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part4 ヌシとの熱闘


 ルカルカの契約者、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は砂浜でメメント銛を振り上げ、水中を凝視していた。鮮やかなターコイズブルーの魚が、すっと泳いでくる。シュトロエンデはタイミングを合わせて銛を突き入れる。
 水しぶきが上がり、次の瞬間、銛の先には魚が刺さって身を躍らせていた。
「よっしゃ、旨そうだぜ」
 シュトロエンデが満足していると、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が陸から声を張る。
「カルキノスさーん! 危ないから上がってくださーい!」
 さてはサメでも出たか。シュトロエンデは急いで陸に駆け上がった。
 すると、ザカコは手を掲げ、空から雷を呼び出す。稲妻が海面に墜落し、強力な電流が水中に走る。
 数十秒も経たないうちに、感電した魚たちが気絶して腹を見せ、ぷかぷかと水面の至るところに浮かび上がってきた。
 焦って損した、とカルキノスは吹き出す。
「乱暴な漁だな」
「でも、効率的でしょう?」
 ちょっと得意そうに胸を張るザカコ。
「確かに。魚はザカコに頼むわ」
 カルキノスは銛を地面に放り、陸側で貝や海草などを集め始める。ヌシを狙っている者たちもいるが、自分はあえてリスクを冒すことはせず地道に稼ごうと判断していた。
「カルキノスさん……それも食べるんですか?」
 ザカコは怖々、カルキノスの手の中にあるものを眺める。フナムシだった。蠢いていた。
「虫は良質のタンパク質だ。好き嫌いしてちゃでかくなれねぇぞ?」
「好き嫌いって範疇を超えてると思います……」
 こいつは面白い、夜は俺がザカコの偏食を直してやろう。カルキノスは口元を緩めてありがた迷惑なことを考えた。

 カルキノスたちから少し離れたところでは、橘 カナ(たちばな・かな)とその契約者、兎野 ミミ(うさぎの・みみ)が『塩作り講座』を開催していた。
 カナは福ちゃんと名付けた市松人形風の操り人形を右手にいつも持っており、ミミの外見はクマの着ぐるみ。カナの年齢があと十歳ほど上だったら、教育番組のお姉さんとマスコットキャラクターといった塩梅である。
 カナがミミの方へ上半身を横に傾ぎながら、福ちゃんの口をぱくぱくさせて腹話術を使う。
「みらくるきゅーとどーる福チャント」
「和み系エンターテイナーミミの」
 ミミはカナの方に体を傾けつつ、両手を肩の高さまで上げる。
「「教えて!お塩作りー」」
 二人の声が揃った。
「わぁー」
 火村 加夜(ひむら・かや)が控えめな歓声と共に拍手する。
 受講生は加夜一人だった。正確には加夜も受講生ではなく、塩を作ろうと思って砂浜を歩いていたら、カナとミミに捕まってなにがなんだか分からないうちに講座を受けさせられているわけだが。
「先生、お願いします!」
 加夜は空気が読める子だった。
「用意するものはお鍋。他にも濾過するための布や、攪拌用の木ベラなんかがあると便利ッス。今回はどっちもないので、木ベラは流木、布は帽子で代用するッス」
 ミミは頭の被り物を脱いだ。中身のウサギ頭が露わになる。加夜は手を挙げた。
「先生、帽子? を使うのは衛生的にどうかと思います。汗とか付いてますし」
「大丈夫ッス。汗の成分も塩ッスから」
「りさいくるネ。環境ニ優シイワ」
 カナは福ちゃんをカクカクとうなずかせた。
「えー……。まあ、映画では帽子で水を汲んだりしますけど……」
 ハンカチがあればいいのだが、無人島に持ち込める道具は一つだけ。加夜は仕方なく妥協した。
「まずは海水を煮詰めるッス。誰か火の準備をお願いするッス」
「あ、私できます!」
 加夜は砂浜の流木を集め、朱の飛沫で火をおこした。
 ミミは水辺で鍋に海水を汲み、木ぎれを利用して鍋を焚き火の上にぶら下げる。沸騰した海水を混ぜる。
「白いのが出てくるまで掻き混ぜ続けるッス」
「ナカナカ地味ナ作業ネ……」
 三人はしゃがみ込み、膝に頬杖を突いて鍋を見つめた。待つこと三十分、ようやく水が濁り出す。
「ここで一度濾過するッス。カナさんは濾過した水をサイコキネシスで押さえててほしいッス」
 ミミの持つ被り物に加夜が鍋の海水を開け、カナがサイコキネシスで海水が流れ落ちないようにする。加夜が海辺で洗った鍋にカナが海水を落とす。
「濾過した水をもう一度煮詰めるッス。その後濾過して乾燥させたら塩のできあがりッス!」
 ミミは鍋を再び火にかけ、ふいーっと額の汗をぬぐった。

 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は近くの雑木林で小木を伐採し、日曜大工セットを使って釣り竿を二本作った。
 釣り糸は服の布を細く裂いてよりあわせ、針は日曜大工セットの釘を曲げたものだ。
 ブルーズは釣り竿を肩に担ぎ、なだらかな砂の斜面を降りていって、水中に足を踏み入れた。水を脛で掻き分けながら進み、二十メートルほど沖の岩によじ登る。
 そこには、契約者の黒崎 天音(くろさき・あまね)が待っていた。ブルーズは彼に釣り竿を差し出す。
「こしらえてきてやったぞ。自信作だ」
「どうも。器用だね」
 天音は笑顔で釣り竿を受け取った。自分が持ってきた市販の釣り竿は友人の鳥丘 ヨル(とりおか・よる)に手渡す。
「ヨルは僕の釣り竿を使うといいよ」
「サンキュー、天音!」
 ヨルは喜び勇んで釣り竿を手にした。海に向かって構え、ふと首を傾げる。
「けど、餌は?」
「その辺にいる生き物を捕まえればいいんじゃないかい? カニとか、イトミミズとか、ゴカイとかね」
「げ……」
「ん? 怖いのかい? 僕が付けてあげようか」
「ばっ、馬鹿にするなよっ。そんくらいできるやい!」
「馬鹿にしてるわけではないんだけどね」
 天音はくすくす笑って、ヨルがおっかなびっくりカニを針に突き刺すのを眺めた。
 三人は天音を中央にし、岩に腰を下ろして竿を並べる。
「ヌシってなんだろな? サメかな? クジラかな? 大ナマズみたいな予感がするんだけどなあ」
「モンスターかもしれんぞ。くれぐれも気を抜くなよ」
 期待に顔を輝かせるヨルに、ちょいと脅かしてみるブルーズ。
「なにが来たっていいさ! ボクが天音を守ってやるよ!」
「そうか。僕はか弱いんだから、しっかりナイト役を務めてくれよ?」
 天音はからかうように言った。
 彼らがいるのとはまた別の岩では、仲良し四人組がヌシ釣りに挑戦していた。
 月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)は粘体のフラワシを膝に置いて座り、足をぶらつかせている。彼女は、水面まで近づいたヌシをフラワシで捕まえるのが役目だ。
「ねえねえ、まだ? ヌシさん釣れた? 私の出番はー?」
「急かさないでください。釣りは根気が肝心ですよ」
 契約者のヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)は竿を勢いよく水中から引き上げた。ぴちぴちと、糸の先で小さな魚が跳ね回っている。
 あゆみが立ち上がって喝采する。
「釣れた釣れたぁっ! フライにすると美味しそうね!」
「いえ、これも餌にします」
 ヒルデガルトは小魚を針にしっかりと固定し、釣り竿を振って海中に戻した。
「次はもっと大きな魚が釣れるでしょう。こうやって魚のサイズを大きくしていけば、最後はきっとヌシがかかるはずです」
「気が長いわねー。はるみん、釣れるまでなんかして遊ぼうよー」
 あゆみは痺れを切らして霧島 春美(きりしま・はるみ)に顔を向けた。
「うん、ちょっと待ってね」
 彼女の分担は水中銃での攻撃。ヌシがヒットするまで待機していてもいいのだが、目下、契約者のディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)に釣りテクニックを教授している最中だった。
「ディオ、釣りも事件の調査と一緒よ。この場合、犯人はヌシ。自分が犯人だったらどこに隠れるかを推理して、そこに餌を投げ込めば、犯人は必ず食いついてくるはずよ」
「そうなんだー? それで、犯人はどこに隠れてるのー?」
 角が生えたウサギのような姿の獣人、ディオネアは耳をぴょこぴょこ動かして尋ねた。
 春美は口元に丸めた手を添え、海面に視線を走らせる。
「そうね、岩の陰なんかが怪しいと思うわ」
「はーい。調査してみる」
 ディオネアは釣り糸を岩陰に投じた。
 頬を撫でる風。夏を思わせる潮の匂い。海流のせいなのか島は暖かく、のどかな時間が過ぎていく。
 と、ディオネアが戸惑った声を出す。
「あれれ? 地面に引っかかっちゃったよ? どうしよ、どうしよー」
 一生懸命に竿を引っ張るものの、微動だにしない。竿はびんびんに張り、小刻みに痙攣している。
「うー、重いよ。連れて行かれちゃうよ」
 海中に引きずり込まれそうになるディオネアを、ヒルデガルトが慌てて抱きすくめる。
「地面じゃなくて魚ですよ! それもかなり大物の! きゃっ」
 あまりの引きに、ヒルデガルトもさらわれそうになった。
 春美とあゆみがヒルデガルトの体に抱きついて手伝う。
「負けちゃ駄目よ、ディオーっ」
「ディオちゃん、放さないでねーっ」
 カブを引っ張るおじいさんと仲間たち、みたいな体勢で必死に力を合わせて岩場に踏ん張る。しかし、このままでは四人もろとも引きずり込まれそうだった。
「これはひょっとすると……」
「もしかして……」
「きっと……」
「ヌシかもー……」
 四人はつぶやいた。鯛のお刺身百人前、ウナギの蒲焼きフルコース、それともマグロ尽くしの海鮮定食。様々なメニューが思い浮かび、目がきらんと光る。
「「「「お腹空いたぁーっ(空きましたぁーっ)!」」」」
 心が一つになり、今まで以上の渾身の力で引っ張る。竿が強くしなった。頼もしい手応えと共に、大量の水しぶきを散らしてヌシが海上に出現する。
「「「「わっ……」」」」
 四人は目を見張った。
 現れたのは、一戸建ての家を遙かに超える巨大イカ。その昔、海の魔物と呼ばれ恐れられたクラーケンだった。

 その頃、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と彼女の契約者、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、海に潜ってウニやアワビを採取していた。
 セレンフィリティは光沢のあるブルーのトライアングルビキニ、セレアナはシルバーのレオタードを身にまとい、人魚も嫉妬する美しい肢体を水に踊らせている。
 セレンフィリティが一際見事なアワビを拾ったとき。突如、海中に衝撃波が走った。水の塊が暴力となって押し寄せ、セレアナの体をセレンフィリティに叩きつける。頭上で鳴り渡る悲鳴と爆音。水中が濁り、掻き回される。
 セレンフィリティはセレアナを抱き、両脚を強く掻いて水上に浮かび上がった。
「な、なに!? なにが起きたのよ!?」
「セレン、あ、あれ!」
 セレアナは咳き込みながらも指差す。
 いくらも離れていない場所で、生徒たちがクラーケンが戦っていた。いや、戦うというより、立ち向かっていた、と表現するのがふさわしい。それほどの体格差だった。
 セレンフィリティはガッツポーズをする。
「いたのね、ヌシ! 私が捕まえて全部食べてやるわ!」
「逆に食べられちゃわないように気を付けてよ」
「食べられたら内部からかじるわ! イカの胃液が勝つか、私の胃袋が勝つかの真剣勝負ね!」
「まず胃液が勝つと思うけど」
 セレアナは水面下に頭から飛び込み、クラーケンの方へ泳いでいった。
 セレンフィリティは上陸用のボートに乗り込み、クラーケンに近づいていく。ボートの上にはアサルトカービンが前もって用意してあった。
 クラーケンの黄色い眼球は激怒にぎらつき、その十肢は暴れ狂っている。足の吸盤には鋭い歯のようなものが並び、がちがちと噛み鳴らす。
 既にクラーケンを取り囲んでいるのは、天音、ブルーズ、ヨルの三人に、あゆみ、ヒルデガルト、春美、ディオネアの四人組。それにセレンフィリティとセレアナが乱入し、九人で総攻撃を加える。
「犯人を確実に捕まえるには、犯人の急所、アリバイを掴むこと。そして、あなたの急所はここですっ!」
 春美が潜水し、クラーケンの下方から水中銃を撃った。矢のように細長い弾丸が泡を散らしながら直進し、クラーケンの口に突き刺さる。クラーケンは耳を聾する鳴き声を上げ、しなる足で春美を薙ぎ払う。
「往生しちゃいなさいっ!」
 セレンフィリティがボートの上からアサルトカービンを連射した。弾丸が撃ち出され薬莢が弾け飛ぶ度、銃身を持っている彼女の胸が激しく揺れ動く。が、残念ながらそれに見とれる余裕のある者はここにはいない。
 生徒たちの攻撃が続くにつれ、クラーケンの足が一本、また一本と仕留められ、切断されて海上に浮かぶ。残り一本になり、クラーケンの動きは初めに比べかなり弱まっていた。
「そろそろね、セレアナ」
「ええ、トドメを刺すわ」
 ボートの上、セレンフィリティの横に、セレアナがランスを構えて立った。クラーケンの墨を受け、彼女の二の腕や引き締まった太腿は黒く艶やかに光っている。
 セレアナが甲板を蹴って跳んだ。槍先を下にして持ち、幅跳びをするような姿勢で空中からクラーケンの頭上に落ちていく。衰弱したクラーケンの目玉に、逆光で暗くなったセレアナの姿が映る。
 セレアナがランスを頭に突き立てた。深々と突き刺さる。噴き上がる体液。
 クラーケンは巨躯を弛緩させ、海面にだらりと浮かんだ。
「やーっと、あゆみの出番ね。はいっ、対象確保!」
 あゆみは満足げに、粘体のフラワシでクラーケンを捕まえた。
 だが、クラーケンの眼球に再び輝きが灯る。たった一本残った足が、あゆみの体を軽々と空中に跳ね飛ばす。クラーケンは水中に沈むと、ろうとから物凄い威力で水を吐き、一目散に逃げ出す。
 その逃げっぷりはすがすがしいまでにいさぎよく、虚を突かれた皆が追いかけようとしたときには、クラーケンは海の深淵に消えてしまっていた。唖然とする生徒たち。
「ま、まあ、ゲソはたくさん捕れたし、いっか!」
 ヨルが笑い、
「だねだねー。イカ焼き食べようよ」
 ディオネアも同意する。
 生徒たちは気を取り直し、ゲソの回収を始めた。