がある、と苦い顔の敬一に、イヴリン・ランバージャック(いゔりん・らんばーじゃっく)が、チェーンソー型の義手、「血煙爪鴉蛙矛を構えて前へ出た。
「それでも、やるしかありません。何度でも」
「そうね」
真っ直ぐな言葉に、セレンフィリティが頷いて、自らも銃を構えた。
「こっちのラインを一歩前へ出しましょう。実際に防ぐのは無理でも、回復の間隔を出来るだけ狭めさせた方がよさそう」
「そうだな」
敬一も頷くと、小次郎も両手の銃を構えなおした。
「味方が決定打を持ち帰るまで、抑えこんでおかなきゃな」
そうして、その手順などを2、3打ち合わせること数秒後。
「じゃあ、いくぜ……1、2、3……ッ」
カウントダウンと共に、敬一と小次郎による銃火の援護を受けながら、セレンフィリティがセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を伴って飛び出し、イヴリンがそれに続いた。
「さあ、踊ってもらいましょうか!」
距離が詰まるのと同時、セレンフィリティの両手に構えられた銃口が、至近距離で火を噴き、その着弾にあわせるようなタイミングで、セレアナのフロンティアスタッフが、アルケリウスの槍と絡まる。ガギン、と強い音を立てて交錯する、間合いと種類の違う攻撃に、一度距離を取ろうとしたのか、その槍先が雷を纏ってそれを周囲に撒き散らすように炸裂させた。
「……っ」
咄嗟にセレンフィリティとセレアナがそれを避けて後退し、アルケリウスはすぐさま追撃の体制に入った、が。
「なっ」
その槍に、ガギンっと鈍い音と共にぎゃりぎゃりと金属の擦れあう嫌な音が続いた。自分が傷つくことも構わず、雷を正面から受け止めて、固定具付き脚部装甲のスパイクで凌いだその足で、突っ込んできたのだ。だが、激突したのは一瞬。受け止めた槍は回転を加えられ、横にいなすように刃先を流され、そのまま払われた柄に、イヴリンの体が横に弾き出される。そのまま、槍先がイヴリンを貫くか、と思われたが。
「させるかッ」
敬一の銃口がアルケリウスに向けて火を噴き、その隙に再び接近したセレアナの一撃が、アルケリウスの槍先を弾いていた。
そのまま、連撃が続いたが、繰り返される攻撃のパターンに、慣れてきたのもあるのだろう、アルケリウスは後退するでもなくそれらの攻撃を受け流しながら、その目を細めて口元に嘲るような笑みを浮かべた。
「イカレてでもいるのかと思ったが、案外に素直だな」
戦場に立つには不似合いな、煽情的な水着に上着を羽織っただけというセレンフィリティの姿と、その攻撃の単調さを皮肉ったアルケリウスだが、だが、とその視線は更に滑稽な物を見るような目で、イヴリンをちらりと見た。
「人形を相手にするのは、些か面白味が無いな」
そんな嘲弄するような言葉に、イヴリンはしかし、全く表情を変えることもなく「関係ありません」と、それこそ人形のように淡々とした声で返しながら、その目は真っ直ぐにアルケリウスを貫いていた。
「これがワタシの戦い方です」
「そうか、ならばずっとそうしていろ……!」
その、何一つブレることの無い言葉の何が障ったのか、苛立たしげにアルケリウスが再び雷をイヴリンへ向けて放った。が、やはりこれも、イヴリンは瞬きひとつ無く、片腕を翳し、足を踏み込むことで真っ向から立ち向かい、尚も直進した。
「……っ」
アルケリウスの槍と、チェーンソーの間で火花が弾ける。イヴリン自身も、負傷のために白い煙をあげながら、その表情ははやり、ただアルケリウスを真っ直ぐに見つめていた。
「ワタシは何度でも、そうします。あなたを倒すまで」
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