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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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4:古の時を訪ねて


 
 大通りを駆けていった者達が、辺りの半魚人たちを一手に引き受けてくれている内に、契約者達の調査は順調に進められていた。

「見事に、一族ごとに雰囲気が異なっていますね」

 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)今まで回ってきた区画で取って来たデータを見比べながら呟いた。
 今の段階で判っている情報からすると、3つの部族で町が構成されていたということから、大通りで分割された区画別に住み分けをしていたと推測して動いていたのだが、半分は正解で半分は間違い、といった所で、大通りを中心に据える形で、東西南北四つの区画で分かれているらしいというのが、調査してみた結果だった。
 黄族は北、紅族は紅の塔を殿に東、蒼族は蒼の塔を殿に西に居住を構えているらしく、今はまだ殆どが廃墟のままではあるが、土台や配置などからそれぞれの一族の個性がそこに見えていた。
 では最後の一角、神殿を頂にした南側はと言えば、これはまた違う意味で個性をそこに示していた。
「……この煩雑さは、貧民街といった所でしょうかね」
 土台は作りが甘く、競い合うように立てられたのか建物同士の幅も狭い。散らばっている調度品や、再生されてきている建物の壁にしても、他の地域にあった気品は影も見えない。
「これだけ規模の小さな都市でこれだけの貧富差……か」
 街を歩いていて気付いたことがあるが、この都市には商店らしきものの跡が殆ど無いようだった。海中から海上に上っていけそうな場所は今の所神殿しか確認できないし、何かしら行き来していたならあるだろう施設も見当たらないことから、交易の類は一切無かったと考えるのが妥当だろう。こんな小さな都市で自給自足が叶っていたのは、奇妙を通り越して不自然のように思われた。
 不自然なのはそれだけではない。復元されていくにつれはっきりしたことだが、中心の大通りから繋がる殆どの道が、美しい石畳に覆われているのに比べて、スラム街に縦横無尽に走る細かな道は唐突なほどその材質が違っているのだ。荒れているわけではなく、きちんと平たくなっているのがまた奇妙だ。
「単純に施工した人間が違っていた……とは、ちょっと思えませんね」
 そう言ってしゃがみ込んだ小次郎は、その最も大きな相違点――石畳の道の両隅を走る紋様に指を這わせた。恐らくこの道にそのものに、意味がある。そして貧民街はその重要のないことから、省かれた、と見るのが正しいだろう。それをこまめにデータ化しながら、ふう、と小次郎は息をついた。
「……となれば、この街の守護の為に必要なもの、ということですね」
 それが空気の膜を作る結界に対してか、それともまた別の脅威に対してなのかは、調べる必要がありそうだ、と小次郎が呟いたのと時を同じくして、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は中央神殿の周囲を、デジカメを片手に街を見て歩いていた。
 四方への大通りが丁度交わる神殿前は、街を丁度くり抜いたような形にも見える。美しく並べられた石畳がぐるりと神殿を囲む形で円を描き、信仰を示すオブジェなどがあったのだろう台座が規則的に並んでいる。
 夢で見たのと、その位置の違わない光景。後いくらかもすれば、姿そのものも夢のなかのそれと一致するのだろう。石畳の上を市街地へ向けて歩きながら、ゆかりは息を吐き出した。
「……不思議ね。この道を……歩いたことがあるように感じる」
 呟き、ふと足元を見やって気付いたのは、小次郎が見つけたのと同じ紋様だ。それは良く見れば、大通り神殿前の円形の道を真っ直ぐに横断して神殿の土台をぐるりと囲むように続いている。ただの装飾に見えなくも無いが、それをなぞるように歩いていくと、それはまるで回路、あるいは水路のようにも見えてくる。
「水路……海の中の都市に水路?」
 自分の考えたことに自分で違和感を覚えたものの、それを追いかけるようにして市街地に足を踏み入れたゆかりは、その建物たちの並び方……明らかに、神殿に近いほど高位の者達が済んでいたのだと判る構造に、少し苦笑した。
「どこも構造は似通うものね」
 呟き、観察をしながら歩いて暫く。ゆかりもまた街への違和感にその足を鈍らせた。
 商店らしき跡が殆ど無いのもそうだが、決定的に生活感が不足しているように見える。そのくせ、時折目に入って来るのは公共施設だったのではないかと思われる、幾つかの同じ建物だ。好奇心にかられて足を踏み入れたゆかりは、違和感の正体に辿り着いた。
「この都市……機能の殆どを魔法に頼っていたってわけね」
 どんな経緯でこの都市が出来たのかはまだ判らないが、少なくとも魔法大国であるエリュシオンの知識や技術が基盤となっているのは間違いないだろう。となれば先程感じた水路と言う概念も、あながち的外れではないのかもしれない、とゆかりはこの施設の下にも走った紋様を見て呟いた。
「あれは……何かの力を伝わせるためのものなんだわ」
 そう納得と共に、施設を出たゆかりは、先よりも復元の進んできたように見える街並みに、ふとその足を止めて目を見開いた。
「これって……」
 そこには、明らかに争いのあったことを示す、槍や剣の傷跡が残されていたのだ。
「でも……街が滅ぶほどの規模じゃ無さそうね。でも、だとしたら一体……?」



 小次郎やゆかりが首を傾げつつ、そのデータを纏めていたのと同じ頃。
 神殿でも、契約者達がそれぞれの調査を行っている最中だった。

「……くそ、眠い……」
「本当に大丈夫? なんか、フラフラしてるけど……」
 大きくあくびを噛み殺したシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)に、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が眉を寄せた。この所夢見が悪いと言って寝不足がちであったのは確かだが、遺跡へ来てからその症状は更に悪化してきている様子だ。今の所神殿に近寄る気配は無いものの、外では半魚人たちもうろついていると言うこともあって、サビクは警戒しながらシリウスの後をついて歩いていた。
「この辺り、とか、なんか記憶がある気がするんだよな……」
 その指がなぞるのは、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が自身の夢の記憶を辿って作られた、神殿の簡単な見取り図だ。流石に中心地点だけあって、遺跡の他のどの場所よりも復元が進んでいるため、夢の中のこう経度大分似通ってきたのが幸いと言うべきか、見取り図は役に立った。尚その作成者が、パートナーのエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)に「かつみって地図は普通に描けるのに、絵とかになるとなんで微妙な感じになるんだろうね」などと突っ込みを受けていたのは余談である。
 ともあれ、遺跡の中を歩き回ること暫く。シリウスは、ディミトリアスを中心に足元に広がっていた魔法陣の延長線上のようにして、柱やモニュメントのようなものが配置されていることに気付いた。
「……もしかして、神殿そのものが魔法陣の一部なのか、これって」
「まさか」
 サビクが目を丸くしたが、そうやって考えて周囲を見回せば、それぞれに配置された柱やモニュメントに彫られた装飾は、碑文や紋章にも見えなくない。シリウスはこくりと息を飲み込んで、それらの文字を図の上へと纏めて行きながら、それをデータとして転送していく。
「もしかしたら、これを辿っていけば、魔法陣の別の中心を見つけることができるかもしんねーぞ」


 同時刻、神殿内の一角。
 資料室ではないかと思われる一室では、シリウスが集め、神殿中央の魔法陣近くに集約されていくデータを見ながら、かつみ、エドゥアルト、そして千返 ナオ(ちがえ・なお)が資料をひっくり返していた。
「……あった、これかな」
 かつみが指差したのは、魔法書らしき一冊だ。文章は全く読み取れないが、シリウスが見つけた紋章とその配置に良く似た図が描かれている。
「ディミトリアスが結界張ってる魔法陣が、全体の集約点なのは間違いないみたいだけど……平面じゃなくて立体で、幾つかの魔法陣を重ねていってるみたいな感じだな」
『そっか……じゃあその魔法陣の頂点はどこにあると思う?』
 通信機越しのシリウスの言葉に「恐らく最上階だな」と答え、そこへ向かってみると言う返答を受けてから、かつみは難しい顔でその本のページをめくった。
「神殿ひとつを使ってこんな大掛かりな魔法陣……「何か」ってのを封じるために作ったんだとしたら、悠長すぎるよな」
「そうだね。それに……ここの資料の情報からすると、この神殿は龍のために作られた筈だよ。だとしたら封印としての機能があること事態が不思議だけど」
 かつみの言葉に、エドゥが首を傾げると、それに声を挟んだのは意外にもディミトリアスだった。
『魔法陣……そのものは、機能を限定していないからだろう』
「どういうことだ?」
 訊ねるかつみに、ディミトリアスは続ける。
『重なっている魔法陣は、今の状態では上手く確認できないが……大本の魔法陣の役目は、増幅だ。恐らく用途によって起動させる術を変えて、神殿全体でそれを増幅させていたんだろうと……思う』
 つまり、封印はこの魔法陣そのものの機能ではなく、封印の術を魔法陣で増幅させた、ということだろう。
『ふうん……その仕組みといい、この遺跡といい……何となくトゥーゲドアに似てる気がするね』
 その言葉に声を滑り込ませたのは、南の調査へ回っていた天音だ。
『考え方の基礎は……同じ、だろうな……年代的に、系統に極端な差異は無いはずだ』
 ディミトリアスの言葉に頷きながら、書物のページをめくること暫く。かつみはようやく、探してた部分へと辿り着いた。それはやはり、他の碑文たちと同じく古代の文字と紋章で描かれていたが、何故かかつみはその一文が何と書いてあるのかが直感的に理解できた。
「――……“右手には熱き生を掲げ、左手には冷徹なる死を携える。彼の神殿とは即ち心殿である”……」
 そう言ってなぞった紋章は、円の中心に龍が翼を広げ、その左右に上下逆の剣、中心に花の描かれたものだ。まるでそれは――……
「……剣は塔、花はこの神殿をさしてる……みたいです」
 口を開いたのは、かつみがとり憑かれたように眺めている横から、手を伸ばしたナオだ。サイコメトリでその記した内容を読み取ろうとしているようだが、時代が古すぎるためか、額には汗が滲んでいる。
「あんまり、無理するなよ」
 かつみが心配げに言うのに頷きながらナオが読み取り続けた結果、その紋様は右の剣は右手であり紅の塔、左の剣は左手であり蒼の塔、そして花は巫女であり神殿のことを示しているらしいということが判った。
「これって、なんだか……街が、龍の形を作った……みたいに見えますね」
 ナオがそう呟くと『それは、どうかしらね』と北側を調べに向かっていたニキータの声が、硬く言った。
『龍の形を作った……のじゃないかもしれないわ』
『寧ろ……龍の形になった……んじゃないかな?』
 後を受け取ったのは天音だ。首を傾げるのを通信機越しに悟ってか、天音は酷く楽しそうな声で、こう言った。

『どうやらこの都市って……龍の身体の上に、作られてるみたいなんだよ』




 時は僅かに遡る。
 探索へ向かった契約者達からは行って来る情報を整理していた理王、鈴、白竜は、難しい顔でデータを付け合せていた。南北へ向かった天音、ニキータたちは、空気の膜が街までしか覆われていなかったためその先は断念したものの、その区切りの外へ土壌らしきものがないこと、生い茂っているように見えるのは海草や苔等のようなもので、つまり畑の類が存在していないことを確認した。
 そして小次郎は、貧民街の足元、石畳で覆われていない部分の道が、石材ではないことを突き止め、白竜がアクアバイオロボットを可能なだけ進ませて見た結果、街の外にうっすらと見える妙な区切りが、鱗の形をしていることを突き止めた。つまり結論として。
「……この都市は、龍の背中の上に作られている、ということですか」
 龍脈が海中にあったその理由の、思わぬ直球の回答に何とも言えぬ溜息をついた一同は、難しい顔をしたが、その中で理王は余り表情を変えないまま「随分でっかい身体してるんだね」とのんびり言って、パソコンのキーを叩き続けた。
 正体がわかった。だが、ではどうすればいいのか、と言う答えはまだ見つかっていない。何より気になるのは「この遺跡は生きているのか死んでいるのか」だ。海面に浮上し、ディバイスが石碑に触れてしまうまではこの遺跡は稼動していなかった。だが、よく考えればそれ以前、ここに訪れた時点で既に海中であるこの神殿は空気の膜に包まれていたのだ。
(ってことは……この遺跡は、ずっと稼動していたって考えた方がいいのかな)
 それは単純に、都市が滅んでも尚生きていただけなのか、再び復活するための切欠……ディバイスとディミトリアスのような存在が揃うのを待っていた、のかもしれない。
(でもそれなら、復活と同時に龍脈が壊れるかもしれない理由にはならない、か……)
 手を忙しなく動かしながらも、思考を鎮めていた理王は、ふと妙にそわそわと落ち着かない様子の屍鬼乃の姿が目に入った。そういえば、帝国に来てから、わずかばかり挙動不審だったかもしれない。
「……」
 その妙な気配の理由を察して、理王が呼び出したのはエカテリーナのアドレスだ。
「気になるんだろ? メールでもしておいたら」
 外部との通信は不安定だと言うから直接のやり取りは難しいだろうから、と勧めると「うん」と屍鬼乃は頷いた。そんな作業を横目に、次々と入ってくる情報を整理し、或いは分析しとしていた中、氷の結界をモニタリングしていた映像に違和感を覚えて、理王は画面を切り替えた。自身の状況にも関わらず、手持ち無沙汰な様子で時折周囲と雑談したり、ディミトリアスに何かの確認をしたりとしていたクローディスが、急にバランスを崩して結界に凭れたのだ。
「どうしたの」
「……少し、夢に当てられたらしい」
 応えて、クローディスは首を振った。先程から氏無やスカーレッドからも同様の報告が入っているし、契約者の中にも夢の影響が出ている者がいるようだ。どうやら夢の中の場所と時代が近付くにつれ、個人差はあるものの記憶や人格が鮮明になりつつあるらしい。そういう理王自身、打ち込んでいるデータに調査によるものではなく、頭の中から突然湧き出すようなものが、混ざり始めている。
(オレでさえこうだ。旦那たちは大丈夫なのかな)
 チラリと横目で見る分には、白竜や鈴に顕著な変化は見られないが、内面がどうかは計り知れない。
 そのまま更に視線を移した理王は、ふと、そういえば先程から全く意識の外にあった少年の姿を視界に捉えた。ディバイス・ハートだ。魔法陣の起動、そして過去との結びつき、遺跡の復元……その原因の一旦とも言える少年は、皆の手を取り終わってから後、ずっとぼんやりと宙を彷徨わせているのだ。
 タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)は、そんなディバイスの顔を心配げに覗きこんでいた。
「……大丈夫?」
「うん。少し……不思議な感じがするだけ」
 頷いてディバイスは少し笑った。意識が無いというわけではないようだ。
「夢、のこと?」
 何か判る? と訊ねるタマーラに、ディバイスは頷いて高い天井を見上げた。神殿の最も中心に当たる、所謂大聖堂とも言うべきその場所の天井は、街の建物の倍ほども高さがある。
「入ってきた時、判ったんだ……ぼくの見てた景色」
 そう言って指差したのは、その天井の更に上を示しているようだ。どうやら、神殿に入る際に通った、海上へ浮上していた部分のことらしい。何故そんな所に、と訊ねようとしたタマーラは、ふと、その表情が変質していることに気付いた。
 まるで人形のように一切の感情を消した目が虚空を見据え、そして――……歌が広がった。
「……なに、これ……」
 それは聞いたこともない言葉だが、まるでサイレンのように遺跡にいた全ての契約者の耳へと響き、その脳へと直接“情報”が滑り込んだ。