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料理は愛情! お弁当コンテスト

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第1章 お弁当コンテスト

 秋も深まり、冬の足音が徐々に近づいてきたとある休日。
 ヴァイシャリー家が所有する数ある別邸・別荘のひとつに、ヴァイシャリー湖畔に立つ、赤煉瓦と群青色の屋根の建物がある。塀で囲まれた、小さな──といっても貴族の基準ではあるが──庭付きの屋敷だ。
 普段は殆ど使用されていないが、今日は珍しく早朝から人の出入りがある。
 人だけでなく、次々と馬車やバイクで運び込まれる数々の荷物。段ボールの側面には、日本語が書かれているものも多い。それらは広いキッチンに次々と集められていく。中身はラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)によって、世界中から集められた食材だ。
 キッチンには今日に備えて地球の設備が揃えられ、同時に十何人もが調理ができるようになっている。シンクにコンロにオーブン、それに電子レンジ。薪と石炭に井戸では、流石に今日の主役にとって、時代錯誤の重労働なのだ。
 普段なら登校している時間になって、主役たる生徒達は鉄扉をくぐり、ヴァイシャリー家別荘にやって来た。
 今日ここではお弁当コンテストが開かれることになっていたのだ。

 ラズィーヤ・ヴァイシャリーが朝のヴァイシャリー家でお料理教室を開いたのは、ほんの少し前のことである。
 きっかけは、ラズィーヤや彼女のパートナーである百合園女学院校長・桜井 静香(さくらい・しずか)が参加した避暑の船旅でのことだった。静香のお財布事情を懸念した百合園の生徒神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が、お弁当代を浮かせてあげようと提案したのだ。
 ラズィーヤは提案を受けて、大和撫子の嗜みたる料理教室を開催。静香はつくったものをお弁当として学校に持って行くことにしたのである。
 ただこの“お弁当”なるもの、世界各地に昼食を持参する国は多々あるが、エレンや静香の母国である日本では、他国よりも凝ったお弁当が作られている。元より日本文化が好きなラズィーヤとしても興味をひかれ、色々なお弁当を見るためにお弁当コンテストを開催することにしたのだった。
「今日はどんなお弁当が見られるのかしら」
 門が見渡せる二階でソファに腰を埋めて、ラズィーヤはうきうきとした口調で静香に話しかける。
「ヴァイシャリーで持参するお弁当といったら、パニーノやサンドイッチやサラダに果物そのまま、という感じですけど……生徒さんは地球の各地からいらっしゃってますものねぇ」
 静香は地球からラズィーヤが取り寄せたお弁当づくりの本をめくりながら、
「日本でお弁当が発達したのは、冷めても美味しい種類のお米があったからって説があるらしいよ。パスタはやっぱり茹でたてが一番美味しいと思うし……」
 それに、いくら地球の技術が入ってきたといっても、いつでもどこでも電子レンジでチンしてあったかいお弁当が食べられるという訳にもいかない。家に帰ったり、どこかのお店でゆっくりできたてを食べたりした方がいいようだ。
「美味しいだけじゃなくて、きちんと栄養や見栄えが考えられているのが素晴らしいところですわよ。それに日本には沢山のお弁当づくりの本があって、日々研鑽されていますわね」
「そうだね。僕も今日はいっぱいアイデアを貰って、明日からのお弁当に活かそうっと」
 二人は今日、コンテストの審査員だ。
「みんな今頃頑張ってるんだろうなー」
「待ってくださいませ!」
「へ?」
 バーンと勢いよく音を立てて、扉が開く。姿を現したのは赤貧と情熱のペーパードレス姿のロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)だった。
「桜井校長、ま・さ・か、今日は審査員だから食べるだけ〜♪ だなんて思っていらしゃいませんわよね!?」
 有無を言わせぬ強い口調で、ロザリィヌはずんずん静香の鼻先に詰め寄る。
「校長のお弁当も私達にも頂きたいですわ。まさか、台所に立つのは女だけと思っていませんわよねっ?」
「え、まぁ、それはそうだけど」
「みなさんが許したからといって、百合園の全員が校長に納得したわけではございませんのよ?」
 この前の船旅でのことだ。静香の正体に感づいて、服を脱がせようと虎視眈々と隙を狙っていたロザリィヌの前で、静香はばっちり喋ってしまっていた。状況が状況だったから後悔はしていないが……。
「生徒が用意するお弁当にも負けないものを作れなければ、百合園の校長として相応しいとは言えませんわね! おーほっほっ!」
「わ、分かったよ、僕も参加するよ!」
「私の評価は厳しいですわよ? では、できあがりを楽しみにしてますわ」
 ロザリィヌは言いたいことを言うと、部屋から出て行ってしまう。ラズィーヤは頬に指を当て、とぼけたように、
「早速挑戦されましたわねぇ。勢いでお受けして宜しかったのかしら?」
「……うん。できればみんなに認めてもらいたいもんね。僕もキッチンと材料借りるね」
 静香は神妙な顔つきで頷くと部屋を出て行く。
 残されたラズィーヤは、腰をソファに埋め直し、うふふ、と少しだけ笑う。
「少しはたくましくなったのかしらねぇ」

 その頃、キッチンはコンテストに参加する、もしくはしないけれどお弁当づくりにはげむ生徒達でにぎわっていた。
 ぴろりん。
 音が鳴る。
 ぴろりん、ぴろりん。
 携帯の撮影音だ。手の主は南西風 こち(やまじ・こち)雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)の背中から、無表情に携帯を構えている。
「こっちもお願いねぇ?」
「……はい、マスター」
 リナリエッタに言われ、シャッターボタンを押す。ぴろりん。画面に記録されているのは、生徒の調理台に立つ姿だ。綺麗に撮れているか確認してから、調理台のおかずを眺め、くいくいとリナリエッタのスカートの裾を引く。
「……マスター」
「なにー?」
 リナリエッタは振り返ると、無表情のこちの顔から彼女の要求を読み取った。
「ダメだよぉ。これはあの人の、こちはいい子だからわかるよね? 後で食べられるからねぇ? ……ちょっとベファぁ、何やってるのぉ?」
 もう一人のパートナー・男装の麗人ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)は、こちと同じく当初は写真撮影をしていたのだが、馴れない料理で指先を切った男の子の手を取っていた。百合園で男性との接触が普段ないせいか、あっちにひっかかったりこっちに躓いたりして、さっきから積極的に接触している。
「怪我しちゃったんだね。これくらいの傷は舐めたらすぐに……」
 王子様然としながらも男子生徒の指先を口に含もうとしたところで、襟首が引っ張られた。
「な、リナ、いいところなのに」
「真面目にやってよねぇ」
 今日はリナリエッタ共々、三人は審査員でコンテストに参加する予定だった。とはいえリナリエッタは食通ではないので、お弁当を食べてあれこれ言う気にはなれない。だったら、料理中の様子を、綺麗にキッチンを使っているかを審査対象にしようと思って、審査の開始前からここに来たのだ。
 予想は想像を遥かに超えていて、ちゃんと道具をしまったり汚していないか、どころか、調理台には何故か、緑色の青臭い液体や、真っ赤な生き血に青いぷにぷに、スナック菓子と、想像を絶するものが並んでいた。
「生死に関わるんだからぁ。……ホント、見に来て良かった……」
 リナリエッタは制作者の顔を撮るようにこちに指示すると、絶対に彼らのお弁当を試食しない、と心に誓っていた。

 一方、広間では、スタッフを志願した生徒達が、こちらも忙しく働いていた。
 煌びやかな装飾が施されたシャンデリアの下に審査員と参加者用のテーブルと椅子が並べられていた。テーブルにはピンクと白のクロスがかけられ、それぞれの中央には百合をさした花瓶が飾られている。椅子の座面にもふこふこのクッションが敷かれていた。
 それとは別に、部屋の中央に、こちらは白いクロスだけで何の装飾もない長テーブルがある。その前で、高務 野々(たかつかさ・のの)は皺が寄っていないことを何度も確認してから、ポケットから取り出した紙片を開いた。中には今日の段取りが記されている。
 野々の役目は、このテーブルに参加者が作ったお弁当を並べたり飲み物を運んだり、といったパーラーメイド的役割だ。ラズィーヤが貸してくれたメイド服は、普段よりフリルやレースが多い。
 執事役は冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)。執事服姿の彼女は、こちらも段取りとにらめっこしながら審査員用のお茶やナプキンを用意している。
 テーブルの間を歩いて、あちこちから会場を見回しているのははるかぜ らいむ(はるかぜ・らいむ)。審査員ではないが、何か考えがあるようで……部屋の隅にはマイクとスピーカーが用意されていた。
 やがて振り子時計が時間を告げ、会場の扉を小夜子が開いた。