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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 18


 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、連絡のつく部隊に片っ端から指示を飛ばした。そこには、彼の指揮を受ける必要の無い部隊も多くあったが、不平不満を口にされる事は無かった。
「坊ちゃん、そろそろ」
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)の言いたい事はわかっている。
 撤退の支援にトマスは前線に近い位置で、足を止めていた。殿としての役割と、通信だけでなく目でも情報を得られるようにするためだ。
「……わかってる、わかってるけど!」
 成せる事を成せ、カルにそう言ってトマスは出撃した。そして今、自分にやるべき事が残っている。
「しかし」
「まだ声が届くのがいっぱいいるんだよ!」
 連絡のつく部隊はまだ残っている。彼らに、俺たちが撤退するまで粘れ、そう命令する事はトマスにはできなかった。そうするのが、戦略としては間違ってないとはわかっていたが、それでもできない。
「もう少し、あとちょっとなら」
 既に自分達の撤退を支援するために突入した部隊も、退避行動を始めている。ここまでやってきて、暴れ続けるほどの蓄えは彼らには無いのだ。
 彼が作った穴が塞がるのは時間の問題で、自分達はまだ穴に飛び込んでいない。その先に安全が確保されてはいない。
 一つ、また一つ、通信できていた仲間との交信が途絶えていく。
 限界がわかりやすい形をして、近づいてくる。
「坊ちゃん!」
 子敬の声に驚いて、トマスはそっちに顔を向けた。
 手を伸ばしながら、こちらに近づいてくる子敬は、なぜだかとてもゆっくりだ。
 視界の隅にあった地面が、自分の視界を完全に塞いで、トマスは自分が倒れたという事実に気が付くことができた。

「やっぱ動いてねぇな、ずっこけた時にどっかぶつけちまったか?」
 メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)は支給された通信機を振る。中でカラカラと音がして、だいぶ致命的な状態である事を暗に告げていたが、もっと振ればなんとかなるんじゃないかとさらに強く振って、手からすっぽ抜けた通信機は行方不明になった。
「あ……」
 かくして、メルキアデスは一人敵陣を何のナビも情報も無しにさ迷い歩く事になった。彼が一人なのは、戦地に到着するやいなや、「俺についてこい!」と颯爽と駆け出し、地面にできた亀裂にそのまま吸い込まれたからである。
 ここに、彼の冒険は平坦でなかった事を先に記しておく。同時に、それはこの戦役において、主に何の意味もなかった事も併記しておく。
 天井の崩落で身動きの取れなくなっていた親子を助けた礼にもらったチョコバーを齧りながら、彼は仲間と合流すべく地下の探索を続け、やっと地上にあがった頃には、地上も真っ暗になっていた。
 地上は右を見ても、左を見ても、ダエーヴァの怪物ばかり。さすがにやばいと意識的にこそこそしながら、適当に進む。
 そうしてやっと見つけた見知った相手、トマスは彼の目の前で何者かに狙撃され、膝を折って前のめりに倒れた。
「坊ちゃん!」
 トマスの元へ駆け寄ろうとした子敬も、たどり着けずに途中で倒れた。
 メルキアデスと、二人の距離が離れている事が幸いし、偶然彼の視界に、二人を撃った狙撃手の姿が映っていた。
「どっかいきがやれ」
 一人弾幕を張って、狙撃手を追い払う。着弾しかどうかは確認できなかったが、敵が怯んだ隙にメルキアデスは二人の元に駆け込んだ。
「大丈夫かっ」
「ぐ、足をやられました。私はいい、坊ちゃんを」
 答えたのは、子敬だ。トマスからは反応が無い。
 飛び出してみると、周りには敵がうじゃうじゃいる。状況は今でもよくわからないが、ここでじっとしているのは危険だ。
 まずトマスを背負い、それから子敬に手を伸ばす。
「二人を運ぶのは無茶です。私はここで敵を―――」
 喋ってる間に、子敬を担いだ。
「ちょっと、人の話を聞いてるのですか?」
「どっちに行けばいいかわかねぇんだよ。道案内できる奴いないと困んだよ、俺様が!」
 それは純然たる事実であった。
「……あちらに」
「あっちだな」
 子敬の位置を微調整して、いざと顔をあげたメルキアデスの正面に、斧を持ったミノタウロスが立ちふさがっていた。
「ち、チーッス」
 強烈な挨拶を受けて、ミノタウロスは横へと吹っ飛んだ。
「お、俺様の挨拶すげぇ」
「んなわけないでしょ」
 ミノタウロスと入れ替わるようにして、今度は呆れ顔の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が目の前に立っていた。先ほどのミノタウロスは、彼女がどかしたのである。
「はいはい。ここは先生に任せて生徒は早く退避なさい。中学校の避難訓練みたいにのんびりは出来ないわよ」
 行った行った、と払うような手の仕草をする。
「恩にきるぜ」
 二人を抱えて、メルキアデスは走ってこの場を去っていった。そこから先の道行きは、子敬がちゃんとナビしたので、道に迷う事は無かった。
 その場に残った祥子に、ゴブリン達がそれぞれの獲物を掲げながら突っ込んでくる。思いっきり振り下ろされた凶器は、間に割り込んだ那須 朱美(なす・あけみ)が、全て払い落としていた。
「はい、残念でしたっ!」
 朱美拳を受けて、ゴブリンは次々と吹き飛ばされる。殴られたゴブリン達だけではなく、こちらに向かっていたゴブリンにもぶつかる、二倍の効果だ。
 近づくのは危険と判断したのか、今度はずらりと銃を持った敵が並ぶ。誰かの号令もないのに、ゴブリン達は規律の取れた動きで一斉に銃を掃射した。
 膨大な量の弾丸が飛来する。そのほとんどを、ヴェロニカ・バルトリ(べろにか・ばるとり)の掲げたクイーンズシールドが弾き飛ばした。
「そんな豆鉄砲じゃ、この私に傷をつけるどころか、盾に覚えていてもらう事もできないな」
 銃撃は長くは続かなかった。銃歩兵の後ろに、宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)が現れ、真空波でなぎ払ったからだ。
「ほらほら、こっちだこっち」
 自分に注意が集まったところで義弘はポイントシフトで颯爽とその場を離れる。ゴブリン達には、動き回る義弘を探す余裕は無い。なぜなら、祥子達が果敢に突っ込んでくるからだ。
 祥子達は、目に付く敵は残さず攻撃を加えながら、前へ向かって進んだ。前へ前へ、黒い大樹へ向かって進む。
 ダエーヴァ達はこの危険な相手を無視する事はできなかった。
 大樹へ向かってくる祥子達を止めるため、ダエーヴァは相当な戦力を集結させた。これは明らかな失敗だった。祥子は最初こそ敵部隊を壊滅させたが、それからは真正面からぶつからず、大樹への接近を優先させていたのだ。
 必要以上にかき集められた大群は、結果として追撃部隊の人員を削る結果となった。僅か四人で多くの味方を救ったこの行動が、千代田基地に届けられるにはまだしばらくの時間が必要だった。