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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

リアクション


【鏡の国の戦争・決戦3】




 ソプラノ・リリコの攻撃動作を見たレッドラインはすぐさま盾を掲げた。だが、射撃ではなく広がる超電磁ネットは盾もろともレッドラインを捕まえ、電流を流す。
「この美しい漆塗り蒔絵イコンの表面を傷つけるモノ、芸術を、美を力しない野蛮人は撃ち落とす!」
 ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)は間合いを詰め、超電磁ネットに捉えたレッドラインに氷獣双角刀を突き立てた。
 足を止めたソプラノ・リリコに周囲のレッドラインが駆け寄る。
「我、思う。故に、我あり!」
 ウィッチクラフトライフルが向かってくるレッドラインの一体を迎撃する。弾は下がり気味だった盾に弾かれるが、敵は警戒し速度を緩めた。
「何、突然?」
 サブパイロットのアリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)は、先ほどの不思議な掛け声の意味を尋ねた。
「ワタシ、ここにあるワタシが、ワタシ!!」
「そうね」
「タワシとは、違うのコトよっ!!」
 話をしているかといって敵は待たない。
 槍の間合い一歩手前まで詰め寄った一体が、大きく槍を引く。
 ソプラノ・リリコはまだ突き刺さっている氷獣双角刀を横に振り、電流が流れたままのレッドラインの亡骸を包んだ超電磁ネットを投げつけた。
 的も弾もでかい、これは当たる。
 仰け反ったレッドラインを踏み台にして、レッドラインの包囲網を一足に飛び越えつつ、背中ががら空きのレッドラインに機晶ブレード搭載型ライフルを叩き込み、動きを停止させる。
「ここはもう一つの世界デス。もう一人の自分、もう1機のイコンに遭遇しちゃうかもしれませンッ!」
「ああ、だからさっきの。そうね、もう一人の自分はいるかもしれなけど、もう1機のイコンは無いんじゃないからしら?」
「無いのデスカ!」
「だって、ねぇ?」

「よし、行ってきな」
 ウィスタリアの艦上から、再び地上に降りていくイーグリッドを送り出し、柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は一息ついた。
「ふう、これでまた暇だ」
 最初の衝突でこそこちらにも被害が出たものの、イコンのパイロット達の緊張も解れてきた今頃になると、ほとんど被害らしい被害は無くなった。
 敵方の戦い方も単調だ。慣れれば対処にそう困りはしないという事だろう。
 また、こちらはこの部隊以外にも敵陣突破を目指した部隊があり、こちらばかりに戦力を割けないようだ。
「最初の砲撃も想定以上に効果的だったようですね」
 ブリッジのアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)はウィスタリアの出力を抑えながら、そう零す。
 地上のイコン部隊を置き去りにできないためだが、のんびりとした移動でも船に対するこれといった攻撃は無い。時折ミサイルが飛んでくるが、対空防御と装甲で十分対処が可能だ。
 こちらを倒すというより、遅滞行動に勤しんでいるようにすら見える。
 同じように、この部隊の旗艦HMS・テメレーアのブリッジも敵の動きを怪訝な様子で観察していた。
「どう思われますかね?」
 ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)にやうやうしく問いかける。
「時間稼ぎに見えますね」
 グロリアーナは淡々と答えた。
「自分にもそのように見えますな……、問題は何の為に時間を稼ぐのかという事でしょう。聞き及んだ話によれば、これは戦争というよりもボードゲームのように、キングを、いえ、クイーンをチェックされるか否かを競っている」
「大方、そうなるな」
「では……少しお手数をおかけしますが、彼らがクイーンのところまでたどり着くのに、どれぐらいかかりますでしょうか?」
 グロリアーナは僅かな思考時間をもって、その問いに答えた。
「それだけあれば十分ですな。各艦に通達を、地上の羽虫は無視し、全速で敵陣中心部へと突撃します。主砲攻撃は中止、最低限の艦を守る行為に留め、速度を最優先にします」
「随分と、無謀をなさる」
「恐らく、彼らに我々とまともに戦う戦力は残っておりません。そうでなければ、拠点をほぼ留守にして野戦などという愚作を取る事は無かったでしょう。彼らはクイーンを取るための奇策に最初から全てを賭けていたのでしょうな。先ほどここに着任した身であるためわかります。恐らく、皆さんは不必要に相手を強大に見てしまっているのでしょう。相手はもともと、虫の息の決死隊。それこそ、まともな地対空、空対空の戦力を揃えられない程の。こちらに引きつけられた彼らには、味方の陣に戻る事も、千代田基地とやらに戻るにも時間が足りません。このまま、死兵になってもらいましょう」
「不必要に強大に、か」
 確かに、ダエーヴァの怪物の個はそれなりに厄介だ。だが、軍としては足りない物が多すぎる。相手の土俵に乗らないことが戦術であれば、ホレーショの考えに間違いはないだろう。
「ほんとに敵無視して突っ込むの?」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が指揮下の艦隊に指示を出す前に、最後の確認をする。
「いかに前へ進むか、という問題を掲げて居る時に、相手に合わせてステップを踏む必要などありません。急ぎましょう、このままでは我々は何の為にここに来たと笑われてしまう事になるでしょうからね」



 イコンを収容し、全速力で移動を開始したH部隊は、それまで交戦していたダエーヴァの部隊は追いつけず、また待ち構えていた部隊はその行軍を止める事はできなかった。
 ホレーショ・ネルソンの言葉通り、敵の数は少なく、戦艦に対して抗ずる手段も大したものを持っていなかったのだ。時折、ミサイルが船を揺らすが、艦橋にでも直撃しなければ効果はなく、そのような隙を見せるわけもなく、順調に飛び越えていった。
「敵を無視したぶん、急いで片付けないといけないか」
 その間に機体の整備補給を終えた十七夜 リオ(かなき・りお)は、再びヴァ―ミリオンに乗り込んだ。
「そろそろ敵に何か動きがあってもいい頃ですが……」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が呟く。
 すると、まるで返事をするかのように格納庫がざわめいた。
「何事?」
 富永 佐那(とみなが・さな)が通信でその声に応える。
「炎の花が、確認されました」
 さらに続けて、出撃要請が入る。
「了解、ユニーティス小隊の出番だ」
 カタパルトは使わず、自機の推進力だけで格納庫を出て、甲板から地上へとダイブする。それに、佐那のザーヴィスチ柊 真司(ひいらぎ・しんじ)ゴスホークも続く。
 外に出ると、確かに赤い花が確認できた。距離は二〜三キロといったところか。イコンより二周りは大きい炎の花は迫力がある。
「熱源、来ます」
「近っ、でもさ!」
 ヴァ―ミリオンは力技で機動を曲げる。すぐ横を、恐らく徹甲弾らしきもの、が通過していった。
「獅子頭か」
 モニターに敵の姿が映し出される。数は四。ライオンヘッドは次弾が間に合わないと判断したのか、肩部キャノン砲をパージ、近接戦闘モードに切り替える。
「来ます」
 ライオンヘッドの一体が飛び掛ってくる。早い。だが、フェルの行動予測はその一歩先を行き、両手それぞれ別操作を行うV-LWSの機動は、単なる速さには収まらない。
 繰り出された爪の一撃をするりと避ける。
「これが僕らの舞い朱雀! ってね」
 交差の一瞬に、二式(レプリカ)を振るう。
 ライオンヘッドはなんとか致命傷を避けようと、空中で体を捻る。だが、出力を持たないライオンヘッドに、空中での特殊な機動など不可能だ。致命傷は避けられない、が、その執念深さが幸運を引き寄せた。
 二式はライオンヘッドを仕留めたが、彼らは機械ではなく生き物だ。二式は運悪くも、ライオンヘッドの太い血管を切り裂いてしまい、
「しまった、モニターが」
 返り血が画面を真っ黒に塗り潰した。メインカメラに返り血を浴びてしまったのだ。
「カメラの切り替えを―――」
 見えないのは正面の映像だけ、レーダーは生きている。だが、レーダーに映し出される光点だけを頼りに戦えというのは無理なオーダーだ。
 ヴァーミリオンの異常は、遠目に気付く事は難しい繊細なものだった。恐らく、ほとんどのパイロットは着地と同時に立ち止まったその機体に起こった異変に気付くことはできなかっただろう。
「何かあったみたいですわ」
「ええ、カヴァーに入ります」
 佐那はエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)にしっかり掴まってて、と返すと、降下速度を引き上げた。
 ザーヴィスチの新式ダブルビームサーベルは足に装備されている。そのため、着地の動作でヴァーミリオンに接近していたライオンヘッドを切り裂く事ができた。
「きますわ!」
 ライオンヘッドが続く。仲間をやられても恐れはないようだ。
 死角を狙って回りこもうとした一体が、嵐の儀式の風の力によって踏み込みが足りずに中途半端な攻撃を繰り出す。ザーヴィスチはこれを振り返りながら大型超高周波ブレードで敵を切り払った。
 切り払いの動きに少し遅れて、回し蹴りが近づいていたもう一体を串刺しにする。
「やはり戦いは白兵戦でなくては……!」
 ライオンヘッド達は、一旦間合いを取り直した。
「数が、増えてますわね」
 表示される敵の数が、最初に数えた時よりも増加していた。ライオンヘッドのみならず、レッドラインも姿を表している。
「助かったよ」
 無事モニターを復活させたリオが礼を言う。
「礼はいりませんよ、チームなのですから」

「炎の花―――既に目標は戦闘中という事ですね」
「準備運動かもしれないけど、可能性は低いわね」
 アルマの言葉に、旗艦のローザマリアが答える。
「では、誤射の恐れがある以上、長距離砲撃は」
「ええ、ここからは本当に肉弾戦ってわけね」

「おかしいな」
 真司がそう零した。
 ゴスホークには自身の索敵結果以外にも、戦艦や味方機からの情報が表示されている。
「このラインを超えた先に、ほとんど敵の姿が無い?」
 ダルウィまでの距離はおよそ二キロ半程度。まだ怪物が暴れる隙間はあるはずだが、まるで空洞のように敵の姿が確認されていなかった。
 罠にしては少しチープだ。
「確かめてきてもいいぜ」
「私たちの機体ならすぐに追いつきます」
 リオと佐那だ。
「おまえらなぁ……、わかったゴスホーク先行する!」
 雑魚と遊んだところで、時間を浪費するだけだ。だからこそ、H部隊は最大船速でここまで来たのだ。なら多少の危険を、戦艦よりも装甲の薄いイコンだからと回避するのは違うだろう。
 ゴスホークはライオンヘッドとレッドラインの壁を飛び越え、炎の花に向かった。
「追って、こない、か。あとで後悔すんなよ!」