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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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■第19章


 時間を少し巻き戻して、まだ工夫に来た者たちが採掘場で岩盤を相手にしているころ。
 同じく工夫をしに弐ノ島へ来ていたはずの七刀 切(しちとう・きり)は、光条兵器を片手に黒い影、ヤタガラスたちと戦っていた。
「すみませんね、なんだか巻き込んでしまったようで」
 互いに背を預けるかたちでヤタガラスと対峙しつつ、愛想笑いを浮かべた巽が言う。
「ただ――こういう所で冒険屋の人に会えるとは運が良かったよ、切さん」
 巽にとっては運が良かったかもしれないが、切からしてみると、まだ判断は留保したいところだった。
 なにしろさっぱり展開が見えない。
「なーんでこんなとこで戦ってんかねぇ? たしか、観光旅行へ来てるはずじゃなかった?」
 もちろん悠長に話しているひまなど敵は与えてくれない。襲いかかってくる黒い影を剣で散らし、応戦しつつの会話である。
「しかもこいつら、人間じゃないし! 昨日の今日で、一体だれにケンカ売ったの? 巽さん」
「いや、まあ、そこは……」
 ごにょごにょと。
 巽が言いづらそうにごまかしたのが何かを鋭く察することができたのはルーン・サークリット(るーん・さーくりっと)だった。
 ティアと一緒にツク・ヨ・ミの防衛についていた彼女は、この敵には光輝系が有効とティアから聞いて、光術を飛ばしながら、ちらとツク・ヨ・ミをうかがう。
「切ちゃん、この子、例の指名手配犯よ」
 本人を前に(というか後ろに)、遠慮のえの字もなく、ズバッと言った。
「ほら、壱ノ島で貼られてた手配書見たでしょ? 重犯罪者で伍ノ島太守殺害の容疑者」
「え? マジ?」
 思わず攻撃の手を止めて振り返ってしまった。ヤタガラスが伸び上がってその背に襲いかかるが、振り返りざまに繰り出された横薙ぎが両断する。
「……違います。わたし、コト・サカさまを殺したりしてません……」
 固い声でツク・ヨ・ミは弁明した。ティアもまた
「そうだよ! ミィちゃんは濡れ衣を着せられたんだよ!」
 と言葉を合わせるが、ルーンは素っ気なく肩をすくめて一蹴した。
「真実より、この場合、他者からどう見られるかが問題なのよね。
 この浮遊島群ってカナンと国交回復したばかりなんでしょ。もうじきここの太守たちとカナンの代表とで国家間会議が開催されるって聞いたわよね?
 犯罪者の仲間と思われるだけならいいけれど、切ちゃんの身元が知れて、東の領主さまバァルと仲の良い人間だと知られれば領主さまにも迷惑がかかる可能性があるんだけど、いいのかしら? その点は考慮してる?」
 どう見ても考えてなさそうね、と小首を傾げて切を見やる。
「……う」
 ルーンの指摘はもっともだ。切は考えてみた。
「でもさぁ、バァルと友達だから襲われてる目の前の女の子を見捨てる、なんて、そんなことした方がよけいバァルは怒るよ」
 浮遊島群で指名手配されている犯罪者の手助けをしていたと、そこだけ聞かされたらバァルはたしかに驚くかもしれない。けれど、そこで切という人間の性根を疑う男ではないと思った。すぐさまそんな結論に飛びつくような浅い関係は、とっくに自分たちは越えている。
『七刀切が味方をしているというのなら、それはそちらに正義があるということだ』
 バァルはむしろ、そう反論するに違いない。声として聞こえた気がするほど確信できた。
「――巽さんだってついてるしねぇ。理由はまだ知らねぇけど、こっち側につくのは間違ってないって、きっと」
「ふぅーん。切ちゃんらしいわ。
 スタンスが決まってるとなると、だれに遠慮する必要もないわね」
 最後は独り言のようにつぶやいて。ルーンはほかに有効な手段はないか探して、光術の合間にマジックブラストやアシッドミストなどもヤタガラスへぶつけていく。
 切もまた、一騎当千を発動させ、数の差を補おうとしたが、有効な一撃を見つけられずにいた。
 繰り出す刃はねらい違わず標的を捕える。思うように斬り払う。両断し、圧倒的な技で寄せつけない。
 しかし手応えはなかった。空気か水を切るようなものだ。切るというより、散らしているというべきかもしれない。光輝きらめく刃によって散らされた細かな霧状の黒い何かは、刃の届かない別の場所で集束し、また黒い人影となって襲撃してくる。しかも疲労している様子もない。
「こりゃ、押し切られる前に逃げた方がよさそうかねぇ」
 ルーンに視線で合図を送る。ルーンがうなずいたのを見て、古代の力・熾を最大出力でぶっぱなそうとしたときだった。
 ヤタガラスを挟んだ道の向こうから走ってくる者たちが見えた。
 ここの島民かと思い「来るな」と叫びそうになる。しかし彼らは切も巽も見覚えのある、コントラクターたちだった。
 先頭を樹月 刀真(きづき・とうま)が走り、黒い刀身の片刃剣『黒の剣』を鞘から抜きざまにヤタガラスを散らす。
「ツク・ヨ・ミ。また会えたな」
 視線を合わせた一瞬にも満たないわずかな間、刀真はツク・ヨ・ミに向かってほほ笑む。
「逃げずに、ウァールの話を聞いてやれ」
 それだけを言うと、すぐさま応戦に入った。
 この一瞬で、完全にヤタガラスと彼ら立場は逆転していた。今や数で劣り、劣勢に追い込まれているのはヤタガラスたちの方である。
 コントラクターたちの繰り出す光魔法や光輝属性の剣刃はヤタガラスを縦横に切り裂いて、回復や集束の間も与えないほど散らしてしまう。これにはヤタガラスも退かざるを得なかった。
 だいぶ密度を失って灰色っぽく薄れたヤタガラスたちは、追撃を避けるように別々の方角へ散って逃走していく。
「セ……ツク・ヨ・ミ!」
 コントラクターたちの間を抜けて、ウァールが現れた。
 彼を見た瞬間、ツク・ヨ・ミはさーっと青ざめた。矢も盾もたまらず、ほとんど反射的に背を向けて走り出しそうになる。
「待ってツク・ヨ・ミ!」
 その言葉がツク・ヨ・ミの足をその場に縫いつけた。振り返ると、ウァールは彼女を見つめてまっすぐ歩いてくる。その決意の表情が怖くて。ツク・ヨ・ミは来ないでと言うように頭を振った。
「ごめんなさい!」
「ごめん!」
 2人は同時に叫ぶ。
 ツク・ヨ・ミは驚き、ウァールはとにかく言わなくては、早く伝えなくてはと、気ばかりあせった顔でさらに叫んだ。
「おれも、ごめん! おれだって、ひとのことは言えないんだ! おれ……おれも、きみのこと利用したんだから!」
「ウァール?」
「おれ、ここへ来たかったんだ。ずっと雲海の龍を見たくて……おれが思ったような存在じゃなかったけど、そんなのはどうでもいいんだ。おれだって、純粋にきみのためだけを考えて、ここに来たわけじゃないんだ。なのに、きみに利用された、裏切られたって、きみだけを責めた。――ごめん!」
「ウァール……。いいの。ナ・ムチが言ったことが正しいの。わたし、あなたを利用したんだから……」

「おれの言葉が正しいと分かっているなら、あなたは何をすべきか理解できますね?」

 いつの間に追いついていたのか。
 ウァールたちが来たのとは反対側の道に、ナ・ムチと、彼に同道するコントラクターたちが立っていた。
「こちらへ来なさい、ツク・ヨ・ミ。伍ノ島へ戻るんです。まだ間に合ううちに」
「だめだ。彼女は行かせない」
 ウァールが背にかばうように、ナ・ムチの視界をさえぎってツク・ヨ・ミの前に立つ。
「お願い、分かってナ・ムチ。橋を架けるのはおじいちゃんのためだけじゃなく、この浮遊島群のみんなのためなの」
「何も分かっていないのはあなたの方です。
 そしてあなたたちもだ」ナ・ムチは冷たい青い瞳で、にらむように後ろのコントラクターたちを見る。「よりによって世界樹の加護の薄いこの島へ、彼女を連れてくるなんて
「それ、どういうこと……?」
 そのとき、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が高笑った。
「ふははははは!! そんなことはどうでもいいではないか! ツク・ヨ・ミはこちらへ来るのだからな!!
 さあ、我が部下デメテールおよび戦闘員たちよ!! ツク・ヨ・ミを捕らえるのだっ!!」
 ハデスの合図でオリュンポス特戦隊デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)が龍神刀を手に走り込んだ。
 その様子に、フェンリルハイドをかぶり、アサシンマスクで顔を隠した姿でウァールの防衛についていた十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が、軽く舌打ちを漏らす。
「やはりそうきたか」
 そして右手に握っていた煙幕ファンデーションを、デメテールの足元に投げつけた。
 吹き出した白煙があっという間に人の背丈を越えて広がり、彼らを内側へ飲み込む。しかしそれはマスターニンジャのデメテールや特戦隊の戦意を削ぐほどではなかったようで、白煙の内側では刃と刃がぶつかり合う音がしていた。
「あと、スク・ナよ。おまえにはこの武器を与えようではないか」
 こほ、と空咳をして、もったいぶった言い方で何気なく渡したのは銃だった。
「わあ! ハデスのおにーちゃん、約束守ってくれたんだね!」
 ジロリとナ・ムチが横目ににらむ。
「じゅっ、銃ではないぞ? そうは見えるが、これはあくまで捕縛用の近接武器! 発射するのはトリモチだ!
 さあ、やってみるがいい!」
「うんっ!」
 白煙が薄れてきたころを見計らって、スク・ナはトリモチ銃でコントラクターたちを狙って撃つ。
 デメテールや特戦隊との戦いに集中していた者たちは、まったく注意を払っておらず、いきなり視界の外から飛んできて腕や武器に貼りついたトリモチに驚いている隙に、デメテールの疾風迅雷からの霞斬りを受けてその場にひざをついた。
「うわ……」
 その様子に、自分のしたことながら、ちょっと腰が引けているスク・ナに気づいたデメテールが、反撃の刃をバックステップで避けるついでにスク・ナの元まで戻ってくる。
「スク・ナ。生きてくためには、実力をつけて自分の身を守ったり、相手を倒す覚悟を持つことも必要だよっ!」
 その視線は普段の彼女からは想像もつかない鋭さを秘めていた。
 そして次の瞬間彼女はフェンリルハイドをかぶった謎の男から、自分を挑発する抗いがたい力のようなものを感じて、再び戦場へ駆け戻る。死角を狙って突き込まれた剣は、男の手に握られた神狩りの剣で簡単に阻まれてしまった。
 しかしそれで終わらせることなく、デメテールは地についた直後跳躍し、風の速さで技を繰り出していく。
「おねえちゃん……。
 うん! 分かったよ! オレ、がんばる!」
 本当に分かっているのか聞き返したくなる明るさでやる気を取り戻したスク・ナは、トリモチ銃をツク・ヨ・ミ目がけて撃った。
「うわ! なんだこれ!?」
 ツク・ヨ・ミをかばって上げた腕にベッタリとトリモチが貼りついて、ウァールは目を見開いて驚く。
「ツク・ヨ・ミちゃん、下がるでふ」
 喧騒にまぎれて、どこからかリイムの声がした。
「今から信号弾を撃つでふ。みんなの目がくらんでいる隙に、ウァールと一緒にここを離脱するでふよ。
 いいでふね? ウァール」
「……分かった」
 声のする方を見たりして、リイムの位置を敵に悟られないようにしながらウァールは応じる。
 そんなウァールの姿に、ツク・ヨ・ミは心を決めた。

「ナ・ムチ。わたし、あなたと行くわ。だから戦うのをやめさせて」

「何を言うんですか!?」
 彼女の背後を守っていた巽は、思いがけない言葉を聞いた驚きに思わずツク・ヨ・ミの腕を掴む。
 彼に限らず、その場のだれもがまさかと思い、動きを止めてツク・ヨ・ミに注目した。
「彼とは一度話し合わなくちゃいけないの。……もし起動キーを彼が持っているなら、返してもらわないと」
 そのことについては、ここに来るまでの道中でティアから聞いていた。
 起動キーは、あの変なぬいぐるみが持っているとばかり思っていた。にわかには信じがたいが、ティアはそうご宣託を受けたと言って譲らなかった。
「それは……たしかにそうですが」
「おれも行く」
 トリモチをはずし終えたウァールが横に並ぶ。
「ウァール?」
「ツク・ヨ・ミだけに行かせない。みんなも来てくれるだろ?」
 そう言って、見回したときだった。
 まるでこの時が来るのを待っていたかのように黒い影が横切り、ツク・ヨ・ミを横抱きにして走った。
「!!」
 ヤタガラスに触れられた瞬間、ツク・ヨ・ミは闇黒に浸食されて意識を失う。
「ツク・ヨ・ミ!!」
「しまった!」
 瞠目する彼らの前、ツク・ヨ・ミを手に入れたヤタガラスはおそるべき速さでその場から走り去ろうとしていた。