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リアクション
午前
小瓶に入れられたライトグリーンの液体。
椎名真(しいな・まこと)は悩んでいた。さきほどクラスメイトから渡されたのだが、これはちーとさぷりというものらしい。サプリ、と名が付いているので怪しい薬ではないのだろうが、どうも気にかかる。
しかし今日は体育の授業がある日だ。この薬が本当に脚力強化の薬であれば、今日の短距離走で良い成績がでるかもしれない。実際、これをくれたクラスメイトは先日の授業で素晴らしい走りを見せたし……。
真は決意した。瓶の蓋をとり、一口だけ飲み込む。……よし。
その頃、もう一人誘惑に負けた者がいた。白波理沙(しらなみ・りさ)だ。
――もっと強くなりたい。
その一心で瓶を開け、ごくりと一口、飲み込んでしまう。
「これで、強くなれるかなぁ……」
理沙のそばには、未開封のちーとさぷりがいくつも並んでいた。
「ここが研究室かぁ、広いな」
と、本郷涼介(ほんごう・りょうすけ)は言った。弥十郎がそれに賛同し、綾香が言う。
「機材だってたくさん揃っているぞ」
彼らは掲示板を通じ、ともに研究を始めることにしたのだった。空京大学の研究室が使えるとなれば、さらに効率も良くなるだろう。
「よし、一刻も早く解毒剤を開発しようぜ!」
「もちろんだ」
「うん、頑張ろう」
イルミンスールの実験室では、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)が独りで薬の研究をしていた。
手に入れておいたちーとさぷりの成分や構造だけでなく、原料が本当に「チートの花」かどうかを調べている。
ニコはそれまで読んでいた古書から顔を上げ、口を尖らせた。
「チートの花って、いったい何なんだよ」
と、文句しながら本を閉じる。一般に浸透しているのと同じように、どの文献にも確かなことは書かれていない。それどころか、その存在を否定する文章だって少なくないくらいだ。
ふと、ニコは机の隅に置かれたパソコンに目を向けた。インターネットはあまり好ましくないが、検索してみてもいいかもしれない。
すぐに席を立ち、パソコンを起動させる。数秒の後に起きたそれからインターネットへアクセスし、「チートの花」と入れてみる。
一気に出てきた検索結果を見て、ニコはうんざりした。こんなにたくさんあるの?
仕方なくそれらしいページへアクセスするが、求める情報はなかなか出てこない。やっぱりインターネットは信用できないと思った時、ちーとさぷり情報交換掲示板の文字を見つけた。気になって見てみると、最新の書き込みに『原材料はチートの花ではない』と、はっきり書かれている。
「あ、やっぱりそうなんだ」
その続きには原材料になり得る植物の名前と、その主な効用が箇条書きされている。
「……バグリ草?」
ニコは古書の山を探り始めた。
ステファニア・オールデン(すてふぁにあ・おーるでん)は、学校へ来ないコンラッド・グリシャム(こんらっど・ぐりしゃむ)を心配に思い、部屋を訪ねた。
「コンラッド? いるんでしょ?」
室内は真っ暗だった。窓から差し込む光だけが頼りだ。
「もう、学校来ないで何してるのよ」
と、ステファニアは寝室へ向かう。扉をノックし、開けてみるとコンラッドがベッドの上で呆然としていた。
そしてステファニアを見るなり、
「ああ、おかえり。学校、どうだった?」
と、微笑む。
ステファニアははっとした。彼のそばには薬の空き瓶――それも一本や二本ではない。
「友達と喧嘩しなかったかい?」
噂は知っていた。飲むと記憶を喪失してしまう薬……確か、ちーとさぷりという名の。
ステファニアはとっさに娘としての振る舞いを始めた。
「ええ、ちゃんと仲良くしてたわ」
自分が彼の娘にそっくりで、彼を慰めるために時々娘のふりをするのは確かだ。しかし今の彼は、ステファニアではなく娘しか見えていない。つまり……ステファニアの存在を忘れているということ。
ステファニアはひとつ、とても重要なことを確認した。
「ねぇ、ママは?」
「ああ、確か今日は高校の友達とパーティに行ってるんじゃなかったかな」
――彼の中で、奥さんは生きている。
ステファニアはにっこり微笑んだ。
「ねぇ、パパ。あたしも、ちょっと友達に用があるから出かけても良い?」
コンラッドがにっこりと微笑む。
「ああ、行っておいで。暗くなる前に帰るんだよ」
「分かってるよ。じゃあ、行ってきます」
情報を集めようと思った。彼が記憶を取り戻す方法、薬のこと。――もし、今の段階で何もできなかったとしても、いつかは彼を取り戻さなきゃ。
空京の裏通りでリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)は聞き込みをしていた。ちーとさぷりを売る店が特定できなかった為、それらしい売人を見つけては声をかけ、情報を集めているのだ。
しかし声をかける相手が悪いのか、なかなか店へとたどり着けない。リリィは仕方なく購入してしまった小さな袋を財布に忍ばせた。
苦労して店を探す者がいる中で、確かな情報を得て店へとたどり着く者もいる。
「ああ、あれがそうですかね?」
と、店の明かりへ近づいて行く緋桜遙遠(ひざくら・ようえん)。彼は本当に能力強化できるのか知りたくて来ていた。
「ごめんください」
扉を開けて中へ入ると、薄暗い店内の奥に一人だけ店員らしき人がいる。
遙遠は所狭しと並ぶ薬の数々に目を奪われた。こんなにもたくさん種類があるなんて……。
そして腕力強化の薬を購入し、外へ出る。
店から数十メートル離れたところで、遙遠は薬を飲んでみた。
「味は普通、というか無味――?」
ふいに眩暈がし、地面へ膝をついてしまう。一瞬だけ力が抜けた際に、薬の瓶を落として割ってしまった。
眩暈がおさまると遙遠は息を吐いた。何だったんだ、さっきの……。
そしてふと、思い出す。
「そうだ、確かこの道を行けばお店に」
と、再び店へ向かって歩き出す。ほんの数分前の記憶を失くしている遙遠なのだった。
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