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ジャック・オ・ランタン襲撃!

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ジャック・オ・ランタン襲撃!

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 ジャックはお菓子を奪っていく。そこに目をつけてジャックを倒そうとするのはある意味自然と言えよう。対ジャック用特製お菓子を用意するのである。

 民家のキッチンを借りたクロス・クロノス(くろす・くろのす)は、足首まである黒ローブ・黒のスラックス・黒い靴、額から頬が隠れる白の半面に武装の大鎌という死神の格好でパイ作りに励んでいる。
 クロスは塩・薄力粉・ショートニング・牛乳でパイ生地を作り、パイ皿にパイ生地と、パートナーのカイン・セフィト(かいん・せふぃと)に作ってもらった中身を入れる。この中身は、芽の付いたままの発育不良のジャガイモを蒸して皮ごと潰し、朝顔の種を粉末にしたもの・彼岸花の球根をすりおろしたもの・水仙をミキサーにかけペースト状にしたもの・南天の実・豆板醤一瓶・細切りにしたベーコンを混ぜたというとんでもない代物だ。
 あとはパイ生地の蓋をして、おいしそうに見せるため卵黄を蓋に塗って焼き上げれば完成だ。クロスとカインはできあがったパイを持ち、借りた部屋でジャックが現れるのを待つ。敵は匂いに誘われてあっという間にやってきた。
「ささ、どうぞどうぞ」
 クロスがジャックにパイを差し出す。ジャックがパイを受け取ると、クロスは大鎌を構えた。パイを食べて悶絶している間に、ジャックを捕獲するつもりだ。
「果たしてジャックに有毒植物は効きますかね」
 カインもクロスの援護体勢に入る。ところがジャックはパイを食べず、パイをもったまま部屋を出ていこうとした。
「え、食べないんですか? ちょっと待って……」
 クロスがジャックの後を追いかけようとする。それをカインが止めた。
「わざわざ危険を冒してまで戦う必要はないのではありませんか? あのパイを持っていかれる分には一向に構わないわけですし、もしどこか別のところで食べてくれるのなら、それで倒せるかもしれません」
「それもそうですね……なんか拍子抜けしちゃいました」
 二人は複雑な気持ちで、満足そうにパイを持ち帰るジャックを見送った。

 お菓子に目がないはずのジャックが、お菓子を食べない。メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)もそのことで困っていた。今メイベルたちの目の前にいるジャックも、せっかく用意したお菓子をかき集めるだけで、一向に食べようとしない。
「どういうことなのでしょうねぇ〜。仕方ありません。セシリア、あれをお願いしますぅ」
「了解」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が大きな箱を取り出す。箱を開けると、中には小さなパンプキンパイが山ほど入っていた。これはメイベルがセシリア、そしてフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)と一緒に作ったもので、中にはタバコやデスソースが入っているのだが、とてもそうは見えない。今回のお菓子の目玉だ。
「おいしく作りましたので、是非食べてください」
「特製パイだからおいしいよ!」
 メイベルがジャックにパイを差し出し、セシリアが後押しする。ジャックはパイを受け取ると、じろじろと眺め始めた。
「ふふ、さすがにこれなら……」
 メイベルが口元に笑みを浮かべる。しかし、ジャックはやはりパイを口にせず、マントの中にしまいこんだ。
「あ、あれぇ」
「あらあら、ジャックさん行ってしまいますわ。どうしましょう?」
 マントをぱんぱんに膨らませながら飛んでいこうとするジャックを見て、フィリッパがメイベルに尋ねる。
「うーん、襲ってきたら戦うつもりでしたが、そうでないのに攻撃するのは気が引けますぅ」
 メイベルが躊躇っているうちに、ジャックは三人の前から去ってしまう。
「行ってしまいましたわね。ジャックさんを倒してランタンやお菓子にすれば、子供たちが喜んでくれるかもしれないと思いましたのに」
 フィリッパが少し残念そうに言った。
「まあ、これでよかったんじゃない? メイベルの言うとおり、ジャックは僕たちが勝手に用意したお菓子を持っていっただけだし」
「そうですわね。でも、なんでジャックさんはお菓子を食べなかったのでしょう。実は恥ずかしがり屋さんで、あとで一人で食べるつもりなのでしょうか」
「そうかもしれませんねぇ。もしそうだったら、ちょっぴりかわいそうなことをしました」
 フィリッパの言葉に、メイベルは一人パイを食べ悶絶するジャックの姿を想像した。 

「美海ねーさま、恥ずかしい……」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、肩や脚を露出したちょっぴりセクシーな魔女服を着て身をよじらせる。見えそうで見えないミニスカートがポイントだ。
「あら、沙幸さん。とっても似合っていてよ」
 沙幸のパートナー藍玉 美海(あいだま・みうみ)が、沙幸を抱き寄せてその頭をなでる。沙幸の仮装は美海がコーディネートしたものだ。美海は、自分も肩や足だけでなくへそまで露出したセクシーな衣装を着ることで、恥ずかしがり屋な沙幸にあのような格好をすることを納得させた。
「ねーさま、それ以上は……ダメなんだからね! あ、ほら! あそこにジャックと子供たちがいる! 急がなきゃ。きっとジャックだって、本当はハロウィンを楽しみたいんだよ」
 ジャックを見つけた沙幸が走り出す。
「やれやれ、沙幸さんはホント甘いですわね……」
 美海も後に続いた。
 沙幸はジャックに駆け寄ると、優しく言う。
「ねえ、子供たちからお菓子をとるのはやめてあげて。ジャックはハロウィンの楽しみ方が分からないだけなんだよね?」
 しかし、ジャックは沙幸を無視して子供たちの持つお菓子を狙う。
「ダメだって! ほら、これあげるから」
 沙幸は、激辛のものやとてつもなくすっぱいものが混ざっている悪戯系のお菓子をジャックに差し出す。いざというときにジャックを懲らしめてやろうと用意していたものだ。今度は沙幸の方を向き、ジャックがこれを受け取る。だがこれだけでは足りないのか、ジャックはまだ子供たちを襲おうとする。
「あまりおイタが過ぎると、ランタンの炎を消してしまいますわよ」
 ここで美海が口を開いた。氷術をちらつかせてジャックを見据える。
 しばし視線を戦わせる美海とジャック。やがて美海の意図を察したのか、ジャックは沙幸にもらったお菓子だけを持って退いた。
「あーあ、残念。分かってくれたらあま〜いお菓子をあげようと思ったのにな」
 肩を落とす沙幸。そんな彼女を、美海が後ろから抱きしめた。
「そううまくはいかないものですわ。代わりにわたくしとあま〜い夜をす・ご・し・ま・しょ」
「そ、そんな、おねーさま、子供たちの前で……」
 そう言いながら、抵抗はしない沙幸であった。
 
「ふふふ、ついてきてるついてきてる」
 葉 風恒(しょう・ふうこう)は桃まんとゴマ団子の入った蒸籠(せいろ)でジャックの気を引きつけて逃げ回り、子供たちのいる場所から引き離そうとしている。    
 風恒の衣裳は、袖の長い詰め襟旗袍(チーパオ)にお札の付いた中国帽と典型的なキョンシーの仮装だ。機動性重視である。そして桃まんには練り辛子、ゴマ団子には豆板醤がそれぞれ餡の代わりにみっちり詰め込まれている。
 風恒のパートナーダレル・ヴァーダント(だれる・う゛ぁーだんと)は、民家の庭を借りてホースを構えている。ジャックは水に弱いと睨み、これで風恒を援護しようという考えだ。
 ダレルは錦の中華鎧を着て、額に第三の目がペイントしてある。これは『西遊記』などに登場する神将・二郎真君のコスプレで、風恒が趣味で着せたものだが、ダレルは何の衣装かもよく分かっていない。
 そうこうしているうちに、風恒がダレルの近くまでやってくる。風恒は、ジャックがダレルの前を通りかかるタイミングを見計らって合図した。 
「ダレル、今だよ!」
「いきますぞ」
 ダレルが生け垣の陰からホースで勢いよく水を放出する。ジャックの顔面を捉えた水は、顔の穴から中に入り炎を消す。ジャックはぽとりと地面に落ち、ぴくりとも動かなくなった。
「すごいや! ダレルの言ったとおりだよ」
「どうやら成功ですな」
 ダレルとハイタッチしようとした風恒は、自分が蒸籠を持っていることを思い出す。
「この強烈なお菓子、どうしよう……?」

 ジャック萌え! 中にはそんな人だっている。ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)がそうだ。
「きっとジャックは年に一度の出番で浮かれてるだけだ」
 そう主張するアイリは、パートナーたちとお菓子を作ってジャックを歓迎し、みんなで一緒にお菓子を食べようと考えている。仮装も執事服にシルクハット、そしてマントでジャックもどきと気合いが入っている。
 お菓子作りのために民家の台所を借りたのだが、その際にはセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)がうまいことやってくれた。彼は、『本物のジャックとお菓子を食べるなんて滅多にないことですから、友達に自慢出来ますよ♪』と子供を言いくるめたのだ。また、アイスが溶けないようにと口実を作って部屋の温度を下げ、燃えそうなものも避難させて、念のためにジャックの火術対策をしていた。
 料理が趣味のネイジャス・ジャスティー(ねいじゃす・じゃすてぃー)は、
「悪魔と仲良くしたいだなんてバカですか? まあ室内戦闘よりはマシですかねぇ……」
 と呆れながら、どうせ作るなら相手をうならせるくらいのものを作ってやろうと張り切っている。
 こうして三人は協力し、コウモリやお化けやカボチャの形をしたホットケーキのチョコソース掛け、ナッツ入りロッククッキー、ヴァニラアイスのホットメイプルシロップ添えなどを大量に作成した。
 いくらも待たずして、案の定ジャックが甘い香りに誘われてやってくる。三人はこれを歓迎した。
 ネイジャスは、自分の作ったお菓子がジャックの口に合うか少しドキドキする。しかし、ジャックはお菓子を手にしこそすれ、口に運ぼうとはしない。
「なんだ、食べないのか? せっかくなのに。ほれ」
 アイリが目の前に突きだしても、ジャックは決してお菓子を食べない。
「気に入らないのですかね」
「そうではないでしょう。こんなにせっせと集めているのですから」
 ちょっぴり残念そうな顔をするネイジャスに、セスが答える。
「だよなあ。まあとりあえずそれはいいとしてもさ、ジャック、いくらハロウィンが悪戯OKだとは言っても、人を困らせていいってことじゃないんだぞ。お菓子の強奪なんてやめればみんなも受け入れてくれるし、その方が楽しいって。なんたってお前ほどハロウィンにぴったりな悪魔はいないんだしな!」
 アイリの熱弁にも、ジャックは黙々とお菓子を集め続ける。
「ダメ、か」
 結局お菓子を食べたのは三人だけ。ジャックは持てるだけのお菓子を持つと家から出て行った。
「あーあ、もっと仲良くしたかったんだけどな」
「恥ずかしかったのかもしれません。きっとあとで、持ち帰ったお菓子を食べてくれますよ」
「所詮悪魔なんてあんなもんです」
 三人は思い思いの言葉を口にしてジャックを見送る。ただ、ジャックが一度振り返ったのには誰も気がつかなかった。その顔がどこか名残惜しそうに見えたのは気のせいだろうか。