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悪戯っ子の目に涙!?

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5.お茶会

 一連の騒動も、元凶であったザックハートの退場とともに、ひとまず終息をみたようだ。
 ビュリたちも中央通りに戻ってきた。
「ずいぶんと、壊れてしまったようじゃの」
 折れて転がっている立て看板を見て、ビュリは悲しそうに言った。高月が一所懸命立てていた立て看板の一つだ。
 町はかなりめちゃくちゃだった。学生たちの避難誘導でたいしたけが人は出なかったにせよ、壊されたり燃えてしまった建物がいくつもあった。
「そんなに落ち込むことはないよ。あんたがやったんじゃないって、町の人たちにもよく分かってるし。それどころか、悪党はあんたが追い払ってくれたのも知ってるんだよ。みんな、お茶会の会場に避難しているはずだから、そこに行ってみようよ」
 そばにいたラティア・バーナード(らてぃあ・ばーなーど)が、ビュリを誘った。
「それはいいな。どうだい、ビュリさん」
 赤月も、ビュリをうながした。
「うん、いろいろと謝っちゃおうよ。それで、昔のことはもうおしまい。私も一緒に行くから」
「そうじゃな。わしも、皆の無事な顔が見てみたい」
 戻ってきた桜華にうながされて、ビュリはそう答えた。

    ☆    ☆    ☆

 ポロンとリュートを鳴らしてから、シャンテがステージの壇上に立った。
「えー、いろいろあったようですが。ここで、ビュリさんとの仲直りお茶会を開催したいと思います」
 よく通る美声で、シャンテが一同に告げた。
 あれだけの騒ぎがあったのに、ここにいたメンバーは、お茶会の準備に夢中で事態の真相に気づいていなかったというのは忘れてほしいところだ。教会とは真逆の方向にある町外れの公園を会場に選んだことが吉と出たのかどうかはこれから分かることだろう。少なくとも、主戦場となった中央通りからはかなり離れていたために、まったく被害を受けなかったのは幸いだったと言える。もし、戦いが近くで始まっていたら、今ごろ会場はめちゃくちゃになっていて、とてもお茶会どころではなかったであろうから。
「さあさ、こちらに空席がございます。どうぞお座りくださいませ」
 リフレシアが、町の人たちを空いている席に案内する。
「リフはん、もう一人いなはるんけど、どないどす?」
「はい、今御案内いたしますわ」
 ドナドールに呼ばれて、リフレシアはせわしなく移動していった。説得の言葉はいろいろ用意してきたけれど、今のビュリにはもう必要ないかもしれない。
「怪しい暴漢が現れたのは、誰にとっても予想外だったと思います。その者のために、町は大変なことになってしまいました。あの者の目的は分かりませんが、先日空京で起こったテロと関係があるのかもしれませんし、ないのかもしれません。真相はいつか分かるでしょう。大切なのは、ビュリさんが暴漢を追い払ってくれたという事実です。御本人の口から後で説明もあるとは思いますが、けっしてビュリさんは皆さんが嫌いで困らせてやろうと思っていたわけではないことが証明される形になったわけです。ここは、僕たちの準備しましたお茶会でゆっくりとしてもらって、過去の誤解はすべて水に流していただきたいと思います」
 シャンテの声は聞きとりやすく、人々の耳にちゃんと届きはした。けれども、それで納得できるかというと、町を散々破壊されてしまった人々にとっては複雑な思いがある。ともすれば、ビュリを逆恨みしたくなる人も出てくるだろう。
 町の人々のあまり芳しくない反応に、司会のシャンテは冷や汗が止まらなかった。ここで舵取りを誤れば、とんでもないことになる。
 そのとき、ラティアの携帯が鳴った。
「はい、もしもし。あんた誰……、はいっ!? こ、校長ですか。なんで、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)校長が私の携帯に。えっ? 単純にそこにいる生徒リストの一番最初にあっただけだからって……。それに、私の耳に入ってこない情報はないから、こちらのこともよく分かっていると。そんなことはいいから話を聞けばいいんですか……。はい。はい……。分かりました。ええ。目撃者の話だと、犯人は我が校の飛空艇で逃げたようなんですが、顔を見た者はいないので誰かは分からないままで……。えっ? そんな奴は我が校にはいないと。いてもいないことにしろですか。あ、はい。仰せのままにしますです。で、町の人に伝えればいいんですね。はい。はい……」
 予想もしなかった伝言を、ラティアはシャンテに伝えた。
「ええと、ただいま蒼空学園の御神楽校長から連絡があったそうで、お伝えします。━━このたびの災害、お見舞い申し上げます。つきましては、我が校の生徒も多数そちらでお世話になりましたので、町の復興資金をすべて提供させていただきたいと思っております。すでに復興部隊は派遣しましたので、仮設住宅や生活保障など、また新規都市計画はそちらの担当とお話しいただければと思います。では、町のますますの御隆盛をお祈り申し上げます。━━とのことです。どうやら、町の被害は御神楽校長のポケットマネーで割り増し保証のようです」
 シャンテの言葉に、町の人の顔がとたんに明るくなった。
 どうやら、壊された物は、もっといい物になって戻ってくるようだ。
 もっとも、それを口実にして、この町には第一御神楽ビルとか、第二御神楽ビルとか、第三御神楽ビルとかが建って……。まあ、経済的に御神楽校長に完全に牛耳られてしまうのだろうけれど。
「まあ、さすがは御神楽環菜。他人の不幸を自分の蜜に変えてしまう手管に長けておりますわね。まあ、いいでしょう。わたくしは、この隙にビュリのメイド長になって彼女の力を利用……」
「お姉様、見つけましたわよ。こんなところにいましたのね」
 そろそろ頃合いかと、自分の悪巧みに精を出そうとしていたジュリエットであったが、そうそううまくもいかない。彼女の前に、妹のジュスティーヌが立ちはだかったのであった。
「見つかってしまいましたわね。で、それがどうかしまして」
 軽くそっぽをむきながら、ジュリエットが義理の妹を華麗にスルーしようとする。
「私は、お姉様をまっとうな人間にするためだけに生きているのです。ここは、私の命に代えましても、悪事はさせません」
「あらまあ、なんて人聞きの悪い。わたくしがいつ悪事なんて。ほほほほほ。それに、あなたの命程度で、このわたくしを止められるとお思いなのかしら」
 必死の形相のジュスティーヌに対して、ジュリエットは余裕綽々だ。
「皆さん、申し訳ありません!」
 突然、ジュスティーヌが大声をあげた。何事かと、近くにいた人たちが彼女に注目する。
「姉が、申し訳ありませんでした。姉が、申し訳ありませんでした。姉が、申し訳ありませんでした……」
 唖然とする周りの人の一人一人に、ジュスティーヌはひたすら謝りだした。いったい何のことだろうと、人々がざわめく。
「ちょ、ちょっと、おやめなさい。あなた、いったい何をしてらっしゃるのよ!」
 ジュリエットがあわてた。だが、ジュスティーヌはやめようとしない。このままでは、本当に意味もなく自分が悪者にされてしまう。これは、りっぱな濡れ衣だ。
「ちょっと、ジュスティーヌ、お黙りなさい」
「むあごご、もごうじがぜ……」
 ジュリエットは、あわててジュスティーヌの口を手で無理矢理押さえた。もみ合う姉妹に、周囲の目がさらに集まる。
「おほほほほほほ……。まあ、元気がよろしいことですわね、妹よ。ちょっとあっちに行って、お話しいたしましょう。おほほほほほほ。ごめんあそばせ」
 がしっとジュスティーヌを小脇にだきかかえると、ジュリエットはあわててその場からダッシュで逃げだしていった。
「さて、お料理を用意しようと思ったのですが、いろいろあってまだ間にあっていません。それで、余興もかねて、ここでお魚焼き対決を始めたいと思います。ビュリさん、どうぞ」
 お茶会の方は、そんなジュリエットたちの寸劇も知らずに進んでいた。ソアの申し出に従って、シャンテが出し物の案内をする。
「わしが出るのか?」
 唐突な指名に、ビュリが戸惑う。
「まーさか、偉大な魔女が逃げるわけねえよな。ご主人を困らせる奴ぁ、この俺様が許さねーぜ! 魚焼くなんざ簡単だろ」
 ソアのパートナーである雪国が、皮肉っぽくビュリを挑発した。
「もちろん、できるとも。わしは、偉大なる魔女じゃ。でも、そのお、前に一回失敗しておってなあ……」
 だんだんと語尾が小さくなっていくビュリであった、
「うんうん、その通り」
 その言葉に、魚屋の親父がいつぞやのことを思い出してこめかみをピクピクさせた。
「やはり失敗であったのだな。そうであろうよ。誰が好きこのんで、うまい具合に魚だけを消し炭にするだろうか。壊すのであれば、店ごと焼いてしまえばいいのであるからな」
 親父の横で、腕組みをした藍澤が一人うなずいた。その言葉に、親父が噛みつく。
「店を焼かれたら、しゃれにならないだろうが。もっとも、今日の騒ぎで店はめちゃくちゃになってしまったがな。あのときだって、ただでさえ客がいないときに店の周りをうろちょろしていたから、邪魔だと追い払ったんだ」
「それは、おかしいだろう。なんでそこにいるのか聞いてみたのか。話もしないから、ビュリの方で勝手によかれと思うことをやってしまって、結果は失敗してしまったと。でも、許可を取りたくても取れなかったんでは、ある意味しかたないのではないのか。ダメと言われれば、やらなかったかもしれないのに、何をやりたいのかも相談できなかったのだからな」
「それは、一方的な見方じゃないのか」
 ちょっと怒ったように、親父が藍澤に言い返した。
「どっちも同じ、自分のことしか考えていなかったというわけじゃないのかな。人は言葉を持っているんだ。話し合ってから喧嘩しても遅くはない。そうは思わないか」
 ビュリと親父を交互に見くらべながら、藍澤が言った。
「だったら、今ちゃんと魚を焼いて見せろよ。それが食べられる焼き魚になったら、ちゃんと焼こうとしたって信じてやるさ。また魚を吹っ飛ばしたら、最初っから店を焼こうとしていたってことだろ」
 親父が、ビュリにむかって言った。
「なんだか、そういうことみたいですよ。私との焼き魚勝負、受けていただけますか?」
「よし、受けてたつのじゃ」
 穏やかなソアの申し出に、ビュリは意を決して答えた。
 さて、目の前には、二つのブロックの上に渡された網の上に載せられた魚が一つずつ。
「始め!」
 シャンテの合図で、ビュリとソアは同時に呪文を唱え始めた。
 ここで要求されるのは、即効性や威力ではなく、正確さと持続力だ。
 ソアは、魚の網の下に炎を呼び出した。下から立ちあがる炎が、上にある魚をじりじりと焼いていく。
 ビュリは、二つの火球を呼び出した。それを見た魚屋の親父が、爆発するんじゃないかと思って反射的に身を引く。けれどもそんなことはなく、ビュリのかざす両手の指の微妙な動きに操られ、火球は爆発したり巨大化したりすることもなく、魚の上と下でゆっくりと振り子のように踊った。
 しばらくして、魚の焼ける香ばしい匂いが双方から漂ってきた。
「どちらもうまそうだな」
 待ちきれないとばかりに、雪国が生唾を呑み込んだ。
「落ち着け、落ち着くのじゃ。これは、魚を焼き尽くす勝負ではない。焼いた魚を食べてもらう勝負なのじゃ」
「その通りです。ですから、私も負けたりはしないつもりです」
 そう言うと、ソアは、仕上げとばかりにボンと瞬間火力を強くして、こんがりとした焦げ目を魚につけた。
「できあがり」
 ソアの焼き魚が完成する。やや遅れて、ビュリの焼き魚もできあがった。
「じゃあ、判定は専門家の魚屋さんで」
「うむ」
 シャンテに言われて、魚屋の親父が判定を下すことになった。
 まずは、ソアの焼き魚から。
「外側は、焼き目がついてこんがりしているな。だが、ヒレが焦げて崩れている。これは、減点だ。中身はと……うーん、焼きムラが多いな。火が均一に入っていない」
「おおっと、結構採点は厳しい」
 意外に厳しい評価に、シャンテが合いの手を入れる。
「ビュリの方は、あまり焦げ目はついていないな。うーん、だが、皮はバリッと焼けている。肉もふっくらとしていて、火の通りは上々だ。これはうまい。これなら、店先で売ってもいいな」
 親父は、ビュリの焼いた魚を一口食べてニッコリと微笑んだ。
「勝者、ビュリ!」
 シャンテが、ビュリの小さな手を挙げる。まだまばらだけれど、拍手が起こった。
「手抜いたか?」
 雪国がソアに訊ねた。
「それは、私がまだまだ未熟ってことかもしれないですね。でも、それでいいじゃないですか。私は、私の魔法でしかできないことをきっと見つけるんですから」
 ソアは、そう答えた。
 ステージの方では、おだてられたビュリが、今度は鈴倉の用意したチキンを丸焼きにしている。いつの間にやら、火力調整もお手の物だ。