校長室
命短し、恋せよ乙女
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最終章 空京に日暮れが訪れる。 ……別れの時が近づいてきていた。 「お疲れさまです。デートはどうでしたか? 素敵な恋が出来たみたいで、嬉しそうですね」 公園のベンチでお茶を出しながら、翡翠が訊ねれば、笑顔で頷くフレイル。それに翡翠は微笑み返し、ふと、周囲の者らへと提案を持ちかけた。 「はい、チーズ」 タイマー撮影で、皆で一つの画面に収まって。それはフレイルの、初めての集合写真だ。 「皆さんといる私は、何だかとても……楽しそうな笑顔を浮かべてるんですね」 特急でプリントした写真を眺め、嬉しそうにフレイルは微笑んだ。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ お別れに選んだ場所は、美緒らと出会ったあのベンチだった。 「フレイル様、皆様と行動なされて、満足致しましたか?」 絹より艶やかな美しいドレス。パートナーの漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が語り掛ける。 あれらは皆の優しい嘘、それは恋ではないのだと。 「恋とは人から与えられるものではなく、自らの内から湧き出てくるもの……元より他人の協力によって得られるものではないのです……」 ですが、と綾瀬は続ける。 フレイルは皆に協力して貰う以前に、恋をしていたのだ、と。 恋がしたいと、自らの心に芽生えた感情こそが恋。……故に、既にしてフレイルの願いは、叶えられていたのだ、と彼女は結論づけた。 「私は、恋をしていたのですか……」 「ええ、明確な形がないが故に、気づかれていなかったのでしょう」 「そうですか、私は……ちゃんと恋を、していたのですね」 自らのわがままに付き合わせる事に対し、申し訳ないような気持ちを抱いていたのだろう。僅かであるが、荷を降ろしたようにフレイルは小さく息を吐いた。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 静かに、夜の気配が濃くなっていく。 街灯が光を灯す頃、記念撮影に残っていた人々は、別れを告げるようにフレイルの周囲に集まっていた。 「……さあ、これでいいわ」 セレンフィリティとセレアナ、ローザマリアは乱れた服を整えたり、メイクを直したりして、最後を美しく飾れるよう装わせる。 ヴァイスも自ら贈った髪飾りの位置を直した。 「大丈夫? 苦しくはない?」 次第に呼吸の浅くなるフレイルに膝枕をして、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)はその髪を撫でる。 何でもしてあげたいと、博季は思った。 心細くないように、つらくないように。 恋人役には、なれないけれど。妻を裏切る事は出来ないと、そう言った誠実さに、フレイルは好感を持ったのか、静かに微笑み返した。 「私、本当に、幸せですね……」 こうして見守って貰えるなんてと、浅い息の間に告げる。 「夢の、ようでした」 「夢じゃないよ? みんな、ここにいるよ?」 詩穂が話しかける。 「分かってます。だからこそ……夢のようで」 明確には誰かを、この人だけと決められる時間は、やはりなかった。 けれど、沢山の気持ちを、記憶を、経験を、こんなにも短い間に……持ちきれない程に、抱えて。 宝物のように、フレイルはそれらを抱えて逝くのだ。 それが、幸せで、幸せで、ならなくて。 満足そうな表情に、歩はうん、うん、と、頷きながらあえて笑みで送る。 幸せな最後。それをちゃんとフレイルが迎えてくれたから。 「縁結び、心強かったです」 ゆうこに微笑むフレイルの手には、手作りのお守りが握られている。 「君と会えて良かった」 ヴィナとカシスは寄り添ってフレイルに声を掛けた。 「満足は得られたかい? またどこかで会おう」 唯斗は静かに言い添えて。 「次も会えたら、また遊ぼうね」 手を振る花梨が、翡翠と共に笑顔で見送る。 「願いは叶ったようね」 「その、さよならなんて言わないからね!」 魔姫と蛇々は、友として言葉を送り。 トマスは約束通りに、手を繋いだままに、託は忘れまいとでも言うようにその姿を見つめながら……。 「1つ、先ほどの発言の補足をさせて頂きます」 綾瀬が再びに口を開いた。 「皆様の行動は確かに本物の恋ではありませんが、人間の恋の形を体験するにはベストだったと思いますわ」 傍観者であった綾瀬は、しかし後悔のない満足した気持ちのフレイルを、見送りたいと思っていた。 「そしてフレイル様は皆様に愛されている……それだけは確かです」 言葉にした方が安心する事もある。ならばそう……明確な形で、伝えてみようかと。 皆に見送られながら、微笑みを浮かべたまま、フレイルは目を閉じる。 「フレイルさん……? お休みなさい、またね」 安心させるように優しく言うと、小さな頷きが返った。 ふっと、博季の膝の上から重みがなくなる。 燐光の如き淡い光が沸き立ち、やがては蝶の形を取り……力なく、宙より落ちかかる。 差し出した手は重なって、輪になるように囲んだ人々の手のひらに、あの幻と呼ばれる蝶……パラミタコハクチョウの亡骸が、木の葉のようにひらりと落ちた。 儚い程の重みを持って。 そうして、3日間の御伽話は、幕を閉じた。
▼担当マスター
小手毬 遊有
▼マスターコメント
素敵なアクションをありがとうございました。ぐっと心を掴まれるお話や、楽しいデートなど、わくわくしながら書かせて頂きました。 楽しんで頂けましたら何よりです。