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リアクション
3・騒動する者たち
テントの中にいた関貫円(かんぬき・まどか)は、目を覚ました。
ぼんやりした頭でここどこだっけ、と考え、そして思い出した。
キャンプ出発前は「自然のパワー!」なんて言いつつ意気揚々とやって来たものの、到着してすぐ疲れて眠ってしまったのだった。
「腹減ったな……なにか、食べないと」
ふらふらとした足取りで外へと出る。
まだそこまで暗くはなっていないが、バーベキューは既に始まりつつあるようだった。
夜の宴を行う参加者は、もうかなり集まってきている。そこかしこから、肉の焼ける音が聞こえていた。
円はぼんやりした頭のまま、盛られた料理をさりげなくつまみぐいして、気づかれないうちにその場から退散した。
「まさか、またパックの仕業?」「第二のパックの出現?」「さっきイタズラしてたヤツの仕業じゃねぇの?」「お皿用のバナナ葉がないんだけど」「この包丁。投げナイフに丁度いいな」「誰だよ常温でアイス持ってきたの!」
などと、後ろからゴタゴタと騒ぐ声が聞こえてきたが、聞かなかったことにした。
「まだちょっとお腹すいてるけど、どうしようかな」
そんな彼の視線の端に、なにやら物陰に隠れている人物が映った。
それは、黒脛巾にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)と、
「キャンプ楽しみ〜。妖精ってどんなかな?」
ウキウキしているパートナーのリリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)だった。
「キャンプと言えばあれだろ。アイスホッケーのマスクとチェーンソーの人!」
浮かれるリリィとは別の意味で浮かれているにゃん丸。言葉どおりの格好で、なにやら張り切っている。そんなにゃん丸の子供っぽい様子に呆れ顔のリリィ。
「ホントにやる気なの? 何も楽しんでる人たち怖がらせる事ないでしょ?」
「いやいや中途半端が一番よくない。パックにおびき出し作戦が見破られれば元も子もないからな」
「そういうものかしら」
などというやり取りをしていた。
どうやら参加者達を脅かして、パックをおびき出す作戦らしいと悟る円。
面倒そうなことに巻き込まれるのはいやなので、近くにあったテントに勝手に潜り込んで再び就寝に入る円だった。
「折角のキャンプだ、飲んで、騒いで、思い出にしようではないか! 其処で野外での鉄の掟を掲げよう。働かざる者、食うべからず!」
そんなことを叫んでいるのは、レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)。
そしてせっせとバーベキューの準備と荷物運びに勤しみながら、
「其方のお嬢さんは一人かね? 良ければ此方でバーベキューに加わらんか。人手が足りなくてな」
「あ、はいー! 丁度よかった。獲物をしとめてきたところなんですー」
それに答えるのは先程まで走り回っていた桜だった。どうやら狩りは終了したらしい。
そんな様子を眺めつつ、レオンハルトのパートナーであるシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)は、食材を並べ続けていた。
そこにあるのは牛肉、豚肉、玉葱、人参、ピーマン、加えてミスドのドーナツ。最後のひとつは百歩譲ってまだよかったが、次からが問題だった。
食用蛙、イモリの黒焼き、グリフォン肉、ドラゴンの睾丸。その他もろもろ、なにやら表現しがたい物体まで網の上にのっかっていた。
香ばしい匂いはしているのだが、具材名がわかっていればやはり食べるのを躊躇うものも多々ある。しかし全く構う様子も見せずシルヴァは食材を並べ、ある程度の量に達したところで、設置してあったマイクを手に取り、
「さて皆さん。この『闇』バーベキュー、無作為に10品食べられた方をキャンプ中『王』と呼ぼうと思います。挑戦する方は居ますか!」
そんな闇のゲームの開始を宣言していた。
こういう企画を行う者がいれば、当然それを楽しむ者もいるわけで。
すぐさま触発されたのは、赤城仁(あかぎ・じん)だった。
「うぉー! 面白そうだな、やってやるぜー」
箸と小皿を手に、ノリノリでさっそくグリフォンの肉に箸を伸ばしていた。
そんな彼に、イライラの視線をぶつける人物がいた。パートナーのナタリー・クレメント(なたりー・くれめんと)である。
「もう、仁! 真面目にやってください!」
「ふぇ、っふぇふぇふへへっう」
「なに言ってるかわかりません! ちゃんと飲み込んでから喋ってくださいっ! はぁ、もう……」
バーベキューの食材を刻みながら、パックが何時来るのか気に掛けているナタリーは、バーベキューをただ楽しんでいる仁に溜め息をつかずにはいられなかった。
そんな彼女は、ふとあるものを視線の端にとらえた。
こちらに向かって走ってくる二台のバイクである。
それに乗っているのは、カーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)と、
彼のパートナーのハルトビート・ファーラミア(はるとびーと・ふぁーらみあ)だった。
「この場はパラ実が乗っ取ったぜぇー!!」
そんなことを叫びながら、キャンプ場に突っ込もうとするカーシュ。だったが、その前にハルトビートの乗ったバイクが行く手を遮る形で通せんぼをする。
「なんだよ。俺に逆らう気か? てめえそれでも俺のパートナーか!」
やむなくバイクを一度止めるカーシュだったが、アクセルはふかしたままである。
「楽しんでいるあの方達を、困らせるのは良くありません」
「はっ、知るかよ。そんなの。行くぜぇ!」
そしてまたスピードをあげ、ハルトビートの横を通り過ぎようようとするカーシュだったが、その隙をついて体当たりをするハルトビート。ちなみに彼女の種族は機晶姫。当然普通の人間よりも、
「ぐお! この……っ、重ぇ!コイツ重えぇぇ!」
じたばたと取っ組み合うふたり。
そんな様子に、なんだか気にする必要もなさそうなので、食材刻みに戻ろうとしたナタリーだったが別の場所でもなにやら騒ぎが起きていた。
「た、たすけて……」
血まみれで息も絶え絶えに助けを求めるのは、リリィ。
「そういえば今日は、13日の○曜日!」
そしてジェ○ソンに扮しているにゃん丸だった。
ふたりとも意外と名演技だったりするのだが、なんとなくふざけているとわかってしまう者が大半だった。とはいえ、それでも本気にする者はいるわけで。
「うわあああーっ!」「きゃーっ!」
叫びながら怖がっているのは、菅野葉月(すがの・はづき)、そしてパートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)。
正確には、本気なのは葉月だけでミーナはわかっていてこの状況を楽しんでいるのだが。
「ウオォオオオオーっ!」
マスクでくぐもったまま叫ぶにゃん丸。意外と迫力は出ていた。
「こ、この野郎っ! く、くるなら、来い! ぼ、僕が相手になる!」
「きゃーっ♪ 葉月―っ!」
大真面目に、戦闘の構えをとる葉月。
そんな葉月の背に抱きついて喜ぶミーナ。
「平和ですね」
そう思うナタリーだった。
「さて。今度こそ食材を……あら?」
ふと気づくと、いつの間にか食材がヘンな形に切れていた。人参がかつらむきにされ、ピーマンが細切れになってしまっている。バーベキューでこれをどうしろというのだろう。
無意識に自分が行った、のではないことはナタリー自身が理解していた。かと言って、他の参加者が行った様子はなかった。つまり……。
再び、パックはキャンプ場に戻って来ていた。
楽しく騒がしい様子に惹かれ、自ら近寄ってきていたらしい。先程の闇バーキュー会場から少し離れたところで、ひとりふらふらと歩いていた。
そして。そのパックに気がついた人物がいた。遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)と、パートナーのレイ・ミステイル(れい・みすている)だ。
「レイちゃん! あ、あれ。もしかして妖精パックじゃない?」
「そのようですね」
興奮する遊雲は、ゆっくりと、驚かさないように、パックに声をかけた。
「あ、あの」
その声に、パックは「ん?」と振り返った。
「えっと、その。これ、どうぞ!」
遊雲は、持ってきていたキャラメルを、パックの目の前に突き出していた。
「え、くれるの? わあ、ありがとな」
基本食いしん坊なパックは、差し出されたお菓子に目を輝かせてパクパクと口に投げ入れ、嬉しそうな表情をする。
その混じりけのないかわいらしい笑顔に、遊雲とレイも自然と顔をほころばせていた。
「あの、ご一緒にどうですか?」
そう言って歩み寄ってきたのは、エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)と、そのパートナーのルミ・クッカ(るみ・くっか)だった。
エルシーは、事前に焼いてきた木苺のタルトをパックの前へと差し出す。
「わ、これもいいの? やったぁ!」
パックは目をキラキラさせながら、切り分けられたタルトをかじる。どうやら警戒心は薄らいでるみたい、と胸をなでおろすエルシー。
その後もお菓子やお茶を振る舞い、徐々に仲良くなり始める一同。
「それで、パックちゃん」
「ん? ふぁひ(なに)?」
もぐもぐと口を動かしつつ、遊雲に返答するパック。
「どうしてキャンプ場の方達にイタズラしてたんですか?」
「そうです。理由があるのなら、教えて欲しいのですけれど」
「あの、誰かを困らせて嫌われてしまうのは寂しい事だと思います」
「楽しいキャンプを邪魔してしまうと、お客様が困って、そしてここを経営するモーリス氏にも迷惑がかかってしまいます。それだけはわかって貰いたいのですが」
レイ、エルシー、ルミも、それぞれパックが不快にならないように言葉を繋げる。
「べつに、オレはその。ただ皆が楽しそうだったから、さ」
それに対して、ばつの悪そうな顔でぽりぽりと頬をかくパック。
「楽しそうなことしてたら、仲間に入りたいよな? でも、突然割って入るのは良くない。まず、仲間にいーれーて? って、声をかけるところから始めようぜ?」
そう言って、輪の中に焼けた肉や野菜を差し出す人物がいた。轟雷蔵(とどろき・らいぞう)である。
「バーベキュー、一緒にやろうぜ? それにそろそろキャンプファイヤーも始まるしな」
組みあがりつつあるキャンプファイヤーの土台を示して、笑いかける雷蔵。
そこにキャンプファイヤーの為に薪を集めていた水神樹(みなかみ・いつき)と、パートナーのカノン・コート(かのん・こーと)も近づいてきた。
「あ。もしかして、その子が妖精パックさん? うわぁ、かわいいね。ね、カノン」
「ん、ああ。そうだな」
「お菓子食べる? それともお肉のほうがいいかな?」
そう言ってキャンディを差し出す樹。それに対しパックは、
「りょうほう」
そう言って一同を笑わせた。
「それじゃ、あっちでゆっくり食べようぜ」
そのカノンの言葉で、一同はバーベキューの場に向かおうとした。その途中、
檻と、その中にこんがりと焼かれたお肉と野菜が置かれていた。
どうやらパックを捕まえる為の罠であることは一目瞭然だった。しかしこんなまるわかりの罠、犬猫相手ならまだしも、パックがかかるわけないじゃないの……と誰もが思った。
「あっ! あそこにも食べ物が! いただきまーす」
パックは、何の迷いも無くその中へと入り、
結果、檻が閉じて捕まった。
「「………………」」
思わず全員が呆気にとられて沈黙した。
「どうやら、罠にかかってくれたようですね」
罠を仕掛けた本郷翔(ほんごう・かける)だけが落ち着いた様子で、茂みから姿を見せていた。
「これであとは説得の人に任せるとしましょうか。申し訳ありません、パック様。逃げられては困りますので、行動を封じさせていただきました。ご理解ください」
翔としては、捕まえたのは本当にただ説得する際に話しやすくするためで、他意はなかった。のだが、
「むぅううっ!」
パックがいきなりムクれ顔になったかと思ったら、突然つむじ風が巻き起こった。
「うわっ!」「きゃあっ!」「いってぇ!」
翔をはじめ、その場にいた全員が風に煽られて軽く吹き飛ばされた。
そしてその混乱に乗じて、パックはまた飛び去っていこうとしたが、未だ檻に捕まったままなのでうまく動けず、バランスを崩して地面に転がってしまった。
「むぅっ、あー、もうっ!」
じたばたがちゃがちゃと暴れるパック。
そこへ、風が収まったのを確認して近づいてくる人影がいた。
イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)である。パックはまだイライラ状態が続いているので、キッと睨みつけ風を起こそうと構えた。
「あ、ま、待ってください! 私は、べつに危害を加えるつもりはありません。ただひとつお願いがあるんです!」
「おねがい?」
「そうです、どうか媚薬を譲ってください!」
妖精パックが持つという、人を魅了する媚薬。その話を聞いて、研究する為にイレブンはここへやってきたのである。
「あげたら、ここから出してくれるか?」
「はい、もちろんです!」
若干考える風になったパックだったが、やがて服の中から何やら透明の液体の入った小瓶を取り出した。
「ホラ。あげるから、はやく出して」
イレブンは感激し、すぐさま鍵を開けてあげた。そして出てきたパックから小瓶を受け取ろうとして、
「ちょ、ちょっと待ってくださいです!」
そんな叫び声とともに、駆け寄ってきたかと思うとその勢いで土下座してきた人物がいた。それは、影野陽太(かげの・ようた)だった。
「お願いです! 俺にそれを譲ってください!」
「な、なにを言うんですか。私が先に――」
「ほんのちょっぴりでいいんです! お願いです!」
陽太は必死だった。彼は人生今までモテたことのない男だった。それゆえに情熱は激しかった。
「べつに、ふたりぶんあるから」
パックはもうひとつ液体の入った小瓶を取り出して、陽太に手渡した。
受け取ったふたりはそのまま意気揚々と去っていった。
「中身は、川でくんだただの水なんだけどな」
そんなパックの呟きは、ふたりには聞こえていなかった。