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水着とカレーと、大食いと。

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4/カレー・パニック!

 いいのかなあ。荀 灌(じゅん・かん)は半ば唖然としつつも、思う。

「辛い! うまい! もう、最高!」

 キッチンで受け取ったカレーを頬張る、芦原 郁乃(あはら・いくの)紅 悠(くれない・はるか)に。

 ほんとに、よかったのかなあ。
 しこたま作ったカレー、キッチンに置き去りにしてきて。

 作ったのと果たしてどちらが多いのか分からなくなるくらいやっぱりしこたま、カレーを貪ったりなんかしているけれども。
 ふたりの食いっぷりに秋月 桃花(あきづき・とうか)はニコニコしているし、紅 牡丹(くれない・ぼたん)は苦笑だし。
 桃花も郁乃もセルフサービスだー、なんて言っていたからそれに流されるまま、従ってしまったが。なにか、根本的に見落としというか、抜け落ちたものがあるような気がして。

「あの、さっきから向こうのほうが騒がしいんですけど」

 そしてこの、芦原 揺花(あはら・ゆりあ)のしている心配もある。
 先ほどから、なにやら会場のあちこちが騒がしい。また、その上それは徐々に、一行がカレーを残してきたキッチンのある方角からこちらに近付いてきている。

「へーきへーき、だいじょーぶだって」

 あくまで楽観視の、郁乃。言っているそばから、次から次にカレーを平らげていく。
 というか。ちょっと目を離しただけで──とんでもなく、積み上がった皿の数が増えているように見えてならないのは、気のせいだろうか?

「あのぉ…荀灌さん」
「うん。続きは言わなくていいよ、揺花ちゃん」

 多分、なにが言いたいかは言わずともわかっているから。
 大丈夫かな、ほんとうに。
 キッチンも──この、食いしん坊たちも。

「そちらも、よく食べますわね」

 牡丹に言われて、リアクションに困る。
 よく食べるというか、うん。だって、食べ過ぎじゃない、どう見たって。

「あら。おいしいものはいくらでも入るものよ。そうでしょう?」
「そそ。そーいうこと」

 悠と郁乃は頷きあって、同時にその皿の、最後のひと口を胃袋に収めんと、それぞれ口を開ける。
 しかし。

「わぷっ!?」
「ひゃっ!?」

 ふたりが、その最後のひと口を食べることはかなわなかった。
「な、なんですかっ!?」
 牡丹や、皆の目の前で。突然あらぬ方向からぶちまけられた──というより狙い撃ちされたふたり。
 顔面をきれいに撃ち抜かれて、……口の中に、命中する。

 別に、命にはなんの影響もない。カレーが。

「み、水鉄砲!? って、辛っ!? 辛い、辛い!? すっごく、無理無理無理、これ無理っ!?」

 ただし、とんでもなく激辛のカレーが、だ。
 悶絶するふたりに、狼狽する一同。その光景をあざ笑うかのように、降り立ったふたつの影はにんまりとした表情をその顔に作る。
 背には、激辛カレーを満載したタンク。パールとルビーのコンビは、不敵な笑みを湛えたまま、走り去る。

「ちい! ああん、もう! 逃げ足、早いよっ!!」
「まったくでございます」

 逃げ行くふたりを追って、やがて追撃者も砂浜へと降り立つ。
 キッチンのプレハブ屋根や、テントの骨組みを器用に伝って逃げてきたふたりと、同じように。
 荒神の命を受けた、アルベールとセシル。そして、騒ぎを聴きつけてやってきた、ディミーアたちレポーター軍団もまた。

「失礼、どちらに曲者たちは逃げていきましたか」
「え。あ、あっち」

 辛さに転げまわる郁乃たちには目もくれず。追う者たちは追われる者たちを求め、走り去る。荀 灌たちはぽかんと、言われるまま応え、その背を見送るだけ。
 一体、なんだったのだろう。



「セレン、危ない!」
「おお?」

 水鉄砲のノズルが向けられているのが、見えた。
 パートナーは生憎、そのことに気付いていなかった。カレーを食べることにばかり、夢中になっていて。
 だから、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は慌てた。そして彼女を、
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)をかばうようにしながら、水鉄砲の射線上から引っ張って抱き寄せて、退かしたのだ。

「なになに? なんか今、飛んで行ったけど? え? カレー?」
「……みたいね。どこの誰かはわからないけれど」

 セレンフィリティはセレアナの腕の中でなお、まだ食べかけのカレーをもぐもぐやっている。相変わらず、食いしん坊なんだから、もう。

「あなたたちは……大丈夫?」

 傍にいた者たちの状態をひとまず確認する。とはいっても飛んできたモノがカレーでしかない以上、浴びて汚れたか、そうでないかという程度のことではあるが。
 それでも、被害は被害だ。

「もー、最悪。せっかくのカツカレーが」

 直撃を避けようととっさにカレーの器で攻撃を受けた黄瀬 春日(きせ・はるひ)は、匂いからして激辛のカレーで上塗りされて味の崩れたそれに、ぼやいていた。これじゃあ、おいしく食べられない。
「っていうか、結構飛び散って汚れちゃったなあ……。Tシャツ、着てこなくてよかった」
「それは不幸中の幸い。どれ、使うが良い」
 神凪 深月(かんなぎ・みづき)が、パートナーたちとともに彼女のもとに屈み込んで、タオルを差し出す。あまり匂いが気になるようなら、いっそ泳いでくるというのも手ではある。どうせ、目の前は海なのだから。
「しっかし。なんなんや、あいつら」
「さあ……でも、狙われなくってよかった」

 白ビキニを着たアリア・ディスフェイト(ありあ・でぃすふぇいと)は、胸を撫で下ろすように安堵の息を吐いて。狼木 聖(ろうぎ・せい)が、逃げ去る狼藉者たちの姿を見遣り、煙草を噴かす。

「おお、お前たち。賊は、どこへ行った?」
「あ、校長」

 そして、連中を追ってきたのだろう、正子が身体を揺らし、こちらに向かいやってくる。

「あっち。変な二人組っしょ?」
 セレンフィリティが指を指す。そうか、と頷いて、正子は会釈とともにその方向に追いかけていく。
「まったく、なんなのよ、もう」
「ほんとね」

 春日のぼやきに、セレアナも肩を竦め同意する。
 なんとなく、せっかくの楽しい雰囲気に水を差された気分だ。

「水入りになったついでに、ちょっと泳ごうかしら」

 ありがとうと、深月たちに感謝を示しながら春日は立ち上がり伸びをする。くんくん、自身の匂いを嗅いでいる。

「いいわね、それ。あたしたちも行きましょ」
「セレン?」

 食べまくるには、まだまだ時間は残っているのだから。
 ここらで一丁、腹ごなしに、ね。

「戻ってきたら和風キーマカレー、おかわりお願いね」
 セレアナの手を取って歩き出し、セレンフィリティは深月に言った。
「ああ、任せておけ」
 たっぷりと、大盛りで用意しておいてやる。だからしっかり、腹を空かせてこい。



 既に、会場内の参加者たちには大まかな注意は回っていた。
 それを聞いていて、そして通りがかったものだから、美羽は話を聞いてみたわけだ。

「──とまあ、聞いた限りでは、そんなところだね」

 結奈とエースが、そうだったよね、と頷きあい、確認しあっている。
 激辛カレーをおみまいしていく、通り魔ねえ。

「それは……恐怖ですね」

 カノンが俯き、彩夜がこくこく、同意を示す。
 ともに辛いものが全くダメな人に、あまり得意でない人。いや、話によればそんなレベルでないくらいの激辛カレーだということなのだけれど。

「ハーッハッハッハァ!! 獲物発見!! 喰らうであります!!」
「!」

 響き渡る声。頭上から。一同が見上げ、身構える。
 声の主たちは太陽を背に落下をし、一同に迫って──よりにもよってその、辛いものが苦手なふたりをターゲットに見定めて。
「危ないっ!」
 加夜が、美羽がカノンをガードする。エースとベアトリーチェが彩夜を、後ろに下がらせる。
 発射されたカレーはいずれも、命中をすることなく空を切り、砂浜の上に落ちていく。

「ちいっ! 邪魔が入ったであります!」
「あ、こら!」

 こんなときは速やかに撤退するに限る。そういう判断があったのだろう、パールとルビーは一目散に逃げ出していく。
「追いかけなきゃ!」
 クマラが、走りかける。しかしエースと加夜がその肩を捕まえて、押しとどめる。
 こちらからわざわざ追跡をする必要は、どうやらなさそうだ。
 なぜならば。

「あれを見てください」

 門番が逃げ去るふたりの行く手に腕組みをし、仁王立つ影が夕日を浴びて──浜辺に、聳えていたから。
 その姿はまさしく阿修羅像とばかりの、正子の体躯が、パールたちの脱出路を真正面から塞いでいたのだ。
 そして、それだけではない。

 全ての退路を、断つ。

「えっ!?」

 行く手を遮られたたらを踏むふたりを取り囲む、海パン一丁の筋肉質のSPたち。大人数のそれらすべてが、正子と『蒼の月』の手配しておいた警備員たちである。
 ああ。あれは詰んだなあ。端から見ていて、脱出の方法がないのは一目瞭然であった。

「さあ、本部のほうで詳しい話を聞かせてもらおうか?」

 落ち始めた、オレンジ色の夕陽の逆光を浴びて、爛々とその双眸を光らせながら、正子がパールたちへと近付いていく。思わず向けた水鉄砲のノズルを、幾人ものSPたちが取り押さえてふたりを地面に転がす。

「あれは……教育だねえ」
「教育というか、お説教じゃないですか?」

 美羽が、加夜がその様子を眺めつつ、呟いた。ひとまずはこれで一件落着ということでいいのだろうか。
 夕陽が、眩しい。もうすぐこのイベントも、集計の〆切時間だ。

「……って、結局辛くないカレー、見つかってないじゃん!」

 楽しかったねー、なんて言いそうになっていた美羽が、ハッと我に返ったようにあわあわ両手を振り回しながら、一同に告げる。
 そうだ、たしかに。あちこち回っては見たけれど結局、ぴんとくるものはなくて。

「やっぱり……カレーは辛いもの、ってことですか」

 少し、寂しげに俯くカノン。彼女を気遣いながらも、加夜はどうしたものかと考え込む。
 甘いカレーというのはなかなか、ないのだろうか。やっぱり。

「あの。ちょっと、いいかい?」
「はい?」

 うーん、と困ったカノンたち一行の様子に、エースが声をかける。

「辛くないカレー。甘いカレーを探している、ということだけれど」
 はい、その通りですが。とりあえず激甘カレーにはついさっき、ぶつかったけれども。
「だったら、ここに行ってみるといい」
「んお?」
 おもしろいカレーがある。きっと、御眼鏡にかなうんじゃないだろうか。
 言って、彼は会場のパンフレットを広げ一点を指差す。
 一同が覗き込んだその場所は、たしかにまだ、カノンたちにとって訪れていない区画であった。