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シャンバラ教導団

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百合園女学院へ

願いを還す星祭

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願いを還す星祭

リアクション



星の祭 早朝〜昼前 「それぞれの想い それぞれの願い」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 早朝

 未だ静けさに眠っている筈の空間は騒々しい目覚めを迎えていた。常ならば、通り過ぎていくだけの場所。そこに誰もが立ち止まり留まり続ける。雑踏。ひしめきあう人々。そのざわめき。騒然ととした空気。
 ある者は恐怖し、ある者は狂喜し、ある者は忌避し、ある者は崇拝し、ある者は在るがままに受け入れる。
――人々は一様にして天に向かって聳える巨大なその竹を見上げていた。

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 魔法の竹周縁 早朝

 混沌の中心――。



 マイペースな保護者と昔は凄かった魔女がいた。

 力強い紺色の浴衣と可憐な橙色の浴衣が下駄の音を涼しげに鳴らしながら竹に近付いていく。
「校長も粋な事をします」
 羽瀬川 セト(はせがわ・せと)は腕を組み満足そうに頷く。奇妙な行動にいそしむ人々の姿を目にしてもセトは暢気に「楽しそうに踊っていますねぇ」などと呟いている。どうやら浮かれているようにしかみえないらしい。
「セト、なんなのじゃこれは?」
 エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)は巨大な竹を見上げて大きく手を伸ばす。
「これは俺の故郷の七夕という祭りです。この短冊に願いを書いて竹に飾るんです」
「ほう、興味深い風習じゃ。試してみようぞ」
「じゃあ一緒に書きましょう。願いが叶うかもしれませんよ」
「セトは何と書くのじゃ?」
「秘密です」



 不機嫌そうな顔つきの騎士と恥ずかしい台詞製造機がいた。

 青年は空飛ぶ箒で短冊を飾る場所を探していた。
「ここなら誰にも――」
 青々と茂る竹の葉の隙間に隠すように白砂 司(しらすな・つかさ)は短冊を飾りつける。
「よし」
 不機嫌そうな顔が少しだけ優しく綻んだ。
「――いつものことだが、顔に似合わないことをするな」
 パートナーの姿を地上から見守っていたロレンシア・パウ(ろれんしあ・ぱう)は溜息を吐き出すように呟いた。
「ただいまロレンシア」
「何と書いたんだ?」
 地上に降りてきたパートナーにロレンシアは我慢できず問いかける。
「願いごとは人には言わないものだ」
「そうか」
 ロレンシアはそれ以上は聞かなかった。――が、正直、司の願いごとが気になって仕方がない。不機嫌そうな顔をしているが別に不機嫌ではない司の隣りでロレンシアは不機嫌だが不機嫌そうな顔をじっと隠している。



 愛嬌を振りまくファンシーなゆる族とやさぐれた関西弁がいた。

「願い事が叶うなんて素敵ですぅ〜☆」
 望月 寺美(もちづき・てらみ)は瞳を輝かせくねくねしている。そんなふうに期待に胸躍らせるパートナーを日下部 社(くさかべ・やしろ)は見守っていた。どこか不機嫌な様子で――。
「社は書かないの?」
 社の様子に気付いていないのか、気にしていないのか寺美は問いかける。
「努力もせんで願い事を叶えようなんて甘いねん」
「社って感じだよねぇ。ボクは甘いの大好きだから書いたよぅ」
「んじゃ、見せてみい」
「やぁだよぅ」
「ふん、まぁええわ。さっさと飾ってこんかい」
「え、あ、う、うん」
 社に冷たくされ寺美は着ぐるみの中で表情を静かに曇らせた。



 食に悩む吸血鬼が静かな眠りにつこうとしていた。

『吸血鬼でもおいしく食べられる料理をつくる夢を見たいでございますわ 深見 ミキ』

「良い夢がみられると良いでございますわ」
 深見 ミキ(ふかみ・みき)はそっと囁き、赤い瞳を隠すように瞳を閉じた。



 少女のような少年と紳士のような淑女がいた。

「何をお願いするか悩みますねぇ」
 支倉 遥(はせくら・はるか)のそんな呟きにベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)が慌てて言葉を返す。
「短冊をかけるつもりか? 正気を失った者もいるようだぞ!」
 遥とは対称的にベアトリクスはどこか不安そうだ。
「きっと大丈夫ですよ」
「根拠はなんだい?」
「――とにかくです。ベアトリクスもお願いしましょう」
「ふぅ、仕方ない人だ」



 七夕を愛する無垢な少女と少女を見守る天使がいた。

「よし禁猟区は反応しない」
 ラピス・ラズリ(らぴす・らずり)はそっと胸を撫で下ろした。
「ラピス何してるの?」
 空飛ぶ箒に乗った少女がゆっくりと天使の傍に降りてくる。
「何でもないよ。るるちゃんは忙しそうだね」
「うん、るるは七夕大好きなの! だから頑張るの! 短冊だけじゃ寂しいから、吹流しとか、段飾りとか、たくさん飾るの!」
 立川 るる(たちかわ・るる)は本当に嬉しそうに答える。
「ラピスはもう短冊にお願い書いた?」
「いや、まだだよ。何を書こうか迷っちゃって」
「七夕は機織り上手の織姫様にあやかって技術芸術の上達をお願いをするお祭りなんだよ。だから、絵が上手になりますように、ってお願いしたらどうかな?」
「そうだね。そうしようかな」
「じゃあ、るるはこれ飾ってくるね」
 るるが大量の飾り物を両手で抱きかかえると箒はゆっくりと上昇をはじめる。
「るるちゃん!気をつけてね!」



 血を吸わない吸血鬼がいた。

「素晴らしいわ」
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)は竹を見上げて瞳を輝かせる。
「まだ幼いのに――いえ魔法の才に年齢は関係ないということね」
 メニエスは校長室に向かって駆け出す。
「じっとしていられないわ。色々と、ご教授して頂かないと――」



 ロマンチストな騎士とロマンチックな騎士がいた。

「やれやれですね」
 楽しそうに短冊をかけるユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)ルミナ・ヴァルキリー(るみな・う゛ぁるきりー)は穏やかな溜息をつく。
「知っているでしょう? 自分はこういう夢のあるイベントが好きなのですよ」
「ええ、嫌と言うほどね」
「ルミナにはお願いがないのですか?」
「ないことはないです」
「では短冊を貰ってきましょう」
「な、そんな、勝手に――」
「折角ですからね。どうしても書きたくありませんか?」
「――わかりました。書きますよ」
 ユウの笑顔にルミナは押し切られてしまう。



 ロックな少女がいた。

 空飛ぶ箒が静かに上昇していく。
箒に跨る愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)の瞳の奥には蒼く揺れる炎が見えた。



 蒼空学園の新聞部がいた。

「これは――スクープだわ!」
御影 葵(みかげ・あおい)は魔法の竹と周囲の様子を一通りにカメラに収めると校長室に向かって走り出した。



 己に相応しい剣を求める少女と猫嫌いの考古学者がいた

「一種の集団催眠だな。奴らには何が見えているんだろうな」
「幸せそうですが、放置しておくのは気が引けます。エリザベート校長の元へ行きましょう」
「そうなると手土産が必要だな――ふむ、甘い物などどうだろう? 先日、カフェで校長をお見かけしたのだが、飲み物にミルクと砂糖をたくさん入れていた」
「決まりですね。甘いものが嫌いな女の子はいないと思います」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)は強く頷き合うと駆け出した。



 暴走寸前の少女と農家の次男と立派な魔法使い(見習い)と天災少女と心優しい魔法少女と京都弁のお嬢さんと不思議系少年と頼れるお兄さん(怪力)と陰陽師な巫女と存在意義を求める機械少女と織姫さまの味方とツインドリルに輝くおデコと――とにかく、そんな人達がいた。

 女子生徒がゆっくりと崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ……。ふ、うふふふ、ふふ。なんで私の短冊があんなところにあるのよ!」
 目を血走らせた紅汀は校長室に向かってゆっくりと走り出そうと――するが、一歩踏み出したところで足が止まってしまう。
「ああ、でも短冊もどうにかしないと……。どうしよう」
「ちょっといいかな?」
「いい!?」
 汀は振り返りざまに裏拳を放つ。
「わ、わ!」
 如月 陽平(きさらぎ・ようへい)はそれをなんとかかわす。
「わ、私の後ろに立たないで!」
「う、うん」
 深呼吸をして、咳払い、眼鏡を直し、姿勢を正す。
汀は陽平の瞳を射抜くように見つめ言葉を放つ。
「失礼致しました。それで私に何の御用でしょうか?」
「昨夜、校長と話してたよね。ごめんね。盗み聞きするつもりは無かったんだけど――」
 汀の頬が引きつる。
「この竹のことを何か知っているの?」
 汀の右腕に静かに力が入る。
狙いは首筋――。



 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は目撃してしまう。紅汀の手刀が少女を居抜く瞬間を――。
「どうしよう! あの人も魔法の竹のせいでおかしく――」
 誰かに伝えないと――。
 ソアは慌てて駆け出す。周囲に人はいる。
 でも、もし、あの人みたいに正気を失っていたら――。
 誰に話せば良いのか、話かけて良いのか解らない。
「ギャッ!」
 ソアは歩いていた女子生徒とぶつかり転んでしまう。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)はお尻をさすりながら立ち上がるとにっこり微笑んだ。
「大丈夫だよ。でも、どうしたの? そんなに慌てて?」
「あ、あの、またおかしくなった人が――」



「ちょっと、君!」
 カレンが声をかけたのは汀の手刀が正に抜かれる瞬間だった。汀は冷静を装って振り向くがカレンに至近距離から顔を覗き込まれ、思わず目を逸らしてしまう。
「む〜?」
「な、なんでしょうか?」
 汀の心臓は爆発しそうだ。
「この人?」
 カレンはソアに問いかける。
「はい」
 ソアは強く頷く。
「1+1は?」
 カレンは汀に問いかける。
「2です。それが?」
「鹿って10回言って」
「嫌です」
「君の名前は?」
「紅汀です」
「短冊に何かお願いした?」
「し、していません」
「ん〜? ソアちゃん、この人、頭おかしくないみたいだよ」
「誰の頭がおかしいですか!」
 汀は激昂するがカレンは聞いてない。

「で、でも――」
 ソアは地面に倒れた女子生徒を指差して言う。
「私見たんです。紅さんがこの方を襲うのを――」
「正気ってことは――確信犯?」
 陽平、ソア、カレンは後ずさり、静かに魔力を集中させる。
「し、仕方なかったのよ!私の短冊が――」
「短冊が?」
 話についていけず黙っていた陽平がたずねる。
 騒ぎに気付いたのか周囲の生徒が汀を取り囲んでいた。
 汀は肩を震わせ両手を強く握り締める。
 ――雫がこぼれた。瞳から頬を伝い地面に落ちていく一筋の涙。汀は歯を食いしばり声も出さず泣いていた。



――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 外縁 朝

「それで一体どういう事なのですか? 事情を話していただければ、何かお助けできるかもしれません」
 傍に居合わせたアスタ・クロフォード(あすた・くろふぉーど)は腰掛けに座り俯く汀の背中を優しく摩る。
「ごめんなさい。私、気が動転して――」
 有栖川 喬華(ありすがわ・きょうか)が汀に暖かいお茶をそっと差し出す。
「落ち着きなはれ。誰も汀はんを取って食おうなんて思っておまへん」
「ありがとう」
 汀はお茶を一口飲み、深く息を吐き出すと、ゆっくりと話し出した。
「無くした筈の私の短冊があの魔法の竹の一番上に飾られてて、それを見られたくなくて――」
「短冊に何が書いてあるか聞くのは、はしたないですね」
「そうどすな」
 アスタと喬華は汀が短冊に何を願ったのか思い至ったのか、顔を会わせ嬉しそうに頷き合った。
「それで汀さんはどうするおつもりですか?」
「えっ、あっ、その――」
 アスタの問いに汀は口ごもる。
「こういう時は何もかもをしようとしたらダメだよ。心をしっかり持って何が一番大切か考えるんだ」
 汀を見守っていた永倉 七海(ながくら・ななみ)が声を上げる。
「なぎー……落ちつい…て…ボクも……ナナも……皆も……助けてくれる……だから……大丈夫」
 春告 晶(はるつげ・あきら)も汀を励ます。無口で人見知りの激しい晶が汀を勇気づける姿に驚きながらも七海はどこか嬉しそうに頷いた。
「有難う――私、校長室に行きます」
 七海は意外そうに汀にたずねる。
「短冊を取りに行かなくていいの?」
「七夕を校長に教えたのは私だから――責任があります」
 汀は涙を拭い。確りと前を見据えて答えた。
「話は決まった! わらわたちは汀の短冊を守るぞ!」
 巫女服を翻しながら御厨 縁(みくりや・えにし)が声を上げる。
「空を飛べる者はわらわに続けぃ!」
「了解だよ! 縁!」」
 サラス・エクス・マシーナ(さらす・えくす ましーな)が縁に応える。
「では私は下で注意を引きつけるとしましょうか。校長の短冊が気になっている人は多いと思います。困ったことに汀さんの短冊はその隣にありますからね」
 織機 誠(おりはた・まこと)は静かに策謀を巡らせる。
「一体、何をするつもりじゃ?」
 上連雀 香(かみれんじゃく・かおり)がおでこを光らせながら問いかける。
「大丈夫。うまくやりますよ。お嬢はこれを――」
 誠は香に空飛ぶ箒を渡す。
「わらわに汀の短冊を取りに行けと言うことか。まぁ、誠は乗り物に乗ると性格が変わってしまうからのう。しかし、これは――アレをやれと言う事じゃな?」
「それは任せます」
「面白い。よかろう、汀の短冊は任せるがよい!」
 事情を知り汀を助けることを決意した生徒たちは掌を重ねていく。
「乗りかかった船だもん」
「そうですね」
 カレン・クレスティアとソア・ウェンボリスが汀の掌を優しく握る。
「大丈夫、きっとうまくいくよ!」
 如月 陽平が力強くそう言うと、皆が頷いた。
 汀は深く頭を下げた。汀の瞳から再び涙がこぼれる。気付かれないように暖かいそれを拭い汀は顔を上げた。
「本当に有難うございます。私――行きます」



 歌を愛するプラチナブロンドのお嬢様とモーニングスターの花嫁とアサルトライフルを自在に操るご令嬢がいた。

 駆け出した汀を百合園女学院の制服を着た女性が呼び止める。
「お待ちください。汀さん」
「あなたたちは?」
「私、百合園女学院のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)と申します」
「僕はセシリア・ライト(せしりあ・らいと)
「私はフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)です」
「お話は聞かせていただきました。よろしければ私達にもお手伝いをさせてください」
 メイベルは瞳を輝かせて汀に詰め寄る。
「えっ、でも、百合園からいらっしゃった、お客様に――」
「お気になさらないで下さい。私達がそうしたいのです」
「校長室まで私とセシリアにお供をさせて下さい」
「私はここで短冊を見守ることにいたしましょう」
 フィルは美しいロングヘアを揺らしながら微笑む。
「さぁ、行きますわよ」
 メイベルは汀の手を握り微笑むと歩き出した。



「汀の短冊を回収しても読んではならぬからな!」
「――システム設定完了。対象の情報はメモリーに記憶しません」
「誓……う……」
「読みたいけど――我慢!」
「無粋な真似はあきまへん」
「ふむ、つまらんのぉ。しかし、誠の頼みじゃからの」
 御厨 縁、サラス・エクス・マシーナ、春告 晶、永倉 七海、有栖川 喬華、上連雀 香――6本の箒が絡み合うように空に上がっていく。



 銀髪の少女を連れた蒼空学園の魔法使いがいた。

「なにやら、ややこしいことになっているようだが――まぁよい。紅汀とやらに校長室まで案内してもらおう」
 面白くもつまらなくもなさそうに淡々と呟くとイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は歩き出した。アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)は何も言わずイーオンに付き従う。美しい銀髪を揺らしながらアルゲオはイーオンの背中をただ追う。



 悪戯好きな吸血姫がいた。

「紅汀――美味しそうな名前ですわ」
 汀たちの話を偶然耳にしたシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)は呟いた。
「どうにかして、汀さんの血を飲めないものかしら?」
 シャーロットは魔法の竹を見上げ妖しく微笑んだ。
「ふふっ、そうね。――そうしましょう」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 魔法の竹周縁 昼前

 段ボール・ロボと純白の僧侶が正座していた。

「な、何をしているんですか?」
 女子生徒が勇気を振り絞り妖しすぎる段ボール・ロボに話しかけた。頬を引きつらせ――かなり仕方なさそうに。はっきり申し上げると関わり合いになりたくない。しかし、どうにかして撤去しなければならないと言うのが、このイルミンスール魔法学校で平和な日々を過ごす生徒達の総意である。
「この七夕――アレだよね?」
「アレですか?」
「純日本の風習と中国の五行説が混在しているよね?」
「そ、そうなんですか?」
「つまり――5色の短冊と5色の糸を竹の先端に結べば、芸事(科目)に関係する願いが成就するのだYO!」
 段ボール・ロボは懐からなにやら色々と取り出し周囲に並べ始めた。声をかけた女子生徒は言うまでもなくついていけない。ついていけるはずがない。
「墨はイモの葉の露で磨り、黒碁石に使う玄武岩の粉を混ぜる!」
 段ボール・ロボは筆を力強く手に取ると――気合一閃。黄色の短冊に烈火の如き気合と共に願いが綴られていく。
「ふぅ」
 そして、排熱――もとい、深く一呼吸。
 段ボール・ロボの隣りで願いを短冊に写し入れていた純白の僧侶も少し遅れて筆を置いた。そのまま姿勢を正し呼吸を整え――かっと目を開く。
 ――流麗な動作だった。願いを書き込んだ黒色の短冊にイモの葉の露で溶いた糊を塗ると、白碁石に使う大蛤を砕いた粉で短冊に化粧を施していく。慎重に大胆に優雅に――。新月の夜に星を撒き天の川をつくるように――。
 ――見目麗しい二葉の短冊が完成していた。周囲の生徒達からあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)に嵐のような拍手が贈られる。



 幸せな家庭を夢見るグラマーと尻にしかれる吸血鬼がいた。

「ねぇねぇジェイク。あのバンブー願いを叶えてくれるらしいわよ」
「叶っているようにはみえないけどな」
「そう言われればそうねぇ。もしかすると願い事を叶えた人に幻覚でも見せてるのかしら? 夢見てるようなものよね?」
「ん、まぁ、そういう感じなのかもしれないな」
「というわけで、じゃーん」
 ターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)ジェイク・コールソン(じぇいく・こーるそん)に見せつけるように短冊を取り出した。

 『将来、幸せな家庭が築けますように☆ ターラ・ラプティス』

「素敵なダーリンをゲットした夢を見られるんだったら、それはそれでオッケーかなぁ、って思うんだけど――ダメかしら?」
 ターラはにんまりと笑う。
「オレに対する嫌がらせじゃないよな?」
「どうかな? とにかく逝ってきまーす。あ、大変なことになったらちゃんと助けてよね〜」
「やれやれ」
 ジェイクは深く溜息を吐き出して、見えない石ころを蹴っ飛ばした。
「夢だろ。どうせ――解ってるくせに、なんで」



 世界一の執事を目指す少女と孤独な少年がいた。

「ユーリ、願い事は書けましたか?」
沢渡 真言(さわたり・まこと)は女の子のように可憐な男の子に優しく問いかけた。
「うん、書けたよ」
 ユーリエンテ・レヴィ(ゆーりえんて・れう゛ぃ)の短冊を読んだ真言はかくんと肩を落とす。
「うっ、なんだか切なくなりますね」
「なんで?」
 首を傾げるユーリの姿が真言の胸を締め付ける。
「私が至らないばかりに――」
 本当はお腹いっぱいユーリに食べさせてあげたいのだが、腹八分目と言ってと我慢させているのだ。厳しいのであるエンゲル係数的に――。
「マコトはなんてお願いしたの?」
「私ですか?」
 真言は少し恥ずかしそう短冊を差し出す。真言の短冊を見たユーリはにっこりと笑う。
「マコトは偉いね。でも世界一の執事になるってお願いしないの?」
「それは自分の力で叶えるつもりですから」
「マコトは凄いね」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
「ありがとうございます。では短冊を飾りに行きましょうか」
「うん。一番上が良いな」
「解りました。しっかり掴まっていてください」
「うん。願い事がかなうんだよ!? すごいよねっ」



 兄を失った幼い少女と少女を支えるもう一人の兄がいた。

「ルミナ、大変ですよ? それでも行くのですか?」
 リオ・ソレイユ(りお・それいゆ)は忍者の格好をした少女に心配そうに問いかける。
「竹のてっぺんに、つるすの! 願いごとはお星様に届くように高いところにって……お兄ちゃんが言ってたから」
「解りました。二人で頑張りましょう」
 宝月 ルミナ(ほうづき・るみな)の言葉にリオは力強く頷いた。亡くした兄の言葉を信じる妹にもう一人の兄として――。
「ところでその格好は――」
 迷彩柄の忍者服、スパイク付きの靴、カギ爪、ゴーグル、覆面、纏めた髪、キャップ――似合ってはいるが、何故?
「お兄ちゃんが教えてくれたんだ。木登りの正装だって」
 ルミナが元気よく答える。
「そうなのですか」
 なら仕方ないと、リオは納得する。
「ちゃんと短冊は持っていますか?」
「うん、大丈夫」
 ルミナは懐の短冊を確認する。
「そうですか、では行きましょう」



 スーパーミラクル少女と知識を探究する面倒くさがりと力を求める利己主義者がいた。

「ぬぬぬ」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)はメモを片手に唸っていた。
短冊を飾っている人を見つけては、どんな願い事を書いたのか尋ねて回っているのだが、教えてくれない人が多くて調査が進まないのである。
「今のところ、ほぼ仮説通りなんだけど――データが少なすぎるんだよねぇ。地道に頑張るしかないのかなぁ」



「この人がこの短冊をかけた人ですか――ふむ、見事にトリップしていますね」
 クラウン・ウィンドシード(くらうん・うぃんどしーど)は正気を失ったとされる人の症状と短冊に書かれた願いを比較していく。
「で、この人がこっちの短冊と――しかし、人間の欲望とは多様ですね。共感できる願いもあれば全く理解できない願いもある。実に興味深い」  



「――あの二人は利用できそうだな。うまく使わせてもらおう」
 魔法の竹の周囲にいる人間の様子を観察していた弓納持 呉羽(ゆみなもち・くれは)は小さく呟くとゆっくり歩き出した。



「――失礼。少しよろしいですか?」
 呉羽は丁寧な口調で波音に声をかける
「ん、なんだい?」
「何をなさっているのか気になってしまいまして――」
「願いを叶えられた人と、叶えられなかった人にはどんな差があるのかな〜って思ってね。色々と調査しているのだよ」
「矢張り、そうでしたか」
「校長のやることは面白いんだけど、ちょっとやりすぎだよね〜。変になっちゃった人、気の毒だよ」
「ええ、私もそう思います」
 呉羽は神妙に頷き話を合わせるが、内心どうでもいい。呉羽の興味は竹の力が己の野望に利用できるか、それだけだ。
「どうでしょうか? もう一人、この事象について調査している方を見つけたのですが、3人で協力して調査をしてませんか?」



「やっほ、ちょっといいかな?」
 波音はクラウンに声をかける。
「これは際どい願い事ですね。誰かに見られてしまうことを考えなかったのでしょうか――」
「おーい!」
「――ん、私ですか?」
 クラウンは面倒くさそうに振り返る。
「そうだよん。竹について調べてるよね? 何を隠そう私たちもそうなの。一緒にやらないかな?」
「ふむ、そちらの方が面倒がなさそうですね」
 生来の面倒くさがりであるクラウンはあっさりと承諾する。波音と呉羽について考えるのも面倒なのかもしれない。



「では短冊をかけてみます」
「どんな願いをするのですか?」

『パンをひとつ欲しい クラウン・ウィンドシード』

「慎ましいね。あたしが買ってあげようか?」
「波音さん。実験ですから――」
「あっ、ああ、そうだよね!」
「正気を失ったら――まぁ適当にお願いします」
 クラウンは枝の先に短冊を結ぶ。躊躇いは全くない。そんなクラウンに波音も呉羽も感心してしまう。

 ――数秒の沈黙。波音と呉羽はじっとクラウンの様子を見守っている。そして、静止していたクラウンがゆっくりと動き出す。
「ふむ、パンですね」
 クラウンは何もない手のひらをじっと見つめて呟いた。
「しかし、問題はこれが現実か幻影か解らない事ですね」
「どうやら幻覚を視ているようですね」
「そうだね。じゃあ、まず短冊を外して正気に戻るか試すよ」
 波音はクラウンが結んだ短冊を外す。
「どうかな?」
「感触はあります。ところでこれは何パンなのでしょうか? 中を割ってみましょう。」
「短冊を外しただけでは正気には戻らないようですね」
「――これは!」
 クラウンが大きな声を上げる。
「――あんぱんですね」
 波音が思わずツッコミを入れる。それはもう気持ちのいい会心のツッコミだった。
「ん、あれ? あんぱんはどこに?」
「おや、正気に戻ったようですね」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 外縁 昼前

 のんびり可愛い蒼空学園のお姉さんがいた。

「凄いことになっていますね。タイミングが良かったのか悪かったのか――」
 ルーシー・トランブル(るーしー・とらんぶる)はやれやれと首を振る。
「とりあえず、校長室に挨拶に行くとしますか、運が良ければエリザベート様のお話を聞けるかもしれませんし――」



 百合園女学園の貧乳お嬢様?とお嬢様?のメイドがいた。

「な、なんですかこれは?」
 神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は声を震わせがっくりと肩を落とす。
「どうやら七夕祭どころではないようですね」
 有栖の問いかけにミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)は冷静に答える。
「うう、残念です。折角、浴衣を用意してもらったのに――」
 デフォルメされた可愛らしい星の柄が散りばめられた桃色の浴衣に大きなリボン状の黄色い帯――有栖は自分の姿を省みて残念そうに溜息を吐き出す。
「よく似合っておいでですわ。お嬢様」
 そういうミルフィもしっかり浴衣を着こなしている。こちらはデフォルメされたうしさんが描かれた青い浴衣だ。帯は桃色だが、やはり大きなリボンを背中に背負っている。
「仕方ないですね。とりあえず、エリザベート様にご挨拶申し上げて――あとはそれから考えましょう」
「了解いたしました。お嬢様」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 回廊 昼前

 正義に燃えるシャンバラ教導団の漢と悲しき過去に立ち向かう僧侶がいた。

「校長室に向かうのですか?」
「ああ、放ってはおけん」
 サイドカーのフェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)の問いかけに力強く答えながら松平 岩造(まつだいら・がんぞう)は絶妙なブレーキングでコーナーをパスする。
「エリザベート・ワルプルギス! もし貴様が悪であるならば、この俺の剣が許さん!」
 岩造の瞳に炎が宿る。
岩造とフェイトを乗せた軍用バイクは恐るべき速度でイルミンスール魔法学校を駆け抜けていく。

――世界樹イルミンスール中層 イルミンスール魔法学校 回廊 昼前

 紅汀、メイベル・ポーター、セシリア・ライトの3人は小走りで校長室に向かっていた。
「エリザベート様に七夕を教えたのは汀さんと仰っていましたが――」
 メイベルが汀に問いかける。
「ええ、昨夜の午前2時くらいに展望台で校長に会って話したわ」
「という事はエリザベート様は数時間であのような物をつくったという事ですか、凄いですわね」
「凄すぎて溜息しか出ないわ。ああ、なんだかイライラしてきました。きっと風に飛ばされた私の短冊を校長が――」
「ところで、そんな夜遅くに汀さんは展望台で何をしていらっしゃったのですか?」
 汀をなだめるようにメイベルは話をそらす。
「ひ、一人七夕をしてたの――」
 汀は恥ずかしそうに呟く。
「私、七夕好きだから、どうしてもやりたかったの。自分で笹を用意して、短冊を書いて――馬鹿みたい」
「そんなことありません。素敵ですわ」
「でも、こんなことになっちゃって――」
「汀さんに責任はありません。それに――」
「それに?」
「――恋のお願いもきっと叶いますわ」
「な、なんで、わ、私、好きな人なんて――」
「どんな方なのですの?」
 メイベルはついつい盛り上がってしまう。汀は顔を真っ赤にして盛大に慌てはじめるが、メイベルは前を見ていて汀の様子に気付かない。
「だ、だから――そ、それは違う!」
「汀さんを見ていればわかりますわ。きっと皆さんも――」
 メイベルは汀に止めを刺してしまう。
「うわーん!」
 汀は声を上げて逃げ出そうと――。その瞬間、鈍い音がした。バランスを崩し倒れる汀をメイベルが慌てて支える。
「セ、セシリア、何を!?」
「一度頭を冷やした方がいい」
「ですが――」
「大丈夫、手加減した」
 メイベルはモーニングスターを振り回すセシリアに苦笑いするしかない。
「と、とにかく、どこかで休ませましょう」



 汀の後をつけて、校長室に向かっていたアルゲオ・メルムとイーオンアルカヌムは3人の様子を静かに伺っていた。 
「どういたしましょうか?」
 アルゲオはイーオンに尋ねた。
「私たちの目的はエリザベート様からお話を賜ることだ。ここまで来れば案内は要らんだろう校長室へ急ぐぞ」
「イエス・マイロード」
「話に聞く防衛魔法とやらが実際にあるのならば好都合だ。ヒステリックな女に反応して巻き込まれるなど笑い話にもならん」