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天気晴朗なれどモンスター多し

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天気晴朗なれどモンスター多し

リアクション

 
イカ後半戦



 意識を取り戻した刀真と、ライゼのヒールを受けた垂は、再びイカ本体への攻撃を行っていた。
 垂のフォローを受けて、刀真の爆炎波がイカの身体を焼く。
 ほんのりと漂う美味しそうな香りを裂いて、正義の剣がイカを深く斬り裂いていく。

「このまま押し切れそうですね――っと」
 彼らの動きを至近距離からの銃撃で援護していた小次郎の足にイカの足が絡みつく。
 そこへ間髪入れずに水中銃の銛が撃ち込まれ、裂けて千切れたイカ足が海面を漂った。
「油断大敵ですわ」
 水中銃を構えたリースが小首を傾げる。
 小次郎は、短く息を付き、彼女へと微笑んだ。
「気を付けます」
 
 
 真紀の銃撃とロブの銃撃が交互に、正確に、一本のイカ足の一点へと叩き重ねられていく。
 そして、サイモンの放ったドラゴンアーツの衝撃がその足を斬り裂いた。
 遠くで、海面にイカ足の落ちた水柱が上がる。
「残り七本か……しかし」
 ロブは次の的へと銃口をずらしながら口端を僅かに曲げた。
「奴の動きが激しくなってきるね」
 サイモンがドラゴンアーツの構えを取りながら、ウンと片目を細める。
 そして、真紀がアサルトカービンを構えたまま、微かに頷き、
「ああ、イカの奴……相当に怒(イカ)っているな」
 言う。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
 唐突に訪れた沈黙に気付いて、真紀は二人の方を見遣った。
 二人とも、何か呆気に取られたような様子で真紀の方を見ている。
 わけが分からずに真紀は首を傾げた。
「どうした?」
 二人が二人とも「……いや」と微妙な返事を残し、それぞれがそれぞれ、自分達の攻撃目標へと視線を返していく。
 真紀はやっぱりワケが分からずに怪訝に眉根を潜めた。


「しかし――イカはだいぶイカっているようだね」
 その言葉を得意げに臆面も無く言ったのはコウジだ。
「そのようです」
 ライラプスが無表情に頷く。
「……これは……私が突っ込まないと駄目なの?」
 そばで交わされていた会話に、翔子は思わず溜め息を零した。
 そこはかとなく漂った呑気な空気。
 しかし、そんな空気とは裏腹に、コウジと翔子は必死に引き金を引いていた。
「冗談はともかく、まずいな。イカを抑えきれない」
 コウジがやや真剣味を帯びた表情で銃撃を続けながら、接近してくるイカを睨んだ。
 真紀が軽く口中で舌を打つ。
「アイツ、まだ元気が余ってるみたいね――」
「と、ライラプス。予備弾倉を」
 言って、コウジが空になった弾倉を抜く。
「了解です」
 とライラプスが指し示したのは彼女の水着の紐に挟まれた予備弾倉だった。
「どうして予備弾倉がそんな所にあるんだ!?」
「手を止めている暇はありません。恥ずかしがらずにご使用ください」
 無表情のライラプスがしれっと言う。
「くそう……キミは絶対楽しんでいるだろう、ライラ!?」
 ううう、と顔を赤くしながら、コウジは仕方なく彼女の水着の紐に挟まれた予備弾倉を抜いた。


 イカは予想以上のスピードで距離を詰めていた。
 そして、繰り出されたイカ足が、後方へ下がっていたライゼを叩き飛ばす。
「……え?」
 目の前からライゼが一瞬で消え、月夜は息を飲んだ。
 そして、彼女はライゼの叩き飛ばされた行方を確認する間も無く、イカ足に捉えられ宙に引きずり出されていた。

「ライゼ!?」
 先にパートナーの危機に気付いたのは垂だった。
 刀真は垂の声に振り返り、奥歯を噛み鳴らし――
「助けにいきましょう!」
 イカに刺し込んでいた剣を引き抜き、パートナー達の方へと向かう。


 ライゼと月夜の危機的状況に気付いたロブがそちらの方へと銃口を巡らす、が。
「ッ!?」
 彼もまた海中を進んできていたイカの足に絡まれ、ザァッと海上へ跳ね上がったイカ足の先に吊り下げられた。
 ロブは目まぐるしく変化する重力の方向にクラつく頭を、奥歯を噛んで堪えながら筋力増強スーツを起動させた。
 そして、圧迫を押し退けながらナイフを抜き取り、その刃をイカ足のぬる付く表面へと擦り付ける。
 同時に、真紀とサイモンによるドラゴンアーツによる衝撃がイカ足を打つ。
 イカ足の力が弱まるのを確認しながら、ロブはナイフを鞘へと返して、再び銃へと持ち返る。
 イカの足が力無く解けて己を解放する。落下感と共に視界が開ける。
 開けた視界の先、気絶して海面に浮かぶライゼへと伸びるイカ足。
 狙って、引き金を引く。
 撃ち出された銃弾がライゼに忍び寄っていたイカ足を牽制する。

 ロブのフォローに加え、翔子とコウジが援護射撃を行う中を、垂は海面に浮かぶライゼの方へと向かっていた。
 だが、もう少し、という所で海中から跳ね上がったイカ足に叩き飛ばされてしまう。
 イカの足、飛沫の舞う青空、太陽、と視界の景色が巡って再び水の中へと叩き込まれる。
 意識は失わなかった。
「クソッ!」
 海水が口の中に入り込むのも構わずに水中で、ボコリと毒づく。
 そして、海面に顔を出し、またライゼの方へ向かおうとして――
 動かない。
「――何?」
 懸命に手足を動かそうと力を入れるがピクリとも動かない。
 目の前の海ではライゼが無防備に浮かんでいる。
 仲間達の援護射撃は迫るイカ足達を段々と捌き切れなくなってきている。
 このままでは、いずれ――
「動けよッ……動けーー!!」
「無理だよ。壊れちゃってるからね」 
 そんな言葉が聞こえた。
 ほぼ同時に、ライゼに迫っていたイカ足に火球が炸裂する。
 少し離れた場所に大型ボートがあり、プリモが手を振っているのが見えた。
 そして、魔法を放った格好のミーナがこちらへと笑いかける。
 硬直した垂の腕に誰かが触れた。
「ボートまで運びます」
 葉月が垂を担ぎ、ボートの方へと向かう。
「いや、俺よりライゼの方を――」
「あちらはクロスが」
 と、二人がライゼの方を見やった刹那。
 ライゼの方へと向かっていたクロスの伸ばした手の先で、
「――ッ!?」
 ライゼの身体が水中にズッと消えた。

 伸ばした手が、小波だけを掴む。
「クッ!?」
 クロスはすぐに深く息を吸い込み、海中へと身を転じた。
 青く広がる海の中を、イカの足先に足首を取られたライゼの身体が滑っていくのが、すぐそこに見える。
 強く水を掻いて、それを追う。
 懸命に海水を蹴って伸ばした手が、力無く投げ出され海流に漂うライゼの腕を、一度、二度、掠めてから、どうにか捉える。
 掴んだライゼの手へと己の身体を引き寄せるように腕に力を込めながら、クロスは空いた方の手でナイフを抜いた。
 その間にも、どんどんと海面が遠くなっていく。
(慌てないで……)
 クロスは己に言い聞かせながら、ライゼの身体を伝って、ライゼの足元に絡むイカの足先へとナイフを突き立てた。
 その刃先でイカの肉を抉る。
 イカ足が怯んだ隙にライゼの足からそれを解く。
 そうして、クロスはライゼの腕を掴みながら海面を目指した。

 一方。
「……く、ぅ」
 イカの足に締め上げられて、月夜は苦しげに息を吐いた。
 筋力増強スーツの無い彼女には、締め付ける足の力に抗う術が無い。
 ギチリ、と更に締め付けられて、身体が軋みを上げる。
「月夜」
 刀真の声。
 それは近くで聞こえた。
 刹那、光が己を摺り抜けて走る。
 月夜を捉えていたイカ足が裂かれ、その残骸と共に力無く落下する彼女の身体を、スーツを起動させていた刀真が抱いた。
「……刀真」
 薄く、彼の名を呼ぶ。
 彼女を覗き込む刀真の口元が僅かに笑む。


「葉月、ひんやりして気持ち良いー」
 ミーナが葉月の濡れたスーツの腕へと引っ付いて頬を寄せる。
「……ミーナ、離れてください」
 ランスを片手に、ボートの上でイカ足の警戒をしていた葉月が困ったように眉を顰めた。
「やだー」
 返ったミーナの声に葉月は溜め息を零してから、イカの方へと視線を返した。
 イカは大分弱ってきているように見える。
 イカ本体付近では、筋力増強スーツを使用した正義が相変わらず、特撮ヒーロー顔負けの動きで飛び回りながらコンスタントにダメージを叩き込んでおり、その動きを、同じくスーツを使った小次郎とリースがフォローしていた。
 翔子、ロブ、真紀、サイモン、コウジとライラプスは、どうやら疲弊してきたイカをその場に固定するように銃撃を展開し始めているようだった。
「あの三人はそろそろ限界の筈なんだよね」
 プリモは、イカとの接近戦を続けている三人を眺めながら呟いて、ボートの空いているスペースを確認した。
 ボートには、先程救出した垂とライゼに加え、刀真と月夜が新たに乗っていた。
「スーツの使用時間が、か?」
 垂のスーツの状況をチェックしていたクレーメックが問い掛ける。
 プリモは「そうそう」と頷く。
「特に正義ちゃんはもうギリギリだね」
 その横でクロスは、軽く眉根を寄せた。
「それは、教えてあげた方が良いんじゃないかしら?」
「えー、せっかく限界点までの活動データが取れそうなのに」
 頬を膨らませて見上げてくるプリモへと、クロスは小首を傾げて片目を細めた。
「冗談でしょう?」
「あははは」
 プリモはクロスの視線を見返し、笑ってから、はふっと溜め息を付き。
「まあ、いっか。じゃあ、近くにボートを向けてもらわなくちゃ」


『そこの三人ーー!! そろそろスーツの活動限界の時間だよーー!!』 
 と、声が聞こえて、リースは小次郎の方を見遣った。
 彼もまたリースの方を見返しており。
「離脱しますか」
 軽く頷く。
 そして、小次郎は正義の方へと視線を巡らせた。
「我らは退きます! 正義殿は――」
「俺は残る!!」
 正義はきっぱりとそう返して、イカ足が集い来る中で身を翻した。
 すれすれをイカの足先が突き抜けていく。
「限界まで全力を尽くす! それがパラミタ刑事シャンバランだ!」
「……刑事、ですの?」
「リース殿。そこを深く聞くのは無粋というものです」
 ともあれ、小次郎とリースはイカ足を銃撃とナイフで捌きながら撤収していく。
 正義は高く飛んでイカ頭へと剣を大きく振りかぶった。
「これで、最後だ!! シャンバランダイナミィィィック!!」
 彼の背に、再び太陽が重なる。
 そして。
「悪は滅びろ!!」
 その叫びと共に、剣はイカへと振り下ろされる……筈だった。
「――お?」
 空中で、剣を振りかぶっていた腕が力を失い、だるんっと下がる。
「お?」
 落下して、
「お?」
 ごちん、とイカに頭をぶつけて、
「お?」
 正義は、ぺんっとイカの足先に弾かれて飛んでった。
「おおおおおおおおっっ!?」


「良い奴だったよね。パラミタ刑事シャンバラン」
 大型ボートの上。 
 プリモが、ふ、と目元を拭うフリをしながら微笑んだ。
「死んでないです、まだ」
 隣に立つ葉月が手を振りながら、至極冷静に言う。
「でも、ほっといたら死んじゃいそうだよ」
 海にぷかぷかと無防備に浮かぶ正義の方を眺めながらミーナが小首を傾げた。
 

 ロブ、コウジ、真紀のスプレーショットがイカの動きを阻める中、サイモンは僅かに空いた射線の切れ間を縫ってイカの懐に潜り込んでいた。
 彼は、十分に距離を詰めて、水中銃をイカへと撃ち込む。
 そして。
「逃げ出そうとしてる」
 翔子は、イカが一度、大きく打ち震えてから挙動を変えた事に気付いて呟いた。
 ロブ、真紀、翔子、コウジの銃撃に退路を阻まれて、イカは苦しげに身悶えしている。
(地球上のイカなら逃げ出す時に墨を吐く。しかし、逃げ出せないように動きを固定してしまえば――)
 あの大きさだ、自らの墨で窒息してくれる……かもしれない。
「……地球のイカと一緒なら、ね」
 翔子は一人ごちた。
 見た限り、どうもその可能性は低そうだが、どちらにせよ逃がすわけにはいかない。
「無脊椎動物の分際で我々に盾突くとは進化の過程で言うと五千万年ぐらい早い!」
 翔子は意気を吐きながらイカへと銃弾を叩き込んでいく。
 やがて、四人の集中砲火の中で、イカは段々とその巨体をしなだれて、最後には海にダラリと伸びて、ピクリとも動かなくてなってしまった。
 イカが吐き損なった墨がジワッと少し零れて海水に滲む。