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ヴァイシャリーの夜の華

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ヴァイシャリーの夜の華

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 日が暮れかけた頃、ヴァイシャリーの街の明りが灯される。
「あれ? 今日はいつもと少し違うね」
 屋上に訪れた桜井静香(さくらい・しずか)が、街を見下ろしながら不思議そうに声を発した。
「ライトアップの働きかけを街の人々にしていた娘がいたそうですわよ」
 シャンバラ女王の末裔である、パートナーのラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)も、静香と一緒に街を見下ろす。
 まるでクリスマスのように、街が彩られている。
 夜空だけに浮かぶ星々が、街の中に降ってきたかのように。
 キラキラと小さな綺麗な光が放たれていて。
 普段は同じ色をしている街灯にも、彩色が施されていて幻想的な光を放っている。
 訪れた他校の生徒達も、花火より先に街に見とれているようだった。
「美しい夜ですね」
 声をかけられて振り向けば、派手な浴衣を纏った男性の姿があった。
「はじめまして、薔薇学の明智 珠輝(あけち・たまき)と申します。桜井校長の意志に共感し、仕掛け花火の準備を少し手伝わせていただきました」
「初めまして、ここの校長の桜井静香です。楽しんでいってください」
「私も、すべての学校がいがみ合うことなく仲良くなれれば、と思います。人類、全種族皆兄弟です、ふふ」
「うん、そうだよね!」
 含み笑いを漏らす、ひたすら妖しい雰囲気の男であったが、静香は気にもせず可愛らしく嬉しそうな笑みを返した。
「桜井校長、ラズィーヤ様」
 晃代がトレーに乗せたに焼きそばを持って、2人の元に歩み寄った。
「よかったら、食べて下さい。出来立てなの」
「ありがと」
「頂きますわ」
 2人に焼きそばを渡し、お辞儀をすると晃代は急いで屋台へと戻る。
 焼きそば屋はかなり繁盛しており、大忙しであった。
 材料は50人前ほど用意したのだが、花火が始まる前までに、売り切れそうだ。
「よかったらいかがですか?」
 蒼空学園の羽入 勇(はにゅう・いさみ)は駄菓子を配っていた。
 校長だとは気付かずに、静香とラズィーヤ、珠輝の前に駄菓子がいっぱい入った箱を差し出した。
「ボクねぇ、やっぱり花火大会といえば、こういった安い味がたまらないと思うんだよねっ。あ、このスナック菓子のコーンポタージュ味は1個自分用にキープ!」
 言って勇はスナック菓子を1つ、ポケットの中に入れた。
「変わったお菓子ですのね」
 ラズィーヤはスナック菓子を珍しそうに見る。
「甘いもの、辛いもの、しょっぱいのも何でもあるよー」
「試食もどうぞー」
 言いながら、ひょいっと隣から手を伸ばしたパートナーのラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)が、1つ摘まんで口に入れる。
「もぐもぐ。……これは水あめにきなこを混ぜて棒をさしたもののようですね」
「あーラルフが試食してどうするのー。人にあげるもの開けたら駄目だよーー」
 2人の様子に、静香がくすりと笑みを浮かべる。
「じゃ、僕はたこ焼き味を貰おうかな。お祭りにたこ焼きは定番だから」
「……それじゃ、わたくしも同じものを」
「私も頂きましょう、ふふ」
「はい、どうぞ〜」
 静香とラズィーヤ、珠輝はたこ焼き味のスナック菓子を勇から受け取った。
「そこのお姉さん達もいかが〜!」
「こっちはスナック菓子にチョコレートをコーティングしたもののようですよ。もぐもぐ」
 勇は他の客に元気に菓子を配りに向かい、ラルフは相変わらず食べながらついていく。
「賑やかになってきたね」
「百合園の席に行きますわよ、静香さん」
 静香とラズィーヤは屋上に集まる人々の姿に微笑みを浮かべ、珠輝に軽く礼をして別れ百合園席に向かうことにした。

 日が沈んだ頃には、各スペースで沢山の来場者が寛いでいた。
  ヴァーナーが流している音楽が穏やかだからか。今のところ賑やかではあるが、騒ぎは一切起きていなかった。
「よかったら食べてね」
 アリスはバスケットに入れたケーキを配って回っていた。
「わっ、ありがとうございます。パウンドケーキですね。手作りですか?」
 浴衣姿の蒼空学園の少年、ガーデァ・チョコチップ(がーでぁ・ちょこちっぷ)は、両手を広げて透明の袋に入ったケーキを受け取った。
「うん。マーブルとフルーツもあるの。全種類どうぞっ」
「頂きます〜! 美味しそうです」
 ガーデァは3種類のケーキを受け取って、蒼空学園のスペースへほくほく顔で向かって行く。
「マドレーヌもどうぞ」
「甘いお菓子が大丈夫な方は是非召し上がって下さい」
 調理室で一緒に菓子作りをしたミルディア真奈もアリス同様、透明の袋に入れたマドレーヌと、ハイビスカスティーを来場者に配っていた。
「私達にもちょうだい〜」
 近くの集団から声がかかり、真奈がそちらに向かった時だった。
「悪い、トイレに行きたいんだけど、案内してくれないかな? 校舎入ってみたんだけどよくわからなくてさ」
 1人でマドレーヌを配るミルディアに、教導団の坂下 小川麻呂(さかのしたの・おがわまろ)が近付いてきた。
「トイレは2階だけ臨時で男性用になってるんだよ。分かりにくいかなあ? うん、案内するね!」
「助かるよ。百合園って普段入れる場所じゃないしさ」
 並んで歩きながら、小川麻呂はミルディアとの距離を縮めていく。
「そうだ、折角だから学院内案内してよ。百合園のキミと一緒なら、学院内を歩いてても怪しまれないと思うし。部屋の窓から2人きりで観る花火も素敵だろうから」
 すうっと、小川麻呂がミルディアの肩に手を伸ばした。
 その瞬間! 2人の間に無理矢理真奈が割り込んだ。
「ミリ、マドレーヌ配らないと、残ってしまいますよ?」
「あ、そうだった。作り過ぎちゃったんだよね。でも、この人、トイレの場所がわからないんだって! 」
「すみません、トイレの場所ならそこの迷子センターか、案内係の腕章をつけている白百合団員にお訊ね下さい」
 真奈は、小川麻呂から危険な香りを感じ、ミルディアの腕をぐいぐい引っ張ってマドレーヌ配布に戻らせる。
 小川麻呂は、2人の姿を笑みを浮かべて見送った後、ぐっと拳をにぎり締めた。
「残念、超かわいかったのにっ」
 かくして自称シャンバラの種馬坂下小川麻呂の『迷子の仔猫のフリをして、実は狼でしたー!』大作戦第1回は失敗に終わった。

「夕食代わりに是非召し上がってくださいね〜」
 イルミンスールの日堂 真宵(にちどう・まよい)も手作りケーキを作っていた。
 こちらは、アリスやミルディアのとは違い、ボリュームのあるケーキだった。プレートにカラフルに可愛らしく盛りつけられている。
「これ我家秘伝のレシピですっごい美味しいんですよ〜お口に合うと宜しいんですけど」
 にこにこ微笑みながら、彼女は内心こんなことを考えてたりする。
(ふっふっふっふっふ〜平和に毒されし子羊達め、肥満の恐怖に怯えてしまいなさい)
「このカレーは体型維持に気を配るお嬢様方にとてもオススメでーす。新陳代謝もよくなるので今日お祭り騒ぎでうっかり食べ過ぎた分の心配も有りませんよ〜?」
 パートナーのアーサー・レイス(あーさー・れいす)は、カレーを配っている。
 こちらは、量はあまり多くはなく、手の平大の皿に、お洒落に盛りつけられている。
「百合園の可愛らしいお嬢さん、どうぞー」
「ありがとうございます」
「美味しそうですね」
 アーサーは花を配り終えて訪れたマリアンマリーなんちょうくんにカレーとスプーンを渡し、パイプ椅子に促す。
 そして、2人が食べる様子を楽しそうに眺めていた。
「ケーキも食べて下さいね〜」
 真宵もケーキを2つテーブルの上に置いた。
「嬉しいです」
「ご馳走になります」
「ふふふふ」
 怪しく目を輝かせて真宵は新たなケーキを乗せて、女性が多くいる場所に向かい配ることにする。
 こんなことを思いながら。
(ふっふっふバカね人間の脳は糖分と油分を美味しく感じてしまうのよ)
 材料は、濃縮した糖分油分たっぷり超高カロリーシロップ、脂質増量生クリーム混入バター、三倍のカロリーを持つという地鶏卵、そして! 太れ太れという念を三日三晩込めて挽いた小麦粉
 完璧な計画だった。
 甘いケーキを真宵は次々に配っていく。
「ご馳走さまでした」
「美味しかったです」
「それはよかったでーす」
 マリアンマリーとなんちょうくんがカレーを食べ終え、立ち上がる。
 受け取った皿をテーブルの上に置いたアーサーは、すっとマリアンマリーの後頭部に手を伸ばした。
 そして、引き寄せる――。
「そして私が血を吸えば更に魅力的に痩せる事ができるのでーす!」
 マリアンマリーを引き寄せ、アーサーが大きく口を開く。
「きっ、きやああああああっ(はあと)」
 マリアンマリーが悲鳴?を上げる。
「させません!」
 なんちょうくんはアーサーに体当たりをしてマリアンマリーから離れさせると、急いでマリアンマリーの腕を引っ張り逃走する。
 最後にマリアンマリーは物欲しげな目をアーサーに見せていた。
 ……ちなみに、真宵が作った超高カロリーケーキを食べた女性達の多くは、油分の摂り過ぎで腹を壊して激痩せしたという。