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第5章 ゆるぱーく を ばくは します


 浮遊大陸パラミタの端。
 ゆる族が日本にゆるキャラとして出稼ぎに行く際、そこから地球へと飛び降りた断崖絶壁がジャッパンクリフである。
 その名の由来は、ゆる族が遥か下の日本領海にジャッパーン!と落ちるからとも、彼らがそこから日本(ジャパン)を目指すからだとも言われている。
 また、ガケの近くにあったゆる族の村「ゆるヶ縁村」が、改称されて後の空京となった。
 有名な観光地であるが、ガケは落下事故の危険があり、またそれだけでは殺風景でもある。
 そこで観光の目玉にしようと、ジオラマや3D映画、土産販売をウリとする、観光ふれあい施設「ゆるパーク」がすぐ近くに建設された。
 見込み通り、ここには連日多くの観光客が訪れ、ゆる族との交流を楽しんでいる。

 だが先日「施設を爆破する」と謎の人物から脅迫メールがあった。
 折りしもパラミタ出現十周年記念祭にあわせるように、鏖殺寺院から各国大使館やメディア、各旅行代理店に警告と取れるメールがあった頃だ。
 空京観光と対テロ警備スケジュールを練るジークリンデが、ゆるパークに問い合わせの電話をした際、ゆるパーク園長はその事を話し、ぜひ生徒たちに警備に来てくれないかと頼んだのだ。
 一部の生徒は朝から、リコたちはパレード終了後にゆるパークの警備をする事となった。該当者には、ゆるパークワンデーパスポートやスタッフ用腕章などが配られる。

 セイバー牙条院カイム(がじょういん・かいむ)は拳を握りしめ、犯人への憎悪を高めていた。
「どんな理由があるにせよ、人に危害を加えるのは言語道断!
 各員厳重警戒で頼む。絶対に爆発させずに、犯人を見つけよう」
 なぜか空京駅や空京開発大路のパレードとは違い、ゆるパークは警察の警備が無い。
(それだけに、俺様たち学生がしっかりせねばな)
 カイムはそう考え、みずからの気持ちを引き締めた。
 ソルジャー真継征人(まつぐ・ゆきと)はまずゆるパークのパンフレットを受付で手に入れ、施設内を一周してみた。
 あらかじめ施設の警備員に話を聞いて、いつどこに客が集まるのか確認もしてある。
 展示物の間や下に、爆発物の恐れがある不審物がないか目をこらしながら征人はパーク内を歩いてまわる。ふとおみやげコーナーに目が留まる。
(事件が解決したら、少し抜け出してお土産でも買おうかな?)
 寮に残してきたパートナーのことを思い、征人はそう考えた。
 そろそろ3D映画の時間が近い。シアターの入口前に人が集まる時間だ。征人もそれにあわせて、足を向ける。
 ウィザードウェイド・ブラック(うぇいど・ぶらっく)は、わくわくした様子で3Dシアターに入っていく。
 ウェイドはもともと、ゆるパークの3D映画やジオラマに興味があり、一度見てみたいと思ってきた。それが「観光客を装いつつ警備にあたる」という観光が出来るとなれば、願ってもない。
 3D映画では、飛び出るパラミタ大陸や、自分に向かって飛んでくるドラゴン、まわりを取り囲むゆる族など、迫力満点の体験が楽しめた。
 満足してシアターを出てきたウェイドは、ふと思い出す。
(そういえば、送りつけられた脅迫メールの確認などをしていなかったな。
 ……まぁ、不審者が居たら捕まえれば良いであろう)
 ウェイドはそう考え、広く品ぞろえ豊富な売店でお土産選びを始めるのだった。


 ゆるパークの園長室。
 ウィザード須藤将貴(すどう・まさき)が同じことを考えた生徒たちを代表して、ゆるパーク園長に頼んだ。
「こちらのパークに送りつけられたという脅迫メールを見せていただけませんか? やはり現物を見ておきたいですからね」
「ああ、どうぞどうぞ。捜査に役立つんなら、いくらでも見てくださいよ」
 園長はコンピュータを立ち上げ、実際のメールを開く。
 メールには、このようにあった。

 10しゅうねん の おまつり で ゆるぱーく を ばくは します

「……これだけ?」
 セイバー大崎織龍(おおざき・しりゅう)がきょとんとした調子で言う。
 メールの差出人名には、いかにも適当な文字列が並んでいる。メールアドレスはフリーのもので、こちらも適当な文字列のようだ。
 メールに添付ファイル等は無い。
 園長は不安げに言った。
「そうなんですよ。でも鏖殺寺院が十周年記念祭を妨害するような事を言っているんでしょう? こ、これもその一環に違いありません! ああああ」
「お、落ち着いて。気を確かに、園長さん」
 織龍が、不安がる園長をなだめにかかる。
「これって本当に爆破させようなんて思ってないと、あたしは思う。そもそも本当に鏖殺寺院からのメールなのかも怪しいしね」
 ローグ間藤実(まとう・みのる)が織龍に同意する。
「そうだな。本気で何かやらかそうっていうより、嫌がらせに近いもんじゃないか?
 そういえば、ゆるパークには鏖殺寺院の報道官が出したっていうメールは来てねえのか? 旅行会社や大使館、メディアに届いたって聞いてるが」
 実の問いに、園長は言う。
「いえ、それは当パークに来てないですねえ」
「そいつと、このひらがなだらけの脅迫メールを並べて比べてみたかったが……無いんじゃしょうがないか。
 そっちのメールじゃ鏖殺寺院として名乗っているのに、ゆるパークに来たメールじゃ名乗りもせずに謎の人物による脅迫ってのが気になるんだよな。
 鏖殺寺院だと名乗ってやってこそのテロ効果って気もするし」
 織龍も園長に聞いてみた。
「脅迫メールが来た観光施設はゆるパークだけだもんね。しかも、ここだけ他と違うメールだよ。
 だから園長さん、誰かに恨まれるような事をした覚えがない?」
「滅相もない! 私は真面目だけが自慢ですよ」
 言い切る園長に、織龍は考える。
「う〜ん。だったら従業員さんで何か問題を起こした人とか、観光客でもクレーマーとかはいないかな?」
 園長は首をひねる。
「そうですねえ。マナーの悪いお客さんには困ってますが、どちらかというと私たちが一方的に困っているようなものでして」
 実は肩をすくめ、言った。
「じゃあ、実際に観光客やら従業員やらを見て、探ってみるか」
 生徒たちは園長に礼を言って、ゆるパークの各所に散っていった。

 ドラゴニュートニーズ・ペンドラゴン(にーず・ぺんどらごん)は、パートナーの織龍がゆるパーク園長のもとを訪れている間、パークの入場口付近で不審な入場者がいないか監視していた。
「おまたせ、ニーズ。何か発見はあった?」
「いいや。この場では我までも、展示物扱いされる。余所に向かった方がよかろう」
 二人は合流すると一緒にパーク内の見回りに向かった。

 須藤将貴も園長室にいる間だけ別行動していたパートナー、シャンバラ人レレノール・フラミス(れれのーる・ふらみす)と合流していた。
「リコたちも、もうゆるパーク内でそれぞれに警備を始めているわよ。私たちも行きましょう」
 二人は第六感を頼りに、危険と思しき人物や爆発物がないかとゆるパーク内を探し歩いた。
 やたらと大きな荷物を持った観光客に将貴が声をかける。
「当施設では爆発物の持ち込みは禁止です」
 言われた男はポカンとして言った。
「は? ……この荷物だったら、買物好きの彼女に荷物持ちさせられてるだけなんだけど。爆発物って何だい?」
 それを見かねたセイバー前田風次郎(まえだ・ふうじろう)が割って入り、不審げな客に、
「今は記念祭のためにテロ警戒中だから、仕方ないのだろう」
 と説明する。大荷物の客は風次郎の言葉で「そうなんだ」と納得した様子で、また歩いていった。
 風次郎は将貴に聞いた。
「さっきから見ていると、直感で怪しいと思った人物に『爆発物は持ち込み禁止』といきなり言っているのか?」
 将貴は当然という顔で答える。
「ええ、その反応でテロリストかどうか確かめられますからね」
「だが、間違えて一般人を疑ってしまった場合、他の観光客の混乱は免れないぞ。やめた方がいい」
 パートナー風次郎の様子に、先程ゆるパークに入ったところで二手に分かれていたドラゴニュート仙國伐折羅(せんごく・ばざら)が近づいてくる。
 伐折羅は話を聞くと言った。
「不審者がすぐに行動に出ようしているのでない限り、まずは尾行なり監視をして様子を伺うでござるよ。
 それに、犯人やもしれぬという根拠に、第六感ばかりを当てにするのは危険でござろう」


「うっわ〜、かわいいっ!」
 ウィザード立川るる(たちかわ・るる)は三つ編みおさげをゆらして、ゆるパークのゆる族たちと握手していた。
「しあわせ〜……ハッ、そーじゃなくて! 警備もしなきゃいけないんだっけ」
 留守番中のパートナーにつっこまれた気がして、るるは自分の頬をペチペチと叩く。そしてパーク内の見回りを始めた。
「あれ? ちょっと、あなた!」
 るるは一人の観光客を呼び止める。不審者、ではなく、飲み終えたペットボトルを展示スペースの端に置いて立ち去ろうとしたマナーの悪い客だ。
「ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなきゃダメだよ」
「いやー、ゴミ箱がどこにあるか分からなくって」
 その客は言い訳を始める。
「ホールにちゃんとゴミ箱あるから。一緒に捨てに行こう」
 るるは客を連れてホールに向かう。
 ゴミ箱の横には、エコロジーやゴミ分別を呼びかけるマスコットゆる族がいる。
 ペットボトルを専用のゴミ箱に入れると、うれしそうにアクションをとる。これも一種のアトラクションだ。
 バツの悪そうだった客にも笑顔が戻る。るるは言った。
「ねっ、マナーを守って、皆が気持ちのいいゆるパークにしよう」
 その客と別れると、るるはお土産を見に向かった。
 留守番のパートナーへはストラップ、イルミンスールの同級生たちへはお菓子の詰合せを物色する。

 屋外のふれあい広場では、かわいいゆる族たちと太陽の下で遊んだり、記念写真を撮ることができる。
 眼鏡っ娘ナイト牧杜理緒(まきもり・りお)は朝から、ここで警備にあたっていた。理緒は、見た目はのほほんとして見えるが、今は怒りに燃えていた。
(無差別になる恐れのあるテロなんて大っ嫌い。やるなら恨みのあるやつだけ狙いなさいよね! 絶対に捕まえなきゃ)
 理緒はそう考え、挙動が不審な者や不自然においてある荷物がないか、広場の各所に目を光らせる。
 一方、理緒のパートナー、機晶姫テュティリアナ・トゥリアウォン(てゅてぃりあな・とぅりあうぉん)はゆるパークの敷地の外側を巡回警備していた。いざという時や定時の連絡では、理緒と携帯電話で連絡を取りあう。
 テュティリアナもやはり不審者、不審物に警戒を強めるが、わざわざ人目につかなそうな所にいる者には、さらに注意を払っていた。
 見れば敷居のフェンスを中から乗り越えようとしている者がいる。
「……ここは出口ではないので、パーク出口におまわり下さい」
 テュティリアナに毅然とした口調でそう注意され、横着な観光客はそこから出るのをあきらめた。

 魔法の箒に乗ったナイト御剣カズマ(みつるぎ・かずま)がゆるパークの上を飛んでいく。彼を見た子供たちが歓声をあげる。カズマは、騎士鎧の見た目を特撮ヒーロー調にカスタマイズしていたからだ。
 子供たちがカズマを追いかける。
「わーい、ほうきライダーだよ、すげー!」
「かっこいー! ボクもあれ、乗りたいよー」
 予想以上に子供に大人気だ。カズマは地上に降りて、とり囲んでくる子供たちに言った。
「みんな、怪しい人や変な物には近づくんじゃないぞ? そういう奴は俺がブッ飛ばしてやるからな!」
 そう言って、ヒーロー風のポーズを決める。日々研究しているだけあって、決まっている。子供たちは大喜びだ。
 その頃、セイバー九条院晶(くじょういん・あきら)はとある場所で、ゆるパークを見渡していた。青空の下、ゆる族と交流する大勢の勧告客たちの姿は平和そのものだ。
(穏やかな休日の午後だな。……だが、こういう気が緩んでる時こそ、犯人がしかけてくる危険が高まるだろう)
 晶はふと、危険だからと置いてきたパートナーのことを思い出す。
(帰ったら、怒られるだろうな……)
 しかし、すぐにその考えを脇にやり、目の前の警備に気持ちを集中させた。


 セイバー天宮 すずめ(あまみや・すずめ)は小型飛空挺に乗って、断崖絶壁の前に浮いていた。下を見れば、どこまでも岩肌が続き、眼下に広がる雲海へと消えている。
(この数千メートル下は海なのね)
 すずめはハンドルを握ったまま、飛空挺の下の雲をながめ、そう思う。
 そこはジャッパンクリフ。
 ガケの下は垂直からオーバーハングで、歩いて降りることはできない。
 だが、すずめのように飛行能力のあるアイテムを使うなり、飛べる種族であれば、ガケの向こうへ行くことも可能だ。
 好奇心旺盛なすずめは、パラミタの下はどうなっているのか調べに行きたい気持ちにかられる。
 言い伝えでは、ナラカという地獄のような場所に続くそうだが、真相を確かめた者はいない。
(……だめだめ! 今は断崖に爆弾がしかけられてないか調べなくっちゃ)
 すずめは自分に、そう言い聞かせる。
 このジャッパンクリフの岩肌ならば、地上からは視界がさえぎられて、何か仕かけるには良さそうだ。
 すずめは、まず肉眼で付近の岩肌に怪しい物が設置されて無いか確認する。
 それから長い棒で慎重に、岩肌をコンコンと突いていく。爆弾が偽装されて、岩などに見せかけられているかもしれないからだ。
(ジャッパンクリフは知名度の高い場所だもの。ここが爆弾で崩れたらアピール効果も高いに違いないわ)
 すずめが考える通り、歴史やいわれが有るジャッパンクリフこそがこの場所のメインの観光資源のハズだ。もし破壊されれば、ゆるパークよりもジャッパンクリフの方が大きいニュースになるだろう。
 だが多くの観光客はガケの前で記念写真を撮ると、すぐにゆるパークに遊びに行ってしまう。そのことに
(なんだか変よね)
 と思う、すずめだった。


 ジャッパンクリフの脇には、巨大な岩がある。いつの頃か岩は「鎮魂岩」と呼ばれていた。
 だが鎮魂岩は、この地に観光客が来るようになって以来、彼らのイタズラ描き被害にあっていた。今では、岩の人の手が届く場所は落書ボードのような有様になっていた。
 だが、この日、落書に見舞われる鎮魂岩を救うべく現れた者たちがいる。
 プリースト高潮津波(たかしお・つなみ)は鎮魂岩の現状を憂えていた。
「テロは許せないけれど、観光客の態度も悪いです。地球人とパラミタ人が理解し合えばいいのに」
 そのために、落書だらけの鎮魂岩を掃除しようと考えたのだ。
 津波は空京市内で用意したモップ、雑巾、バケツ、油性塗料用溶剤をゆるパークに持ち込んだ。
 協力者の分まで用意したため、けっこうな量と重さになったが、パートナーの機晶姫ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)と分担して両手いっぱいに持ってくる。
「皆さん、ご協力ありがとうございます。掃除道具はこちらを使ってくださいね」
 津波に言われ、メイド高務野々(たかつかさ・のの)が感心した様子で道具の山を見て言う。
「すごいですね。これだけそろえていただければ、お掃除もはかどりそうです」
 野々はメイドとして落書きなど許せないと、鎮魂岩清掃に名乗りをあげたのだ。
 ほのぼのした雰囲気のナイト純吉花耶(すみよし・はなお)は歓声をあげる。
「ものすごくお掃除道具いっぱいですー! お掃除しがいがあります! 津波さん、ありがとー!」
 津波はにっこりと微笑んで言う。
「これでお掃除戦隊ゆるくり〜んなのです!」
「じゃあ、あたしはゆるくり〜んブラック希望!」
 花耶は手を上げて、はしゃぐ。
 セイバーレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)はさっそく鎮魂岩のまわりにバリケードを張っていく。
「これから岩を掃除するから、こん中には入らないでくれよ。洗剤とか、かかるぞ」
 いかにも「掃除!」という用具一式を持っている津波たちを見て、観光客も岩から離れて、バリケードを築くことができた。
 レイディスは仲間にだけ聞こえるように、つぶやく。
「よし。これで岩に爆弾が設置されてても、誰も不用意にさわらないな」
 岩に爆弾がしかけられていないか見ていた、花耶が言う。
「ねえねえ、この岩ってー」
「ん?! 何か見つけたか?」
「なんだか巨人さんみたいな形してますー!」
 花耶の無邪気な発言に、レイディスはこけた。津波が感心したように、鎮魂岩を見上げて言う。
「本当。岩の巨人が横になっているような形をしてますね」
 機晶姫のナトレアは、改めて岩の塊を見上げる。
「偶然の形なのでしょうか? それとも誰かが、この様に作り上げたのでしょうか?
……でも、悩んでも仕方ないのですわ。言い伝えには何も残っていないのですから」
 野々のパートナー守護天使エルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)は禁猟区で、辺りに危険な物などが無いか確かめる。
「……一応、危険は無いと出ています」
「では、安全が確認されたので、改めてお掃除がんばりましょう」
 津波は笑顔で言うと、岩をモップで洗い始める。
 ナトレアは、パートナーの津波が爆弾よりも掃除に注意を向けていることに心配していた。もっとも、そういう人間だということは分かっているので止めはしない。
 津波はレイディスに言った。
「上の方も磨きたいので、肩車していただけません?」
「おうよ。……って、ちょっと待った!」
 津波を肩車しようと身をかがめかけたレイディスが、あわてて立ち上がる。
(か、肩車する時ってやっぱり足を押さえたり、密着が……うわあ!)
「岩の上だったら、俺がやるよ! 小型飛空艇であがれば頂上まで行けるしな」
 レイディスは赤くなりながら早口でそう言うと、津波の返事も聞かずに小型飛空艇で鎮魂岩の一番上まで昇ってしまう。高さは6、7メートルはあるだろうか。
「百合園女学院の女生徒を肩車……ちょっと惜しかったかな」
 レイディスはそうつぶやきつつ、天辺の掃除にはげむ。
 そこは落書こそ無いが、鳥のフンやら巣の残骸が溜まっている。
 それを見た野々がパートナーに言う。
「エルシア、空を飛べるんだから、あなたも岩の上を掃除してきてください」
「離れては危険です」
 エルシアはそう反対した。しかし野々は言う。
「二人で固まって掃除していても効率が悪いでしょう?」
 確かにハウスキーパーの技を持つ野々は、誰よりも手早く落書を消していっている。彼女を手伝う必要はないだろう。
 それでも素気ない言いようにエルシアは「理不尽です……」とぼやきながら、岩の上部へと飛ぶ。そして空中を飛びながら、岩の清掃を始めた。

 その後、ゆるパークの警備を終えた生徒数名も合流して鎮魂岩の清掃は続けられた。
 岩が綺麗になったのは、すでに辺りが暗くなりはじめた頃だった。


 一方、爆破予告の警戒がつづくゆるパークでは。
 まだ十歳ながらセイバールーク・ライファン(るーく・らいふぁん)も爆弾探しを手伝おうとしていた。
 ルークはパートナーの、銀狼の着ぐるみを着たゆる族ルーファ・フェネス(るーふぁ・ふぇねす)に言った。
「テロリストと立ち向かうのは怖いけど……爆弾を探すのなら、ボクにだってきっとできるよ。
 だけど、ゆるパークって、ボク知らないんだ。ゆる族の施設なら、ルーファ知ってる? 爆弾しかけられそうな場所、教えて!」
「ええで、案内したるわ。任しとき!」
 ルーファは自信たっぷりに請け負う。
 しかし彼はルークに出会うまで長い間、地球上を放浪していた。そのため最近になってできた、ゆるパークのことは余り知らなかった。
 ルーファは、単に思いつくままにゆるパーク内の怪しそうな場所を案内する。
 ゆるパークは、かわいいキャラクターを目当てにする女性客も多い。
 楽しそうに警備をする女好きのセイバー鈴木周(すずき・しゅう)は、女性客に声をかける。
「そこのお姉さん! 何か怪しい人や者を見つけたら、ぜひ俺にご一報を! というワケで、さっそく携帯電話番号とメアドの交換を〜あたっ!」
 丸めて筒状にされたパンフレットが、ポコンと音を立てて周の顔面にヒットする。
 パンフを持つ、彼のパートナー剣の花嫁レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)が女性客に笑顔で言う。
「ごめんなさいね〜! この人の言うことは気にしないで、ゆるパークを楽しんでいってね!」
 レミは今度は周に顔を向け、全然違う怖い顔で言う。
「何やってるのよ! あたしまで恥ずかしいじゃない! おとなしく警備してよね!」
「いやぁ、俺はあくまでも不審者情報、不審物情報を集めるためにだな」
 そんな言い訳をする周に、レミは怒る。
「見なさい。あんな小さいルークくんだって、真面目に警備してるんだから! 周ももっと緊張感をもってピリッとしなさい、ピリッと!」
 一方、いつもはボロボロの学ランをまとってピリピリしたイメージのパラ実生姫宮和希(ひめみや・かずき)は、ゆる族たちに思わず目じりが下がっていた。
「おおっ、あの展示すげー迫力あるな!」
「あのキャラ滅茶苦茶可愛いじゃないか!」
 アトラクションやゆる族を楽しんでいた和希だが、そこでハッと気づき、周囲で警備をしている生徒をにらむ。
「こ、これはテロリストの目を欺く演技であって、本気で楽しんでるんじゃないからな」


(あ、あやしい……あれ以上に怪しい奴はいない)
 パーク内の警戒にあたっていたウィザード瓜生コウ(うりゅう・こう)は愕然としていた。 コウは、犯人がゆる族に変装して施設にいるのではないかと推測を立てた。そこで、人気のないところにいるゆる族を探していたのだ。
 いた。
 従業員用通路でヤンキー座りをしている、イヤなゆる族が。
 ゆる族というには、あまりにスリムすぎる体格は全身スーツのように見える。
 全体的には日本のとある有名キャラクターに、似ていない。似ていないのである。
 普通、有名キャラクターに似ていると騒ぎになるものだが、コウの目の前の奴は似ていないのが、どうにもイラッと来る。
 コウはイラッとする、謎のゆる族に声をかけた。
「おい、あんた! ゆる族に化けるなら、もっと上手く化けるんだな!」
 コウに言われ、謎のゆる族が振り返る。実にイラッとくる顔だ。
「何を言ってるのさ? ボクはゆる族だよ。青い猫形ゆる族なんだ。ボク、朴 ラ衛門(ぱく・らえもん)」
 子供が見たら絶対泣くだろう不気味さで、ラ衛門は自己紹介した。コウは怒った。
「ふざけんな! どこをどう見たら猫だ?! こんな青い全身タイツ、脱いじまえ!」
 コウはラ衛門の背中のチャックに手をかける。
「ああーっ! そこはダメー!」
「変な声、出すんじゃねー!!」
 そこにウィザード緋桜ケイ(ひおう・けい)が「待てーぃ!」と走りこみ、その勢いでラ衛門を突き飛ばした。
 チャックが開きかけたラ衛門は爆発を起こしながら、従業員用出入口から外に転がり出ていった。
「うわああああああ!」
 ちょごーーーーーーん!!!!

 驚いて座り込んでいるコウに、ケイは言った。
「怪しい奴が発見されたと通報を聞いて、飛んできて正解だったぜ。
 危なかったな。ゆる族はチャックを開けると爆発するんだ。気をつけろよ」
「あ……あいつ、爆発したってことは、本当にゆる族だったのか?!」
 彼らの前では、ラ衛門がぷすぷすとコゲながら煙を吐いている。
 コウは、留守番しているパートナーへのお土産にゆる族のストラップや置物などを買おうと考えていたが
(あいつのストラップや置物だけは絶対、買わねえ)
 と強く思う。
 ケイの言葉を聞いてウィザードソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は愕然とする。
「ゆる族って、みんな、チャックを開けると爆発しちゃうんですか?」
「ああ、だから絶対に奴らのチャックを下ろしちゃダメだぞ。下ろそうとする奴がいたら、何が何でも捕まえろ」
 ソアはかわいらしいゆる族たちが次から次へと爆発する姿を想像をして、すっかり涙目になってしまう。
「うあぁぁ〜。そんなの怖すぎます〜」
 絶対にゆる族のチャックは開けないようにしよう。そして、開けようとする者がいたら、なんとしても止めよう、と思うソアだった。
 ソアのパートナー、かわいらしい白熊の姿をしたゆる族雪国ベア(ゆきぐに・べあ)が、裏庭に転がるラ衛門に近づいた。
「おらおら、いつまでも仕事サボッてんじゃねえぞ。おまえがサボった分、俺様に迷惑がかかるだろうが! とっとと起きやがれ!」
 ベアは、外見はとてもかわいいのに、しゃべると全然かわいらしくなかった。
 ちなみにラ衛門もベアも、今はゆるパークの従業員として働いていた。ラ衛門は
「働くのヤダな〜」
 とぼやきつつ、ベアに引きずられるように、ふれあい広場へ出ていった。
 ベアが怒鳴る声が聞こえてくる。
「ちんたら歩いてるんじゃねえ。俺様にだけクソガキの相手をさせるつもりか?!」