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ローレライの歌声

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ローレライの歌声

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1.謎の歌姫

「それじゃあ、ヴァイシャリーのパブに行って来まーす。アイリスも気を付けてねぇ」

「うん、楽しんでおいで」

 フリルいっぱいの私服姿で、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)は、パートナーのアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)に手を振った。

 瀬蓮がこれから向かうのは、ヴァイシャリーの外れにあるパブ。

 最近、夜になると、おもむろに現れて、素晴らしい歌声を披露するという歌姫がいるらしい。

 この噂を聞きつけ、瀬蓮は友達と一緒に、今夜歌姫を見に行くことにしたのだ。

「瀬蓮ちゃん、お待たせ〜。わぁ、かわいいフリフリの服!」

 寮を出たところで、待ち合わせていた秋月 葵(あきづき・あおい)が声を上げた。

「こんばんわ。葵のロリータ服もかわいいね! 夜空に水色が映えるわぁ」

 服を誉められた秋月 葵は、にっこりして、リボンとフリルをはためかせてみせた。

 同じく寮の外で、メルティナ・伊達(めるてぃな・だて)鬼崎 朔(きざき・さく)も姿を見せた。

「瀬蓮さん、夜遅くにおつかれ。歌を聴くの楽しみだね。ミステリアスな雰囲気なんだろうなぁ」

 瀬蓮たちが歩き出すと、途中でエルシー・フロウ(えるしー・ふろう)たちが合流。

「こんばんはっ。寒いですね。夜に出かけるのって、ちょっと後ろめたい気もするけど、ステキな歌声が聴けると思うとなんだかワクワクしてきますね!」

「そうだね。瀬蓮もエルシーと同じ気持ちだよっ」

 パートナーのルミ・クッカ(るみ・くっか)は、少し心配そうな面持ちで、全く警戒心のないエルシーを見ている。

『夜中に外出。しかも場所がパブでございますか・・・・・・。
未成年でございますエルシー様が向かわれるには、いささか相応しくないように存じますけれど・・・・・・
あのように楽しみにされていらっしゃいますので、水を差すようなことは申し上げますまい。
せめて、御身に害が及ばぬよう重々気をつけて参りましょう』

 ルミ・クッカは、エルシーたちを危険な目に遭わせないよう、常に警戒をしながら護衛するつもりでやってきたのだ。


 さらに、一行が進むとミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)和泉 真奈(いずみ・まな)に出くわした。

「うのぉ! なんかみんなオシャレしてる! 瀬蓮さんたち、どこかへおでかけなの?」

「うん、謎の歌姫の声を聴きに、ヴァイシャリー外れのパブに行くのよ。
・・・・・・アイリスは護衛の任務でサルヴィン川に行っているので、パブには行けないんだけどね」

「へぇ〜 そんな歌姫がいるんだぁ〜。うん、珍しいものは見なきゃもったいない! あたしたちも行きたい!」

「じゃあ、ミルディアたちも一緒に行こうよ!」

 そうこうしてパブに着くころには、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)七尾 蒼也(ななお・そうや)たちも加わって、にぎやかな一行となっていた。


 ガチャ!

 小鳥遊 美羽がパブの扉を開けると、にぎやかな音楽がきこえてきた。

「あれ? もう歌が始まっちゃってる!? あの金髪ツインテールの子が歌姫なのかな?」

 彼らがパブの舞台を見ると、上質なメイド服に身を包んだ美少女が、金色の瞳を輝かせて元気よく踊っていた。

 すでに来ていたお客たちは、お酒を飲むのも忘れ、舞台でミニスカートをひらひらさせている少女に熱狂していた。

「キャーッ」

「いいぞー。ピーピー!」

 瀬蓮たちも思わず引き込まれて歓声を送っていた。

「瀬蓮ちゃん、この人、私が想像していたのとはちょっと感じが違うけど、元気できれいな歌声ね!」

「うん、そうだね、美羽ちゃん。蒼也もそう思うでしょ」

「あ、ああ・・・・・・いや、つい見とれちゃって・・・・・・」

「もうメロメロなんだから、蒼也は・・・・・・」


 生徒たちが口々に賞賛の声を上げていると、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)がやってきて、こういった。

「あの子は、あなたたちが探している歌姫じゃないわ。その娘はこの後で歌うわよ。
・・・・・・私、知り合いの紹介で、ヴィシャリーのナイトクラブでバニーガールのアルバイトしてるんだけど、そこで謎の歌姫の噂を耳にしたわ。
・・・・・・キマクと違ってヴィシャリーは良いわね。
治安も悪くないし、お客さんも貴族や上流階級の紳士だから、キップがいいのよ!」

 店員の佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)も続ける。

「今、舞台で歌っているのは百合園女学院のどりーむ・ほしの(どりーむ・ほしの)さ。
彼女には、よくここで踊ってもらってるんだよねぇ。
どりーむちゃんが来ると、ここはパブというよりライブハウスって感じかな。
・・・・・・で、君たちが話している謎の歌姫だけど、ワタシも気になってたんだよ。夜にしか現れなくて、しかも不定期というからね。
これは、パブの店員になって見守るのが一番と思って、ここで働いているのさ。
これでも料理人達の秘密結社【ジェイダス料理会】の一員ですからね」

 ちょうど、料理やカクテルの作り方を勉強したいと思っていた弥十郎にとって、パブで働くことは一石二鳥だった。

 彼は、パブのマスターにビールの注ぎ方やカクテルの造り方などを教わりながら、歌姫の登場を待っていた。


 弥十郎の横では、用心棒の熊谷 直実(くまがや・なおざね)が黙々と仕事をしている。

 が、ときどきどりーむ・ほしののほうをチラッチラッと見ては「ほうっ」と息を吐く。

「おっさん、どうしたんだ? ボーッとして。さては・・・・・・」

「い、いや。ちと心の中で念仏を唱えていただけだ。仕事に精が出るように、とな。
・・・・・・ぱぶというこの職場は、酒が『ざる』のわたくしにとってよい環境だよ。なにせ、闇討ちが横行していた時代に生きていたからな」

 どりーむのセクシーなダンスに顔を赤らめながら、実直な直実は、しどろもどろに言った。


「はぁーい、みんな。あたしの歌、聴いてくれてありがと〜!
呼ばれたらどこでも歌いにいくから、みんなあたしに会いにきてね〜〜」

「ワー、パチパチパチ」

 歌い終わったどりーむ・ほしのが、喝采を浴びて舞台を降りると、生徒たちは思い思いに歓談をしはじめた。

 ラビ・ラビ(らび・らび)は、初めて来るパブに興味津々の様子。

「わぁ、ここがぱぶってところかぁ。
寮を抜け出すときは、ちょっとドキドキしたけど、来てよかったー。
ここにはおいしいお菓子あるかなぁ?」

「ラビちゃん、ここはパブだから、お菓子はないかもよ」

 瀬蓮の隣に座っていた秋月 葵(あきづき・あおい)は、そういいながら、歌姫の出番を今か今かと待っている。


「葵さん、もうすぐ例の歌姫が登場するわね。演目はなにかしら?」

 屍枕 椿姫(しまくら・つばき)に訊かれて、秋月 葵は困ってしまった。

「そういえば、何を歌うかなんて、全然調べてこなかった。
椿姫ちゃんに言われて、初めて何を歌ってくれるか興味が出てきたってところかな。
・・・・・・あたしたち、良い席が確保できたし、登場が楽しみね」

 一方、ひとりでパブにやってきたセルシア・フォートゥナ(せるしあ・ふぉーとぅな)は、生徒たちの会話にも加わらず、隅の方の席で、歌姫が現れるのをじっと待っていた。

 これを見たミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)和泉 真奈(いずみ・まな)は、セルシアの隣に座ると、持ってきたお茶とお茶受けを広げて、セルシアに勧めた。

「こんばんは。ここ空いてますか? 
・・・・・・これ、あたしが作ったハーブティとマドレーヌなんですが、よかったら待ち時間の間に食べてくださいね」

「あ・・・・・・ありがとう。
私、何気に、夜一人で出かけるのって初めてだったんだけど
・・・・・・おいしい!」

「喜んでもらえてよかったわー。これ、ミルディアが張り切って作ったんです。
わざわざボックスクーラーまで持ってくるあたり、まるで釣りに行く人みたいですけどね」

 無口なセルシアの口元に、少し笑みがこぼれた。

「赤嶺さんも、マドレーヌどうぞ!」

「お、ありがとう、ミルディアさん。
うーん、でも、せっかくだけど、自分は酒を飲むよ。
泳げない自分は、船の護衛をしに行くこともできないしね」

 そういって、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は酒をぐいと飲み干し、飲み比べを挑んできた他の客を酔いつぶしていた。

「霜月、私には『お酒は控えて』って言ったのに、自分はそんなに飲んでる。
じゃあ私も飲むからねっ」

 クコ・赤嶺(くこ・あかみね)は、しばらくの間お酒を我慢していたが、パートナーの霜月が豪快に飲んでいる様子を見て、自分も、と飲み始めた。

 と、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)が、瀬蓮と赤嶺たちを見て、不思議そうな顔をした。

「あれ? そういえば、今夜はアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)がいないですな。
それがし、一緒に来たものだとばかり思っていたが」

「そうなの、玲。アイリスはサルヴィン川に行ってて、船の警護をしているわ。
瀬蓮、アイリスに見つからないようにこっそり寮を抜け出したんだけど、結局見つかっちゃった。
・・・・・・でも、アイリスは、ここに来ること許してくれたよ」

「そうだったのですか。船の警護・・・・・・
そういえば、サルヴィン川に出没するという魔物も、歌が上手いらしいですな」


 そうこうしているうちに、ようやくお待ちかねの歌姫が登場した。

 全員の注目が集まる。

 舞台にあがった謎の歌姫のいでたち・・・・・・それは、およそ普通のアーティストとは思えない格好をしていた。

 フードつきのマントを頭からすっぽりと被って、身体を隠している。

 さきほど、ミニスカートで踊っていたどりーむ・ほしのとは対照的だ。

 しかし、彼女が歌い始めると、そんな見た目のことはどうでもよくなった。

 ハーブティーを飲んでいたセルシア・フォートゥナ(せるしあ・ふぉーとぅな)の、カップを持つ手が止まった。

『ただ聴こえるんじゃなくって・・・・・・
心に直接伝わってくるみたい・・・・・・
同時に流れる他の歌も、音楽も・・・・・・彼女の歌の前では、霞んで聴こえない。
こんなにも惹きつけられるなんて・・・・・・』

 セルシアはそう思いながら、うっとりと目を閉じて、歌姫の声に聴き惚れていた。

 道明寺 玲(どうみょうじ・れい)レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)も、それぞれお茶とソフトドリンクを傾けながら、まったりと歌に聴き入っていた。


 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)七尾 蒼也(ななお・そうや)ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)たちも、美しい声音に、じっと耳を傾けていた。

「一度聴いたら、忘れられない歌声って噂でしたけど、本当にその通りですね」

 エルシー・フロウのつぶやきに、愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)も思わず相槌を打つ。

「俺も、歌姫の噂を聞いて、入り慣れないパブに緊張しながら来たけど・・・・・・
この歌声は本当に衝撃的! できれば、一緒に歌ってみたいなぁ」

「じゃあ、歌姫に頼んでみたら?」

「え! パブで歌うなんて緊張するし恥ずかしいけど、いつまた歌姫に会えるかなんてわからないし・・・・・・
うん、勇気を出して頼んでみようかな」

 やがて、歌姫は、曲を歌い終わる

 もちろん、観客からは盛大な拍手が沸き起こる。

「すばらしかった! すばらしかった! 
さあ、カクテルを一杯サービスさせてもらいますよ!」

 店員の佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、そういうと、カクテルを作り始めた。

 まず、熱湯に胖大海(はんだいかい) と甘草を入れ、1分ほど待つ。

 抽出したお茶にカシスのシロップを加えると、できあがり。

「さあどうぞ。カクテルの名前は『朝焼けの歌い手』です。
アルコールは入っていないから安心してね」

「ありがとう!」

 フードの歌姫は、美味しそうに喉を潤していた。

「あ、あの、俺、愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)っていうんだけど、今の歌、とっても感激したよ。よかったら一緒に歌ってもらえないかな?」

「ええ、いいわよ」

「やったー!!」

「ミサさん、よかったじゃん!」

「うん、ありがとう、エルシー。あんたが背中を押してくれたおかげだよ」

 そこへ、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)アイリス・零式(あいりす・ぜろしき)も、一緒に歌いたいと申し出てきた。

「じゃあみんなで一緒に歌いましょうか」

 歌姫が次の曲を歌い始めると、3人は彼女に合わせてハーモニーを奏ではじめた。

 プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)は、パブで借りたモップをスタンドマイク代わりにして、多少ぎこちない様子ながらも歌姫にあわせ、ウィスパーボイスでコーラスを乗せている。

 プレナは、歌姫の美声に実力を引き上げてもらうような感覚を覚えていた。

 一緒に歌いたくなる。そんな力が歌姫にはあるようだ。

 アイリス・零式(あいりす・ぜろしき)は、一緒に歌い終わった後、歌姫から歌い方のレッスンまで受けている。

 また、皇祁 璃宇(すめらぎ・りう)は、歌姫の声にすっかり心が打ち解けてしまい、さっそく歌姫に話しかけ、友達にまでなったようだ。

 百合園に入学したばかりで、まだ友達がいない璃宇にとって、こんなステキな歌声の持ち主と仲良くなれたのは、忘れられない思い出となるだろう。

「歌姫・・・・・・ともだち・・・・・・よかった!」

 無口なパートナーのトクミツ・オヅカ(とくみつ・おづか)も、片言で喜びを表している。

 そもそも、今日璃宇がここにやってこられたのは、トクミツが連れてきてくれたおかげなのであるから。

 エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)も、歌姫に話しかけ、首尾よく友達になれた。

「ああ、よかったです。今日の帰りは、消灯時刻が過ぎてしまいますけれど、それ以上にステキな出来事だったわ。
その分、明日は早くに寝れば大丈夫ですしね」

「エルおねーちゃん、よかったねー。でも・・・・・・
えっとね、歌姫っていうヒトの歌がどんなに上手でも、ラビはエルおねーちゃんが歌ってくれるほうがずっとずっと好きだからねー」

 こういうラビ・ラビ(らび・らび)に、エルシーはにっこりと頷いた。


 さて、パブは楽しい雰囲気に満たされていたが、生徒たちの仲には、歌姫の謎めいた姿に不審を抱く者もいた。

「そういえば、この歌姫さん、夜にしかパブに現れないのでございますね」

「私も、この歌姫からは、なにか不思議な匂いを感じたわ」

 ルミ・クッカ(るみ・くっか)クコ・赤嶺(くこ・あかみね)の疑問に、お茶を飲みながら歌を聴いていた道明寺 玲(どうみょうじ・れい)が意見を述べた。

アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)は、今夜ここには来ず、サルヴィン川で船の護衛をしているそうですな・・・・・・
聞いた話によると、近頃『ローレライ』という鳥の魔物が川に出没しているようです。
で、近くを通る船がローレライの歌声を聴くと、引き寄せられて沈没するらしい・・・・・・
この話を聞いて、それがしの『博識』がピンとひらめいたのですが、ローレライと、目の前にいる歌姫には何か関連がありそうな気が致しますな」

 七尾 蒼也(ななお・そうや)も玲の意見に同調する。

「俺も、それを不思議に思っていたんだ。もしかして、ローレライは、夜の間だけでも、人間に変身できるのだろうか?」

 レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)もうなずいた。

「たしかに、彼女の歌声はきれいだけど、フードをかぶっていたりと、何か隠している様子が気になりますね。本当なら、もっと堂々と歌って欲しいと思いますけど・・・・・・」


 夜も更けた。

 一部の生徒たちは、謎の歌姫の正体に疑問を抱きつつも、美声を聴き終えた観客たちは、みな晴れやかな笑顔をして、残月の下、各々帰途についたのであった。