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右手に剣を左手に傘を体に雨合羽を

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「大丈夫だよ、安心して」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はガーベラのプチブーケを差し出し、まだ二十歳ぐらいの村長は「は、はぁ……」と困惑しながらもそれを受け取った。
 その姿を見て満足したのか、エースはテーブルの上に広げられた地図を見た。
 ここは村長の家である。その場には村長以外にもこの現場の指揮を取っている小暮もいる。様々な場所に人員が配置できたのでようやく原因究明のための人員が確保できたのである。
「一応、自然の雨かどうかも調べたんですがやはり違うようですね。そうだとしたらあまりにも不自然ですから」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が言った。実際、それは教導団の中でもすでに調べられていることなので、小暮は頷いた。
「それでさっきの報告と地図を照らし合わせると、この範囲で雨が降っていることになりますね」
 メシエは地図のある場所を円で囲む。その範囲が天城 一輝(あまぎ・いっき)からの報告で雨が降っている場所である。聞けば雨が降っている場所と降っていない場所がきっかり別れているらしく、そこから先は地面が濡れてもいないようだ。
「となると、この辺りが怪しいんじゃないかな?」
 エースが指さした場所はその円の中心。この村から少々離れた場所。そして、その円で囲まれた場所の中心だった。森の中で人も踏み込みそうにない場所。
「そうでしょうね。自然な雨ではないとしたら、何らかの魔法が関わっていると考えるのが自然です」
 メシエも同意し、村長を見て訊ねる。
「この辺りに何かありませんか? 例えば祠のようなものとか……」
「い、いえ……。その辺りは昔から人が近付かない場所なんです。私もお祖父ちゃんからその辺りには行かないように子供の頃から言い含められていましたし……」
「ふむ……。ちょっと訊いてみようか」
 エースは裏口から外へと出る。それに続き、他の面子も外へと出た。
 相変わらず外は一定量の雨が降り続けている。降水量は増えもしないし、減りもしない。
 そんな外へと出て、エースは村長の家の裏に立っている木の幹に手を当てた。現在の村長が物心つく前よりも昔からある木。
 その木からスキル『人の心、草の心』で情報を聞き出すエース。
 しばらくして、その木から手を放した。
「その場所に何があるのかは知らないけど、前の村長さん――君のお祖父さんがたまにこの裏口から出て行っていたみたいだね。しかも君に気付かれないような夜に。俺はその場所に行ってたんじゃないかって推測するんだけど。夜の森を歩くのは危険だから巻き込みたくなかったのかな」
「え、お祖父ちゃんはそんなこと一言も……」
 村長は驚いたように目を見開いた。
 メシエは呟く。
「あなたがそれを知らないとなると、その場所にはしばらく誰も近付いていないということになりますね。ならば、その場所で何かの問題が起きて、それが放置されている可能性が高いですね」
 それを聞いた小暮はすぐさま無線機で呼びかけた。その辺りにいる教導団員へと。


 小暮からの連絡は何人かに伝えられていたが、一番近くにいた教導団員は源 鉄心(みなもと・てっしん)とその一行だった。
 正確な降雨範囲の情報を得て、腐葉土を踏みしめて一歩ずつその場所へと近付く。
「きゃう……っ!」
「わっ。大丈夫ですか、イコナちゃん?」
 その泥に足を取られて転びそうになるイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を横から支えるティー・ティー(てぃー・てぃー)。子供の体力ではこのぬかるんだ道は辛いだろうと容易に想像できる。
 それを代弁したのは鉄心ではなく、別の女性だった。
「子供の足では大変でしょう。朱鷺が背負って差し上げましょうか?」
「子供扱いしないで欲しいですの! 全然、大丈夫ですの!」
 東 朱鷺(あずま・とき)の言葉を突っぱね、イコナはどこか憤然とした足取りで泥を飛ばしながら歩く。
 朱鷺がやれやれというような様子で肩をすくめたのを見て、鉄心は眉をひそめる。
「そもそもシャンバラ教導団員でもないキミがどうして付いてくるんだ? この辺りはモンスターも出るから危ないと思うんだが」
「万物には全て理由があります。それを調べるのが私の趣味です」
 こともなげにそう言う朱鷺。つまりはただの好奇心だと言うわけだ。
 鉄心は追い返そうかとも思ったが、押し問答になったりしたら面倒だ。少なくとも今すべきことはこの雨を止めることである。
 苦言の代わりに鉄心はため息を吐き、足を進めた。
「それにしても村長さんも大変ですね。責任重大な立場になって早々にこんな災害に遭われるなんて……。そもそもどうしてこんな雨が突然降り出したんでしょうか?」
「それに同時期にモンスターが凶暴化したというのも気になるな。何らかの外的な要因が関わってると思うんだが……」
 ティーの疑問に鉄心が答える。偶然そんな厄介なことが重なったとは考えにくい。そこに共通していることがあるはずだ。
「それに影響を与える強いモンスターがいたとか、魔導器があったとかでしょうか? 魔力の影響とか……。うー、よくわかりませんの」
 イコナのその推測を聞いて朱鷺は言う。
「いやいや、その推測はあながち間違いではないと思いますよ。わからないと言いつつも、中々いい観察眼を持ってるじゃないですか。とても子供だとは思えないですね」
「だから、子供扱いしない欲しいですの!」
 イコナがむきになって言い返すが、朱鷺はどこ吹く風で正面を見据えた。というよりも、すでにイコナになど興味がないようだ。
「ああ、どうやらゴールはあそこらしいですね」
 朱鷺の視線はすでに彼らの進行方向へと向けられていた。好奇心に胸が高鳴る様子を隠し切れずに、わくわくという擬音が聞こえてきそうな目をしている。
 そんな視線が向けられている先には祠のようなものがあった。古ぼけてはいるが、どこかが壊れていることはない祠だ。最近までは誰かが参っていたのか花が飾られていたが、その花はすっかり枯れてしまっている。
 そして、その祠の中央には何やら棒状のものが置いてあった。
「あれは杖でしょうか……?」
「女王器でしょうか?」
 朱鷺が呟く。鉄心も得心が言った。
 杖型の物体。あれが本当に女王器かどうかは、この場にいる四人の誰にも判別できない。
 ただ、あの杖から発せられる魔力は肌で感じるほどに暴力的で圧倒的なものだった。
 それを感じ、四人はこの杖こそがこの雨を降らしている原因なのだと確信した。