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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【華やかな宴の中で 1】



 そうして――そんなちょっとした(?)トラブルを挟みつつも、概ね滞りなく表彰式は終了し、一連の堅苦しい予定がこなされた後、会場を移して開始となった立食パーティに、一同は明るく華やいだ空気に包まれた。
 ジェニファの勧めで、ディミトリアスが生み出した光の花々が照明の代わりにホールを照らし、天井は星を散りばめたようにきらきらと、しかし煩くない程度に輝いている。
 説明が長ったらしくなりそうだったので、力ある文字と古代魔法の組み合わせ、とだけ解説されたそれが満ちるホールの中、表彰する側だった高官達は一歩を引いて、留学生や契約者達といった若者に前を譲り、そうして進み出た者達を、明るい音楽が迎え入れる。並んだ食事も、両国の名産や代表料理と共に、若者好みのメニューが心なしか多いようだ。
 その意図は明らかで、これで鋭鋒を誘うのは流石に空気が読めないかと諦め、ルカルカが足を向けたのは、高官たちに囲まれたセルウスだ。見知った顔が近づくのに、軽く安堵した様子のセルウスに、ルカルカは外向きの笑みを浮かべて頭を下げて見せた。
「セルウス皇帝には……」
「陛下だ」
 指摘に、おっと、と口元に手を当てると気を取り直してルカルカは続ける。
「セルウス陛下には、是非シャンバラに遊びに……じゃなく視察にいらしてほしいわ」
 その際は色々とご案内します、との言葉に、周囲が一瞬固まる中でセルウスは首を傾げた。
「ん、ん……何の?」
 きょとんと目を瞬かせる様子に、キリアナがそっと咳き込む様子を見せると「あ、うん」と、彼女の言葉の不足分を察して、セルウスは精一杯に皇帝らしく――見えたかどうかは各々の主観次第だが――背筋を伸ばして笑みを浮かべた。
「そうですね、我が国の留学生達の学び場がどうなっているのか、拝見させていただく機会があれば」
 それで幾らか硬直も解け、当たり障りのない世間話を幾らか交わした後。
 離れていったルカルカ達に続いて傍に寄り、「まさかシャンバラと帝国との関係がこんなに友好的になるとは思わなかったです」と感嘆も露に声を漏らしたのは詩穂だ。古くはネフェルティティの時代から、ほんの数年前まで、エリュシオンとは戦争をしていたのだ。それが、交換留学から、こういった合同式典まで行われる時代が来たのだなと思うと、当時を知るものには感慨もひとしおだろう。周囲に様々な思いが流れる中、沈みかけた空気を換えに「……ところで」と詩穂は話題を変えた。
「例の……ブリアレオスの残骸、あれを研究して、何かに活用できないですか?」
「活用って?」
 セルウスが意外そうな顔をするのに、詩穂は続ける。
「今のままだと「荒野の王」専用イコンなのはわかります。以前あれと戦ったことがありますが、もっとこう……建築とか農耕みたいに、緑化とか平和利用のために使えない物ですか?」
 戦った時に梃子摺らされた、力とその機動力を活用しない手はない、という詩穂の意見に、セルウスは微妙な顔だ。
「うーん……面白いとは思うけど、ヴァジラが嫌がるんじゃないかなあ」
 嫌がるで済めばいいが、とその顔にはっきり書いてあるのに詩穂が首を傾げると「あれはヴァジラのイコンだから」と苦笑した。
「研究は進めているみたいだけど、操縦できる人間は変更できそうにないし、量産できるものじゃないから……それに、繊細な動きが出来るかどうか、ちょっとわからないからね」
 自身もヴァジラの操るイコンと戦った事のあるセルウスだ。あの破壊の権化のようなイコンで、建築や農耕などの細かい作業に果たして応用できるかどうかは微妙、といったところである。
「ただ、勿論研究するのには意味があると思うよ。きちんと直してやりたいと思ってるし」
 完全に破壊されてしまっている今、ヴァジラの力は片腕がないようなものだ。それ以前に、ヴァジラ自身がどう感じているのかはわからないが、ブリアレオスこそがヴァジラの作られた意味である以上、扱う事の許可は下りなくても、せめて動くようにしてやりたい、というのがセルウスの意思のようだ。
 そんな中、普段はいたってマイペースな態度のセルフィーナが「そうえば、気になっていることは他にも」と口を開いた。
「交換留学と、少女の遺体の処遇について」
 瞬間、周囲の空気が僅かに冷えたが、構わずにセルフィーナはにこりと優雅な笑みを湛えたまま続ける。
「というのも、いたたまれない事故があったおかげで、交換留学が打ち切りになるのではないかという心配があるのです」
 文武を交換し切磋琢磨できる、そういう関係にある人たちがいるのは素晴らしい事だ。対立ではなく、共闘と助け合いによってお互いを高めるためには、ここで終わらせてはならないという考えを彼女の中に見て、セルウスは「心配はいらないよ」と笑って応じ、少女の件は、両国で合議の上処遇は決まっていること、交換留学は引き続き続けられる事を説明すると、更ににこりとその笑みを深めた。
「エリュシオン帝国としては、これからの両国の関係をより良くする為に、交換留学は必要不可欠な事だと思っていますよ」
 ここで終わらせはしないと、皇帝としてのセルウスが確固と約束を示す言葉に、セルフィーナは詩穂と揃って恭しく頭を下げるのだった。

 そうして、それからも次々に挨拶に訪れる者たちへの対応に追われるセルウスの横顔を見ながら「皇帝らしくなっちゃったわね」とルカルカは呟いた。
「そうだな」
 と、ダリルもしみじみと頷く。先ほどルカルカにそうしたように、相手に恥をかかせないようにさらりと流してみせるところは、以前のただ明るく元気な少年ではなかった。環境が人を作るというが、皇帝の名の重みを理解してたのだろう、と親か何か気持ちで目を細めて眺め「さて」とダリルはルカルカを振り向いた。
「ここは一つ、一肌脱ごうじゃないか」
「?」
 意味深に笑んだその言葉の意味が判らず、首を傾げるルカルカに、ダリルはすっと手を差し出した。
「さあ、お手をどうぞ」
 そう言って、戸惑いながらも出された手を引いて、ダリルがその足を進めたのは、立食を邪魔しないように設けられた、少し開けたスペースだ。まだ少し、パーティの中でもぎこちない留学生達の向ける視線の中で、ルカルカはダリルのリードでステップを踏み出した。
 軽快にリズムを刻み、音楽が追従してくるかのような心地よさに目を細める。そんな二人の姿に誘われるように、硬かった留学生達が次第に歩み出て同じようにダンスを始めたのに、ルカルカはダリルの狙っていた事に気付いて、ふふ、と笑った。
「作戦成功、ってところ?」
 だがダリルは目を細めるだけで、さてな、と肩を竦めると笑った。
「何、たまにはお前とこうして過ごすのも良いと思っただけだ」
 さらりと言ってのけたダリルに、ルカルカは嬉しげに表情を緩めると、流れる音楽にあわせて、楽しさと気持ちよさとを味わいながらステップを踏むのだった。



 そうして、ルカルカたちに倣う形で、軽い腹ごなしに留学生達も軽く踊り始めたのを少し遠巻きに。
 正装姿のクローディスが、ディミトリアス達と集まっているところへ、挨拶にやってきたのは遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。
「皆さん、お疲れ様でした!」
「ありがとう、君もな」
 元気な声に、クローディス達の表情も和む。それぞれ表彰台に上がった、その緊張感が解けたせいもあるのだろう、ディミトリアス達も普段よりも表情は柔らかだ。互いに一連の事件での大変だった事や、世話になったことなどを笑い話にかえて話す中、ツライッツは酷く恐縮したように深々と頭を下げた。
「……すいません、こんな時に不在で、お役に立てず……」
 そのツライッツも、彼は彼で大変だった事も知っている歌菜は「何を言ってるんですか!」と明るく笑った。
「こうして皆さん無事なんですし、今はパーティを楽しみましょう♪」
 そう言って、ごそごそと歌菜が取り出したのは一本の酒瓶だ。
「良かったらこれ、飲んでみません? ふふふ、私の地元で有名なお酒なんですよ!」
「へえ……おいしそうだな」
 ラベルに記されているのは、超有名銘柄の日本酒だ。覗きこんだクローディスの顔は既に興味津々、と言った様子で、まだ少し謝り足りない様子だったツライッツも、仕方ないと言った顔で人数分のグラスを用意してもらうと、全員が注がれ終えるのを待って「ささ、ぐいっとどうぞ!」という歌菜の一声に、一同はグラスを傾けた。
(確かにコレは美味いけど……確か、凄く強い酒だったよな?)
 一同が喉へ流す様子を見ながら、羽純はふとそれを思い出して、それぞれの様子を興味深そうな眼差しで見やった。
「ん、美味いな……!」
 感嘆の声と共に、ぐいぐいと美味しそうに呑むのはクローディスで、こちらは酒が強そうなイメージをそのままと言ったところだ。全く顔色を変えていないのはツライッツとアニューリスだが、こちらは少々意味合いが違う。ツライッツの方は本人曰く酔いの切り替えが出来るから、だそうだが、アニューリスの方は見た目に反して、相応に回っているらしい。弱いわけではないようだが、初めて飲むタイプのお酒にちびちびとやっていたディミトリアスに、アニューリスは自分の空けたグラスをひょいと交換させると、ぐっと飲み干してしまった。
「あ、アニューリスっ」
 ディミトリアスが慌てた風に手を取ったが、遅い。にいっこりと微笑んだアニューリスはぐっとディミトリアスの腕を掴むと「さて」と
「いいおさけには、いいおつまみがひつようだね。ディミトリアス、さあほら、とってこよう」
 地味に呂律が怪しいものの、掴んだ腕の力も足取りもしっかりしているため、普段のヒエラルキーは残念ながらディミトリアスに抵抗を許さない。半ば引きずられるようにずるずると、しかも明らかに食事ではなく踊りに向かう様子の足取りに、ディミトリアスの顔色が徐々に青くなっていくのが見えた。
「……っ、!」
 ディミトリアスが僅かに助けを求めるように歌菜達を見たが、既に手遅れ名様子に羽純と二人、ごめんなさいと軽く手を合わせて見送ったのだった。




 そんな風に賑やかな、或いは互いの親睦を深めようと和やかなムードの漂う中で、唯一違う空気を放っている場所があった。一人壁際に突っ立ったヴァジラだ。正装に身を固めたヴァジラは、元々の立場もそうだが、その不機嫌そうな様子や、近寄りがたい空気が、他人を遠巻きにさせているのだ。
「ヴァジラさんったら、浮かない顔だなあ」
 その様子を少しばかり離れたところから眺めていた布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が呟いた。
 浮かない、と言うより“なんで自分がここにいるだ”と言いたげな仏頂面だ。勿論自分に振られた役目は理解しているのだろうが、自分でなければいけなかったということもあるまい、とその顔に書いてある。
「もっと楽しんでパーティに参加してもらえたらいいのにねー」
 思わず呟かれた言葉に、キリアナも「どうどすな」と苦笑した。
 そんなキリアナは、唯斗に勧められたこともあって、いつもの女の子の格好ではなく、きちんとした男装の礼服だ。普通にしていると美少女なキリアナが騎士正装に身を包むと、細身の体はすらっとシャープな印象を与えて、また違った雰囲気がある。そんなキリアナを「格好いいなあ」と佳奈子が賞賛した時だ。
「そうね、見違えたわ」
 と、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)がキリアナに声をかけてきた。赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)と二人、宮殿の中ではあるが、念のため、ということで超感覚を駆使しつつも料理をつまみながら、という緩めの警備の最中。その合間で探していたのだが、格好が違うから判らなかったわ、と笑って、クコはまず軽く会釈して口を開いた。
「交流会では、きちんとした決着がつけられなくて残念だったわ」
「そうどすなぁ」
 言って、キリアナは不意にヴァジラの方を見やった。事件の直後、決着のつかないまま横槍が入ってそのまま流れてしまったことを、案外気にしていた様子だったのを思い出したからだ。
「ヴァジラはんも、楽しそうやったし……また機会があるとええんやけど」
 呟くような言葉に、そうだね、と佳奈子も笑った。
「きっとあるよ。交換留学だって、これっきりってわけじゃないんでしょ?」
 これをきっかけに、今度は何の目論見も噛まずに、思いっきりやれたら楽しいね、と佳奈子は笑い、つられるようにクコも笑った。きっと、両国の交流戦はその内に、親睦会という側面を含んだ、定期的な大会へとシフトしていくに違いない。そうなってしまうと、気軽な参加は難しくなるだろうが、それはまだ先の話だ。仕切りなおしの第二回ぐらいは、同じように参加できるだろう。
「その時は、またうちの旦那の相手してやってくれると嬉しいわ」
「喜んで」
 キリアナが笑って頷くのに、佳奈子も嬉しくなって笑ったが、視線をヴァジラに動かした途端、少しばかり表情を曇らせた。
「ヴァジラさんも、こうやって……交流戦の事とかお話すれば良いのにな」
 今日の主役は、間違いなくヴァジラだ。だから、話し掛けたがっている人間は多いだろうし、交流戦で共に戦った騎士達もいるのだ。戦いではないのだから、もっと気楽に話しに加われば良いだろうに。そう、勿体無いというように口を小さく尖らせる佳奈子に「そう簡単にはいかないのよ、きっと」とエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が肩を竦めた。
「私も、社交界の場はなかなか慣れなくて落ち着かないから、その気持ちはわかるわ」
 ただでさえ、ヴァジラは社交性があるとはとても言い難い性格をしている。傲慢で自信家、人に命令する事には長けていても、人と馴れ合うつもりがそもそもなさそうな態度だ。トゲをむき出しにしているというわけではないが、見えない壁がそこにはある、と言った方が近いのかもしれない。
「……でも、留学生になってきてから、ヴァジラさん、変わってきてるよね」
 そんなヴァジラの様子に、佳奈子は不意にそんな呟きを漏らした。その言葉に、キリアナが軽く目を瞬かせる中、佳奈子は続ける。
「声がかけ易くなったと言うか、まるくなったって言うか」
「そうね」
 同意するのはエレノアだ。
「セルウス……陛下やキリアナと絡むようになってからかしら?」
 エレノアの向けられる視線に、キリアナは「そうですやろか」と首を傾げるのに、佳奈子は同意に頷いた。邪険にしているようでも、態度が違う。苛立たしげにしはするが、そこには相応の子供らしさが覗かせるのだ。いい傾向だよ、と佳奈子は笑った。
「この調子で、もっと、ヴァジラさんにシャンバラでもエリュシオンでも、周りと馴染んで仲良くやっていけたらいいね」
 出来る事は限られるかもしれない。けれど、ヴァジラと他の人の間を取り持つことくらいはできるだろう。少しずつでも、誰かと手を取り合うことを、そんな関係を一緒に作っていけるといい。
「私も、協力するからね」
 にこりと微笑んだ佳奈子に、キリアナは眩しそうに、嬉しそうに目を細めて「よろしくお願いします」と頭を下げて見せたのだった。