校長室
薔薇に捧げる一滴(ひとしずく)―BL編―
リアクション公開中!
捧げるのは君 1番参加者の少なかった黄のエリア。そのせいか、他のエリアよりも濃いめの霧がただよい、細身の剣で視界を晴らしながら直は進む。 「……これか」 ルドルフから特徴を聞いていた、小さな欠片。それを取り出すことで、ようやくこの濃い霧を晴らすことが出来る。 (優秀な2人のこと、もう終わらせているだろうけれど……) それにしては、微かに漂う違和感は消えない。直は急いで他エリアの応援に行こうと、黄のエリアを飛び出した。 元々、黄のエリア症状は友愛が主だからか軽い幻覚が多い。なので本来は急がなくても大丈夫なのだが、愛の雫が主軸となっている今回の霧は、溶ける可能性の低かったこのエリアが濃く魔力を滞在させてしまったらしい。 けれども、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)とスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)はまったりとお茶会が楽しめている様子を見ると黄色の「友情」が働いたのかもしれない。 「今日はなんだか、仲良しさんがいっぱいだねー」 あれだけ広まっている噂もなんのその、今日は単なるお茶会だと思っていたティエリーティアにとっては関係のない騒動で、にこにことスヴェンに淹れてもらったお茶を飲む。 「そうですね、このエリアではお見かけする方は少ないですが……入り口でも仲睦まじい様子をみかけました」 (そして、叶うものならば私もティティと……!) 「どしたの、スヴェン?」 何故だか闘志を燃やしているスヴェンに小首を傾げつつ何か面白いものでもあるのかと辺りを見回す。けれども、このエリアに案内されたのは2組だけだったので、遠くのテーブルに座っている2人以外は他にいないのだろう。 「なんでもありませんよ。それより、おかわりを淹れましょうか」 「うん! スヴェンの入れるダージリン、すっごい好きだなぁ」 にこにこと手際の良さを見ていると、少し恥ずかしそうにスヴェンが咳払いをする。 「私は、ティティが好きですよ?」 「うん、僕も大好きー」 ぱぁっと花が散ったかのような笑顔。その可愛さは感涙してしまうほどだ、決して伝わらない想いに涙しているわけではない。 「ティティ、貴方はどうしてそう可愛らしいのですか」 紅茶を蒸らす間、思わず抱きしめそうになって思いとどまる。人数が少ないとは言え、人前は人前。ティエリーティアが恥ずかしがるかもしれない。 「……私が、愛してると言ったら――ティティには重いでしょうか」 「愛……って、なんだろう? 好きってこと?」 うーんと唸っているティエリーティアに、好きの違いもわからないようなときに無理を言ってしまったことを詫びるよう頭を撫でる。 「いつか分かるときが来ても、どうかお側において下さい。私は一生貴方を守ります、大事な私のティティ」 さっと取り上げた手に口づけを落としてみても、ティエリーティアはきょとんとしている。誓いの口づけの意味もわからなければ、これをキスと認識もしていないようだ。 「あ、ごめんね。クッキーか何かついてた?」 (……ティティ、私は何か試されているのでしょうか) ありがとーと笑う彼を前にしては問いただすことさえ出来なくなってしまう。けれど、そんな彼がこれからどんな成長を遂げるかも楽しみだ。その日が来るまでは、こうしてのんびりしていようとスヴェンは微笑み返すのだった。 ほのぼのとしたテーブルを少し離れ、シャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)とリアン・エテルニーテ(りあん・えてるにーて)のテーブルでは気まずい空気が漂っていた。 向かい合わせに座り、最初こそ朗らかに話していたのだが、今となっては面接でもしているかのようだ。 日常のこと、薔薇のこと。色々話しているうちに薔薇園に入る前から楽しそうにしていた参加者の話になり、このお茶会は恋人同士の物だったのではないかという話にたどりつく。そうなっては、そう意識しているわけではないパートナーと一緒にいることが気まずくなり、かといって好きな人がいるのかという話しもし辛くなって会話は止まってしまった。 穏やかな風が吹くだけで、時間が経過したようには感じない。このままではいけないと、リアンは口を開いた。 「シャンテ、その……最近の我はおまえから見てどう思う。おかしなところはないか?」 「おかしな……いいえ、とくには。髪でも切り間違えましたか?」 胸の中にある、もやもやとした感情。伝えても良い物なのかはわからないが、応えてくれなくとも思いだけは知って欲しいという思いがある。けれども、それを上手く伝えるにはどうすればいいのかがリアンにはわからなかった。 「我は、おまえのことを……もちろんパートナーとは思ってはいるが、それ以外の思いがあるような気がするのだ」 「それ以外……いつもお世話になっていますから、弟か何かそのような感じでしょうか」 じっとシャンテを見つめてみる。確かに自分は彼よりも長く生きている、けれど世話になっているのはこちらも同じことだ。 守りたいと言う気持ちもパートナーのときからあるし、なんとなく違う気がする。 「確かに、頼りにはして欲しいと思うが……違う気がするな」 「では、お友達……親友のようなものでしょうか。契約者と呼ぶよりも利害関係のない純粋な形ですし」 それならば納得がいく。前よりも大切だと思い、頼り頼られる存在は確かにパートナーから1歩進んだ関係だろう。 「……しかし、それもしっくりこないな」 頭ではわかっているのに、なぜ違和感を感じるのだろう。2人で考えてみても、答えは出てこなかった。 「どちらにしても、今まで以上に大切であるということは変わらん。おまえの許す限り、傍に居させて欲しい」 「もちろんです。これからも宜しくお願いします」 にっこりと微笑まれ、そのもやは無くなっていく。シャンテの傍にいて晴れる思いなら、誓いを守るためにもシャンテ自身を守るためにも、こうしていよう。 (リアンも同じような違和感を感じていたんですね) 口に出すと不安がらせてしまうから、言葉ではなく音で伝えることにする。リュートの音色は、その違和感に不安を感じながらもリアンを大切に思っているということを伝えるように奏でていく。 目を閉じて聞き入っていると、ふとリアンの脳裏に別のメロディーが流れる。リコーダーを持ってきていないので、鼻歌のようにリュートの音色に重ねると、言葉よりも素直に伝えられる気がした。 (無理に探る必要はない。お互いの想いは、どうやら同じようだ) 突然混ざり始めたリアンに驚きながらも、2人だけで奏でるメロディーはシャンテにとっても心地の良い物で、不安を消し去り支えてくれるリアンを改めて大切だと実感出来る曲となった。 黄に続いて参加者が少なかったと言えば、発生源である桃エリア。ここでは、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)が薔薇園の風景をスケッチしていた。それを邪魔しないように付き添っていたクルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)が、割れにくいコップに紅茶を入れて貰い珂慧の隣へ置いた。 「少し、休憩にしませんか。こちらで手を温めてください」 疲れを取るためにお茶菓子も添えてあり、珂慧はずっと抱えていたスケッチブックをやっと置いた。 「楽しそうですね。何か気に入りましたか?」 「みんな、綺麗。日の当たり方で違う顔も見れて……たのしいよ」 動植物が好きな珂慧にとって、手入れの行き届いた薔薇園はお気に入りの場所になったのだろう。同じ種類の薔薇でも、最低でも2方向から描いてみたりとじっと花を見つめていた。 (無理を言って、一緒に来て良かったです) こういうのがあるらしい、と漠然とした情報を持って帰ってきた珂慧。いつもの眠そうな顔で告げている様子を見れば、特に興味はなさそうだと判断する人もいただろう。 けれど、普段から珂慧を見ているクルトには、それが行きたいというサインであることに気付いた。 (興味のないことには、本当に関心を示さないですからね……) その少し表現力に乏しいところが心配でならないのだが、今日はずっと目を開いて鉛筆を滑らせている。それでも、1度休めるとお腹が空いていたことを思い出したかのようにすぐ平らげるので、クルトは苦笑しながらおかわりを取りに行った。 「……薔薇って、色を乗せるとどうなるんだろう」 手折ることは好きではないけれど、真っ白い薔薇の葉に色を乗せてみたい。どんな発色を見せてくれるのだろうか、スケッチブックに見立てて1つ描いてみるのも面白いかもしれない。そうして、年相応のわくわくした気分でいると。向こうからも人がやってきた。ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)とレナード・ゼラズニイ(れなーど・ぜらずにい)だ。 「ロブーっ、あれだろ? 真っ白な薔薇!」 見つけたことでテンションの上がったレナードは、早くと急かすように走ってやってきた。どこを見ても真っ白な薔薇に感動しながらキョロキョロしていると、悪寒が走る。身震いしながら振り返れば、そこには眠たそうな珂慧が座っているだけ。けれども、どう考えても珂慧から怒りのオーラが出ているとしか思えない。 「レニー、邪魔してはダメだろう。こっちへ戻るんだ」 言われてやっと、手元に置いたスケッチブックが目に入っていなかったレナードは、ぺこりと頭を下げてロブの元へ戻る。 おかわりを持って戻ってきたクルトは、代わりにレナードへ頭を下げると珂慧の隣に腰を下ろす。 「どうかしましたか?」 「別に、何もない」 黙々と食べ始める様子を見ると少しムッとしているように見えて、こういう些細な感情変化を読み取れるのは自分だけだと思いたい。 (……なんて、おこがましいですね) ごちそうさま、と満足出来たのか再びスケッチブックを膝に乗せるので今日はもう1日こうしているつもりだろう。 「赦される間は、ずっと白菊のお傍にいてもよろしいですか」 「どこか、いっちゃうの?」 スケッチブックを抱えたままこちらを向いて、じぃっと心までを覗き込むように見据えられる。どこかに行くつもりはないけれど、ここにいて良いものか不安なクルトは、その瞳を見つめているのが怖くて目を逸らした。 「……ここにいて」 座ったまま方向転換をし、クルトとその後ろにも広がる様々な薔薇を描き始めるので、絵のモデルの意味かと微苦笑を浮かべる。 「まだ、見せてない絵があるんだ。だからクルト、どこにも行っちゃダメだよ」 「――はい、わかりました」 珂慧のさりげない言葉に、不安が少しずつ解けていく。クルトが抱いている感情とは相違があるかもしれないけれど、それでも許しは頂けた。 (あなたに大切な人が出来るそのときが来たら、お2人を見守らせてくださいね) まだ早いだろうその言葉は自分の胸の内に秘め、色んな薔薇を見て目を輝かせる少年を唯一の家族のように慈しむのだった。 そして、白い薔薇の休憩スペースでお茶を飲むことにしたロブは、いつものように香りを楽しんでいた。 イギリス人である彼はティータイムをこよなく愛し、このお茶会に取りそろえられた葉にもご満悦のようだ。 「さすが、薔薇の学舎だな。客人を持て成すのにこれを選ぶとは……」 真似するようにレナードも香りを嗅いでから1口含んでみるが、良い紅茶なのかどうかはわからない。けれど、なんとなく香りがその辺りの紅茶と違う気もするし、もちろんペットボトルなんかよりも断然美味しい。 「この美味しい1杯を飲むために、時間がかかるのか」 ロブのティータイムに付き合っているときは、待ちきれなくて先にお菓子をつまんでみたりしていたけれど、こうしてお茶だけ飲んでみてもホッとする物がある。 「今度はレニーが淹れた物を飲んでみたいもんだな」 「俺!? こんなの絶対無理だし!」 「台所に霊が出ることはないだろうからやってみろ」 話題に出されてしまったら、なんとなく想像してしまい背筋が凍る。さっきだって得体の知れない恐怖を感じたばかりだというのに、そんなものは見たくないし気配すら感じたくない。 「だ、だったらロブも手伝えよ! ティータイムのときは色々用意するんだろ?」 「……俺に料理をしろと」 自分と違って落ち着いたトーンで言われ、まじまじと想像してしまう。エプロンをつけ、台所に入ったロブが何をしでかすか……。 「いやっ、料理はいい。絶対に作らなくていい」 「だったら、やはりレニーにやってもらうのが適任だな」 「なんでそうなるんだよ!」 ちょっとしたやりとりでも、なぜかレナードを怒らせる言葉を選んでしまう。こうして色んなことに反応して表情をコロコロと変える彼を見ていると、普通の人と何ら変わらないと安心出来るからだ。 「願わくば、またこうして過ごせる事を期待している」 たわいないことを言い合って、美味しいお茶があって。2人きりになるのも難しいかもしれないけれど、またこうしてのんびりとした時間を過ごそう。その誘いには反対じゃないらしく、大人しくなったレナードは帽子を被り直してきちっと姿勢を正す。 「俺も楽しみにしてる。あと……何て言えばいいかわかんないけど、契約してくれて有難う……改めて言うとあれだな!」 照れ隠しのように冗談っぽく笑ってみせるけれど、ロブにはきちんと届いていたようで返事代わりに頬へ口づけられた。 「レニー、契約の期間は無期限で良かったか?」 「……もちろん!」 くしゃりと帽子の上から撫でられて、子供扱いするなと吠えるレナードを横目にロブも顔を綻ばせる。 戯れているようだと言われる2人の口げんかは、もう暫くだけ続きそうだった。 桃のエリアといえば、雫を取りに行った4人はどうなったのだろう。直接愛の雫が増幅させる魔力を浴びたテディは陽に抱きついていた。けれどそれは、いつものように「おまえは僕のヨメ!」と一方的に力強く抱きしめているというよりも、弱々しく縋り付いている状態。 普段と違う様子に心配にもなれば、頼りにされると言うことも経験がないので、陽はおろおろしながら背中を撫でることしか出来なかった。 「テディ、落ち着い、た……?」 話してくれなきゃわからない、話してくれても解決出来る自信なんてない。そんな頼りない自分が悩みを聞き出すなんて大それたことは出来ないし、そんな自分だから何も話してくれないのだろう。 (ど、どうすればいいんだろう……) やっぱり自分はダメなんだと落ち込んでいると、ポツリポツリと話し出してくれた。 「どうして、わかんないんだ……? 陽は僕の、ヨメになりたくないのか」 「ヨメって言われても、わかんないよ」 容姿も成績も、家柄だって平凡な自分。これといった特技もないし何が気に入られているのかわからない。テディはいつもストレートな言葉で伝えてくれるけれど、飾り気がないぶん余計に対応が困った。 言葉のあやか、冗談か――そうでなければ自分にそんなことを言う人がいるわけがない。 「スキは、どうしたら伝わる? オマエはどうしたらヨメになるんだ」 「ボクにもわからないんだもん、答えられるわけないよ」 答えられない質問をされて困っているのは陽の方なのに、テディは悲しそうな顔をする。自分が虐めているかのような感覚になりながら、一生懸命導きだせる答えを捜す。 「……テディは、ボクの何が好きなの?」 ずっと聞いてみたかった言葉。けれど、冗談に決まってるだろとか本気にすんなって言われるに決まっているから、聞くのが怖かった。折角パートナーとして契約して、ほんの少しだけ友達のような話とかも出来るようになって。 いや、これが本当に友達と呼ぶのかはわからない。なんらかの利害関係が一致しただけかもしれない。そんな価値も、自分にはないのだけれど。 「陽はスゴイんだ、僕のココロをギュッてするから」 「どういう、意味?」 パァッと顔を明るくさせ、ランスを構えるようなポーズをとると元気に敵を倒すアクションをとった。 「オマエが笑ってると、どんな敵も全部やっつける! って思えるし、泣いてると泣かせた奴は超やっつける! って思えるぞ」 (やっつけるばっかじゃないか……) それでも、自分でも誰かのためになるのかとほんの少し期待してもいいのだろうか。 「こんなコト出来るの、オマエだけだ! だから陽、ヨメになれ!」 「ボク、だけ……?」 ぱちぱちと驚きを隠せない顔でテディを見れば、逆に不思議がられてしまう。陽が好きなテディにとって当たり前でも、それを本当に好意だと思っていなかった陽にとっては信じられなくて当然だ。 「僕は騎士だ! ウソはつかないし、約束は守るぞ」 「う、うん。テディを疑ってるわけじゃ、ないんだけど……」 (ええと、じゃあ……テディにとってのヨメは、友達ってことでいいのかな。それってちょっと図々しいかな) そんな風にぐるぐると考えていると、テディはなぜか膝を立てて座り、陽の手を取ってそれを自分の肩に乗せる。 「裏切ることなんか絶対ないぞ、陽の敵を討つ矛となってやるから、陽も僕のヨメになれ!」 そうして肩に置いた手を取り、甲に口づける。騎士任命の儀式を見立てたそれは、テディの本気を伝えることが出来たのだろう。 なんでこんな恥ずかしいことをしているんだろうと思いつつ、陽はわかりやすく一生懸命に伝えてくれたテディに対して、今までのように苦笑いでなんとなく返すのではなく、しっかりと彼を見て笑う。 「……ありがとう」 (攻撃力が上がるアイテム代わりかもしれないけど、ボクでも力になれるってことだよね……なんでかはわからないけど) ヨメ宣言をして、初めて貰えた笑顔。テディはうれしさのあまりに陽を抱きしめたまま連れ回し「コレは僕のだ!」と宣言してまわるのだった。 そして、同じく魔力の直撃を食らった梓とカデシュはと言えば、やっと戻ってこれた白い薔薇の休憩スペースでお茶をのんびり飲んでいた。 霧が濃くなったせいで暫く足止めを食らったものの、少しずつ晴れてくる霧の中を歩きたどり着いたのだ。目印は付けていなかったが、元々土が軟らかくなっていたこともあり、足跡を辿れたため戻ってこれた。 「せっかくのお茶会なのになー」 このエリアには絵を描いている人と口げんかしている人。お茶をゆったりのんびり飲んでいるのは自分たちだけではないだろうか。 白い薔薇は間近で見れたし、紅茶は美味しいし。カデシュも喜んでいるからいっか、と梓はスプーン山盛りの砂糖をもう1杯カップにいれようとする。 「ですから、砂糖を入れすぎですってば」 没収です、と砂糖のポットを取り上げるとすぐさまつまらなそうに口を尖らすので、カデシュは本当に保護者のようだ。 「代わりに、こちらを差し上げますから……可愛いですよ」 そう言って髪に挿されたのは真っ白い薔薇。梓の赤い髪を引き立たせるその白は、パートナーとしての欲目を抜いても華やかだ。 「可愛いって言われて、男が喜ぶとでも思ってんのか?」 「おや、花言葉に僕の思いを乗せたつもりでしたが伝わりませんでしたか?」 むっとした顔で睨めば、気になる一言が返ってくる。自分の知らない意味が含まれているのだとしたら聞き出したいけれど、可愛いを訂正するまで許してやるつもりもないから教えて欲しいなど言えるわけがない。 (でも、今日はカディシュへの感謝のつもりで来てるんだし……) むぅ、としかめっ面をしたかと思えば、そっぽを向いて耳だけを梓の方に傾ける。 「暫く考える。だから、その間リュート弾けよ……そしたら許してやる」 「……はい、喜んで」 そうして奏でられた優しい音色。心地よいそれは、思い出とともに記憶されているメロディーと同じで、カデシュもあのときのことを大切にしていてくれてるんだと少し嬉しくなる。 (しっかし、薔薇の花言葉かー。よく告白で真っ赤な薔薇とかは聞くけど) 色ぐらいで意味は違うんだろうか。それとも、さっきのは引っかけで可愛らしいという意味なのだろうか。 「そりゃあ、俺もカデシュのことは好きだけど」 心の中で呟いたつもりの言葉は、音になって外へ出る。それに気付いたのは、リュートの演奏が止まってからだった。 「アズサ、今のはどういう――」 「パートナーとしてだ、パートナー! 頼りにしてるっていうか、信頼してるっていうか、あーだからー……そ、尊敬とか!」 (なんでこんな必死になってんだよ、パートナーとして好きなのは間違いないのに!) 本人は誤魔化したつもりでも、相手は簡単に誤魔化されてはくれない。けれど、いっぱいいっぱいな梓を見てこれ以上は無理だと判断したらしい。 (急かさなくても、時間はたくさんあるわけですしね) 懸命に身振り手振りをして誤魔化そうとしていたからか、ずれてしまった薔薇の位置を整えてカデシュは笑う。 「そうですね、白い薔薇には尊敬やアズサに相応しい純粋といった言葉もあります。けれど、もう1つ知って頂きたい言葉があるんですよ」 「俺に伝えたいってこと?」 と言っても、その類に興味のない梓に思いつくはずもない。白い薔薇1つにいくつもあるなんて厄介だなぁと思いつつ、答えを待つ。 「私はあなたに相応しい――ですから、いつまでもアズサを見守っていますね」 「あーうん、カデシュにはいつも世話になってるしな。いないと困るかも」 素直過ぎるその受け答えに、想いを含めたカデシュとしては面白くない。いくら時間をかけようと思ったからとは言え、全くのスルーはないだろう。 「まーでも……いつもありがとな」 「アズサ?」 「これからも、よろしく頼むぜカデシュ!」 少年のように笑う梓に恋心を理解させるには、どうやら骨の折れる仕事となりそうだった……。