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リアクション

プロローグ


「なにやってるんだ、お前」
「……見て分からないの? 邪魔しないで。もし、人を呼ぶ気ならあんたが痴漢だって大声を――」
 話を聞き終わる前にナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は隠しからダガーを取り出すと、少女が壊そうと格闘していたゲージの鍵を、いともあっさりと壊した。
「………………あなた、自分が何をしたのかわかってるの? この蝶ははね!」
「さぁ? お前の事情も、誰の事情も興味ない。ナガンは楽しいことが好きなだけだぜ」
「驚いた。わたし、とんだジョーカーを引いたのね」
「そいつなかなかいいぜ。気に入った」



 アゲハ蝶がパーク内をひらひらと舞って、遊園地に招待された客の目を楽しませた。
 名前の由来にもなった蝶の体色である紫色は、陽光を受けて微妙に色彩を変え、その美しさは人々の目を奪う。
「きれいね」
「これもアトラクションの一環?」

 ――やがて、舞い落ちてくる美しい鱗粉が、人々の記憶まで奪っていった。



「そんな悠長なこと言ってる場合?!」
 レベッカ・ウォレス(れべっか・うぉれす)は両手に腰を当てて遊園地の係員に詰め寄る。タンクトップとホットパンツという、露出度の多いいで立ちながら、色気よりも健康さが魅力的な少女だ。
「急にそんなことを言われましても……上に聞いてみませんと」
 年下の少女にすごまれて係員はどうしたものかとたじろいでいる。
 レベッカは遊園地のイメージダウンを防ぐために、このハプニングをイベントにするように持ちかけているのだった。対応の遅れはそのぶん、遊園地にマイナスに働いてしまう。
 やがて電話で相談していた係員がレベッカに向き直る。
「おっしゃる通り、蝶を見つけて係員に報告してくださった来園者の方に、グッズをプレゼントすることにしました」
「そうこなくっちゃ。オッケイ! じゃあ、捕獲はワタシたちに任せてネ!」
 係員の放送が始まったのを聞くと、レベッカは廊下を駆け出していく。
「レベッカ様」
 蝶の展示室から戻ったアリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)が息を弾ませて戻ってきた。
「アリシア、頼んだもの撮ってきてくれた?」
「ばっちりですわ」
 問いかけに、アリシアは携帯電話を見せてにっこりと微笑んだ。
 レベッカが説得に回っている間、アリシアはパラミタムラサキアゲハの生態や特徴を調べに行っていたのだ。
「ウン。これで準備はできたカナ」
「はい。協力してくださる方たちにデーターをお渡ししましょう」
「今度は騒がしくない時に来ようネ、アリシア」
 そのためにもがんばろ、そう言うとレベッカはアリシアの頭をいぬ耳カチューシャの上からなでた。
 せっかくのデートが潰れてしまってちょっぴり不満だったアリシアは、レベッカのこの一言でがぜんやる気をだした。
「はいっ」

 蝶の捕獲に協力を申し出た如月 陽平(きさらぎ・ようへい)は、アリシアから蝶に関するデーターを受け取っていた。連絡を円滑にするために携帯電話の番号を交換しておく。
「蝶を捕まえるのは任せてよー。こんなところで昔の特技が活かせるとは思わなかったなー」
 ははは、と陽平は明るく笑った。
「特技?」
 アリシアは不思議そうに陽平を見つめ返す。
「うん、まぁ、僕は田舎育ちだからこういうのは慣れてるんだ」
 なるほど、係員から借りた虫網と虫かごを持つ手が慣れているような気がしなくもない。
「大丈夫、きっとうまくいくよ」
 赤ん坊のころに祖母の背に背負われて田んぼデビューした身には、蝶の捕獲はそう困難には思えない。
「でっかい木か電柱を探すかなー」
 陽平はまず食堂へ行って蜜を貰ってくるつもりだった。

 一方、なんのあてもなく蝶を探す者もいた。
伊那 武士(いな・たけし)は茂みに潜んで蝶が来るのを待っていた。
(蝶はオスに決まっている! とすれば、蝶はかわいい子めがけて来るはず!)
 そう信じて武士は待った。
 狙いを定めた「かわいい女の子」のそばにある茂みに身を隠している。
 女の子が席を立ってしまうと、新たに女の子を探してほふく前進で移動する。教導団で培われた技術のたまものか、誰にも気付かれていないようだ。
 その手には売店で買った帽子と木の棒を組み合わせた簡易虫取り網が握られている。
 発見されれば係員がすっ飛んでくること請け合いなのだが、本人はいたって真面目なのだった。

「妙だと思わないか?」
「なにが?」
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)がもらしたつぶやきに、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は振り返る。二人も蝶の捕獲に加わっていた。
「蝶だよ。こんなに危険な蝶が簡単に逃げるなんて問題だろ」
「うーん、確かに……。……まさか故意に蝶を逃がした犯人がいて、それを捜そうなんて思ってないよね?」
「察しが良くて助かるよ」
 クリスティーの言葉に、クリストファーはにやりと笑った。