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リアクション
「ねえ、食材の提出場所はここでいいのかしら?」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は両手に抱えていた少し大きめの発泡スチロールを台に置きながら、受付に座っていた男子生徒に尋ねた。
「そうですよ、食材参加者の方ですか?」
多くの参加者が創作料理で挑む中、食材のみの参加者が少なく暇を持て余していた実行委員会の男子生徒(二年生卓球部。彼女いない歴=年齢)は、ようやくやってきた参加者の食材を確認すべく、セレンフィリティが持ち込んだ発泡スチロールの蓋に手をかけた。
そしてその瞬間、視界に飛び込んできた超高級食材が彼に衝撃を与える。
「これは、まさかパラミタ伊勢エビとパラミタアワビですか!?」
漂う磯の香り、未だ動き出してもおかしくないくらい活き活きとした真紅の甲殻。パラミタの沿岸の極僅かな場所でしか生息することのないこれらの食材は、当然一般庶民が口にすることなどできない高嶺の花、例えるならそれは海の宝石箱だった。
普段は比較的大人しい生徒だと周りから評価される彼も、突然目の前に現れたこの超高級食材に冷静でいることが出来なかった。
そして、その反応によって偶然近くを通った他の参加者たちの目にも止まり、瞬く間に波紋のように広がった人の注目と視線の数々、セレンフィリティはそんな騒ぎの中心の中に立てたことに満足しながら胸を張った。
「ふふ、みんな驚いてるわ。まあ、なんせ普通に買えば四十万ゴルダはする超高級食材だからね」
「こら、セレン。あんまり調子に乗らない」
多くの注目を一斉に浴びて天狗になるセレンフィリティをパートナーであるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が嗜める。
「いいじゃないのセレアナ。ふふふ、これでコンテストはいただきよ!」
まるで勝利を確信したかのように、セレンフィリティは高らかと宣言する。
確かにこれほどの食材を用意したならばほぼ間違いなくコック長の目に留まるだろうと、この場の誰もが思っているので異を唱える者はいなかった。
「ドヤ顔する人に限って、必ず負けるようになってるのよね」
「ちょっとセレアナ、不吉なこと言わないでよ」
それでもやはり現実主義者の苦労人であるセレアナは、完全に浮かれきったパートナーに辛辣な言葉をかける。少し手厳しい物言いだが、これも全てはパートナーのためである。
「たしかに良い食材ではあるね。だけど、料理とは決して食材の価値で決まったりはしないよ。どんな食材でも料理人の腕で左右されるものさ」
セレンフィリティ達を取り囲むギャラリーの中から、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が一歩前に出る。
見ればその服装はその使い古されたコック服を身を包んでいる様子から、それなりの料理人としての経験が予想された。
「なんだいあんたは?」
「失礼、私は涼介・フォレスト。私も少々料理の腕には自信があってね、今回はかの有名な蒼学のコック長が審査をするとの話を聞いてこうして参加させてもらうことにしたんだ」
「へえ、面白そうだね。だったらその腕前、もちろんあたしらの前で披露してくれるんだよね?」
セレンフィリティは突然の闖入者である涼介の言葉に全く気分を害した様子はなく、むしろその溢れんばかりの自信に興味が惹かれている様子だ。
「ああ、もちろん構わないよ。エイボンの書、食材を頼む」
「はい、兄さま」
後ろに控えていたエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が食材を持って前に出る。その手には竹の皮に包まれた脂身の多い肉厚なロース肉が用意されていた。
「こちらはいつも利用させて頂いているお肉屋さんに特別分けて頂いた『パラミタX』という品種の豚の肩ロースです。この品種は脂にも甘味があって肉質もきめ細かいのが特徴ですわ」
涼介はロース肉を受け取ると、細い紐でその肉を網目状に縛って下ごしらえをはじめる。
そして、その傍らでエイボンの書は手馴れた手つきで自前の調理器具や調味料の準備を整え始めた。
「では本日のメニューは『煮豚』を作りたいと思います。作り方は、まず鍋に香味野菜(生姜や葱の青い部分)を入れて沸騰させてゆで汁を作ります」
生粋の料理人である涼介は、順次調理手順などを周りに口頭しつつ、実に手際の良い効率的な調理の実演を披露する。
「続いて、ゆで汁に紐で縛った豚の肩ロースの塊を入れて臭み消しの醤油を大匙一入れじっくり茹でます」
涼介はロース肉を茹でながら今度はつけ汁の制作に入り、エイボンの書が常に作業をサポートして円滑に調理を進める。
その意気のぴったりあった二人の動きに周りからは強い関心が持たれ、いつの間には二人を取り巻く空気が静かにと張り詰められていく。
「茹で上がったら豚肉をいったん上げて、次は今作った漬け汁につけて再度煮込みます。漬け汁の分量は醤油、味醂、日本酒を二:一:一の割合がベストです。そして、豚肉に味がしっかり染み込んだら完成ですが、そのまま冷めるまで置いておけばさらに煮汁が染みこんでおいしくなりますよ」
それからじっくり一時間ほど漬け込み時間を要して会心の煮豚が完成する。
涼介はしっかり味の染み込んだ煮豚の塊を鍋から出して、一口サイズにカットする。そして小皿にその一つを乗せて、セレンフィリティとセレアナの前に差し出した。
「どうぞ、召し上がって下さい」
「もぐもぐ……おお、これは美味しいわ」
「確かに、豚肉も柔らかいし、しっかり味が染み込んでいて、これは絶品ですね」
それは二人が今まで食べた煮豚の中で美味しかったと、笑みを浮かべて口を揃える。そんな二人の反応に、涼介は料理人として満足しながら頷いた。
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