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リアクション
「ふんふんふーん♪」
着ぐるみがもこもこ歩いている。
『麗茶牧場のピヨぐるみ』を着用したレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が、前庭の花壇や噴水のある辺りを歩いている。
校内全体がパニックに包まれている中、いかにも彼女の身上『お気楽 極楽 脳天気!』を絵にかいたような光景……ではある。
「あっ、あんなところにぴよ♪」
目の前に、今まさに卵の殻を振るい落としているヒナがいる。
「ぴよ〜、あちきもピヨですよ〜」
『来る者は拒まず去る者は追いまくる』のレティシアは、もこもこのままぼすぼすと突進していって、ヒナを抱き上げた。最初、自分の方に向かって凄い勢いでやってきた何かにびくっとしたようだったが、生まれたてで周囲の状況をまだ飲み込んでいないヒナのこと、そのまま上機嫌のレティシアに持っていかれてしまった。
困ったのはヒナではなく、完全に孵ったら刷り込みをしてまた特撮の訓練をするべく、距離を置いて(いたためにレティシアは気付かなかったらしい)スタンバイしていた風森 巽とティア・ユースティだ。
「あ〜、持ってかれてしまった……」
「なんで、わざわざ持ってくの? みんな逃げてるのに……」
巽とティアは再び顔を見合わせる。
ただ、なぜわざわざ持っていくのか、という問いに関しては、どっちもどっちだといえなくもないのだが。
「まぁぴよですから懐かれるのは当然ですよねぇ」
「ぴ」
ヒヨコを抱いて歩くピヨぐるみに、誰もが一瞬目を向けた後、抱いているのが爆弾鳥と気付いて、一斉にずさあっと後ずさる。
突進された時は驚いて固まっていたヒナ鳥も、今は大人しくピヨぐるみの腕に抱かれてぴいぴいとくつろいでいる。
「ぴーよぴよ♪」
「ぴよぴぃぴぃ」
鳴き声を似せて出鱈目な歌を歌うと、ヒナが唱和する、かのように囀る。
爆弾鳥に驚いて逃げ出す人を見ても、しかし、レティシアに動じる様子は全くない。
といっても、彼女が、爆弾鳥のことを知らないというわけではない。
ほぼ学校中をパニックに陥れている、この爆発騒動についても。
それでも彼女が動じていないのは、
「完璧な性能のピヨぐるみですから爆発なんか大丈夫ですよ♪」
着ているピヨぐるみへの絶対の信頼からであった。
「何といっても麗茶牧場の名物土産のピヨぐるみですしぃ」
それはあまり関係ない。
「もっとぴよ仲間いないですかねぇ」
「ぴ」
その鳴き声の直後、ヒナは一瞬、動きを止めた。
「お?」
ちゅどーーーーーーーーん
「ふおぅぉっ」
その爆風で、レティシアは派手に吹っ飛んだ。はずみで、卵は彼女を離れて地面を転がっていった。
だが、自慢のピヨぐるみはまだ、彼女を覆っている。おかげで、怪我はないようだった。
「ほーら、大丈夫ですねぇ。さて、卵さんは」
……
「……? なんか……熱い……」
足元に熱を感じ、見ると。
「!! 火、火がっ」
なんと、爆発の火力からピヨぐるみに引火し、萌え、ではなく燃え出しているのである。
「燃えてるぅー何でぇ???」
そもそもピヨぐるみは炎に弱い。火の回りは思いの外早い。
このままでは火だるまである。慌てて着ぐるみを脱ごうとして、ハッとなる。
(…って、あちき下着しか着けてなかったぁ……!)
非常時において、全身火傷と校内で下着姿を晒すのとどちらがマシか、と言われれば圧倒的に後者なわけだが、
(下着は燃えてない?)
残念ながら、一度火がついたなら下着が燃えないはずはない。綿でも化繊でも燃えるのは早い。
「うわああぁぁぁぁ、助けてミスティーーー」
燃える下着娘を見ながら、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は溜息をつく。
「本当にもぅ……」
そもそもそんなにピヨぐるみを過信していいのか、何があっても爆発する爆弾鳥の威力を侮っていて(そんなつもりすらレティシアにはなかっただろうが)いいのか、疑問に思っていた。だから、ヒナと一緒に歩くレティシアから、万が一の場合に被害を受けないよう、距離を取ってその様子を遠巻きに見ながらついて歩いていたのだが、案の定、必要以上に面倒なことになっている。
かといって、パートナーとして放っておくわけにもいかない。
「ちょっと手荒だけど」
短く前置きしただけで、いきなり【アルティマ・トゥーレ】を放つ。
「ひぎゃい」
下着娘、完全凍結。火は消えたが全身凍りついた。
「さてと……このままにしておくわけにもいかないし」
自業自得だが、裸同然の格好で放置も出来ない。ミスティはネコ車を調達してくると、凍結したレティシアを載せて、どこか落ち着いて治療できる場所を捜して運んでいった。
「夢悠ーっ!?」
ヒナを抱えていきなりダッシュしていった想詠 夢悠を追ってきた雅羅は、校舎の間の坂になった通路で倒れている彼を発見した。
あの後、校内に広がる爆発パニックを目にし、また話も聞いたので、ヒナの正体や夢悠が何をしようとしたのかは大体察しがついた。それだけに一層心配になって捜していた雅羅は、慌てて夢悠に駆け寄る。明らかに爆発に遭ったらしく、着ている物がところどころ破れて髪も乱れているが、酷い外傷はなく、確認するとちゃんと息はあった。気絶しているらしく、呼んでも起きない。
「保健室に運ばないと……けど、頭打ってたりしたら下手に動かさない方がいいのかも……」
どう動くのがいいのかと、雅羅が一瞬考え込んでいる間に、
「すいませんっ、どいてどいてーー」
前の方から物凄い勢いで走ってくるものがある。
レティシアを載せたネコ車を押して走るミスティだった。下り坂で、猫車の勢いが付きすぎて止められないらしい。
慌てて雅羅は、辛うじて夢悠の体を抱き寄せて自分も避けて道を譲った。その横をネコ車とミスティは凄まじい勢いで走り抜けていった。
ホッとする暇もなく、またどこからか爆発音が轟く。上の方から聞こえてきたところを見ると、校舎の上階が爆心か。
「! やだーっ」
爆発した教室の壁や天井の欠片のようなものがすぐ近くに振ってきて、思わず身を竦める。幸い、2人の上に降ってくることはなかったが。
雅羅の災厄体質が、校内に点在している爆弾鳥という災厄の欠片(小規模な災厄)を、綿菓子を巻き付ける割りばしのように少しずつ巻き込んで集めつつあるのかもしれない……
もう、このままここにいてはまずいと思った雅羅は、夢悠の体を起こして肩を抱き支えて保健室へと必死こいて急いだ。
「アルテミス! ここか!?」
その半壊している教室に、アルテミス・カリストの婚約者キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)が辿りついた時、辺りは静まり返っていた。
ハデスが何やら企んでいるらしいと察知した時、アルテミスはキロスに連絡を取り、現場に来てくれるように頼んでいた。
毎度のことかと内心思いながら来てみたのだが、校内は爆弾鳥の騒ぎでかなりのカオス状態、まさかこれに乗じて何かするつもりなのかと思うと、さすがに「これはヤバいな」と思われてきた。そして、言われた教室まで来てみると、扉は締まっているが明らかに物理ダメージを受けた跡がある。
「おい! アルテミス無事か!? ここにいるんだよな!?」
焦ったキロスがドアを開けようと手を伸ばした時。
「クックック……そこまでだ!!」
声が聞こえてきて、キロスがハッと横を向くと、廊下の奥から歩いてくる人影が見えた。
ドクター・ハデスだ。
――ただし黒焦げでアフロ頭だが。
「……何やってるんだ?」
「愚問だな。キロス、貴様を倒すための最終兵器の調整が今終わったところだ……」
アルテミスとペルセポネを襲ったヒヨコ連爆の巻き添えを喰らった……などとはおくびにも出さず、ハデスはゆっくりと右手を上げる。
その掌に乗っているのはヒヨコ――否、ハデスの言うところの「フェニックス怪人・改」である。
「行け、フェニックス怪人・改!! 我らの行く手を阻む者を地獄に叩き落としてやるのだ!!」
「……ぴ」
ちゅどーーーーーーーーん
まるでハデスの檄に応えるかのように、掌の上で、ヒナは爆発をした。
……どう改造を施したのか、その理論はハデスにしか分からないが、あらゆる外部からの刺激への体勢が尋常でなく強いヒナにそれが大して聞いているとは考えにくい
しかも今回の場合、逆に、爆発はやや小規模にすらなっている感がある。
しかし、ハデスが自分にとどめを刺すには十分な威力だった。
一方キロスは、爆発の寸前に目の前の扉を開け、半壊の教室に入っていた。
相手がそんな怪しい挙動を始めて、ただ指を咥えてぼうっと見ているほどのマヌケではない。入ってぴしゃっと扉を閉めた時、背後で爆風が扉の板を揺らすのを感じた。
「アルテミ……、!? !!!?」
恋人の無事を確かめるべく足を踏み出した教室は、連続爆発の衝撃で、校庭に面している方の壁がほぼ消し飛ばされていた。そのため、最初にアルテミスが踏み込んだ時とは比べ物にならないほどの高い採光性(吹きっさらしだから)で、そのためにキロスははっきりと見てしまった。
あられもない格好で、途方に暮れて佇むアルテミスとペルセポネの姿を。
外からの光に照らされた2人の露わになった柔肌に、一瞬見入ってしまったキロスだが、すぐに我に返って、
「な、なんでこんなところで目の保よ……いや、その、一体何を」
声をかけようとしたが、途端にアルテミスの厳しい目に晒されてしどろもどろになってしまう。
「キロスさん……今……何を考えていました……?」
ここには恋人の自分だけでなくペルセポネもいる。
「何を見て鼻の下を伸ばしていらしたんですか……!?」
「いや、俺別に鼻の下を伸ばしてなんかいね」
「問答無用ですっ」
アルテミスの鉄拳制裁!
「!! てっ……まっ待て落ち着けアルテミスついでに何か着てくれ先にっ」
「!! やっぱりそんな所ばっかり見て――」
「リア充いちゃつくんじゃねー!!!」
「蒼い空からやって来て、緑の地球を護る者!仮面ツァンダーソークー1!」
突然、そんな声が教室の外から聞こえてきたかと思うと、何故かヒヨコが教室の中にぽーいと飛んできたかと思うと。
「え」
「おい」
「いや〜〜」
ちゅどーーーーーーーーん
*******
「っ! ここは」
夢悠ががばっと体を起こした時、ベッドの隣には雅羅がいた。
「夢悠! よかった、気が付いたのね」
「ま、雅羅……オレ、は。死んだんじゃ……え、だとするとまさか雅羅まで」
「何言ってるのよ。ここは保健室よ、分からない?」
そう言って雅羅は、夢悠が倒れてからの経緯を説明し、打ち身や幾つかの軽傷はあるが深刻な怪我や体内に至る損傷はなかったことを告げた。
「そ、そうか……オレ生きてるんだ……」
死ななかったと聞いて安堵の気持ちがじわじわと湧いてきたが、倒れたところを雅羅に見られたのかと思うと少し恥ずかしい。
「じゃあ雅羅が、俺をここまで運んでくれたんだ。ありがとう、ごめんね世話をかけて」
「――ううん、お礼を言うのは私の方よ」
そう言って雅羅は夢悠の顔をじっと見た。
「私を爆発から守ってくれようとしたのよね? ――ありがとう、夢悠」
真っ直ぐな雅羅の表情が、今はまだ少し胸に沁みるが、しかし同時に夢悠は微笑むことができた。
「当然だよ。だって雅羅は……俺の大切な友達、だから」
*******
説明しよう!
最初にアルテミスとペルセポネを襲ったヒヨコ連続爆発の後、残った大量の卵は、後に続く爆発の風で外に飛び出したり、我に返った2人が続く危険から身を守るために咄嗟にどこにとも考えず外に投げ出したりしたせいで、教室の崩れた壁から外へみんな出てしまっていた。
幸いにも、生徒たちは爆音のせいで警戒したのかそこに迂闊に近寄った者はなく、逆に爆音を聞いてそこに爆発後の卵があると確信した者たちが充分に準備と警戒をして卵を回収していった。そのため、この周辺の脅威はほとんど取り除かれたものと思われていた。
だが、庭木の茂みなどに隠れて、人の気配もないために孵化もせぬままごろごろしていた卵が1つ、残っていたのである!
そこに運悪く通りかかってしまったのが――貴仁と、巽&ティアだった。
再び孵ったヒナに懐かれ逃げ惑う貴仁。
一方、これがラストチャンスだとスタンバイを始める巽、そしてティア。
「変身!鎧気!着装!」
そして、最後の瞬間、貴仁はヒナを掴み――ちょうど、教室の崩れた壁の向こうに、何やらあられもない格好の女子(アルテミス)と男子(キロス)がいちゃいちゃしている(詰め寄っている)(接近していることには変わりはないが)のが見えた。ので、そちらに向かって投げつけた。
巽はそれを追い、ちょうど崩れた壁の前の辺りでポーズを決め、「とうっ」と飛んだ。
背後で爆炎と砂塵が、そこそこいい感じに上がった。
「はーい、オッケーでーす」
ティアが大物プロデューサーのような至極冷静な声をかけて、カメラを止めた。
「口上と爆発の場所が変わったのはまぁ、後で編集すれば何とかなるでしょ」
一方。
ハイコド・ジーバルスたちが、凍結させた大量の卵を運んで、校庭の隅に設置された隔離室へ行くと、そこには運んできた孵化寸前の卵を扉の内側に放り込んだ直後の天城 一輝がいた。
「……」
ハイコドたちが、無言で自分を見るのを不審に感じた一輝は、
「どうした? 俺に何かついてるのか」
と尋ねた。
信を纏ったハイコド、そして風花は、無言で一輝の頭上を指差した。
「……?」
眼球を動かして目いっぱいに上を見ると……
「ぴい」
赤銅色のもふもふとしたものに覆われた、つぶらな瞳が上から一輝を覗き込んだ。
無言。全員が。
見つめ合う、一輝とヒナ鳥。
ちゅどーーーーーーーーん
『……俺を装備したままでよかったな、ハイコド』
「全くだ。大丈夫か、風花」
「……ふぅぅ。【超人的肉体】がなかったら危なかったですわ……」
倒れた一輝の鳥の巣になった頭から、卵がころころと転がり落ちた。
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