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第八章 満開の桜の下で
「花壇もここも、本当にキレイにしてくれたのじゃな」
「俺達だけの力じゃない。カタリナさんが願わなければ、こうはならなかった」
 ありがとう、と正面切って礼を言われた鉄心は、照れた顔で言った。
「……ま、火事にならなくて良かったよな」
「!? それはアレクセイさんが!」
 エンジュと奈夏にゴミを燃やさせようとして、大惨事になり掛けたのは内緒だと良い。
「それに、お礼なら私も言いたいです……奥様の思いを受け止めてくれて、ありがとうございます」
 こうして、ヴィクターさんが出てきてくれて、庭に優しい目を向けてくれて嬉しい、水原 ゆかりは本当に嬉しそうに笑っていた。
「いや、こちらこそ本当に……」
「食後にお菓子はいかがですか?」
 お礼合戦を止めたのは、お菓子を差し出したティー。
 結局、総出でディアーナ達のお弁当を食べつくしてしまったが、こういうのは別腹ですし。
「お姉ちゃん、貰ってもいい?」
「はい、どうぞ。ケンカしないで仲良く食べて下さいね」
 ティーからお菓子を受け取っている子をチラと見やっていた別の子が、桜が手にしていたものに気付いた。
「お兄ちゃん、それなぁに?」
「どうぞ、皆で仲良く食べて下さいね。あぁ、ヴィクターさんにも上げて下さいね」
 笹野 朔夜が持たせてくれたそれは、淡い桃色のクッキーだった。
「みんな、お礼ちゃんと言おうね」
「「ありがと〜」」
 佳奈子は桜にペコリと一斉に頭を下げる子供達に、笑みをこぼした。
 寂しいだろうに、頑張っている子供達。
 そして、そんな子供達と孤独なヴィクターの縁を作る事が出来たのが嬉しいと、エレノアと微笑み合う。
 三人の視線の先、桜の花びらが練り込まれたクッキーを子供から渡されたヴィクターは、目を見開いた。
 ハーブティーと同じく、きっと同じようなものを食べた事があるのだろう。
 しかし、それを口にする顔は少しだけ切なく、それでも穏やかで。
「失ったものは戻りません、だけど……」
 桜の声は願いと共に、風にさらわれていった。
「体調は大丈夫ですか?」
「ええ、不思議と今日は調子が良いわ」
 応えるジャンヌは確かに、顔色も良いようでシャルルは安堵した。
「それにしても美しいですね」
「きっと桜も喜んでいるのよ」
 さわさわと枝を揺らす枝、零れおちる花弁は歓喜を上げているようで。
「そう、みんな喜んでいるんだよ」
 ニコニコするのは、サクラ。
 桜の花妖精たるサクラが言うのだ、確かだろう。
「みんなみんな、幸せ満開の笑顔なんだよ」
「そうですね」「そうね」
 桜を模したお菓子を口に運びつつ、三人はそっと微笑み合った。

「……御苦労様」
「それはこちらのセリフです。手、痛くないですか?」
 剛太郎とコーディリアは皆から少し距離を取って、お弁当を広げてお花見タイムを過ごしていた。
「大丈夫だ、ほら」
 微かに草の香りのする、自分より大きな手。
 その手が、自分の作ったおにぎりを持って口に運ぶ……それは何だか嬉しくて恥ずかしいようで。
「貰った弁当も美味いが、やはり自分にとってはコーディリアの作ってくれたものが一番だな」
 朴訥にサラリと落とされた発言に、知らずコーディリアは頬に朱を上らせ、思う。
「頑張ったご褒美に、後で膝枕して上げます。……それと、私も頑張ったので、ご褒美下さいね」
 ここには今、二人だけしかいないし、こんなに桜が綺麗だし、初デートだし。
 膝枕してまったりして、それからキスを貰おう。
 コーディリアの心中を知ってか知らずか、剛太郎は笑って一つ頷いた。

「……良かった」
 見届け、皆川 陽は安堵の笑みを浮かべた。
 死んでしまった者の願いはきっと、残された者に届いたのだから。
「だけど……後に残されるって、あーゆーことなのかな」
 今、こんなにも美しい庭。
 けれどさっきまでの荒れ果て打ちひしがれた姿を、陽は忘れる事も出来なくて。
 だから、テディに告げた。
「ボクがもし死んだら、ボクの部屋のベランダのお花ちゃん達を頼むね」
「ハ? 自分が死んだら? 急に何言ってんだよ」
 桜餅へと伸びようとしていた手が止まり、向けられた不審げな瞳。
 それは、陽の真剣な面持ちを認め、驚愕→焦りに変わった。
 目の前の主君が死んでしまった、なんて。
「きっとヴィクターさんみたいになっちゃうから無理無理無理無理。いやきっともっと重傷。僕等パートナーなんだから、MCが死んだら僕もきっと死んじゃうよ! というか一人だけ残されたくないよ死んだほうがマシだよ!」
 一気に言い募るテディの焦燥はおそらく、陽には届いていないのだろうけれど。
「……カタリナ氏の境地には至れそうにないわー」
 残す覚悟をし、残される者をただひたすら案じる……テディは力なく呟いていた。

「良かったです、ヴィクターさんが元気になってくれて。これでカタリナさんも安心っ……」
「……亡くなったカタリナさんと自分を重ねるような事は、言うな」
 見届け、それこそ安らいだ顔をした白花を、樹月 刀真は強く抱きしめた。
 白花がヴィクターを励ます気持ちは良いと思う、けれど。
「月夜や白花がいなくなるのは嫌だ、だから、ずっと傍に居ろ」
 何度も繰り返した言葉。
 けれど何度繰り返してもまだ足りない、と思ってしまう。
「はい、ずっと傍に居ます…私はまだ刀真さんに言ってない我が儘が沢山ありますから」
 刀真の想いに返される、言葉。
 伝わっているはずなのに、届いているはずなのに、それでも『怖い』。
「……っ!?」
 そんな二人に、月夜がギュッと抱きついてきた。
 白花の話を聞いて月夜は、刀真や白花が自分の傍から居なくなる可能性がある事に気付いてハッとしたのだ。
 ずっと一緒だと、思い込んでいた。
 困っていたら助ける、危険が迫れば護る、今までずっとそうしてきたように。
 けれど、そうやって頑張っても、刀真や白花を奪われる……時か災いか病か刃か、或いはもっと別の何かに。
 頭では分かっていた、だが、白花の言葉に怯える自分を自覚して、月夜は実感していなかったんだと気がついた。
 気がついて、急に怖くなったのだ。
「二人は居なくならないよね? 一緒に居るよね?」
 必死の面持ちの月夜に、月夜の大事な二人は顔を見合わせ。
 白花は微笑みながら月夜を抱き返し、刀真もまた「仕方ないな」という表情で頭を撫でてくれた。
 伝わる温もりが嬉しくてホッとして、だけど何だか子供扱いされたようでちょっとだけ悔しくて。
「良いモン、そうやって反応が返ってくることが嬉しいんだから!」
「……大丈夫だよ、俺だって同じ気持ちだから」
 ぷーっと膨れた月夜はそれでも、どこか嬉しそうで。
「そうです、折角ですしお花見しなくてはです」
 互いに恥ずかしくて嬉しくて、満たされた気持ちのまま三人で桜を眺めながら酒を飲んだ。
 そして、刀真は思う。
 同じ時を過ごし、心を繋げるだけではなく体も繋げたい、と。
(「いや……言葉だけじゃ伝わらない心を伝えたいから、触れ合いたいのか」)
 自分が酔っている自覚はあったが、それでも……愛しいパートナー達を見つめながら呑み干した酒。
 それは身体と心に覚めない熱を残すようだった。

 桜桜桜。
 はらはらと舞い散る桜の儚さと美しさ。
 花は散り、全てはいつか消え失せ、けれど。
「忘れない。今、こうして朱里とユノを抱きしめて見た桜を。ずっとずっと時が経ったとしても、忘れない」
「……うん」
 愛する者を抱きしめ、愛する人に抱きしめられ。
 桜と幸せに包まれながら、朱里はそっと頷いた。

「桜の花、綺麗だよね〜」
「一仕事を終えた後ですし、余計に綺麗に見えますね」
 大好きな『リュー兄』の言葉に、ブルックスはとてもとても嬉しそうに笑んだ。
 リュースと女の人が親しくしていると何だか心がキュッとして。
 だけど今、こうして隣で桜を見ているのは自分で、それが嬉しくて堪らなかった。
「……えへへ」
 甘えるようにちょっとだけ、ちょびっとだけ、もたれ掛かるように身体を預ける。
 頑張ったご褒美だよね、と言い訳して。
 そんなブルックスに、表面上はいつものまま、リュースは内心では動揺していた。
(「ブルックスは…オレのこと、好きなんでしょうか? オレは兄の筈、あの子にとって兄の筈、そう思うけれど、あの子の視線は日を追う毎に…」)
 僅かに上気した頬と、こちらを見上げる純粋な瞳、そこに浮かぶ好意は最早否定できない、けれど。
「ヴィクターさん、良かったね」
「……っ、そうですね」
 自分から遠くへと動いた視線を追うと、子供達相手に四苦八苦しているヴィクターさんと、それを楽しそうに見つめている菜織や佳奈子達がいて。
 意識が逸れた事に安堵しつつ、リュースは改めてヴィクターを見た。
 振り回されて困ったような、けれど、どこか嬉しそうな、その姿。
「あぁ、これは……素敵な嫌がらせですね」
 桜色の空を眺め、リュースはそう呟いた。
「良かったな、奥さん」
 そうして、閃崎 静麻は桜の花に埋もれつつ、目を細めた。
「奥さんの目的は生徒が大量に押し寄せた時点で果たされた……だけど、今のこの光景は予想以上だったんじゃないか?」
 応えるものはいない筈で……だけど。
 途切れない楽しい賑わいをBGMにしながら、目を閉じる。
 その視界が闇に閉ざされる瞬間、少しだけ寂しげに、そして心の底から安堵したように微笑む老婦人を見たような気がした。



 そうして、楽しい時間が終わり。
 庚達はちゃあんと後片付けをした後、帰途に就いた。
「しゃらくせェ…」
 結局あのままの、実に幸せそうな寝顔のままのハルを背負う庚の背は、僅かに哀愁を帯びていた。
「ヴィクターさん、桜なんだけど、今度の年末から年明けにかけて、剪定させて欲しいんだ」
 帰っていく面々に、僅かな哀惜を感じていたらしいヴィクターは、そんなエースの言葉に目を瞬かせた。
「今度の、年末じゃと?」
「そう! そうしたら来年はきっと、もっともっとキレイな花が咲くよ」
 嬉しそうに嬉しそうに語られる、来年……『未来』の話。
 ヴィクターは一度目を閉じてから、そっと頷いた。
「……あぁ、こちらからお願いする」
「やった! また来るからな、楽しみにしてろよ」
 はしゃいで桜の木々に手を振るエースを穏やかに見つめ、エオリアが静かに一礼していった。
 時が経ち、何かを失くしても、続いていく繋がっていく、形のない、けれど確かに在るもの。
「お前が残してくれた大切なもの、確かに受け取ったよ」
 ヴィクターは小さく小さく、幸せそうに微笑んだ。



 その日も、ロクロは手紙を書いた。

拝啓、父上様
アムトーシスの皆は元気ですか?

ボク達にとっては当たり前の事でも、
地球人にとってはまだ半信半疑のものも多いわけで…
だけど、きっと、大切なものを諦めきれないから
傷付いたり、悲しんだり、信じようと頑張っているわけで

…今日、お母さんのことを思い出しました
サクラという灯火色に光る木に咲く花を真似て造花を作ったので、一緒に送ります
お母さんのところへ届けて下さい

ボクは今日も元気です
また手紙書きます
みゃあー

担当マスターより

▼担当マスター

藤崎ゆう

▼マスターコメント

 こんにちは、藤崎です。
 藤崎的にすっごく楽しかったお花見です、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
 ではまた、お会い出来る事を心より祈っております。