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【借金返済への道】ザ・ヒーロー!

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【借金返済への道】ザ・ヒーロー!

リアクション


第1章


「今日も稼ぎ日和になりそうですね」
 自室で朝を迎えたタノベさんはベッドから出ると直ぐに窓を開け放ち、呟いたのだった。

 秋晴れ爽やかな午前。
 人々が出入りし、行き交うデパートの前では月見里 渚(やまなし・なぎさ)が徹夜で作製したヒーローショーのチラシを配布していた。
「新しいヒーローも居ますよ! 楽しんで下さいね」
 渚は子供達へにこやかにチラシを手渡す。
「あなたみたいな格好良いヒーローも居るの?」
「勿論ですよ」
 にっこり作り笑いをしているラグナ・アールグレイ(らぐな・あーるぐれい)はお母さん方にいつもとは違う口調で相対していた。
「あの〜……彼女とか居るんですか!?」
 こちらは粋な甚平と眼鏡で女性陣に囲まれた志位 大地(しい・だいち)
 彼女達からの質問にはにっこりと笑顔でかわし、チラシを受け取らせている。
「居ないんですか!?」
 それでもしつこく質問してくる子達には建物の陰へと誘い、眼鏡を外して対応している。
「あんまりしつこいと……あなた方の心の傷口を探しだしてきて抉りますよ?」
「きゃーー!」
 笑顔で恐ろしい事をさらりと言う大地にかえって黄色い声が浴びせられるのだった。
「彼女可愛いよね〜? このチラシ受け取るから俺等とお茶行かない〜?」
「はぁ……僕は男だよ」
 笑って配っていた神和 綺人(かんなぎ・あやと)は、何度目かの男どものナンパに辟易していた。
「はうーん! 凄い凄い! チラシも配ってるよ! 貰わなきゃ!」
「どうぞ!」
 連れのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)をひっぱりクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は渚からチラシを受け取る。
「はいはい解った解った」
(クマラって、俺よりうんと年上だよ……な?)
 疑問に思った事は胸の内へと仕舞い込み、楽しそうにしているクマラを眺める。
「ほら、屋上に行く前にやる事があるだろ?」
「うん! ほら、早く! 早く!」
 2人は屋上ではなく、1階へと足を運んだ。


 ヒーローショー用の控室では御凪 真人(みなぎ・まこと)エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)がホイップの前にいた。
「今回、私がタノベさんに申し出てマネージャーになった」
 エリオットが眼鏡を少し上げる仕草をし、ホイップに告げた。
「へっ? マネージャー? そ、そんな悪いよ!」
「舞台の出番を管理したりするのは1人では大変だろう?」
「そうですよ。ここは頼んだ方が良いと思います」
 真人もマネージャーを薦める。
「そうそう、ホイップちゃん。ここは素直にお目付……じゃなかったマネージャーされてよ。あたしもホイップちゃんと一緒に仕事したいしさ」
 メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)も言う。
「う〜ん……確かに色んな舞台があるし、役を間違えたら大変だよね。……うん、お願いします!」
 とうとうホイップは折れた。
「んじゃ、早速。前説のお着替えに行こう!」
「うん」
 メリエルの後ろをホイップが追っていった。
「やれやれ……」
「エリオットが言うようにホイップが単独で行動している時に借金が増える傾向があるのだとしたら、今回のマネージャーは大事な役目ですね」
 真人が横でエリオットの顔を窺う。
「卿は勘定奉行の様な事をしているではないか。そっちの方が大変そうだが?」
「いえいえ。俺はただ……ホイップの借金が少しでも早く返済出来たらと思いまして」
「ふっ……私もだ」
 お互いに笑い合うとそれぞれの仕事へと向かった。

 このやりとりの少し離れた場所では樹月 刀真(きづき・とうま)が黒子の格好に着替え終っていた。
「刀真……その格好はしなければいけないのか?」
 不思議そうに漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が質問をする。
「……タノベさんにどうしても裏方の演出をするならと着せられてしまっただけです。好きで着ているわけないでしょう? 純粋にホイップを助けようと思っただけなのですが……」
「……大丈夫、たぶん似合ってる」
「……慰めになってませんよ」


 メリエルと共に更衣室から出てきたホイップは、黒いサロペットに白いTシャツ、黒い帽子という出で立ち。
「似合ってるじゃねぇか! ちょっと腹黒いお姉さんな感じだぜ」
 これから組む事になっている仏滅 サンダー明彦(ぶつめつ・さんだーあきひこ)がホイップへと話しかける。
 こちらの衣装は波羅蜜多ツナギを改造したもので、だいぶハジケている。
「……もう唾吐きかけたりしない?」
 が、ドロウさんの依頼で行ったキノコ狩りの時に受けた事を忘れる事が出来ず、びくつきながらサンダー明彦へと聞く。
「そんな事したの!? ひどーい!!」
 メリエルがホイップを背に庇いサンダー明彦を睨む。
「だ、大丈夫だって……もうしねぇよ! ……たぶん。ライブがここんとこ続いてて金欠だから……そんな事してる暇ねぇんだよ!」
 じっと目を見つめるホイップ。
「……うん! 今日は宜しくね!」
「おう!」
 なんとか信じてもらえたサンダー明彦は胸をなでおろした。
「そろそろ時間です! 前説のお2人はステージに上がって下さい!」
 タノベさんが控室の入り口で告げた。
 2人は舞台へと上がっていったのだった。


■前説■

 会場である屋上のステージの前には子供達とそのお母さん、お父さんで席が埋め尽くされ、それでも足りずに立ち見が出ている。
「や、やぁ、みんな。も、もうすぐヒーローショーが始まるよ……」
 口調を子供向けに変えたサンダー明彦が口火を切った。
「ステージに上がると危険だからね! 解ったかなぁ〜?」
「はぁ〜い!!」
 ホイップの声掛けに子供達が元気よく応える。
「それじゃあ、皆でこのお兄さんのエレキギターに合わせてお歌を歌おう!」
「はぁ〜い!」
 子供達のキラキラ輝く瞳を受け、サンダー明彦は大きく息を吸い込む。
 ギターを構え、指が弦に触れた。
 凍り付く会場。
 サンダー明彦のギターから掻き鳴らされた音はヘヴィメタルに変わってしまった“猫踏んじゃった”だったのだ。
 どうやら満員のの会場がサンダー明彦のロック魂に火を点けてしまったようだ。
「ええぇ〜!?」
 びっくりしてホイップは素っ頓狂な声を上げる。
「おらぁ! 座ってんじゃねぇよ! 基本スタンディングだろうがぁ!!」
 起立を強要するが、子供達は怖がって固まってしまっている。
 ホイップが横にいる事などお構いなしに首を激しく上下に振り始めた。
 いわゆるヘッドバンギングというやつだ。
 どんどん首を振るスピードが速くなっていく。
 クライマックスまでくると子供達も正気に戻り始め、泣きだす始末。
「今日の客はノリがわりーぞ!」
 とうとう観客へとサンダー明彦はダイブしたが、何かやらかしそうだと裏方の皆が気がついていたので、子供達は早くに舞台から遠ざけられていた。
 なので、飛びこんだ先にはクッションとなるものが何もなく、床とキスをすることになったのだ。
「うふふ……」
 気を失ったサンダー明彦を特に警戒していたルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)が引きずっていった。
「早くヒーローショーへと皆の気持ちを持って行って下さい」
「み、皆ー! さぁ、大きな声でヒーローを呼ぼう!」
 隠れ身で姿を隠していた刀真がホイップへと耳打ちをしてなんとか前説は終了したのだった。