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サイコロが主催する双六大会!?

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サイコロが主催する双六大会!?

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第一章 翻弄されるコマ達 



 サイコロは転がる。
 坂を下り、道を渡り、建物から建物を、土地から土地を転々としながら、出くわした人々を次々に<双六の世界>に取り込んでいった。
 ある者は、空京神社でお御籤を引こうとしたところをサイコロに見つかり、連れ去られた。
 またある者は、ヒラプニアのスパ施設の温水プールで遊んでいる所を、そのままの姿で拉致された。

 「もっと、もっと、もっともっとじゃ! もっと人間を集めねば!」
 
 サイコロは跳ねる。
 自分と一緒に遊んでくれる者を探して。





 「多すぎ……。こんなの全部食べられるわけないじゃない。」

 自分の目線程の高さに積み上げられたドーナツの山を見て、夏來 香菜(なつき・かな)はため息をついた。一つ一つのドーナツは、砂糖やドライフルーツ、チョコレート等がトッピングされて、可愛らしくまた美味しそうに見える。しかし、こうもどっかりと盛りつけられてしまっては、量の迫力が胃を圧迫し、食欲が減退するばかりである。

 「本当に。こんなに甘いものを食べてしまっては、お顔にニキビがたくさんできてしまいますわ」

 「そういう問題じゃないと思うけど……」

 的外れな心配をする泉 美緒(いずみ・みお)に、香奈はツッコミを入れるが、その声は力ない。
 
 ここは空京、ミス・スウェンソンのドーナツ屋の店内である。
 巨大双六の世界に取り込まれてから、二人はサイコロの妖精の言うままに、「ふりだし」のマス目の上でサイコロを振った。バスケットボールを一回り程大きくしたような、二つのサイコロを振って出た目は「一」と「一」。出た目の通りに二マス進んだ瞬間、それまで立っていた「巨大双六の空間」から景色が一変し、二人は「ミス・スウェンソンのドーナツ屋」の店内の一席に座っていた。

 「ここでの指令は店内の全メニューのドーナツを完食することじゃ」

 小指ほどに身長を縮めたサイコロの妖精が、テーブルの上で嬉しそうに言う。 
 妖精はさも簡単に言うが、「ミス・スウェンソンのドーナツ屋」のメニューは多い、その数は全部で八〇近くにのぼる。
 店内にいる客たちはあっけにとられて山積みのドーナツを眺めている。

 「わ、わたしたち、注目されてますわね……」
 
 恥ずかしげに俯く美緒に対して、香菜は破れかぶれのように叫ぶのだった。 
 
 「あーもう、分かったわよ! 全部食べればいいんでしょ食べれば! 美緒さん、頑張るわよ!」
 「は、はい!」





 「よっ! はっ! せいやっ!」

 掛け声とともに、国頭 武尊(くにがみ・たける)が逆立ちをする。そこから片足をまげて数秒間静止する。「アローバック」と呼ばれるブレイクダンスの技の一つである。
 武尊もまた、サイコロに捕まった<コマ>だった。止まったマスは3。そこでの指令は「空京にあるシャンバラ宮殿前で30分間ブレイクダンスを踊ること」だった。
 
 「あーちょっと君。宮殿前のパフォーマンスは禁止だよ。余所でやってくれんかね」

 呼び止めたのは宮殿の警備員だった。武尊はしどろもどろで答える。

 「い、いや、余所でやれといっても、ここでダンスしないと帰れないというか次のマスに進めないというか……」
 「何をごちゃごちゃ言ってるんだ?怪しいな……ちょっと署まで来てもらおうか」
 「し、失礼しまーす!!」
 「あっ、こら! 待ちたまえ!」

 指定された30分間まで、あと10分ほど残りがある。追いかける警備員をかわし、何とかして宮殿前で時間いっぱい踊らなければ、クリアすることはできないのだ。

 「くそっ、サイコロの妖精だか何だか知らないが、オレをこんな目に合わせてただで済むと思うなよ。きっちり落とし前を付けさせてやるからな。覚悟しとけよ!!」

 妖精を恨む武尊の声が、空京の空に響いた。



 

 「本当にこんな森の中にまんじゅう屋があるのかよ……」

 そうつぶやいたのは、ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)だった。
 彼もサイコロで武尊と同じ3を出したのだったが、「同じ指令だとつまらないではないか」という妖精の一言によって、別の指令が与えられることになったのだった。
 指令の内容は「ツァンダの森のどこかで売っている「つぁんだまんじゅう」をゲットする」というもの。しかし、手がかりが全くない状態で探すには森はあまりにも広大すぎた。

 「俺もブレイクダンスがよかったな……」

 鬱蒼と茂る木々を見上げ、ため息をつく。現在武尊が置かれている状況を、ローグは知る由もない。

 その時、誰かがすすり泣くような声が微かに聞こえてきた。

 「なんだ……?」

 耳を澄ます。どうやら子供の声らしい。ローグはすすり泣きが聞こえる方向に茂みをかき分けていった。





 「う〜ん……じゃあ、『学園定食』! これは入ってるだろう」
 「ブーッ! はずれ! 『学園定食』は8位でーす!」
 「まじかよ〜……」

 エプロン姿の店員の答えに、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は思わず机に突っ伏す。
 その目の前に、トレイに載せられた定食が運ばれてくる。味噌汁や主菜の焼肉のいい匂いがあたりに漂うが、むしろ今のエヴァルトには拷問だった。

 エヴァルトが出したサイコロの目は4。そこでの指令は「蒼空学園学食のメニューの中から人気ベスト5を当てる」というものだった。しかしすべてのメニューを当てるまでは、自分が選んだ料理は必ず間食しなければならない、というルール付きである。

「腹いっぱい上手い飯が食えるのはありがたいけどな……」

 ここまでエヴァルトの戦績は1勝7敗。胃袋の空き容量は着々と減ってきている。残りのメニューをストレートで正解したとしても、4食分は必ず食べなければならないのだ。そう思うと気分が滅入る。

 「正月前後もバイトばっかだったし、いい息抜きになるかと思ったらこれかよ……。同じ双六でも「ジュマンジ」とか「ザスーラ」の方がよっぽどましだわ」

 エヴァルトは、目の前の定食を恨めしそうに見ながら箸を取ったのだった。
 




 「待ちやがれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 「嫌あああああ!!」

 広大なシャンバラ大荒野を、キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)は全速力で飛行する。その後を、馬や牛に乗ったモヒカン頭の蛮族たちが追いかけてくる。
 キャンディスの止まったマス目はエヴァルトと同じ4。指令内容は「大荒野から種もみをもって蛮族の群れを強行突破して脱出する」というものだった。
 スキル<光学迷彩>で蛮族の集落に潜入し、小屋から種もみを持ち出したのまでは良かった。しかし光学迷彩は視覚のみにしか作用しない為、五感のすぐれた部族の者達によってキャンディスはすぐに見つかってしまった。
 そして今、キャンディスは<空飛ぶ魔法↑↑>で蛮族の追手から逃げ回っている。
 蛮族たちが雄叫びを上げる。

 「モンスターの癖に生意気な!」
 「やっちまえ!」
 「モンスター違うネ! ろくりんくんネ!」

 もちろんその様な訂正が追手に通用する訳がない。

 「皮をはいじまえ〜!!」
 「ダメエエエエエエエエエエエエ!! チャックははずしちゃダメエエエエエエエ!」

 叫び声をドップラー効果のように荒野に響かせながら、キャンディスは逃走し続けるのだった。
 




 同じくシャンバラ大荒野。その最大のオアシス地帯「キマク」。
 キマクでは遊牧民や旅商人、蛮族たちが一堂に集まり、商品の売買を行っている。その為一帯にはテントや露店がひしめき合い、迷路のような街を形成していた。
 その中を、佐山 御言(さやま・みこと)は人の波をかき分けながら歩いてゆく。その先には一人の男がいる。薄汚れた服に人相の悪い顔。そして腰にぶら下がっているシャムシール。その風体は盗賊のようだ。何故か男の頭の上には小さなサイコロが乗っかっている。

 「どうしたものか……。この町にちゃんとした警察機構なんてないだろうし」

 御言がつぶやく。彼の出したサイコロは八。指令内容は「キマクの闇市で財布を掏られる。ダイス目で「偶数」を出して犯人を見つけ、財布を取り返さないと先に進めない」という内容だった。
 偶数の目を出すのはさほど難しいものではなく、すぐに出た。しかし問題は、財布を取り返す方にあった。偶数の目が出たサイコロは突然跳ね出すと、ある男の頭の上に乗っかったのだ。それが、御言から財布を盗んだ犯人だった。
 一応武器と防具は装備しているが、今の自分ではうまく財布を取り返すことができるか自信がない。まして相手が仲間を呼べばますます取り返すことが難しくなってしまうだろう。有効な解決策が見つからないまま、露店の影に隠れて様子を伺う御言だった。





 「寒い寒い寒い寒い! こんなカッコで外にいたら凍死しちゃう!」

 「弱音吐かないのセレアナ! こんなの、ぜんざいを飲んだらすぐにあったまるわよ」

 体を震わせるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が叱咤する。
 二人は空京のとある甘味屋にいた。外のオープンテラスならぬ床几台に座って、ぜんざいが入った大椀と対峙している。
 それだけなら何でもない甘味屋の一光景に見えるかもしれないが、決定的におかしな点が二つあった。
 一つはぜんざいに添えられているのが箸ではなく、太いストローであること。
 もうひとつは彼女たちが水浸しの水着姿でいることだった。
 二人は温水プールで遊んでいた時にサイコロに遭遇・拉致されたため、そのような姿で<コマ>にならざるを得なかったのだった。
 指令は「激熱のぜんざいを1分以内にストローで飲み干す」ことである。1分以内に完食できなければ何度でも挑戦しなければならない。

 「ぜんざいって……こんな熱いものストローで飲める訳ないじゃない」
 「気合いよ。 気合いがあればこの程度の熱さどうってことないわ!」

 そう言って、極太ストローを咥え、セレンフィリティはずずずと吸い上げる。が、突然 「うぐっ」 とうめき声をあげるとゴホゴホとむせはじめた。

 「ちょっ、セレン大丈夫!?」
 「……だ、大丈夫。うかつだったわ。伏兵がいるなんて。」
 「伏兵?なによそれ」
 「餅よ。丁度ストローにギリギリ通るぐらいの餅がぜんざいの底に敷き詰められてるわ」
 「何それ、ますます1分で完食するなんて無謀じゃない」
 「なんの! これしきの事で白旗あげるセレン様じゃないわよ。面白くなってきたわ。この勝負、絶対に勝ってやる!」

 握り拳を突き上げ、闘志を燃やすセレンフィリティ。だがすぐに、素肌に襲い掛かる冬の風のせいで大きくくしゃみをするのだった。

 




 空京大学一室の空き講義室。
 
 「ふむ。ゾロ目の3じゃの。お主が行うのは一番苦手な課題、よって裁縫じゃ」
 「ええ〜!?」

 サイコロの妖精の言葉に、城 紅月(じょう・こうげつ)は不満の声を上げる。 
 紅月がサイコロで出した目は5だったが、5の指令は「もう一度サイコロを振る」というシンプルなものだった。再度サイコロを振り、今度は10のマスに進んだ。そこでの指令は「2つのサイコロを振り、出た目によって定められた課題をクリアする」事であった。

 「やだやだ! 僕は宮廷楽団員なんだよ? 針で間違って指を怪我したらどうしてくれるのさ」
 「つべこべいうでない。ああ、雑巾とかハンカチみたいな簡単な物はいかんぞ?」

 サイコロの妖精はそう言うと手をかざし、裁縫道具や色とりどりの布、そして手芸の手引書を机の上に呼び出した。
 
 「それだって僕には難しいのに……」

 紅月はふくれっ面を作り、 「しっかり励むのじゃぞ〜」 と言って去ってゆく妖精を恨めしそうに見つめる。

 「せっかくまったりとぷち旅行ができるかなーって思ったら、まさかこんな羽目になるなんてなー…」

 仕方なしに紅月は手引書の本を不承不承に開き、自分でも作れそうな作品がないか探し始めるのだった。






 彩光 美紀(あやみつ・みき)セラフィー・ライト(せらふぃー・らいと)はシボラの密林地帯のただ中に全裸で立っていた。
 いや、一見するとそのようにみえるが、実は全裸ではない。体のラインにぴったりフィットした肌色のユニタードを着ていたのだった。
 彼女たちが出した目は紅月と同じ5。もう一度サイコロを振ると7の目が出たため、12のマスに移動したのだった。このマスの指令は「服や武装をすべて脱ぎ、直前に止まった人が脱いでいった服や武装に着替える」ことだった。しかし、このマスに到着したのは美紀達が最初であり、着替えの服がない。その場合は、あらかじめ用意された肌色のユニタードに着替えると、定められていた。

 まるで何も身に纏っていないかのように、胸を隠して前に屈みこむ美紀。

 「うう……この姿も結構恥ずかしいわね。本当に裸になったみたいだし。セラフィーも嫌じゃない?」
 「いや、これはこれで大変ごちそうさまな……」
 「へ?」
 「いやいやいや! 何でもありません私は何も言ってませんとも!」
 「そう? ……でも」
 「でも?」
 「これもいい修行の機会よねっ。どんな時でも慌てず落ち着いて問題に対処できるようになるための。そうでしょセラフィー?」

 そう言って屈託なく笑みを浮かべる美紀に、セラフィーは返事をしながらも己の胸が罪悪感でいっぱいになるのを感じていた。

 ――……はあ、美紀の恥ずかしがる姿をこうも喜んでしまう、己の性根が情けない。

 それでも、あちこちを見回しながら不安そうに歩く美紀の姿を、横目で見るのを止められないセラフィーなのだった。





 霧深い都、タシガン。昼なお霧が濃く立ち込め、中世ヨーロッパを思わせるような古風な建物が並ぶ。
 その一角に、沙 鈴(しゃ・りん)とサイコロの妖精は立っていた。鈴の手には文庫本があり、パラパラと中身を捲っている。

 「えーと、『アルベルトは、ミシェルの紅潮した頬に優しく口づけした……』 ……なんですかこれ。どちらの登場人物も男性ですわよね? でも、話は恋愛小説のようですが……」
 「そうじゃ。今世間で流行っておる『びぃえる』と呼ばれる、男同士の恋愛を描写した小説じゃ。この6のマス目ではそれを一冊音読してもらおう」
 「音読……えええ? 私が?」
 
 サイコロの妖精の言葉に、鈴は当惑する。

 「そうじゃ。全て読まんと、そなたの次の番は回ってこぬぞ。ああ、もちろん小声で早口で済まそうなどと姑息な手を使ってもいかん。ちゃんと大声で、情感を込めて朗読するのじゃぞ」

 そう言ってサイコロは鈴の周りをくるくると飛び廻る。

 「死人を出さないと約束するなら付き合うとは言いましたが、これはこれで私が羞恥で死んでしまいそうですわ……」

 本の中に幾つも挿入された、男性キャラたちのラブシーンのイラストに頬を赤らめながら、鈴は嘆息するのだった。





 水都ヴァイシャリー。街中を縦横無尽に水路が走り、無数ゴンドラが行き交い、船頭が舟歌を歌う。
 だがそのうち一つのゴンドラから、舟歌とは異なる、オリエンタルな旋律の歌声が聞こえてくる。

 「やぁあきゅ〜う〜 すぅ〜るならぁ〜 こぉ〜ゆぅ〜ぐ〜あい〜にしぃ〜やしゃぁ〜んせぇ〜  なぁ〜あげ〜たらぁ〜 こ〜ぅうってぇ〜 うったぁ〜らぁ〜ぁぁ こ〜ぅう〜けてぇ〜 ラーンナーにな〜った〜ら えっさっさぁ〜 アウトー! セーフ! ハァ ヨヨ〜イノヨイ!」

 ゴンドラにいるのは二人の少女。歌に合わせてじゃんけんをし、勝った方がガッツポーズを作り、負けた方はがっくりとうなだれる。

 「勝った! さぁミスティさん。大人しく上着を脱ぐですよぉ」

 勝った方の少女、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が悪い笑顔を浮かべる。

 「やっぱり、脱がなきゃダメ? 恥ずかしいんだけど」

 負けた方の少女、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)がたじろぐ。

 「当然です! どちらかが勝つまでやらないと、次のマスに進めないですよ?」

 二人が出したサイコロの目は6。彼女たちには鈴とは別の指令、「ヴァイシャリーのゴンドラの上でパートナー同士が野球拳で勝負する」というものが与えられた。

 「こういうお色気のアトラクションを入れるのも面白いですぅ。レティロット城のアトラクション候補にするのもよいかもしれませんですぅ」
 「レティ、それ本気なの?」
 「当然! アトラクションには多少のお色気も必要ですぅ。さぁさぁミスティ、おとなしく観念するですぅ〜〜〜!」
 「いやぁ〜〜〜〜〜!」

 怪しげな手つきでパートナーの服を脱がせようとするレティシア。ヴァイシャリーの水路にミスティの叫び声が響いた。
 




 「ルゥ、ルゥ。こんなのはどうかにゃ?」

 ここはイルミンスール魔法学園の大図書室。数メートルの高さの本箱が延々と並び、巨大な迷宮を作り上げている。
 鳳龍 黒蓮(ほうりゅう・こくれん)が、パートナーのルゥ・ムーンナル(るぅ・むーんなる)に、図書室の本をもってきては中の文章を見せる。

 「どれどれ? 『 <短気> 決着に有利な戦闘魔法』 ……あんまりおもしろくないわね。ボツ」
 「えええ〜? ルゥは厳しすぎるニャ。100個も誤植を見つけなきゃいけないんだから、2個や3個ぐらい面白くないものがまざってたって、罰は当たらないニャ」

 二人が最初に振ったサイコロは7だが、そこの指令も5のマスと同様に「もう一回サイコロを振る」というものだった。そして次にサイコロを振り、到着したのが10のマスだった。二人には、紅月とは別に「イルミンスール図書室の本の中から笑える誤植を100個探す」という指令内容が与えられた。
 
 「やるからには全力で! 誰もが抱腹絶倒する誤植を探すわよ!」
 「うぅぅ〜〜〜」

 鼻息荒く決意するルゥに、黒連は大きな耳を後ろにぺたりと下げて、落胆するのだった。





 「なぁ。いつになったら始めるんだ?」

 イライラした声でイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が問う。ここは蒼空学園の美術室である。イングラハムとマスターの葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、美術室の中央に据えられた台に乗り、ツイスターのように互いの腕や体が交差するポーズをとっている。
 二人の前には、ぼさぼさ頭で絵具で汚れたスモッグを来た男が一人立ち、腕を組んで天井を睨んでいる。

 「しっ! 静かに! 私は今シャンバラの芸術をつかさどる神々から神託を受けている所なのだから! おお……インスピレーションがわきあがってくる……やれるぞ! 私はやれるぞ!」

 そう言って男は突如目の前のスケッチブックに鉛筆を走らせるが、やがて5分と立たないうちに力なく放り投げ、また熊のように唸りながら天を仰ぐ。
 吹雪とイングラハムが出した目は9。二人に課された指令は「絵のモデルになる。完成するまで永久に休み」というものだった。
 
 「……あの画家、もう一時間近くも叫んでは描き始めて、すぐにやめる、の繰り返しじゃないか。描く気が本当にあるのかね?」
 「しかしこれはこれでいい訓練になるであります。ゲリラ襲撃の時などは茂みの中で何時間も動かずに待機する事なんてザラでありますし」
 「……吹雪、ポジティブすぎるのも問題だろうが」
 「そこ! 無駄なおしゃべりをしない。創作活動の邪魔になるだろう!」
 
 画家の男に注意され、イングラハムは「へいへい」と不承不承に返事をするのだった。