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第三章 ケンカしたっていいじゃない
「今の、すごかったね」
「いやでもアレ、何かすごい、大人げないなぁって思うんだけど……」
「俺さ、大人って言うのはこう……もっと大人だと思ってたよ」
 ぶつかり合うブリザードという光景を遠くに見た孤児院の子供達は、怖がるとか興奮するとかよりも呆れたような表情だ。
「まあ、ケンカするほど仲が良いって言うしね」
 美羽もまた、つい苦笑を浮かべてしまう。
 古き精霊達……長く存在しているものが達観しているとは限らないものよね、と。
「美羽お姉ちゃん、運んできたよ。まだいる?」
「うん、もうちょっと必要かな」
 今、美羽やルルナ達が作っているのは、大きなかまくらだ。
 雪を集め、皆できゅっきゅと固めて作っている。
 動くから身体も温かいし、子供達も目を輝かせている所を見ると楽しんでくれているらしい。
「奈夏お姉ちゃん達、ちゃんと仲直り出来るかなぁ?」
「面倒をみるべき子供達に心配されるなんて、ね」
 それでも、時折子供らの顔に不安が滲むのは、子供たちなりに案じているからだろう。
「大丈夫、おっきなかまくらが完成する頃には、ケンカしちゃって恥ずかしい、なんて顔で帰ってくるから」
「ならみんな、頑張って立派なかまくら、作らないとね!」
 美羽とルルナの言葉に、子供達は笑顔を見せて大きく頷いたのだった。


「……やっぱりダメなんだろうなぁ」
 赤い旗の守備に当たっていた羽純と隆元は、聞こえた声に視線を向けた。
 呟いた奈夏の瞳は、ミリア達と話すエンジュを映している。
「羽純さんはどうして歌菜さんと契約したの?」
「俺は歌菜に封印を解いてもらった」
「そっか……契約を後悔した事は?」
「……してるのか?」
「ううん、私じゃなくて、エンジュが……後悔してるんじゃないかなって」
 そもそも地球にいた頃から、奈夏はパッとしない子だった。
 偶然エンジュと出会って契約してパラミタにやってきて、何も知らないエンジュを引っ張って。
 けれど、変わったエンジュを見て思ったのだ。
 自分がパートナーでなかったらエンジュはもっと、色々な事が出来るのではないか、と。
 箒にもまともに乗れない、戦闘系のクエストに行くと死にかける、成績も赤点ギリギリな残念な自分と契約した事で、エンジュの可能性は狭まっているのではないか?
 だって今はもう笑ってくれない。
 自分の隣で笑うエンジュなんて、もう随分と見ていなくて。
 それでも、一緒にいたくてずっと見ないふりをしてきたけれど。
「奈夏はどうなんだ? もしエンジュが今より機動性能が低かったり学習機能が劣化していたりしたら、嫌なのか……捨てるのか?」
 ぶんぶんと大きく首を振る奈夏に、羽純は少しだけ頬を緩めた。
「二年間過ごして来たんだろ? パートナーっていうのは、そんなものじゃないんじゃないか」
 答えは始めから出ているというのに、どうしてこんなにグダグダしているのかいっそ不思議だった。
「後、自分の顔を思い出して……っと、話はここまでだ、来たぞ」
「……エンジュ」
 羽純は、パートナーを認めた奈夏から視線を前方に戻し、待ち人達の到来に表情を引き締めた。
「やれやれ…歌菜と戦うのか」
 とは言え、口元に苦笑が浮かぶのは仕方ない。
「…羽純くんと敵対するなんて…初めてかも」
 それは対する歌菜も同じ。
 キリリとした真剣な顔は見た事があるが、それは常に隣で共に在ってのもの。
 こうして真正面から向き合う……向けられるのは初めてで、不思議な気がした。
 同時に。
「…ドキッとしちゃうよね」
 知らず染まる頬を誤魔化すように、歌菜は羽純を見据え、気合を入れた。
「ええい、やるからには負けないんだから!」
 チラと刹那向けた視線の先には、同じように対峙するエンジュと奈夏が姿があり。
 確認してから歌菜は動いた、赤い旗を狙って。
「それはこちらのセリフだな」
 けれどその動きは羽純に読まれ、行く手を塞がれる。
 伊達に夫婦ではない、愛する奥さんの行動は大体把握している旦那様である。
「羽純くんは、いっつも余裕でズルイ!!」
 見て取り、歌菜は可愛らしく頬を膨らませてみせた。
「ズルイって…何だそりゃ。俺からすれば…お前の方がよっぽどズルイ」
「私は別にズルくないもん!」
「自覚がないなら教えてやろうか?」
 旗に近づこうと、近付けまいと攻防しながらの言い合いの中、羽純はサラっと言い放った。
「料理が美味すぎるから、もう俺はお前の飯しか食えないかもしれない」
「なっ……!?」
「そしてホラ、今だって、そんなに真っ赤になって…ズルイな。そういう顔をされたら、もっと苛めたくなるじゃないか」
「意図は分かるけど、とりあえずリア充は爆発するであります!」
「っ!」
 声を残し、羽純の横を疾風の如く抜けた吹雪は、立ちすくむ奈夏へとその拳を振り上げた。
「「っっっ!?」」
 それを受け止めたのは、味方である筈のエンジュだった。
「敵を助けるとか、ダメでありますよ!」
「!? そうよ、エンジュ! 今は敵同士、だもの。私がどうなろうと関係な……」
「奈夏は!……私のパートナーだから、です……ケンカしてたって……奈夏が私を嫌いでも……それは変わらないです……」
「私がエンジュを嫌いなわけないじゃない!」
 思わず怒鳴ってしまった奈夏の頭からは、今の状況とか勝負中とか吹っ飛んでいた。
 それでも、羽純の言葉や先ほどのやり取りは残っていて。
 羨ましい、と思ったのだ。
「だけど、エンジュはどんどんどんどん成長して、私はダメなままで置いてかれて、どうしても相応しくなれなくっ、て」
 ボロボロと涙と共に零れ落ちたものは重くて苦しくて、同時にホッとした。
 どんなガッカリクオリティでもせめて前向きでいようと思っていたけれど。
 エンジュが好きな、明るく前向きな奈夏でいたいと思っていたけれど。
 ……ずっと苦しかった。
「相応しい……とか何ですか?!」
 だけど、返される言葉もまた酷く苦しそうだった。
「相応しくないと……側にいたらダメ……ですか……? 奈夏が言ったです……『友達みたいに』……『隣で』……『ずっと一緒に』……」
 そもそも奈夏がいなければ、エンジュはココにいないのに。
 エンジュの世界を開いたのは、奈夏なのに。
「なのに『エンジュには分からない』と……拒絶するのですか……」
 同じように、奈夏と同じように視界を司る機能から滴り落ちる水に、こんな機能もついていたのか、と冷静に思考するエンジュとは裏腹に、向き合ったパートナーは随分とうろたえていた。
「でも、だって、エンジュ最近、笑ってくれないし」
「それは奈夏が……奈夏が笑わないから……です」
「だってだって、そんな、そんなの……」
 手を伸ばしたのはどちらからだったろうか?
 気づくと二人、抱き合っていた。
「エンジュ、ごめ……大好き、だよ」
「はい……はい、奈夏……ずっと一緒です……」
 雪にまみれ、子供みたいにわんわん泣く2人に、歌菜と羽純はそっと笑った。
 さり気に羽純が歌菜の肩を抱いているのはやはり、それが普通だからだろう。
 残る三方へと目をやり、今から出来る事はないと悟った吹雪は、やれやれと溜め息をついた。
「まったく、世話が焼けるであります」
 その手に、確りと赤い旗を携えて。