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春を知らせる鐘の音

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春を知らせる鐘の音

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 煙草を燻らせながらスタッフを宥めるヴィスタの姿にルドルフが眉を顰める。この場に校長が居なくて良かったと思うものの、あの人なら余興として楽しまれるかもしれないと、半ば諦めのようなため息を吐き事情を飲み込んだ。
 ――コンコンコンッ!
 スタッフにしては元気の良すぎるノックに、また誰か事情を聞きにきたのだろうか。一部のスタッフにしか伝達しなかったことを悔やみつつ、ヴィスタは扉を開ける。
「あっ! ああああ、あの!!」
 予想を外れ、扉の向こうにいたのはパーカーを羽織った元気な女の子。ノブから手を離し、煙草を遠ざけるように持ち直して様子を伺っていると、白銀 司(しろがね・つかさ)は目の前にいる人物が見間違いでないのを確認するように、半開きの扉をこじ開けてヴィスタの正面に立った。
「おっと、元気なお嬢ちゃんだな。迷子か?」
「だ、だだだだ……大好きです!」
 噛み合わない会話に目を開くヴィスタだが、司は自分の言ったことを理解していないのか、拳を握ったまま真っ直ぐに見つめ続けるだけ。ルドルフが笑いを堪えながらヴィスタへ灰皿を差し出し、元気な彼女には部屋の中に入るよう促した。
「申し訳ないねレディ。彼は突然の告白に驚いてしまっているようだ。僕たちは出払うから、ゆっくりしていくといい」
 押しつけられるように受け取った灰皿に、まだ半分以上残っていることを嘆きながらもみ消す。にこやかな笑顔を残して去って行くスタッフに、さすがの司も状況が飲み込めてきた。
「え、あれっ? 私、友達になってくださいって……言って、ない?」
「ほう、男に気をもたせて素知らぬフリとは。お嬢ちゃんもなかなかやるな」
 悪戯に抱き寄せて、からかうように喉を鳴らし笑って見せても、目元に浮かぶシワや口元の髭、そして余裕のある微笑み。オジサマ好きの司にとって見惚れることはあれど、反論することなど無かった。
「……邪魔をしてしまったかな?」
 開きっぱなしの扉を控えめにノックしたのは黒崎 天音(くろさき・あまね)。口ではそう言っても、思慮深い彼が漏れ聞こえていた会話を聞き逃すわけもないことは、後ろに控えていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の渋い顔からしても安易に察しが付いた。
「さてな。俺はともかく、女性を見せ物にするわけにはいかねぇか」
 フードを被るように促すと、首元に違和感。司が長い髪を整えるように手を通すと、無くなったと知らされていたイースターエッグが転がり落ちた。何故、とかヴィスタの意地悪な笑みとか。訪ねて来た人のことも考えると何が最良かわからなくて、司はヴィスタのポケットに卵をつっこんだ。
「お返事、あとで……お願いしますっ!!」
 バタバタと元気よく走り去って行く姿に一同は呆気にとられるも、天音はゆるゆると笑みを浮かべる。スタッフに預けた卵があんな所から出てくるのは誰が考えても不自然だし、直前まで一緒にいたのはウサギではなく、この伊達男。
「やけに楽しそうな放送だと思ったら……この失せ物探し、何か心当たりがあるって顔してるね」
「心当たりのウサギなら、大荷物を持ってトンズラしたぞ」
 生徒を目の前にもう一度煙草に火をつけたヴィスタは、紫煙の向こう側で次の一手を思案する2人を見る。このまま問い詰めてくるか、部屋からヒントを探し出すか。すぐにウサギを追いかけるほど純粋であったなら、ヴィスタを怪しんで訪ねて来なかっただろう。
「ふむ……ならばトレジャーセンスを使って追う、というのは些か趣旨が違うようにも思うが」
「僕としては、ベルニオス先生を手伝うのも面白そうだと思うけれどね?」
 好奇心に満ちた目が探るように部屋を見る。ゆっくりと見渡すだけでは足りないと訴えるようにヴィスタを捉えた瞳には、何もかもが怪しく見えたことだろう。
「――知らねぇな。仮に知っていたとして、主が知らぬことを口にするわけがないだろう?」
 これ以上、ここで押し問答をしても時間ばかりが過ぎてしまう。彼の口ぶりから事件ではなさそうだということだけは確かだと、天音たちは次なる情報を求めて部屋の前から去って行った。
 そして、やっとの思いで訪れた平穏。この一服を済ませたら、どこへ向かおうかとぼんやり煙を吐き出していたとき。
「知らないとは、どういうことだ!」
 ノックもそこそこに乗り込んで来たルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)に、今日はなんて来客の多い日だとげんなりしつつヴィスタはルオシンに向き合った。後ろには身重のコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が宥めており、またもつけたばかりの煙草を消すはめとなったヴィスタは深い溜め息を吐く。
「落ち込みたいのは我らのほうだ。あんな放送で納得出来るわけもないと訪ねてみれば、ヴィスタは何も知らないというではないか!」
「ルオシンさん、私たちは通りすがりに聞いただけです。もしかしたら聞き間違いかもしれませんし……」
 冷静になるよう促すコトノハと見つめ合えば、結婚から1年以上経つとは思えないほどの仲の良さ。その隙にヴィスタは荷物を抱えて静かに部屋を出る。しかし、扉を閉めるときの物音に、ルオシンは我に返った。
「待たないかヴィスタ! 我の話はまだ――」
 勢いよく開いた扉に何かがぶつかった音。柔らかい紙を丸めたような枯れ葉を踏んだような、なんとも言えない妙な音を確認するように、ルオシンは扉の裏側を覗き込んだ。
 そこには、卵の殻を被りよろよろと歩く小人の姿。助けるように手に乗せようとするコトノハと違い、ルオシンは頭を抱えてしまっている。
「折角、コトノハを驚かせようと思っていたのだが……」
「じゃあ、この卵はルオシンさんが?」
「ああ……そういえばコトノハは、卵を作って無いようだったが」
 殻を外してぷるぷると首を振る小人は、何事も無かったかのようにルオシンが持っている小人の小鞄へと戻ろうとコトノハの腕を伝いお腹を滑り降りていく。その後を辿るようにお腹を撫でるコトノハは、悪戯っぽく微笑んだ。
「私の卵は、誰にも奪われないんですよ」
 幸せそうな微笑みの意味に気付かないまま、ルオシンもコトノハの手に添えて優しくお腹の上を滑らせていくのだった。



 逃げ出すように部屋を出たヴィスタはと言えば、目の前で仲睦まじさを見せつけられたことも理由の1つだが、ここにいても何があったのかと詰め寄る生徒の対応に追われてしまいそうだということ、そして何やら目的があって外に出たようで箱とリストを抱えている。しかし、傍目から見ているだけではスタッフの手伝いをしているようにしか見えず、怪しい動きをする様子はない。強いて言えば、まだ青い2人を見つけて笑みを濃くしたぐらいだろううか。
 庭園に生い茂る草花の間、時には手の届く木々の枝を揺すってみたりと遠野 歌菜(とおの・かな)は闇雲に探し続けている。1人で来ているわけではないのだから、同行している月崎 羽純(つきざき・はすみ)にも手伝ってもらえば良い物の、歌菜は助けを求めなかった。
 折角のデートなのに、彼氏に甘えるでもなく別のことに没頭されれば少しばかり不機嫌にもなるというもの。羽純は暇そうに辺りを見回した。
「ん? 歌菜、探し物はこれか?」
 一生懸命に作っているとき、中身は見せてくれなかったが側にずっといたので、この絵柄には見覚えがある。不自然なくらいに通路の端に置かれたそれは、誰かが目的のものと違って置いていったのだろうか。
「って、何でどーして羽純くんが先に見つけてるの〜!?」
 やっと自分を見た彼女は嬉しそうな顔をするでもなく、必死に卵を取り返そうとする。別に取り上げる理由はなくても、ここまでご執心にされれば中身も気になるというものだ。背丈の差を利用し、歌菜の届かない位置へ高々と掲げて後ろ向きに歩いていると羽純は背中を強く木に打ち付けてしまった。
「だ、大丈夫……?」
 顔を歪め、倒れ込んできた羽純を抱えてオロオロする歌菜は返事がないことが気になって仕方がない。けれど、もし頭を打っていたらと思うと無理に動かす事も出来なくて軽くパニックになっているようだ。
「あー……今ので、忘れたかも」
「名前? 場所? まさか、私のことっ!?」
「……約束」
 その言葉に、歌菜は身を捩って背後を確認する。羽純がもたれかかったのは痛みに体を屈めたわけではなく、彼女の目を盗んで中身を確認することにあったようだ。クリスマスの約束を確認する可愛らしいカードをひらひらと振っていて、まだ渡すための心の準備が出来ていなかった歌菜は言葉にならない叫び声を上げる。
「――っ!! 羽純くんのバカっ! 大嫌いっ」
「本当に?」
「本当だよ! だい……、っ…………すき、だもん」
 不自然に転がっていたイースターエッグ。まるで本人たちの元へ帰ってくるように姿を現すそれは、ウサギの通り道にあるのか鐘の音が運んできてくれたのか。幸せそうに口づける2人には、理由など必要なさそうだ。