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吸血通り魔と絵画

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吸血通り魔と絵画

リアクション

3.

 校内を駆け回るヤチェルを見かけた咲夜由宇(さくや・ゆう)は、ある疑問を持った。女の子の血30人分、とはどういうことだろう?
 ヤチェルの噂は聞いたことがあるし、彼女のパートナーのことも顔くらいなら知っている。そして由宇はパートナーの方へ話を聞きに行くことにした。
 校内を探し歩くこと数十秒。由宇は外へ出ていく叶月の姿を見つけ、追いかけた。
「あの、吸血鬼さんに会いに行くのですか?」
 走ってきた由宇を見て、叶月は「は?」と、苛立った。相手が男性であれば今すぐブチ切れてしまいそうだ。
「血が必要だとヤチェルさんが走り回っていました。パートナーである叶月さんなら、吸血鬼さんの居場所も分かりますよね?」
 と、由宇が問うと、叶月はぽかんと口を開けた。確かにこれから吸血鬼に会いに行くつもりだが……。
「由良殿? どうしたでありま――」
 嫌な予感を覚えたエルザルドがとっさに雲雀の口を塞ぐ。まさか、もしかして……?
 叶月は前を向くと、さっさと歩き始めた。
「だ、大丈夫だ。……俺には、アンテナがついてる」
 先ほどまでの苛立ちは治まった様子だが、彼の背中はその分頼りなく見えた。

「女の子の血を集めてるの。30人分」
 ヤチェルの言葉に神和綺人(かんなぎ・あやと)は心なし落ち込んだ。
「え、女の子限定なんだ? それじゃあ、僕じゃダメだね、残念」
「集めて、どうするんですか?」
 と、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が問うと、ヤチェルは言った。
「モモちゃんが欲しがってるの」
 まったく答えになっていない。綺人は、それなら、と口を開く。
「モモさん自身に聞かないと――」
「松田ヤチェル! 今日こそ、ロング派とショート派の戦いに終止符を……」
 突然現れたケンリュウガーこと武神牙竜(たけがみ・がりゅう)は、ヤチェルの目を見て顔をひきつらせた。いつもとは違う輝き、それはどこかで見たことのある……そう、恋をしている瞳だ。
「ケンリュウガー! 今はそれどころじゃないの、女の子の血が必要なのよ!」
 と、ヤチェル。
「女の子の血? そんなもの集めて、何するんだ?」
「何するかは、ちょっと分からないけど……モモちゃんの為なの!」
 それを聞いて綺人は決めた。やっぱりモモさんに会いに行こう。
「モモちゃんって……でもそれ、副作用とかはないのかよ? 例えば、血を吸われると髪が伸び続けてショートカットが出来なくなる、とか」
「副作用……? そこまでは、聞いてなかったわ」
 と、ヤチェルは落ち込んだ。今思えば、詳しい事情を聞かずに来てしまった。
「それに、後遺症があった時、非難の的になるのはモモじゃねーか?」
「……うぅ、それは」
 俯くヤチェルへ、牙竜は言った。
「いつもの論議は後回しにして、まずは確認を取りに行こう。あんまり焦ると、実る恋も実らなくなるぞ」
「……ケンリュウガー」
 さすがはケンリュウガー、やっぱりヒーローは頼りになる。
「僕も行くよ。モモさんにどうして女の子の血じゃないとダメなのか、聞きたいし」
 と、綺人が言うと、クリスが声を上げた。
「でしたら、私も行きます! 女の子に間違われて血を吸われたら、大変です!」
 そしてその様子を見ていた神和瀬織(かんなぎ・せお)も、彼らに付いて行くことにする。前々から、吸血鬼には聞きたかった事があるのだ。

 レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)は丁寧にお辞儀をした。
「掠香さんは高名な画家さんだと伺いました。今日はよろしくお願いします」
 本日六人目となる彼女もまた、闇龍について話をするべくやってきた。
「ああ、こちらこそよろしく」
 と、掠香。
「早速ですが私、闇龍の中まで行ったことありますよ!」
 レロシャンはそう言って掠香の向かいへ腰掛けた。
「へぇ、それはすごいね。どうだった? 闇龍」
「んー、なんというか、こう、ババーーンと大きくて、デデーーンって感じで、見た目の雰囲気だけで、殺される! と思いましたー」
 レロシャンはすごいことを説明しているつもりなのだろう、それは力説している顔だった。
「それで中に入ったら風がすごい強くて、吹き飛ばされて死ぬ! って勢いで、あの時はもう本当に駄目かと思いましたよー」
 だが肝心の説明が、とっても抽象的で分かりにくい。伝えたいことは何となくわかるのだが、掠香は心の中で苦笑してしまう。参考にならない……!
「で、パートナーを犠牲にして何とか助かったんですよねー。あ、これは冗談です!」
 と、楽しそうに笑うレロシャン。
「あー、うん。よく分かったよ、ありがとう」
 掠香がそう言って立ち上がると、レロシャンは自慢げに言った。
「ちなみに百合園生で闇龍の核の辺りまで行ったの、私だけみたいなんです」
 と、腰を上げて、掠香の後へ付いて行く。
 純粋な彼女を傷つけまいとして掠香は言った。
「そっか。すごいね、キミは」
「はい」
 褒められて嬉しいレロシャンを玄関まで連れていき、扉を開けてやる掠香。
 すると、そこにはチャイムを鳴らそうとする一人の少年がいた。
「あ、三上先生ですか?」
 如月正悟(きさらぎ・しょうご)はそう言って掠香の顔を見る。
「え、ああ、そうだけど。えっと、キミも何か用が?」
 と、掠香。レロシャンは空気を察知して、掠香へまた頭を下げると、満足げに帰って行った。
「闇龍について、教えようと思って」
「ああ、なるほど。どうぞ、上がって」
 先ほどとは違って真面目に話をしてくれそうだと判断した掠香は、すぐに正悟を中へ入れる。
 正悟はアトリエの中を見回すと、テーブルに置かれたスケッチブックに目を留めた。
 そこに描かれた闇龍を見つけると、正悟は顔を上げて掠香を見る。
「闇龍を描くなら協力はするけど……闇龍、あれは虚無だ。人の全てを消し去って、なかったことにしちゃう存在だと思う」
「え?」
 真っ当な協力者かと思ったら、何か別の事を教えに来たらしい。
「その、本音を言うと触れるべきものじゃないと思うんだ」
 と、正悟。掠香は少し困りながら返す。
「確かにそうだろうけど、一応これがオレの仕事だし……」
「それと、今回は血を使うって聞いたから、そういうのも良くないんじゃないかと思って」
 掠香はその場を離れると、真っ白なキャンバスの待つ作業スペースへ向かった。
「キミの言う事は正しいよ。けど、今の時代に求められる芸術っていうのは、普通じゃダメなんだ」
 と、立ち止まる。その数歩後ろまで来て、正悟もまた足を留めた。
「どう見たってただの落書きにしか見えないものさえも、芸術として認められるのが現代だ。それはつまり、伝えたい事を真っ直ぐ作品に注ぎ込めば、芸術になり得るってこと」
 それは、画家として生計を立てる掠香でなければ、理解しにくいことだった。
「オレは今しか見えないものを描くんだ。今だからこそ目に見えたり、感じることのできるもの。それが今回は闇龍というだけのことさ」
「……でも、あんなもの――」
「多くの人が恐怖するものや、怯えるものってね、いつかは消えてしまうんだよ」
 と、掠香は正悟を振り返った。
「オレを心配して言ってくれたんだろ? ありがとう」
 そう言って掠香は正悟の頭を撫でる。
「じゃ、じゃあ……血は?」
 と、正悟が問うと、掠香は心なし口調を変えて答えた。
「誰もが恐ろしく思う存在、それを神聖な女の子の血で描くことに意味があるんだ」
 そう語る掠香の瞳は輝いている。何か、よくないスイッチを押してしまったような気がする正悟。
「普通の絵の具を使って描くのはつまらない。だけど血はどうだ? それも女の子の血! あの闇龍とは真逆の位置にあると思わないか?」
「……は、はぁ?」
 やはり画家だけあって、掠香もどこか人とかけ離れた部分があるらしい。正悟が止めたところで、無駄に終わるのが目に見えた。