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けれど愛しき日々よ

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第9章


「――ん」
 ブレイズ・ブラスは目を覚ました。
 暗くてよく見えないが、記憶の断片を辿ると自分が山のヌシに叩き飛ばされて、湖のヌシの口の中へとまっすぐにダイブしてしまったことが思い出された。

 その際に、マイト・オーバーウェルムとアンドロマリウス・グラスハープを巻き込んでしまったことも。

「よぉ、気付いたか」
 ブレイズに声がかかる。マイトだ。
 ここはおそらく湖のヌシの中。3人が折り重なるようにして器官に詰まっているようだ。胃の中にしては狭いし、胃液もない。きっと、食道にあたる部分だろう。
「……お前……」
 見ると、マイトがブレイズとアンドロマリウスを庇うように、身体を張って食道を広げている。マイトが全身を使って突っ張ってくれているおかげで、ブレイズたちは胃まで流されずにすんだのだ。
「ふぅ、良かったです。なかなか目を覚まさないので、アンちゃん心配しちゃいましたよ
 でも、どうしたものでしょうか? この壁、弾性に富んでいて打撃も斬撃も効果が薄いのですよ」
 さらに、アンドロマリウスが光術で周囲を照らしている。本来ならば明りも灯るはずのない内臓の中で、ようやく互いの顔を見ることができた。

「お前ら……すまねぇ、こんなことに巻き込んじまって」

 ブレイズが謝意を口にする。うまく3人が力を合わせていれば、湖のヌシも倒せていたかもしれない、マイトの誘いに乗って互いに張り合っていたから、チャンスを逃してしまったのだと、ブレイズは後悔した。

「いえ、それは違いますよ」
 しかし、アンドロマリウスはそれをきっぱりと否定した。
「ああ、そうだな」
 その意見に、マイトも賛同した。
「……え」
 戸惑うブレイズに、マイトは続ける。
「いいかブレイズよぉ、人間色んなタイプがいるもんだぜ。地球人だって国境もあれば、人種も違う。
 パラミタなんてそれに加えて種族も違う、個々人の感覚なんて違って当然。
 俺は、イルミンスール武術部で部長ってのをやってみて、それがはっきり分かった。それぞれの主義主張に応じて、力の発揮しやすい場ってのはあるモンさ。
 ……必ずしも、足並み揃えて協力することが、最善とは限らねぇのさ。
 ライバルと張り合った方が力を伸ばす奴もいる。もちろん仲良く協力した方が、実力以上の力を発揮することもなぁ」
 光術で周囲の状況を照らしながら、アンドロマリウスも言葉を継いだ。
「そうですよ、それに状況に応じてもそれは変化するこのです。
 協力するべき時なのか、それとも互いに技や力を競い合うべき時なのか……。
 重要なのは、それを見極めることです
 ブレイズ、そう思ったからあなたも、ここ数ヶ月ひとりで修行してきたのでしょう。
 ……今はひとりで力を蓄えるとき、そう思ったから」


 二人の言葉に大きく頷くブレイズ。
「そうだな……こんな時に弱気になってる場合じゃねぇな……今こそ修行の成果、見せる時だぜ!!」
 その時、ブレイズの胸元で、何かが光り出した。

「……ブレイズ。何ですか、その光は……?」
 最初に気付いたのはアンドロマリウス。確かに、ブレイズの胸元にかすかな光が宿っているのが見える。
「……これは……!?」
 ブレイズは胸元はら一つのペンダントを取り出した。
 それは金色の荘厳な装飾が施されたペンダントで、まるでブレイズの精神に呼応するかのように光を発している。
「なんか、スゲぇ力を感じるぜぇ……そんなマジックアイテム、持ってたのかよ!!」
 マイトの興奮も納得できる。その光は強くなるばかりで、次第に3人を包み込み、さらに周囲に闘気のバリアのようなものを作って食道の壁を押し戻し始めたのだ。

「いや、これは爺さんの形見で……今までこんなことはなかったんだ……けど!!」

 戸惑いながらも、ブレイズは状況を認識した。食道を押さえていたマイトの両手が自由になっている。
「よっし、これなら――どりゃあああぁぁぁ!!!」
 マイトは自らの盾である『修羅ノ気』を発動させる。腕に巻かれた包帯状のものに気合を入れると、前方にアイスフィールドが展開された。
 そのフィールドを食道の壁に押し付けると、当然周囲が冷やされて、少しずつ凍りついていく。

「そうか、弾力のある壁を壊すのには――」
 アンドロマリウスがマイトの意図を理解した。一度凍らせてきっちりと固体化した上でなら、組織を破壊することが容易になる。

「よっし、俺が凍らせた部分を中心に、3人で一気に突破するぜ!! 今こそ俺達の力を合わせる時!!」
 マイトの合図を待つまでもない、ブレイズは拳を、アンドロマリウスはデリシャスファルシオンを構える。


「よっし、いくぜアン、マイト!!」
「行きますよ!! せーのっ!!」
「ヒャッハアアアァァァァァァ!!!」


                    ☆


「……いかん!! ――変身!!」
 風森 巽はブレイズたち3人が湖のヌシに飲まれるのを見て、湖のほとりから飛び出した。
 一瞬にしてライダースーツ姿、仮面ツァンダー・ソークー1に変身した巽は、空中から風銃エアリアルで湖のヌシの喉に狙いをつけた。


「舞え、疾風! 穿て、烈風!! ペガサスエアリエルシュートッ!」


 巽の銃から発射された風の弾丸は、狙いも正確に湖のヌシの喉に命中する。

「――!!!」
 湖のヌシが声にならない悲鳴を上げた。
 喉が大きくひしゃげ、気道と食道にあたる部分が大きく狭まったのだ。
 ブレイズやマイト、アンドロマリウスたちが胃袋まで落ちていかないようにという、応急処置である。

「えーいっ!!」
 そこに、ティア・ユースティの鬼払いの弓から放たれた矢が数本刺さり、巽の銃撃を後押しした。


「とりあえずこれで胃袋に落ちていくことは防げるだろう――だが、中と外からの力で同時に打ち破らないと脱出は難しいな……」


 巽が突破口を模索していると、前方と後方から同時に大きな力の流れを感じた。

「……これは……!?」
 前方は湖のヌシの喉の辺り。ブレイズの持っていたペンダントがもたらした光が、大きな力となって巽にも届いたのだ。


 そして、後方――山の方からは。


                    ☆


「な、なんじゃとぉぉぉっ!!?」


 南部 ヒラニィは仰天した。天地鳴動拳を用いて全力で放った羽根つきの羽『天地鳴動弾』であったが、何と天津 麻羅とカメリアのコンビ、二人の羽子板により止められてしまっていた。
「……くっ!! さすがにキツいのぅ……!!」
 麻羅はヒラニィの全力が込められた羽を自らの巨大羽子板で受け止めていた。そこにカメリアも羽子板を重ねて力を合わせる。
「……じゃが止めた!! これを使って……!!」
 カメリアは気付いていた。この山に充満している空気、瘴気の存在に。
「椿、どうする気じゃ……!!」
 麻羅はカメリアに問いかける。カメリアの誘導で思わず羽を受け止めたはいいが、この後どうするのかは打ち合わせもしていない。

「……!!」
 カメリアが視線を上に向ける。その方向は、黒雲が立ち込める空。


「……よし、分かった!!! 行け、椿!! ほうりゃあああぁぁぁ!!」


 巨大羽子板が徐々にヒラニィが打ち込んだ羽の威力を押さえ込んでいく。麻羅の背後に燃え盛る炎が浮かび上がり、羽に更なる力を加えた。
 ほぼ真上に高く跳ね上げられた羽。カメリアはそれを追って麻羅の巨大羽子板に足をかける。
「ちょっと借りるぞ!! とぅっ!!!」

 羽子板を蹴ったカメリアは、羽を追って高く跳んだ。どこまでも、どこまでも高く。
 まるで雲に届かんばかりの勢いで跳ぶと、山全体を見渡すことができる。数ヶ月も離れていたせいで、色々と様変わりしてしまった自分の山を、上空からカメリアは眺めた。

「ほぅ……湖から頂上への道を作ったのか。頂上にはまた何やら建物が建っておるし……まったく、人の山で許可も取らず……相変わらずやりたい放題じゃな。
 じゃが今は……あれか」

 視線を湖に落とすと、カメリアの目には瘴気の塊のように映る湖のヌシが見える。
 カメリアは今度こそ渾身の光術、ありったけの力を込めて、光り輝く羽子板を振りかぶった。

「土地の力を込めたヒラニィの力、麻羅の炎は古代よりの浄化の力、そこに儂の光の力のすべてをブチ込んで……!!!」

 カメリアが打ち出した羽は、巨大な光の塊となって湖の方へと飛んでいく。
 その直前上には、ブレイズとアンドロマリウス、そしてマイトを飲み込んだ湖のヌシがいる。


「これで、全てを浄化するのじゃーーーっ!!!」


                    ☆


「――今だ!!!」

 巽はカメリアから発射された光の弾がまっすぐ湖のヌシへと向かっていることに気付いた。
 タイミングを計って、上空へと飛び上がり、勢いをつけてその光弾を追うように湖の主に迫る。

「――グギャアァァァ……!!」

 湖のヌシは、辛うじて苦しそうにうめいた。
 何しろ、中からはマイトとアンドロマリウスとブレイズの3人が喉を突き破ろうとし、外側からはカメリアの光弾がヒットしたのだ。
 しかも、そこに。


「ツァンダー……キーック!!!」


 巽の必殺キックが光弾に物理的な力を加え、湖のヌシへと押し込んでいく。
 すると、湖のヌシの内側から喉の肉が盛り上がってきているのが見えた。
「来たか!!」

「てやあああぁぁぁっ!!!」
「ヒャッハアアアァァァ!!!」
 中から、アンドロマリウスの剣の切っ先が見え、そこをマイトの両拳が広げていく。
「ツァンダー先輩っ!?」
 中から出てきたブレイズが驚きの声を上げる。やっと外に出てきたと思ったら、見知った顔がなんだか光の弾を押し込もうとしているのだから、それも当然だろう。

「来い、ブレイズ!! 4人でこれを弾く!!」
 しかし、巽の一言に3人は即座に反応した。
「よっし、行くぜぇ!! ――正義ファイアー!!」
 ブレイズの爆炎波を乗せたキックが。
「行きますよっ!!」
 アンドロマリウスの轟雷閃を乗せたファルシオンが。
「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!!」
 そして、マイトの両拳が、巽と対峙する形で光の弾を挟み込んだ。


「――砕けろぉぉぉっ!!!」


 4人の間で、カメリアの光弾がはじけ飛び、湖を中心に山中に降り注いだ。
 その光は山と森、湖の隅々にまで行き届き、魔物と化した動物や植物を浄化していく。

「あ……光が……」
 森の中で魔物の群れとまだ交戦していたアカーシャ・シャスカンスは、その光が降り注ぐ光景を眺めていた。
「やれやれ……これで終わりなのだ。なかなかいい修行になったのだ」
 木之本 瑠璃は普通の動植物に戻っていく魔物たちを見て、呟く。
「……まぁ、私はいい材料が手に入ったのでいいんですけれど」
 藤原 優梨子は、いち早く山のヌシから切り離した大物をどうやって持ち帰ろうかと思案している。

「おい……どうやら終わったみたいだぞ」
 と、湖のヌシの口の端に引っかかっていたパートナー二人を湖から引き上げた飛鳥 菊は、ため息をついた。
「まったく、えらい目に遭いましたわ、これというのもこの阿呆カロルがどすなぁ」
「うっせぇ!! 元からてめぇが余計なことすっからよぉ!!」
 引き上げられたエミリオ・ザナッティと漣 時雨はまだ喧嘩を続けている。
「いい加減にしろお前らぁ!! パーティ料理の材料にして喰っちまうぞ!!!」
 菊の銃からデリシャスバレットが次々に発射され、急所を外してエミリオと時雨にヒットした。
「いたたたたた!!!」

「あ。そろそろ終わりのようですねぇ。……いや、これから始まるんですかね」
 殺戮本能 エスと共に間抜けな人間姿の氷像を作って遊んでいた緋桜 遙遠は、氷像がただの動物の姿に戻っていくのを見て、呟いた。
「ふん。もう終わりか、大して歯応えのある相手もいなかったな。つまらねぇ」
 エスも同様に遙遠に付き合って遊んでいた。確かに、魔物化した動物や植物達を倒して狩りを楽しんではいたが、闘争・破壊を喜びとする彼の欲求を満たしてくれるものではなかったようだ。
「――ま、とりあえず大量の食材は手に入ったようだがな。しかたねぇ、これを運んでせいぜいパーティとやらでしこたま呑むとするか」
「そうですねぇ、せっかくですから遙遠も楽しんでいきますか」
 二人は、山のように作り上げた食材の山を眺めながら、ニヤリと笑った。

「ああ……ルオシンさん……素敵です……」
「おお、コトノハ……もう離しはしないよ……」
 
 まだやってたんですか。

「……キレイ……」
 そろそろ始まるはずのパーティ会場。白雪 椿(しらゆき・つばき)はうっとりと会場に降り注ぐ光を眺めていた。

「おお――綺麗な夕焼けだな」
 そして、蔵部 食人は湖に移りこむ夕焼けを眺めながら、釣果の入ったバケツを持ち上げるのだった。