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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

リアクション

「うぉー。つっかれたー」
 壱ノ島太守モノ・ヌシを訪ねて行政府へ来ていた風森 巽(かぜもり・たつみ)は、応接室につながる待合室で待ちくたびれて、両手を上にあげると、うーんと伸びをした。そしてそのまま後ろへ倒れ、背もたれに体を預ける。
「尻が煮えそうだ。というか、もう煮えてる」
「はしたないよ」
 ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)は小声で叱りつけたが、ティア自身口に出さないだけで同じ思いなのか、ソファの上で落ち着きなくお尻がそわついていた。
「長いよ、戦部さん」
 一体何をそんなに話し込んでいるのやら。
 まあそれは、よかったらあとで聞かせてもらうとして。
 一向に開かないドアに見切りをつけて、巽はため息をつくと、よっこらせ、というようにひざに両手をあてて立ち上がった。
「どうしたの? タツミ」
「トイレ行ってくる」
 もちろんそれは単なる理由づけで、足を伸ばして歩きたいのが本当の理由である。
 ティアはちょっと考えたあと、
「ボクも行く」
 と巽のあとを追った。
「いや、2人ともいなくなったら駄目だろう。だれが説明するんだ?」
「いいじゃん。あのドア1時間近く開かなかったんだよ? あと5分や10分開かないって」
 そう言われるとそんな気もした。
「ま、いいか」
「いい、いい」
 2人は連れ立って廊下へ出る。もちろん2人ともトイレが目当てではないので前は素通りだ。長い廊下を歩きながら、巽は訊いた。
「それで、どう? 見覚えのある場所とかあった?」
「んー? そんなような、そうでないような」
「なんだ、いいかげんだな」
「だって、しょうがないじゃん。故郷だったとしても5000前のことだしねぇ。正直わっかんないなぁ……」
 ティアは記憶喪失だ。故郷がどこか分からない。
 しかしもともと天真爛漫で楽観的なところのある性質なため、あまり深刻に考えてはいないようである。
「まあ、この島じゃなくてほかの島の可能性もあるし。そうでなくても、どこかには絶対おまえの故郷はあるんだ。生きて旅していれば、いつかたどり着く。あせる必要はないな」
 ぽんぽんと頭をなでる。
「うん!」
 と良い顔で返事をして、えへへっと笑った直後。
 ティアは角を曲がった瞬間反対側から飛び出してきた相手と目から火花が飛ぶ勢いで衝突し、尻もちをついた。
「いったーーーいっ」
「おい、大丈夫か?」
「うう……なんとか」
 ぶつけた額をさすりながらティアは応じる。ティアが無事なことを確認して、相手を振り返った巽は、そこにいた人物を見た瞬間息を飲んだ。
 少女は前面を真っ赤な血にまみれさせていたのだ。
「きみ、どこかけがをしているのか!? ――しかし見たところ、どこも服が破けている様子は……」
 そのとき、恐怖に染まった女性の悲鳴が少女の走って来た廊下から響いた。
「きゃああああああああああああーーーーーーっ!!
 だれかーーーーっ!! だれか来てーーーーっ!! コト・サカさまが!!!」
 どうなったか、その女性は言わなかった。けれど、悲鳴を聞いた瞬間から、巽にはその部屋でどんな光景が広がっているか、目に見えたように悟れた。
 表情から少女もそれと察することができたのだろう。
「ち、ちが……わたし、殺してない……。わたしが部屋に入ったとき……もう死んでて……あの影が……」
 蒼白した面で必死に訴えかける少女を巽はじっと見つめる。
「タツミ! あれっ!!」
 ティアが緊迫した声で叫び、前方の壁指さした。
 壁一面に巨大な人型の影が浮かび、今にも彼らに襲いかからんばかりに両手を上げている。
「なんだ!?」
 驚愕に目を瞠りながらも、巽は反射的、少女を背後にかばって矢面に立つ。
 攻撃されればいつでも対処できるように体勢をとり、ぐっとこぶしを握る巽の前、人影の頭部で闇が流れた。
 流動する闇は渦となって顔の両端に分かれ、さらに下に1つ分かれて逆三角形の位置をとる。丸い目と口みたいだ。そう思ったとき、口の渦が広がって、巨大な穴になった。
「ツゥゥゥゥウウウゥゥウウゥゥゥクゥウウゥゥゥウウヨォォォォオオオオオォォォォミィィィィィイイイィィィィィィイイ」
 まるで地の底から響いてくるような声だった。ごおおおという空洞音を響かせながら、それはさらに2度、同じ言葉を口にする。
「キーを渡すのだァァアアアァァァ
 そうすればァァァアアアアアァァアァ、命だけはァァアアアアァアァァ、助けてやるゥゥゥゥゥウウウゥ」

「……なんか、聞くだけでこっちの正気度ゴリゴリ削られそうな声だね」
 ティアが的確なことを言った。
「そうだな。
 それで、お嬢さん。えーと、ツク・ヨ・ミちゃん? キーをほしがっているみたいだけど、渡す?」
 巽の質問に、ツク・ヨ・ミは首をぶんぶん振った。
 そうだと思っていた巽は特に驚くこともなく、ツク・ヨ・ミを引っ張り起こす。
「じゃあさっさと逃げよう」
「え? いいの? タツミ」
 ティアがツク・ヨ・ミの血の付いた服と巽を交互に見る。何が言いたいかは明白だ。巽は両肩を竦めて見せた。
「この展開、どう考えてもあっちが悪役だろ? ハメられたんだよ、この子。
 さあ急げ! ここから脱出するぞ!!」
 まだショックが抜けきらないでいるツク・ヨ・ミの手を握ると走り出す。
 ツク・ヨ・ミの反対側の手には、皿の形をしたペンダントトップのついた鎖が固く握り締められていた。