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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 強奪戦が行われている区画で、周りの廃墟より一際高い建物の屋上に、秘密結社オリュンポスのメンバーがいた。
 彼らは強奪戦に参加しているが、眼下で繰り広げられる戦いに加わろうとはしない。まるで、何かの機が熟すのを待っているかのように、戦場を見下ろしていた。

「十六凪。強奪戦の戦況はどうなっている?」

 屋上の縁に腰かけるドクター・ハデス(どくたー・はです)は、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)に問いかけた。

「一時はコルッテロが押していましたが……今は特別警備部隊が優勢、といった状況ですね。
 一部の腕の立つ傭兵が奮戦していますが、コルッテロの構成員達が軒並みやられています」

 十六凪は感情をこめず、淡々とした様子で言葉を続ける。

「恐らく、この戦いはコルッテロが負けてしまうでしょう」
「ほぅ……それは、また何故だ?」
「コルッテロが特別警備部隊に勝っている点は圧倒的な物量です。
 しかし、この強奪戦はその長所を完全に潰しており、また、質では劣っているため……ですかね」

 十六凪の冷静なその分析を聞いて、ハデスは笑い声をあげた。

「フハハハ。なるほどな。
 なら、俺達は戦況をひっくり返すために、今からでも加勢に向かうか?」
「いいえ。強奪戦のことは放っておきましょう。
 僕達が手を加えずとも、恐らく、アウィスさんなりの考えがあるかと」
「フハハハ。そうか! なら、俺達はなにをすればいい?」

 ハデスの問いかけに、十六凪は静かな声で答えた。

「ヴィータさんの策に乗るためにも、僕たちの方で策を打っておきましょう。まあ、保険程度ですが……」

 十六凪は、彼女の性格と今回の展開を元に推論。

「ヴィータさんが『人喰い勇者』に関係しているならば、何をしようとしているかは想像できます。
 ……リュカさんか明人君のどちらかを生贄とした術式、といったところでしょう」

 その結果、導き出した作戦を提案する。
 それは、ヴィータの策が失敗した時のためのものだ。

「ですが、それならば、条件に一致する人物が、もう一人います。
 親しい者を失い、復讐心にとらわれ、あらゆる犠牲を厭わない覚悟をもった人物……すなわち――」

 不意に、ひときわ強い風が吹き抜ける。
 十六凪の言葉は、ハデスにしか届かず、風に溶け込み消えていった。

「……フハハハ! なるほど、素晴らしい作戦ではないか!」
「お褒めに預かり恐悦至極です。では、本日の行動指針は、この作戦でよろしいでしょうか?」
「ああっ。
 ククク、ヴィータの策が成功すればよし。我らは失敗した場合の保険をかけておこう!」

 十六凪は頷き、他のオリュンポスのメンバーに指示するために踵を返した。
 ハデスは腰を上げ、羽織る白衣のポケットに両手を突っ込み、自由都市プレッシオに向かって宣言した。

「ククク、あやつを『人喰い勇者』にできれば、我らの世界征服にも利用できよう」

 ハデスが白衣を翻す。
 もう一人の脚本家が、動き始めた――。

 ――――――――――

 強奪戦、会場。
 戦いが激しいアジトの周辺から離れた、『第七劇場』と寂れた看板がつけられた建物。
 埃だらけの客席。汚れたカーテン。誰も居ないはずのステージにストゥルトゥスは一人、佇んでいた。

「……来ましたか」

 ストゥルトゥスはそう呟くと、劇場の入り口に目をやった。
 と、同時。バタンと音をたて、入り口の扉が開く。そこに立っていたのは御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だ。
 二人は昨日とは違い、本格的な武装をしていた。

「ようこそいらっしゃいました、名優様方」

 ストゥルトゥスは片手を前にし、腰を曲げて道化の礼をする。
 それを受けた真人は、ステージに近づきながら、彼に話しかけた。

「……愚者さん。戦う前に、質問をしてもいいですか?」
「ええ、なんなりと」
「愚者さんは『役者にも成りきれない操り人形』と言っていました。
 それは何者かに必要とされて、この場に居させられていると言う事でしょうか?」

 真人の問いかけに、愚者は慇懃な口調で答える。

「はい、そうですね」
「それは、ただの戦力としてですか?」
「…………」
「違いますよね。愚者さんは何かの役を与えられているはず。
 また、それは、今回の騒動を起こしている相手にとって必要な役ですよね」
「……ご名答。その通りですよ」

 ストゥルトゥスはそう返すと、言葉を続ける。

「私の役目は、ただ踊るだけ。
 誰かの代わりに、ただ踊り続ける人形であることですよ」

 曖昧なその答えを聞いて、真人は少しムッとした表情で言う。

「……はぐらかさないでください」
「これは失礼。ですが、私が答えるべきことではありませんので」
「どうしてですか……?」
「死人に口なし、ですよ。私がこれ以上語るのは無粋というものです」

 ストゥルトゥスはそう言うと、自分の周りに複数の<闇術>の魔法陣を展開させた。
 つられて、真人は《魔杖シアンアンジェロ》を、セルファは《法と秩序のレイピア》を構えた。
 真人が「最後に……」と前置き、質問した。

「愚者さんが憑依しているその身体は、誰のものですか?」

 ストゥルトゥスは少しだけ悲しそうに目を伏せると、答えた。

「以前お会いした時と同じ、刻命館の城主のものですよ。
 先日と違うのは、ガタがきて、今にも崩壊しそうだということですかね」
「……そうですか、分かりました」

 真人は射抜くような視線で愚者を見上げ、言い放つ。

「僭越ながら、俺達が幕を下ろさせていただきます。
 ……愚者さんの本心は、終わりにして欲しいと願っているように思えましたから」
「終わりにして欲しい、ですか……」

 愚者が自嘲気味に笑い、言った。

「確かに、そうかもしれませんね。私はもう、現世に未練はありませんので。
 ……ですが、やはり幕引きは派手なほうがいい。なので、今の全力を発揮させて頂きますよ」
「ええ、望むところです」

 その言葉を皮切りに、劇場での戦いが始まった。

 ――――――――――

 ストゥルトゥスと真人の派手な魔法の撃ち合いにより、室内のあらゆる物が壊れていった。

「行きなさい、サンダバード!」
「っ……展開、発動。<ペトリファイ>」

 真人の放った《召喚獣:サンダーバード》が、ストゥルトゥスの死霊術により石化して、地へと堕ちる。
 入れ替わるように、セルファが<バーストダッシュ>で接近。
 <ゴッドスピード>と<ソードプレイ>を併用した高速の剣閃を彼に叩き込む。

「……はぁぁああ!」

 ストゥルトゥスはそれを<罪と死>を纏わせた右腕で防御。
 放たれる闇黒によってレイピアが弾かれたセルファは、空中で<バーストダッシュ>を用い体勢を立て直す。

「まだまだぁッ!」

 裂帛の気合いと共に、もう一度レイピアを振り下ろす。
 ストゥルトゥスはその細い刀身を掴み、止めた。
 が、休む暇など与えず、セルファが<スカージ>を発動。敵の力を封じる光が、至近距離で炸裂する。

「これは……不味い……!」

 ストゥルトゥスは魔法が封じられる前に、<地獄の天使>で翼を生やして、素早く後退。
 安全圏まで達し、彼は小さく安堵の息を吐き、二人を見据え、考えた。

 魔法では長年の研磨の賜物か、自分が真人に押し勝つ。
 しかし、息の合ったコンビネーションに押し込まれ、じわじわと追い込まれている。

(さて、どうすればこの状況を好転させることができるのでしょうか……)

 ストゥルトゥスはそこまで考え、あることに気づいた。
 それは、自分が年甲斐もなく昂ぶっているということ。
 彼は長らく味わうことのなかったその気持ちを十分に感じ、僅かに口元を緩めた。

(……さて、どこまで持ってくれるのでしょうかね。私の身体は)

 一発分の魔力を供給しただけで、万力で締め付けられるかのような頭痛が走る。
 少しでも速く動こうとすれば、身体が大きく軋み、激痛が全身を駆け巡る。
 <痛みを知らぬ我が躯>をかけていなければ、とても戦えるような状態ではないだろう。

(短期決戦ですね……そうしなければ、私が先に限界を迎えてしまう)

 ストゥルトゥスはそう決めると、一気に勝負を決めようと<エンドレス・ナイトメア>の魔法陣を展開した。
 身の丈を遥かに超す、大きなおおきな漆黒の魔法陣。それに、自身に残る魔力の全てを込め、光り輝かせた。



「ッ……真人、どうする!?」

 セルファが<殺気看破>でその死霊術の強力さに気づき、真人に声をかけた。
 ……今から止めることは出来そうにない。
 彼はそう決断すると、自身の全身全霊の<サンダーブラスト>の魔法陣を展開し始めた。

「俺が活路を開きます。君は、愚者さんに止めの一撃を!」
「で、でも、あれはかなり強力よ。無理して、そんなことをしなくても……」
「大丈夫です」

 心配するセルファに、真人が不敵な笑みを返した。

「俺を信じてください、セルファ」

 普段からは考えられない、自信に満ちた男らしいその台詞。
 セルファはそれを耳にして、顔が少しだけ熱くなるのを感じつつ、うんっと頷いた。

「分かったわ。真人!」

 セルファが真人の背後に回り、腰を深く落とし、力を溜める。
 と、ほぼ同時。<エンドレス・ナイトメア>が発動し、魔法陣から大量の闇黒があふれ出した。
 その闇黒は、瞬く間に室内のほとんどを埋め尽くし、ストゥルトゥスの姿を隠した。
 それを確認した真人は、

「行きますよ……っ!」

 合わせるように、身体に残る全ての魔力で<サンダーブラスト>を発動した。
 黄色の魔法陣から無数の雷が飛び出す。しかし、それを拡散させず、一点に集中させる。
 集束した雷は、巨大な雷の砲撃となり、闇黒の空間の中心に飛翔。
 着弾した雷の砲撃は、闇黒に呑み込まれるが、大きな空洞を開けた。
 ストゥルトゥスの姿が現れる。

「あとは任せて、真人!」

 セルファが<バーストダッシュ>で床を蹴り、出来た空洞を通って、ストゥルトゥスに肉迫。

「これで、終わりよ!」

 烈士の剣技の極み、<ソードプレイ>による強烈無比な一閃を、速度をのせて叩きこんだ。
 ストゥルトゥスの身体が切り裂かれ、力なく膝を尽いた。

「……迷いのない、見事な一撃でした」

 ストゥルトゥスはそう呟くと、負けを認め、闇黒を解いた。
 彼は目前のセルファを見上げ、真人に視線を移し、にっこりと微笑んだ。

「私の最後を飾ってくれたのが貴方様方で……本当に、よかっ、た――……」

 愚者は多く語らず、その言葉を最後に、息を引き取った。

 ――――――――――

 古びた劇場には、ストゥルトゥスの亡骸と、疲弊した真人とセルファが残っていた。
 疲弊した二人は亡骸の彼に小さく礼をして、その場から立ち去ろうとする。
 ――が、突然響いたやる気のない拍手の音に、思わず足を止めた。

「おー、すごいねー。まさか、ストゥルトゥスっちを倒すなんてー」

 やけに間延びした声は古びた劇場の二階から飛んできた。
 二人が一斉に顔を上げる。そこには、今まで<隠形の術>で隠れて観戦していたデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)がいた。
 デメテールは柵を跳び越し、一階へ降り立つ。
 彼女が敵側だと知っていた二人は、武器をもう一度構える。

「んー、そんなに警戒しなくてもいいよー。
 デメテールは戦う気ないから。面倒くさいし」

 デメテールはそう言うと、二人から視線を外し、ストゥルトゥスの亡骸に近づいた。
 そして、拾い上げると、両手で持って、肩に担いだ。

「待ってください。君は、なにを……?」

 その行動を不審に思った真人は、デメテールに問いかける。
 彼女は可愛らしい顎に指を添え、「デメテールはねー」と口にした。

「十六凪に言われた通り動いているだけだから何も知らないー。
 ……あっ、でも、『代わりに踊ってもらうのですよ』とか言ってたようなー」
「代わりに、踊ってもらう……?」
「うん。それじゃあデメテールは忙しいから、じゃあねー」

 デメテールはそう言うと、ストゥルトゥスの亡骸を担ぎ、劇場から出て行った。