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リアクション
強奪戦が行われている区画で、周りの廃墟より一際高い建物の屋上に、秘密結社オリュンポスのメンバーがいた。
彼らは強奪戦に参加しているが、眼下で繰り広げられる戦いに加わろうとはしない。まるで、何かの機が熟すのを待っているかのように、戦場を見下ろしていた。
「十六凪。強奪戦の戦況はどうなっている?」
屋上の縁に腰かけるドクター・ハデス(どくたー・はです)は、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)に問いかけた。
「一時はコルッテロが押していましたが……今は特別警備部隊が優勢、といった状況ですね。
一部の腕の立つ傭兵が奮戦していますが、コルッテロの構成員達が軒並みやられています」
十六凪は感情をこめず、淡々とした様子で言葉を続ける。
「恐らく、この戦いはコルッテロが負けてしまうでしょう」
「ほぅ……それは、また何故だ?」
「コルッテロが特別警備部隊に勝っている点は圧倒的な物量です。
しかし、この強奪戦はその長所を完全に潰しており、また、質では劣っているため……ですかね」
十六凪の冷静なその分析を聞いて、ハデスは笑い声をあげた。
「フハハハ。なるほどな。
なら、俺達は戦況をひっくり返すために、今からでも加勢に向かうか?」
「いいえ。強奪戦のことは放っておきましょう。
僕達が手を加えずとも、恐らく、アウィスさんなりの考えがあるかと」
「フハハハ。そうか! なら、俺達はなにをすればいい?」
ハデスの問いかけに、十六凪は静かな声で答えた。
「ヴィータさんの策に乗るためにも、僕たちの方で策を打っておきましょう。まあ、保険程度ですが……」
十六凪は、彼女の性格と今回の展開を元に推論。
「ヴィータさんが『人喰い勇者』に関係しているならば、何をしようとしているかは想像できます。
……リュカさんか明人君のどちらかを生贄とした術式、といったところでしょう」
その結果、導き出した作戦を提案する。
それは、ヴィータの策が失敗した時のためのものだ。
「ですが、それならば、条件に一致する人物が、もう一人います。
親しい者を失い、復讐心にとらわれ、あらゆる犠牲を厭わない覚悟をもった人物……すなわち――」
不意に、ひときわ強い風が吹き抜ける。
十六凪の言葉は、ハデスにしか届かず、風に溶け込み消えていった。
「……フハハハ! なるほど、素晴らしい作戦ではないか!」
「お褒めに預かり恐悦至極です。では、本日の行動指針は、この作戦でよろしいでしょうか?」
「ああっ。
ククク、ヴィータの策が成功すればよし。我らは失敗した場合の保険をかけておこう!」
十六凪は頷き、他のオリュンポスのメンバーに指示するために踵を返した。
ハデスは腰を上げ、羽織る白衣のポケットに両手を突っ込み、自由都市プレッシオに向かって宣言した。
「ククク、あやつを『人喰い勇者』にできれば、我らの世界征服にも利用できよう」
ハデスが白衣を翻す。
もう一人の脚本家が、動き始めた――。
――――――――――
強奪戦、会場。
戦いが激しいアジトの周辺から離れた、『第七劇場』と寂れた看板がつけられた建物。
埃だらけの客席。汚れたカーテン。誰も居ないはずのステージにストゥルトゥスは一人、佇んでいた。
「……来ましたか」
ストゥルトゥスはそう呟くと、劇場の入り口に目をやった。
と、同時。バタンと音をたて、入り口の扉が開く。そこに立っていたのは御凪 真人(みなぎ・まこと)とセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だ。
二人は昨日とは違い、本格的な武装をしていた。
「ようこそいらっしゃいました、名優様方」
ストゥルトゥスは片手を前にし、腰を曲げて道化の礼をする。
それを受けた真人は、ステージに近づきながら、彼に話しかけた。
「……愚者さん。戦う前に、質問をしてもいいですか?」
「ええ、なんなりと」
「愚者さんは『役者にも成りきれない操り人形』と言っていました。
それは何者かに必要とされて、この場に居させられていると言う事でしょうか?」
真人の問いかけに、愚者は慇懃な口調で答える。
「はい、そうですね」
「それは、ただの戦力としてですか?」
「…………」
「違いますよね。愚者さんは何かの役を与えられているはず。
また、それは、今回の騒動を起こしている相手にとって必要な役ですよね」
「……ご名答。その通りですよ」
ストゥルトゥスはそう返すと、言葉を続ける。
「私の役目は、ただ踊るだけ。
誰かの代わりに、ただ踊り続ける人形であることですよ」
曖昧なその答えを聞いて、真人は少しムッとした表情で言う。
「……はぐらかさないでください」
「これは失礼。ですが、私が答えるべきことではありませんので」
「どうしてですか……?」
「死人に口なし、ですよ。私がこれ以上語るのは無粋というものです」
ストゥルトゥスはそう言うと、自分の周りに複数の<闇術>の魔法陣を展開させた。
つられて、真人は《魔杖シアンアンジェロ》を、セルファは《法と秩序のレイピア》を構えた。
真人が「最後に……」と前置き、質問した。
「愚者さんが憑依しているその身体は、誰のものですか?」
ストゥルトゥスは少しだけ悲しそうに目を伏せると、答えた。
「以前お会いした時と同じ、刻命館の城主のものですよ。
先日と違うのは、ガタがきて、今にも崩壊しそうだということですかね」
「……そうですか、分かりました」
真人は射抜くような視線で愚者を見上げ、言い放つ。
「僭越ながら、俺達が幕を下ろさせていただきます。
……愚者さんの本心は、終わりにして欲しいと願っているように思えましたから」
「終わりにして欲しい、ですか……」
愚者が自嘲気味に笑い、言った。
「確かに、そうかもしれませんね。私はもう、現世に未練はありませんので。
……ですが、やはり幕引きは派手なほうがいい。なので、今の全力を発揮させて頂きますよ」
「ええ、望むところです」
その言葉を皮切りに、劇場での戦いが始まった。
――――――――――
ストゥルトゥスと真人の派手な魔法の撃ち合いにより、室内のあらゆる物が壊れていった。
「行きなさい、サンダバード!」
「っ……展開、発動。<ペトリファイ>」
真人の放った《召喚獣:サンダーバード》が、ストゥルトゥスの死霊術により石化して、地へと堕ちる。
入れ替わるように、セルファが<バーストダッシュ>で接近。
<ゴッドスピード>と<ソードプレイ>を併用した高速の剣閃を彼に叩き込む。
「……はぁぁああ!」
ストゥルトゥスはそれを<罪と死>を纏わせた右腕で防御。
放たれる闇黒によってレイピアが弾かれたセルファは、空中で<バーストダッシュ>を用い体勢を立て直す。
「まだまだぁッ!」
裂帛の気合いと共に、もう一度レイピアを振り下ろす。
ストゥルトゥスはその細い刀身を掴み、止めた。
が、休む暇など与えず、セルファが<スカージ>を発動。敵の力を封じる光が、至近距離で炸裂する。
「これは……不味い……!」
ストゥルトゥスは魔法が封じられる前に、<地獄の天使>で翼を生やして、素早く後退。
安全圏まで達し、彼は小さく安堵の息を吐き、二人を見据え、考えた。
魔法では長年の研磨の賜物か、自分が真人に押し勝つ。
しかし、息の合ったコンビネーションに押し込まれ、じわじわと追い込まれている。
(さて、どうすればこの状況を好転させることができるのでしょうか……)
ストゥルトゥスはそこまで考え、あることに気づいた。
それは、自分が年甲斐もなく昂ぶっているということ。
彼は長らく味わうことのなかったその気持ちを十分に感じ、僅かに口元を緩めた。
(……さて、どこまで持ってくれるのでしょうかね。私の身体は)
一発分の魔力を供給しただけで、万力で締め付けられるかのような頭痛が走る。
少しでも速く動こうとすれば、身体が大きく軋み、激痛が全身を駆け巡る。
<痛みを知らぬ我が躯>をかけていなければ、とても戦えるような状態ではないだろう。
(短期決戦ですね……そうしなければ、私が先に限界を迎えてしまう)
ストゥルトゥスはそう決めると、一気に勝負を決めようと<エンドレス・ナイトメア>の魔法陣を展開した。
身の丈を遥かに超す、大きなおおきな漆黒の魔法陣。それに、自身に残る魔力の全てを込め、光り輝かせた。
「ッ……真人、どうする!?」
セルファが<殺気看破>でその死霊術の強力さに気づき、真人に声をかけた。
……今から止めることは出来そうにない。
彼はそう決断すると、自身の全身全霊の<サンダーブラスト>の魔法陣を展開し始めた。
「俺が活路を開きます。君は、愚者さんに止めの一撃を!」
「で、でも、あれはかなり強力よ。無理して、そんなことをしなくても……」
「大丈夫です」
心配するセルファに、真人が不敵な笑みを返した。
「俺を信じてください、セルファ」
普段からは考えられない、自信に満ちた男らしいその台詞。
セルファはそれを耳にして、顔が少しだけ熱くなるのを感じつつ、うんっと頷いた。
「分かったわ。真人!」
セルファが真人の背後に回り、腰を深く落とし、力を溜める。
と、ほぼ同時。<エンドレス・ナイトメア>が発動し、魔法陣から大量の闇黒があふれ出した。
その闇黒は、瞬く間に室内のほとんどを埋め尽くし、ストゥルトゥスの姿を隠した。
それを確認した真人は、
「行きますよ……っ!」
合わせるように、身体に残る全ての魔力で<サンダーブラスト>を発動した。
黄色の魔法陣から無数の雷が飛び出す。しかし、それを拡散させず、一点に集中させる。
集束した雷は、巨大な雷の砲撃となり、闇黒の空間の中心に飛翔。
着弾した雷の砲撃は、闇黒に呑み込まれるが、大きな空洞を開けた。
ストゥルトゥスの姿が現れる。
「あとは任せて、真人!」
セルファが<バーストダッシュ>で床を蹴り、出来た空洞を通って、ストゥルトゥスに肉迫。
「これで、終わりよ!」
烈士の剣技の極み、<ソードプレイ>による強烈無比な一閃を、速度をのせて叩きこんだ。
ストゥルトゥスの身体が切り裂かれ、力なく膝を尽いた。
「……迷いのない、見事な一撃でした」
ストゥルトゥスはそう呟くと、負けを認め、闇黒を解いた。
彼は目前のセルファを見上げ、真人に視線を移し、にっこりと微笑んだ。
「私の最後を飾ってくれたのが貴方様方で……本当に、よかっ、た――……」
愚者は多く語らず、その言葉を最後に、息を引き取った。
――――――――――
古びた劇場には、ストゥルトゥスの亡骸と、疲弊した真人とセルファが残っていた。
疲弊した二人は亡骸の彼に小さく礼をして、その場から立ち去ろうとする。
――が、突然響いたやる気のない拍手の音に、思わず足を止めた。
「おー、すごいねー。まさか、ストゥルトゥスっちを倒すなんてー」
やけに間延びした声は古びた劇場の二階から飛んできた。
二人が一斉に顔を上げる。そこには、今まで<隠形の術>で隠れて観戦していたデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)がいた。
デメテールは柵を跳び越し、一階へ降り立つ。
彼女が敵側だと知っていた二人は、武器をもう一度構える。
「んー、そんなに警戒しなくてもいいよー。
デメテールは戦う気ないから。面倒くさいし」
デメテールはそう言うと、二人から視線を外し、ストゥルトゥスの亡骸に近づいた。
そして、拾い上げると、両手で持って、肩に担いだ。
「待ってください。君は、なにを……?」
その行動を不審に思った真人は、デメテールに問いかける。
彼女は可愛らしい顎に指を添え、「デメテールはねー」と口にした。
「十六凪に言われた通り動いているだけだから何も知らないー。
……あっ、でも、『代わりに踊ってもらうのですよ』とか言ってたようなー」
「代わりに、踊ってもらう……?」
「うん。それじゃあデメテールは忙しいから、じゃあねー」
デメテールはそう言うと、ストゥルトゥスの亡骸を担ぎ、劇場から出て行った。