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【二 基礎体力審査】
 トライアウトプログラムの一番目は、基礎体力審査である。
 本来であれば、コントラクターの優秀な身体能力を疑う必要など無い筈なのだが、万が一、規格から外れた基準未満の体力で臨んでくる者があれば、ここで篩いにかけて落とさなければならない。
 そういう意味では、最初に登場したジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)の十分過ぎる程の秀逸な身体能力が余計な心配を吹き飛ばしてくれた。
 SWATあがりの彼は、トライアウト参加者としては申し分の無い体力を身に付けている。野球の技量では自信があるとはいい難いところがあるが、そこは体力と精神力でカバー出来るだろう。
 そもそもジェイコブは、最初はトライアウトなどには興味が無かったのであるが、暇潰しに見学に来てみたところ、スキルや魔法など小細工抜きでの真っ向勝負を謳うSPBに心惹かれ、自分もだんだんその気になって、遂に受験する運びとなったという。
 しかし、一度やると決めた以上は全身全霊をかけて挑むのが、ジェイコブのスタイルであった。
 そのひたむきさに加え、最初から具わっている高い身体能力がスカウト陣の目に留まらない訳が無かった。
 続いて登場したのは、ソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)である。彼の場合はその類稀な程の俊足が、特に人々の目を引いた。
 ただ、
「僕は足の速さには、特に自信があります」
 のひとことは、若干余計だったかも知れない。
 実は最初にネノノが目をつけたのは、このソルランの足の速さだった。ところが後で、ソルランが男性であると知り、泣く泣く諦めたという経緯があったのは、ソルラン自身は全く知らない。
 それはともかく、ソルランはこの俊足が大いに武器になると自負を抱いていたのだが、そこへ思わぬ強敵が現れた。
「ボクだって負けてないぞ!」
 見ると、ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)も相当な俊足を発揮して、走り終えたばかりのソルランの目の前を超特急で過ぎ去っていったではないか。
(うっ……は、速い!)
 内心、妙に焦ったソルランだが、当のソーマは、
「ぎゃ〜! どいてどいて〜!」
 足が止まらなくなり、外野スタンドフェンスに激突する寸前で派手に転倒していた。
「何やってんだよソーマ……」
 50メートル走審査で順番待ちをしていたパートナーの椿 椎名(つばき・しいな)が、額に手を当てて、頭が痛そうな素振りを見せていた。

     * * *

 トライアウト会場である球場の内廊下の一室に、救護室がある。
 この救護室をトライアウトの仮設医療室と定めて、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)がスポーツドクターとして詰めていた。
 彼はワイヴァーンズかワルキューレのいずれかに付く、という訳ではなく、両陣営のトライアウト参加者の面倒を見る為に、自ら志願してこの仮設医療室に身を置くことにしたのだ。
 トライアウト開始前に全員のメディカルチェックを実施したのも、彼であった。
 幸か不幸か、今のところ誰ひとりとしてこの部屋を訪れる者は居ないのだが、それはいい換えれば事前メディカルチェックにぬかりが無かったという証拠であり、立派な成果である。
 医者としては大いに不謹慎ながら、内心ちょっと残念な気分に浸っていた九条先生であった。
 仕方が無いので、ペンを指先でくるくる回しながらトライアウトの状況をぼけ〜っと眺めていたところ、不意にドアをノックする音が響いた。
 すわっ、負傷者かっ!
 何故か喜び勇んで飛び上がり、大急ぎでドアを開け放つと、そこには意外な人物が立っていた。
「やぁ九条先生。ちょっと宜しいかな?」
 ジェライザ・ローズは驚きを隠せない。そこに居たのは、ツァンダ・ワイヴァーンズのオーナー、ジェロッド・スタインブレナーそのひとだったのである。
「こ、これはスタインブレナーさん……どうかなさいましたか?」
 若干声が上ずるのを自分でも感じながら、ジェライザ・ローズは努めて冷静に応対した。スタインブレナーはでっぷりとよく肥えた初老の白人男性であり、その貫禄は他者を圧倒する。
 そのスタインブレナーの口から思いがけないひとことが放たれた。
「率直に申し上げよう。九条先生、SPB専属医療技術者として、正式に契約する気は無いかね? 君のメディカルチェックは実に的確だ。このまま捨て置くのは実に惜しい」
 回答は急がないから、もしその気になったらいつでも連絡して欲しい。スタインブレナーは簡潔にそれだけいい残して、仮設医療室を去っていった。
 さて九条先生、如何したものか。

     * * *

 基礎体力審査は、終盤に差し掛かっている。
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が姿を見せた時には、期せずして妙などよめきのような声がバックネット裏から響き渡った。
 それはひとえに、彼の外観によるものであろう。
 ドラゴニュートであるオットーだが、その第一印象はどう見ても、『鯉』なのである。それも白さが眩しい錦鯉だ。そういえば日本にも鯉っぽい赤ヘルチームがあったよな……と誰かが呟いたとか呟かなかったとか。
 だが、そんな外野(いや、この場合は内野からなのだが)の声は一切無視して、オットーは見事な身体能力を発揮し始める。
 ここで再度どよめきが起きた。巨体の鯉が地上で跳ね回っているのが、余程に衝撃的だったのだろう。
 そして実際、オットーの規格外に優秀な身体能力は、スカウト陣の手元の資料に、次々と赤丸チェックを入れさせてゆく。
 するとオットーに対抗意識を燃やした訳ではないのだろうが、アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)がオットーの直後に、これまた非常識な程の身体能力を発揮し始めた。
 ところが悲しいかな、オットーのインパクトが余りに強過ぎた為、スカウト陣からの視線にはさほどの熱気が感じられなかった。
「い、良いっス! ぼ、オレは師匠との対決に向けて集中するだけっス!」
 ちなみに師匠とは、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)のことである。実は彼女も、今回のトライアウトに参加しているひとりだった。