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第2章 新生活へ

 白百合団の2代目副団長にして、ロイヤルガード隊長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、百合園女学院の専攻科を卒業し、東シャンバラから西シャンバラに活動拠点を移すことになった。
 既に空京のロイヤルガード宿舎への荷物の運び込みは終えており、今日は掃除と簡単な整理を行ってそれから謝恩会に出席する予定だった。
「まだちょっと時間あるわね。お茶にしましょう♪」
 手伝いに訪れていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、共有スペースである食堂でお茶にしないかと、提案をする。
「はい、ええっと」
 優子のパートナーのアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に目を向けた。
「桜ロールケーキと春の果物のゼリー寄せだ」
 ダリルはクーラーボックスを持ち上げながら言う。
「それじゃ、甘くないお茶を用意しますね」
 アレナはぱたぱたとキッチンへと向かって行って、ティーバッグををいくつか持ってきた。

 宿舎の食堂のテーブルに、ダリルが作ってきたお菓子を、並べて分けて。
 アレナが用意したハーブティーのティーバッグでお茶を淹れて、それぞれカップを受け取る。
 それから席に着いて、お茶とお菓子と談笑を楽しんでいく。
「ダリルさんとルカルカさんは、春からも今まで通りですか?」
 ティーカップを手に持ちながら、アレナが2人に尋ねた。
「ちょっと変わるかな。ルカは春から教導の教官になるの。軍人はずっと続けるけどね」
 ルカルカは腰の刀に目を向けた。金鋭峰から贈られた超硬合金製の霊刀に。
「二本の刀に込められた想いを体現していかなきゃ……ってね」
「教官ですか……ダリルさんもですか?」
「いや、俺は変わらず教導団本部勤務の医師だ。ウィザード級ハッカーの腕が宝の持ち腐れだよ」
 ふうとため息をつくと、ルカルカがくすっと笑う。
「ウソウソ。いつも楽しそうに使ってるから大丈夫なのよ」
「任務だからな」
「任務以外でも使いたいのですね」
 ダリル作の桜ロールケーキを食べながら、アレナはにこにこ微笑んでいる。
「これもとっても美味しいです。こっちの腕も頻繁に振るわないと、宝の持ち腐れになっちゃいます」
「そうか……それならまた、作るしかないな」
 平然とした表情ながらも、ダリルは軽く照れていた。
 そんな彼の様子に、ルカルカがまたくすっと微笑む。
「教官か。どんな指導をするのか、見てみたいものだ」
 果物のゼリー寄せをスプーンで口に運びながら優子は淡い笑みを見せる。
「教えるのはわりと得意なの。優子さんには教えることはないかもだけど……アレナには、古代語を教えてもらうお礼にCQBとか教えよか」
「CQBはよしてくれ。アレナにルカがうつる」
「え、どゆ意味?」
「さあな」
 くすっとダリルが笑い、アレナは不思議そうな顔をする。
「それは……バーベキューみたいな料理ですか?」
「え? それ全然違うし」
「はははは……アレナは、CQBより、ガイザックが作るスイーツのレシピの方が知りたいらしい」
「はい」
 良く分からないながらも、優子の言葉にアレナは頷いた。
「ふふふ。そうね、アレナはそういう分野でも優子さんの力になれるものね。
 というか、剣として優子さんを支える他に、やりたいこと出来た? 美味しい料理を食べてもらいたい特別な人がいたりね?」
「お料理、優子さんにも、友達の皆にも食べてもらいたい、です。喜んでもらえると、とっても嬉しい、ですし」
「うんうん。なんだかアレナ、最近綺麗になった気がする」
「え? 変わってない、ですよ。ただ……優子さんと一緒で、嬉しい、です」
 優子の隣で、アレナは少し照れたような笑みを浮かべた。
「……あっ! 待ち合わせしてるので、先に行きます」
 時計を見て、アレナが立ち上がる。
 謝恩会の時間が近づいていた。
「それじゃまた、会場でね!」
「はい!」
 ルカルカに元気に返事をして、自分が使ったカップを片付けるとアレナは宿舎から出て行った。
 彼女が待ち合わせをしている相手が誰なのかは、皆、わかっていたけれど。
 話題には出さずに温かな目で見送った。
 それからまた少し、他愛もない話をしてから、ルカルカとダリル、優子も謝恩会へと向かったのだった。

 同時刻。
 優子のもう一人のパートナーであるゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)も、謝恩会に顔を出そうと空京を訪れていた。
「卒業おめでとう、ぜすたん!」
 待ち合わせをしていたリン・リーファ(りん・りーふぁ)は、花屋で受け取ったばかりの花束をゼスタへと差し出した。
「ん、ありがと」
 ゼスタは笑顔で礼をいって受け取り、2人はロイヤルガード宿舎の方へと歩き出す。
 街路に植えられている桜の木々から、薄いピンク色の花びらがひらりと飛び立って踊り出し、歩く人々の門出を祝福している。
「漫然と過ごしてたら時間の流れに鈍感になっちゃう気がするから、こんな風に区切りの季節があるのはいいことかもねー」
 リンは魔女。ゼスタは吸血鬼。
 共に寿命というものがない。
「それを理由にして新しいこと始めたりできるしね」
「ああ。薔薇学の方もいつでも卒業出来たんだが……やっぱこの季節にって思ってな」
「うん! 総長さんと水仙のあの子は、こっちで一緒に住むんだよね? ぜすたんも引っ越したりする?」
 向かっている西シャンバラのロイヤルガードの宿舎が総長――優子の拠点となるという話を噂で聞いてはいた。
「んー、俺もこっち利用してもいいか? って聞いたんだが、神楽崎が『アレナ一人の時には部屋に入ったらダメだ』とか、面倒なことを言いやがる」
「ふふ。別に部屋、用意してもらった方がいいかもねー」
 笑いながら言うと、ゼスタはちょっと真剣な目でリンを見た。
「一緒に住むか?」
「え? ……あ、そーいえば『住み込みでウチで働いてほしい』とか言われたこともあったよね」
 ゼスタの問いには答えずに、リンがそう言うと、苦笑のような笑みを浮かべつつゼスタはため息をつく。
「答えもらってねーけど、縛れないんだろうな、お前は。
 ……とりあえず、血をよこせ!」
「ダメだってば〜。あははは」
 笑いながらリンを襲うそぶりをするゼスタから、笑いながらリンは逃げる。
 そして少し走った後。
「あ、そーだ」
 くるっと振り向いて、立ち止まる。
「養子の話、教えてくれてありがとう。知れて嬉しかった」
「ん? 何が嬉しいんだ?」
「嬉しいよ、ひとつの楽しい未来が見えたみたいで……。でも、想像したらやっぱり笑ってしまうね」
 そう言って、リンは声を上げて笑いながら「ごめんね!」とも言う。
「笑いすぎ! 恥ずかしいだろ……」
 ゼスタはちょっと顔を赤らめる。
「やっぱり、俺が兄で、神楽崎とアレナが妹が自然だよなぁ。1万歩譲っても、外見年齢順で神楽崎、俺、アレナが……」
「ふふふふ、はははは……! ぜすたん……かわいい」
 ぶつぶつと呟いているゼスタを見て、リンはもっと声を上げて笑ってしまうのだった。

 ロイヤルガードの宿舎の前で大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、アレナと合流し、謝恩会が行われる会場へ一緒に向かうことにした。
「ロイヤルガードや侍女の仕事は順調か?」
「毎日いろいろな事がありますけれど、女王様達の側にいて、お世話したり、お護りしたりする私の仕事には変わりはありません」
 だから順調、です。とアレナは康之に笑みを向けた。
「女王さんが変わったからな、環境は随分変わったんじゃないか」
「はい。そして、優子さんが卒業したので、優子さんとも一緒にお仕事することが増えてきました」
 嬉しそうなアレナの顔を見て、康之の顔にも笑みが浮かぶ。
「まあ、どれだけ環境が変わってもアレナが優子さんと一緒ってのは変わらないよな。なんせ家族だし!」
「はい!」
 まだ時間があるため、少し遠回りをして。
 2人は、沢山の花が植えられている公園の中を通って、目的地に向かうことにした。
「……家族といえば」
 公園で遊ぶ子供、そして傍で見守っている両親の姿をちらりと見てから、足を止めて。康之はアレナに目を向けた。
「はい」
 彼の顔が真剣だったから。アレナの顔も若干緊張していく。
「バレンタインの時の話なんだけど、それについて言いたい事がある」
 声を出さずに、アレナは康之の言葉に頷いた。
「俺はアレナが恋人の意味を知って、その上で俺と一緒にいてくれるなら神楽崎家でもどこでも行く。そう決めたんだ」
「康之さん……」
「恋人の意味を知ってるか知らないかで、同じ家族でも大分変わっちまう。それぐらい大事な事なんだ……だから、俺としては意味を知った上で家族になりてぇ」
 真剣な眼差しを受けたアレナの顔が、赤くなっていく……。
「恋人について、調べたん、です。恋しいと思っている人の事で、お互いに好き同士の関係のことをいう……みたいなのですが、私は康之さんのこと大好き、で。
 街で見かけるカップルのように、手を繋いだり、2人でお出かけしたりもよくしてますし。
 恋人という関係になったら、今と何が変わるのかなって……」
 視線を下に向けて、アレナは康之に少し近づいて。
 彼の手に手を伸ばして、指先を握った。
「ちゃんとしたお返事は、優子さんに聞いてみてから、ですけれど。
 康之さんともっと近くなれるのなら……一緒に居られることが増えるのなら、私も康之さんと恋人になりたいです」
 赤く染まった顔を上げて、アレナは微笑んだ。
「……ありがとう、アレナ!」 
 ちょっとだけ繋がれてた手の指を開いて、康之はアレナの指に指を絡めた。
 お互い顔を赤らめて、満面の笑みで微笑んで。
 花々の祝福を受けながら、一緒に歩き始めた。

 謝恩会が始まる少し前。
 空京の会場近くの店は、早めに来た若者達で賑わっていた。
 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)も、会場近くの小さな喫茶店で、紅茶とケーキを食べながら、互いの進路について話をしていた。
「やっぱりイルミンに残って、もっと勉強や訓練、探検したいな!」
 まだまだ、学ぶべき事も、知りたい事も沢山あるから。
 騎士やアイドルとしての仕事もあるけれど、今まで通りイルミンスール魔法学校で学んでいきたいと歌菜は思う。
「うん、異論はない」
 羽純も同じだった。
 魔法学校でまだ学びたいことがある。
「世界樹は未だにすべてを見れてはないしな。俺達にはイルミンでなすべき事が、まだまだある」
「ザンスカールの家から通うのも便利だしね。
 あと、種もみ学院の生徒としても、学院のために力を尽くしたい」
 生徒としての2校掛け持ちは少し大変でもあったけれど。
 それも今まで通りだ。
 種もみ学院には、魔法学校にはない刺激もあって、好きだった。
「そうだな、種もみ学院も楽しいところだ。これからもっと面白くなると思う」
「うん!」
 甘いケーキを食べて、笑みをこぼして、歌菜は続ける。
「あと、魔法少女アイドルとして、もっともっと上を目指したいな。
 私の活動や歌で、皆を笑顔にできたら、最高に嬉しいから」
「じゃあ、俺は頑張る歌菜を全力でバックアップしよう。他の奴に見せるのは少し勿体無いくらいだが……」
「嬉しい……。勿論、一番笑顔にしたいのは、羽純くんだもん」
「歌菜の歌に、俺はいつも力を貰っている」
 羽純の言葉で歌菜の顔に僅かな照れと嬉しそうな笑みが浮かんでいく。
 彼女のそんな表情に、羽純の表情が優しくなっていき。
 目を合わせて微笑み合って。
「これからも、よろしくな、歌菜」
「よろしくね、羽純くん」
 2人の進む道は一緒だ。
 互いが夢見る未来には、互いの姿が傍らにある。
「2人で頑張ろう」
「うん!」
 今まで通りでありながら、新しい事もまた2人で始めるだろう。
 今年は去年よりも忙しくなるかもしれない。
 だけれど、2人で一緒に歩いていこう――。